以下全ての測度に$\sigma$-有限性を仮定します。
我々は完全加法性等によって抽象的に測度を定義しますが、実際に積分計算が実行できる測度はまず密度関数を持ってるものくらいでしょう。密度関数というのは例えば正規分布 $$\mu:=\frac1{\sqrt{2\pi}}e^{-\frac12x^2}dx$$ で言うところの $\rho(x):=\frac1{\sqrt{2\pi}}e^{-\frac12x^2}$ の部分ですね。分布と言うからには$\mu$は$\mathbb{R}$上の測度で、可測集合$A\subset\mathbb{R}$に対し
$$\mu(A):=\int_A\rho(x)dx$$
と定まっているので、$\mu$についての積分は以下により計算できます:
$$\int_\mathbb{R}fd\mu=\int_\mathbb{R}f(x)\rho(x)dx$$
というわけで、(積分する気になるくらいの)密度関数を持っている測度は積分が計算できます。上の式から、密度関数を持つ測度は$d\mu=\rho dx$と書かれます。
では、どんな測度が密度関数を持つのでしょうか。上式から、Lebesgue測度の零集合$A$について$\mu(A)=0$となることが分かります。このようにある(基準となる)測度$\nu$の零集合が別の(比較したい)測度$\mu$で零になっているとき$\mu$は$\nu$について絶対連続と言います。実はこの必要条件は密度関数の存在を特徴づけます。
可測空間$X$上の測度$\mu,\nu$が$\sigma$-有限(実は$\nu$だけでいい)と仮定する。$\mu$が$\nu$について絶対連続であることはある可測関数$\rho$が存在し$d\mu=\rho d\nu$となることと同値。
この記事ではRadon-Nicodymの定理を簡単なHilbert空間論を使って示しますが、実は副産物として次の定理も同時に出てきます。
$\sigma$-有限測度$\mu,\nu$について、$\mu=\mu_\sing+\mu_\cont$となる測度$\mu_\sing,\mu_\cont$が存在し、前者は$\nu$について特異、後者は絶対連続となる。
特異測度とは$\nu$の零集合上にしか値を持たない測度のことです。典型的にはデルタ測度の和や($\R$内の普通の)Cantor集合上の測度とかです。
証明に入る前に次の補題を示します。
$T\in\B(L^2(\mu))$が全ての掛け算作用素$L^\infty(\mu)\subset\B(L^2(\mu))$と可換なら、$T\in L^\infty(\mu)$となる。
$L^2(\mu)$とは$\mu$について自乗可積分な$X$上の関数全体のなすHilbert空間であり、各$f\in L^\infty(\mu)$は$f$を掛ける操作により$L^2(\mu)$上の有界線形作用素を定めます。
まず$\mu$が有限測度のときに示す。$f\in L^\infty(\mu),\xi\in L^2(\mu)$に対し$T(f\xi)=fT(\xi)$だが、$\xi=1,\ f_0:=T(1)$とすれば$T(f)=f_0f$となる。掛け算作用素の形だがまだこれは$L^\infty(\mu)\subset L^2(\mu)$という稠密な部分でしか成り立っていない式であり、$f_0$の(本質的)有界性すら言えていない。そこで$T$の有界性を使うと$f_0\in L^\infty(\mu)$が出て、稠密性から全体で$T$が掛け算作用素になる。例えば$A:=\{ \abs{f_0(x)}\geq\norm{T}+1\}\subset X$について指示関数$f=1_A$を考えると$f=0$が降ってくることに注意。
$\mu$が一般の$\sigma$-有限測度の場合は、$X$を可算個の有限測度部分集合の非交和に分けて、各成分上で上の$f_0$を取る。同じく$T(f)=f_0f$が同じく稠密な部分で成り立つが、上と同様の理由でOK。こちらは$1_A$を少しcutする必要があるが。
$\mu\leq\nu$のときにRadon-Nicodymの結論が正しい。つまり、任意の$A\subset X$で$\mu(A)\leq\nu(A)$のとき、ある$0\leq\rho\leq1$で$d\mu=\rho d\nu$となる。
仮定から$\iota:L^2(\nu)\in\xi\mapsto\xi\in L^2(\mu)$は有界である、つまり$\int\abs{\xi}^2d\mu\leq\int\abs{\xi}^2d\nu$である。$L^\infty(\nu)$は$L^2(\nu),L^2(\mu)$上に掛け算で作用するが、$\iota$はこれと可換である。故に$\iota^*$も$T:=\iota^*\iota$も$L^\infty(\nu)$と可換になる、共役作用素のこと。$T\in\B(L^2(\nu))$に先の補題を使えば$T=\rho\in L^\infty(\nu)$が取れ、$\norm{T}\leq1$と正定値性 $\inpro{\xi,T\xi}\geq0$ から$0\leq\rho\leq1$となる(例えば$\{\abs{\rho(x)}\geq1+\ve\}$上の指示関数が0であることを示したりする)。
$\inpro{\xi,T\xi}_{L^2(\nu)}=\inpro{\iota\xi,\iota\xi}_{L^2(\mu)}$より、$\int f\rho d\nu=\int fd\mu$ が$f=\abs{\xi}^2$について成り立つ。指示関数を考えれば、$d\mu=\rho d\nu$である。
$\mu,\nu$を$X$上の$\sigma$-有限測度とする。$\mu\leq\mu+\nu$に上の補題を使えば、$d\mu=\rho d(\mu+\nu)$なる$0\leq\rho\leq1$が取れる。形式的な式変形を信じれば$d\mu=fd\nu$が$f=\frac{\rho}{1-\rho}$にて成り立つことになりそうだが、これはわりと正しい。$\mu$を$\{\rho=1\}$に制限した測度を$\mu_\sing$、$\{0\leq\rho<1\}$に制限した測度を$\mu_\cont$とすればこれらは特異、絶対連続。更に上で定めた$f$について$d\mu_\cont=fd\nu$となる。
これらのことは、$\int gd\mu=\int g\rho d(\mu+\nu)$にて$g$を適当に取ればいい。