はじめに
本稿では,命題論理の完全性定理,超限帰納法, Tychonoffの定理から命題論理のコンパクト性定理を証明します.前提知識として,学部3~4年次程度の公理的集合論の知識(主に順序数,整列可能定理,超限帰納法)と学部2~3年次程度の位相空間論(主にTychonoffの定理)の知識を仮定しますので,必要であれば例えばKunenやMoritaを参考にしてください.
命題論理のコンパクト性定理
命題論理の用語
命題論理のコンパクト性定理の証明に必要な用語を確認します.
命題論理の論理記号(logical symbol)とは, の4つをいう.命題論理の素論理式とは,記号をいい,素論理式全体の集合をと表す.
論理式とは,次の規則で構成される有限列をいう.
- 素論理式は論理式である.
- 論理式に対し, は論理式である.
論理式全体の集合をと表す.
付値について,写像を次で定める.
このとき,付値における論理式の値をの真理値という. とはのことをいう.
論理式がトートロジーであるとは,任意の付値に対して, を満たすことをいう.このとき, とかく.
論理式の集合が充足可能であるとは,ある付値が存在して,任意のに対してを満たすことをいう. が有限充足可能であるとは, の任意の有限部分集合が充足可能であることをいう.
論理式の集合と論理式に対して, はから証明可能であるとは,次の規則で定義される.
- の元とトートロジー公理はから証明可能である.
- とがから証明可能であれば, はから証明可能である(基本推論).
がから証明可能であるとき, とかく.
本稿ではあまり本質的ではないので,トートロジー公理とはトートロジーのことであるとみなしても構いません.
論理式の集合が矛盾するとは, かつなる論理式が存在することをいう. が無矛盾であるとは, は矛盾しないことをいう.
完全性定理を用いた証明
最も有名な方法は命題論理の完全性定理を用いた証明です.命題論理の完全性定理とは,次の定理をいいます.
命題論理の完全性定理
論理式の集合に対して,次は同値である.
- は充足可能である.
- は無矛盾である.
ここではこの定理の証明は省略します.証明は,例えばTanakaをご覧ください.それでは,命題論理のコンパクト性定理の証明を行います.
命題論理のコンパクト性定理
論理式の集合に対して,次は同値である.
- は充足可能である.
- は有限充足可能である.
この定理のうち, は明らかですので, を示します.
もしが充足可能でないとする.このとき,命題論理の完全性定理より, は矛盾する.よって, かつなる論理式が存在する.これより, の有限部分集合で, かつなるものが存在する.よって, は矛盾しているから,再び命題論理の完全性定理よりは充足可能でない.従って, は有限充足可能でない.
超限帰納法を用いた証明
次に,超限帰納法を用いて命題論理のコンパクト性定理の証明を行います.証明はEndertonを参考にしています.
命題論理のコンパクト性定理(再掲)
論理式の集合に対して,次は同値である.
- は充足可能である.
- は有限充足可能である.
整列可能定理より,論理式全体の集合は整列可能である.このとき, と順序同型な順序数が存在する.これより, と表せる.超限再帰的に,論理式の集合を次の規則で定める.
すべてのに対して, は有限充足可能であることを超限帰納法により示そう.
まず, なので,仮定よりは有限充足可能である.次に, に対して, は有限充足可能であると仮定する.もしが有限充足可能であるとき,明らか.また, が有限充足可能でないとき, は有限充足可能である.よって, は有限充足可能である.最後に, を極限順序数として,すべてのに対してが有限充足可能であると仮定する.このとき, を有限集合とすると, なるが存在する.よって, は有限充足可能であるから, は充足可能である.よって, は有限充足可能である.以上より,すべてのに対して, は有限充足可能であることが示された.
次に, とおく.このとき, 次は容易に確かめられる:
- .
- は有限充足可能である.
- すべてのに対して, またはであり,同時に成り立つことはない.
付値を次のように定義する.
この定義は前段の事実(3)からwell-definedである.このとき,
であることを論理式の構成に関する帰納法で容易に確かめられる.ゆえに, なので, である.従って, は充足可能である.
もし素論理式全体の集合が可算であれば,論理式全体の集合も可算であるから, は自然数全体の集合によって整列可能である.
Tychonoffの定理を用いた証明
最後に,もう1つの証明方法として位相空間論におけるTychonoffの定理を用いた証明を紹介します.証明はAraiを参考にしています.
まず, とおきます.このとき, とは,付値全体の集合のことです. に離散位相を入れて離散空間とみなすことで,直積空間が考えられます.このとき, はコンパクトHausdorff空間であるから, Tychonoffの定理より, はコンパクトHausdorff空間であることがわかります.
このことから,有限交叉性を持つの閉集合族に対し, であることに注意します.ここで, が有限交叉性をもつとは, の任意の有限個の元の共通部分は常に空でないことをいいます.
の開基について,次の補題が成り立ちます.
の部分集合族を次で定める.
ここで, の有限部分集合と関数に対し, である.このとき,次が成り立つ.
- はの開基である.
- はの開閉集合である.
をの開集合, とする.このとき, の位相の定義から,
なると各に対しての開集合がとれる.ここで, は第座標への射影. とおき,関数をで定める.このとき,
である.故に, はの開基である.
がの閉集合であることを示せばよい. とすると, なので, なるがとれる. をで定めれば, であり, に対してなので, である.故に, はの開集合なので, はの閉集合である.
論理式の構成に関する帰納法で示す.
前の補題で既に示されている.具体的には, をで定めるとき, であるから,このに前の補題を適用する.
はの開閉集合であることを示そう.今,
であるから,帰納法の仮定より示された.
をから生成される論理式全体の集合で,有限充足可能なものとする.このとき, とおくと, である.
前の補題より, はの開閉集合の族である.冒頭の注意より, はコンパクトなので, が有限交叉性をもつことを示せばよい.そこで,任意にをとる.このとき, とおくと, は充足可能である.そこで, なる真理値割り当てをとる.よって,
である.
ここまでの準備を以って,コンパクト性定理を位相空間論の道具立てで証明します.
命題論理のコンパクト性定理(再掲)
論理式の集合に対して,次は同値である.
- は充足可能である.
- は有限充足可能である.
は有限充足可能であるとする.前の補題より, について,
である.よって, がとれる.このとき, に対してが成り立つので, である.故に, は充足可能である.
おわりに
今回は完全性定理,超限帰納法, Tychonoffの定理といった3つの方法を用いて命題論理のコンパクト性定理の証明をしました.多くの教科書は完全性定理の系としてコンパクト性定理を得ていますが,本稿では,完全性定理よりも実用的なコンパクト性定理に重きを置き,その証明を与えることにしました.特に2つ目の超限帰納法による証明では超限的議論を明確にし, Zornの補題やTukeyの補題のような,超限的議論をブラックボックス化することで整列集合の議論を避けて通る方法とは異なる証明の味わいがあると考えています.また, 3つ目のTychonoffの定理による証明は,コンパクト性定理という名と,位相空間論におけるコンパクト性との関連性を見出す重要な事実です.本稿が,なぜ超限帰納法が便利なのか,なぜ位相空間論が興味深いのかといった素朴な考えへの回答の一助になれば幸いです.