あいさつと導入
こんにちは.浅縹(あさはなだ)といいます.初めて……ではなく4年ぶりに記事を書いてみます.4年前!?昔すぎてひっくり返ってしまいますね(4年前の,かなり恥ずかしい……).最近は,主に代数的整数論や圏論などを勉強しています.特に代数的整数論の勉強の中で「誘導加群」なる概念に出会い,圏論でKan拡張を学んでその意味を知り,さらによく考えてみるとよく知られた公式のみから誘導加群が計算できることが分かったので記事にしてみます.
なお,この記事は私が勉強したばかりの内容を多分に含みます.なんならこの記事を書くために爆速で勉強した部分さえあります(最後に応用例として書いた,群コホモロジーの話の一部など).よって,できるだけ間違いを含まないように書いたつもりではあるものの,誤りが含まれる可能性が少なくありません.ご承知おきください & 誤りの指摘は大歓迎です.
導入,という名の雑談
ここは雑談です.ぐだぐだ書いたので,早くちゃんとした内容へ行きたい方は読み飛ばしてください.
さて,まずは群とその部分群,及びの-ベクトル空間による表現を考えてみます.この時,単に作用をに制限することで,の表現が得られます.これをと書きます.この対応は,明らかに-表現全体のなす圏から-表現全体のなす圏への関手を与えています.
関手があれば,随伴かどうかが気になりますよね.つまり,適切に-表現の圏から-表現のなす圏への関手が構成できるか,というのが問題です.実はこのような関手は構成でき,それにより-表現から作られた-表現を「(余)誘導表現」と呼びます.表現論の解説では多くの場合,この誘導表現は天下りに与えられ,随伴になっていることは具体的な計算で確認する,という方式を取っているものが多いように見えます.
alg-dさんの動画
で紹介されているような,「前層の逆像は天下りに定義され,実は順像の随伴になっていることは後で計算によって示す」というのと似た流れですね.(なお,私は表現論をきちんと学んだことがないため,これは嘘である可能性も大いにあります!嘘だったらごめんなさい.)実は前層の逆像の時と同様,これらの(余)誘導表現はKan拡張によって定義でき,具体的な表示を計算すればよく見られる定義と一致することが言えます.しかも,その表示の計算は,Kan拡張の基本的な公式(と少しの代数の知識)のみからほとんど発想の飛躍なく計算することができます!
というわけで本記事は,(ベクトル空間による表現よりは少しだけ一般的に)群の,可換環上の加群による表現の誘導加群を計算していきます.
本題 - (余)誘導-加群の計算
仮定する知識
- 圏論から:圏や関手などの素朴な定義,(余)極限,随伴,(各点)Kan拡張.
- 代数から:(非可換環上の加群の)テンソル積,Homの計算.
なお,非可換環上のテンソル積,と言っても定義は記事中に書いている上,ガッツリ計算に使うわけではないので,可換環上のテンソル積を知っていればあまり問題にならないと思います.
記法などの確認
記法や定義,前提となる命題を幾つか確認しておきます.
用語と記法
- 体上のベクトル空間の圏を,環上の左加群のなす圏をと書く.
- 群に対して,対象が一点,射がの元,射の合成がの演算であるような圏をと書く.の唯一の対象をで表す.
- 圏と関手,及び対象について,コンマ圏をやで書く.忘却関手はやと表す.
- を圏、を関手とする時,のに沿った左Kan拡張を,右Kan拡張をで表す.
- 群と圏について,の-対象とは,関手のことである.-対象について,(誤解の生じない限り)のことを単にと書き,またのへの作用のことを単にと書く.また、の-対象全体のなす圏がという関手圏として書けることに注意しておく.
- 上の状況でさらに部分群をとり,包含をと書く.この時,を合成することで得られる制限関手をと書く.さらに,Kan拡張によって得られるをそれぞれと書く.
特にがやといった圏である時,-対象はそれぞれ-表現や-加群に一致する.
-対象について,やを(そのような日本語があるのか知らないのですが,この記事では)誘導-対象,余誘導-対象と呼ぶことにします.考えている圏がやである時にはそれぞれ(余)誘導-加群,(余)誘導-表現と呼びます.本記事の目標は,可換環に対するにおいて、(余)誘導加群を計算することです.
各点Kan拡張(con THEOREM 6.2.1.) 圏と関手があり,がという図式の余極限を全てのについて持つとする.この時,
という対応は関手に拡張でき,のに沿った左Kan拡張となる.
詳細は省略するが,関手に拡張する方法についてのみ言及しておく(後で作用を具体的に計算する際に必要となる).
という射がある時,の後ろにを合成することで関手が得られ,に注意すればとなる.
さて,の余極限錐をそれぞれ
と書くことにする.この時,という余極限錐をによって制限することで新たな錐が得られ,余極限の普遍性よりという射が(錐の足を可換にするように)一意に取れる.これをとすれば良い.
テンソル積
可換とは限らない環と,右-加群及び左-加群,及びアーベル群に対して,写像が-balancedであるとは,次の二条件を満たすこと.
- について,がそれぞれアーベル群の準同型である.
- について,が成り立つ.
この状況で,とのテンソル積とは,アーベル群と-balancedな写像の組のうち最も普遍的なもののこと.つまり,同様の組があれば,一意にアーベル群の準同型が存在してとなる.
テンソル積はあくまでアーベル群であるが、の中心に含まれる可換環に対して-加群とみなせる。
誘導-加群の計算
以降,を可換環,を群とその部分群として固定します.を包含とします.を作用の入った-加群とします.計算すべきはです.「発想の飛躍なく」という宣言通り,丁寧に計算していきましょう.
step1 加群の計算
がどのような加群になるか(つまり,誘導表現において,-作用を入れるべき加群は何か)を計算する.が余完備であることと各点Kan拡張の公式より,これは
と書ける.の対象は射,つまり群の元全体であり,射はが成り立つようなもの.
よって,図式から-加群への錐をと書くと,錐の条件は「の時が成り立つ」こと.
この条件は「全てのについてが成り立つ」と言い換えられる.さらにを側について(群環)まで-線型に広げることでとみなせば,元来はの射だったことにも注意して
- は-balancedである.つまり,についてである.
- は第一引数,第二引数いずれについても-線型である.
という条件に書き換えられる.このような射のうち最も普遍的なものが余極限なのだから,特に1.(及び-線型から-線型が従うこと)を見ると,「テンソル積に-加群としての構造を入れたもの」が条件を満たすのではないか,という予想が立てられる.実際これは正しいことが確かめられる:
に適当に-作用を入れた加群は,上の条件を満たす加群のうち最も普遍的なものである.つまり,が上の条件を満たすならば,図式を可換にするの射が一意に存在する:
アーベル群としての普遍性より,図式をアーベル群全体のなす圏で解釈した時,そのようなは一意に存在する.あとはが-作用を保てば良いが,について
となり,はの射である.
以上で,まずであることがわかった.
step2 作用の計算
まず,上でと書いていた射が何であったかを確かめる必要があるが,であったから,である.さて,これを元にpointwise の証明における射の構成を再現する.をひとつ固定する.pointwiseの証明の最後に現れた図式を描き直すと,次のようになる.
つまり,全てのに対してなのだから,の作用はというように,「の部分に左から作用する」形で現れる.
まとめ
以上の計算から,次の定理が得られます!目標達成!
なお,次のように計算しておくと,余誘導加群やその他一般の圏の場合の(余)誘導対象への直感(?)が与えやすくなります:
ただし,最後の同型はテンソル積が左随伴であり余極限を保つことを用いています:
また,最後の表示は加群としては単にですが,作用を見やすくするために左にの代表系を残しています.
余誘導-加群の計算
計算の方法は全く同じなので詳細は省略しますが,極限を計算することで次が得られます.
余誘導-加群
であり,の作用はへの右作用によって定まる.
つまり,の左からの作用はをに送る.
これについてももう少し計算しておきましょう:
なお,最後の同型はをと書くことで得ています.へのの作用を考えると,となることに気を付ければ良いでしょう(こういった作用の左右は頭を壊しがちなので,慎重に).
計算の総括
誘導加群は,余誘導加群はと書けました.指数が有限である時,では有限余積と有限直積が一致することからこれらは-加群としては同型ですが,実はこれらは-加群としても同型なことが分かります!
誘導加群と余誘導加群の一致
部分群が指数有限の時,において,が成り立つ.つまり,同じ関手がの左右の随伴となる.
ただし,は次を満たす:
すると,この対応は-準同型で,特にが指数有限なら同型を与える(詳細は略).
ちなみにこのの対応は,への左-作用が引数への「右」-作用によって入ることに気をつけてぐっっと睨むと出てきます.という条件が,に左からの元をかけたり,に右からの元をかけたりしても変わらないということも注目に値するかもしれません.
さらに,最後に次の定理に言及しておきます.
- 完備な圏においてであり,
- 余完備な圏においてである.
この定理は,もし何もしらない状態で言われても面食らってしまいそうですが,加群のケースを知っていれば容易に予想が立てられそうですね.この定理が成り立つだろうという予想さえ立てられれば,満たすべき普遍性を確認するのは難しくありません.興味のある方はやってみても良いかもしれません.
ここまででこの記事の本題は終わりですが,最後に少しだけ応用例を見てみましょう.興味のある方は,もう少々お付き合いください.
応用例 - 群コホモロジー
この節では,群コホモロジーの定義を知っていることを仮定します.といっても,計算に必要なだけの定義は書いておきます.
群と左-加群を考える.また,の加群としての自由分解(自由加群による完全列)
を考える.この時,群コホモロジーは,複体
のコホモロジーとして定義される(これはの自由分解の取り方にによらない).
自由分解の構成
群について,(テンソル積は上)は有限階数-加群であり,特にcohの状況ではとしてが取れる.
さらに部分群がある時,同じ複体がの加群としての自由分解として取れる.
前半の証明は省略する(yukie命題6.8.6).
後半は,加群としてであるから,
となるからは自由-加群である.
単なる-加群とはという,アーベル群の圏における-対象であることに注意しておきましょう.この時,次のような定理があります.
群コホモロジーの同型(cf. neu chap IV-命題7.4.) 群と部分群,及び-加群について,
特に指数が有限である時,これはに適切に-作用を入れることで
と書ける.
という随伴を考えると,を単にと書いて
が成り立つ.よって,との計算に現れる複体が一致するので,コホモロジーも一致する.
が有限の時はがと一致し直和になるので後半が従う.
この定理の証明には,ほとんどとが随伴であることしか使っていません.を右Kan拡張として定義したおかげでの右随伴になることは明らかですから,の詳細な形を知らなくてもこの定理は証明できることになります.
ひとつだけ,この定理がえらい例をあげておきます:
の正規基底を取ることで,
と書けるが,この右辺はである.が有限ならも有限なので,cohcongより,
が得られる.
という形のコホモロジーは,一般Kummer理論や類体論の一般相互法則を具体的な状況に適用する際に調べる必要が生じます.それがという見るからに簡単な形の計算に帰着されるというのは嬉しいですね.
終わりに
今回は,conを読んでいて現れた具体例を手で計算してみた内容を書いてみました(書いたら案外重くなってしまった……).これからも,ちょっとした具体例の計算などを記事にしていこうと思います.お読みいただきありがとうございました!