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現代数学解説
文献あり

ノート:トポス (1) - 初等トポスは有限余完備である

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忙しい人向けダイジェスト

Mac Lane のⅥ章6~7節や、 MacLane-Moerdijk のⅣ章4~5節の内容をやります。

前書き

集合論、あるいは数理論理学 (の一部断片) の圏論的実装として、初等トポス (elementary topos) と呼ばれる構造が知られています。「トポス」とは古代ギリシャ語で「場所」を意味するτόποςから来ており、トポロジー (topology/Topologie) との関連が深い (というより、語源へ逆流?) ことを示しています。

トポスは代数幾何学の巨人グロタンディーク (A. Grothendieck, 1928–2014) が層理論の研究をする中で、層や層のなす構造を一般化した結果誕生しました。圏C上のグロタンディーク位相についての層がなす圏はグロタンディークトポスと呼ばれる構造を持ちます。
同時期に、ローヴェア (などの圏論学者) は圏論によって数学の基礎を打ち建てようと試み、その過程でトポスに注目しました ( ETCS )。ローヴェア (F. W. Lawvere) はティアニー (M. Tierney) と共に、集合論的な仮定から自由となった初等トポスを導入します。

初等トポス

\envcat初等トポス (elementary topos) であるとは、\envcatが以下の条件を満たすことである。

  1. カルテシアン閉である。すなわち、二項積×、その単位対象でもある終対象1、随伴\envcat(A×B,C)\envcat(A,CB)を与える関手(\_)^{(\_)}\colon\envcat^{\op}\times\envcat\to\envcatを備えている。
  2. 引き戻しを持つ。すなわち、任意のAfCgBに対して、Ap1Pp2Bが存在してfp1=gp2が成り立ち (下図左)、任意のfq1=gq2を満たすAq1Qq2Bに対して、q1=p1h,q2=p2hを満たすh:QPがただ1つ存在する (下図右)。
    Qq1q2Pp2p1BgPp2p1BgAfCAfC
  3. 部分対象分類子 (subobject classifier) を持つ。すなわち、ある対象Ωと射true:1Ωが存在して、任意の単射s:SAに対して次の図式を引き戻しにするχs:AΩがただ1つ定まる。
    Ss1trueAχsΩ

初等トポスの例としては、小さい集合の圏\CSet、有限集合の圏FinSet、位相群Gからの連続作用を備えた集合の圏GSet、小さな圏Cから\CSetへの関手圏\CSetCなどがあります。

初等トポスはその上で集合論および数理論理学の様々な概念を実装、模倣することができますが、ZFCの全てを実行できるほどは強くありません。例えば [MacLane-Moerdijk] では、選択公理とNNOを備えたwell-pointed toposの理論が、RZCと呼ばれる制限されたツェルメロ公理系 (に選択公理を追加したもの) と無矛盾等価であることが示されています。

本記事の内容

本記事は以下の定理までの道のりを記述するノートです:

初等トポス\envcatは有限余完備である。
(すなわち、任意の有限圏Jと関手F:J\envcatについて、Fは余極限を持つ。)

初等トポスの定義は余極限について何も表明していません (二項積・引き戻し・終対象によって、有限完備であることはすぐに確認できます。本記事でも命題18で登場します)。その結果かどうかはわかりませんが、この定理を示すための道のりは険しい山道のようになっています。

定理を証明するための3つのマイルストーンを先に示しておきます。

ベック–シュバレー条件

トポス\envcatにおいて、単射k:BBから以下の図式が可換になるような射k:ΩBΩBが定まる。
E1true1trueB×ΩBBk×\idΩB×ΩB\id×kΩB×ΩBBΩ

また、関手\pow \colon \envcat^{\op}\to\envcat\powX=ΩXで定める。これを冪関手と呼ぶ (詳細は後述)。

いま、射m:CCが射k:BBg:CBに沿った引き戻しであるとき (下図左)、以下 (右) の図式は可換となる。
CgmBk\powBk\powg\powCmCgB\powB\powg\powC

ベックの定理 (反映対によるバージョン)

C,Dの間に随伴FG:CDが存在し、T=GFを随伴によるC上のモナド、関手K:DCTをそれらについての比較関手とする。このとき、

  1. Cにおいて、射の対s,t:XYsi=ti=\idYを満たすようなi:YXを持つとき必ずコイコライザが存在するならば、Kは左随伴Lを持つ。
  2. 加えて、Gが上記の条件を満たすコイコライザを保存するとき、随伴の単位\IdCTKLは同型となる。
  3. さらに加えて、Gが同型を反映するならば、随伴の余単位LK\IdDは同型となる。すなわち、Kは圏同値を与える (Gはモナディックな関手である)。

初等トポス\envcatにおいて、冪関手\pow \colon \envcat^{\op}\to\envcatはモナディックである。

ベック–シュバレー条件 (Beck–Chevalley condition) がやっていることは代入と量化子 () の交換 ( 参考 )、あるいはpullとpushの交換です ( 参考1 参考2 )。MacLane-Moerdijkではトポスに対する "内部" (internal) と "外部" (external) 条件、グロタンディーク位相の引き戻し図式に対するもの、位相空間の圏における引き戻し図式に対するものが登場します。
文脈によって条件付けが変わってしまうため何度も登場してしまうのですが、引き戻しによる反変関手とその左随伴に関するとても基本的なツールであり、その結果として今回の議論でも登場します。

ベックの定理は元々、1960年代に代数とモナドの関係について調べられた中で発見されました。モナドT:\arbcat\arbcatに対して随伴を構築する普遍的な方法として、「T-代数の圏」ことアイレンバーグ–ムーア圏と「自由T-代数の圏」ことクライスリ圏という2つの構成が存在します。そこで通常の代数の圏 (つまり\CAbとかGrpとかRingとか) のような圏はT-代数の圏なのか?というような、代数とT-代数の関係性についての疑問が生まれてきます。
ベックの定理はT-代数の圏と同型あるいは圏同値となるようなものの条件(しばしば必要十分条件)を与えます。これによって例えば、代数の圏は確かにT-代数の圏である (しかも同型である) ことがわかります。

これらの道具を用いることで、冪関手\powが自身の逆\pow ^{\op}\colon \envcat\to\envcat^{\op}を左随伴に持ち、さらに\envcat^{\op}PP-代数の圏と圏同値であることがわかります。PP-代数とはよい条件を満たす射PPAAであり、冪集合が{0,1}への射と1対1対応することと併せて考えると、これは二重否定除去¬¬φφに対応します。

\powがモナディックな自己反変関手であることを用いて、ようやく\envcatに有限余極限がすべて備わっていることが示されます。

冪対象・順像とベック–シュバレー条件

まず、初等トポスにおいて (そして本稿の最終目標である定理においても) 重要な概念である冪対象について定義します。これは例えば集合の圏\CSetにおいて冪集合に対応する概念です。

トポス\envcatにおけるA\envcat冪対象 (power object) \powAとは、射A:A×\powAΩを備えた\envcatの対象であり、任意のf:A×CΩの形の射に対して次の図式を可換にするg:C\powAがただ1つ定まるものをいう。
A×Cf\id×gA×\powAAΩ

今回、私たちは\envcatに対してカルテシアン閉であることを定義に組み込んだため、冪対象が\powA=ΩAであり、従ってすべての対象に対して冪対象が存在することが直ちに従います。
逆に冪対象を前提とする場合、次の事実が成り立ちます:

事実 (Theorem Ⅳ.2.1, [MacLane-Moerdijk])

\envcatが終対象・部分対象分類子・すべての引き戻し・すべての冪対象を持つとき、\envcatはすべての指数対象ABを持つ。

\powA=ΩAであったため、冪対象を与える対応は反変関手\pow:\envcat||\envcatを構成します。そこでこれを冪関手と呼ぶことにします。

トポス\envcatにおいて、単射k:BBから以下の図式が可換になるような射k:ΩBΩBが定まる。これをkによる順像 (direct image) という。
Em1true1trueB×ΩBBk×\idΩB×ΩBEk\id×kΩB×ΩBBΩ
ここで、図式中のm,χE,kは以下の通り定まる。

  • m:EB×ΩBBに沿ったtrueの引き戻し。
  • Ek:B×ΩBΩは単射(k×\id)m:EB×ΩBを特徴付ける射。
  • k:ΩBΩBχEから指数対象ΩBについての普遍性によって定まる射。

順像と呼ぶ通り、集合の圏\CSetにおいてはk:BSk(S)={k(x)BxS}という対応を構成します。また、順像 k(S) の定義から
yk(S)xS.y=k(x)
と書けるため、順像は存在量化子のシンプルな実装と見ることもできます。

に対するベック–シュバレー条件 (定理2再掲)

トポス\envcatにおいて、射m:CCが射k:BBg:CBに沿った引き戻しであるとき (下図左)、以下 (右) の図式は可換となる。
CgmBk\powBk\powg\powCmCgB\powB\powg\powC

冪対象の普遍性から\envcat(\powB,\powB)\envcat(B×\powB,Ω)が従うが、この同型はkの定義からkEkに対応させることがわかる。

示すべき図式に対してこれらの同型 (kEk, mEm, \envcat(\powB,\powC)\envcat(C×\powB,Ω)) を適用すると、次の図式の可換性を証明すればよいことがわかる。
C×\powBC×\powgg×\powBC×\powCEmB×\powBEkΩ
2つの射Em\conc(C×\powg), Ek\conc(g×\powB)それぞれについて、次のような引き戻し図式が書ける
RrEC1trueC×\powBC×\powgm×\powBC×\powCm×\powCCC×\powBC×\powgC×\powCEmΩ
RrEB1trueC×\powBg×\powBm×\powBB×\powBk×\powBBC×\powBg×\powBB×\powBEkΩ
ここで、次の図式が引き戻しになることから、rrはどちらもtrueB\conc(g×\powB)=C\conc(C×\powg)に沿った引き戻しであることが従う。すなわちRRであり、この2つは同一視してよい。
RRECeCxEBeB1trueC×\powBC×\powgxg×\powBC×\powCCB×\powBBΩ
ここから、Em\conc(C×\powg)Ek\concg×\powBはどちらも同じ単射を特徴付けるC×\powBΩの射であり、Ωの普遍性から両者は同じ射であることがわかる。

k:BBがモノ射であるとき、\powk\conck:\powB\powBは単位射である。

任意のモノ射k:BBについて、次の図式が引き戻しとなる。
B\id\idBkBkB
\pow\id\idはどちらも単位射となるため、ベック-シュバレー条件から\powk\conck=\id\conc\pow\id=\id\powBを得る。

\CSetにおいてベック-シュバレー条件の主張を確認してみると、SBに対して
(m\conc\powg)(S)={m(x)Cx\powg(S)}={m(x)Cg(x)S}(\powg\conck)(S)={xCg(x)k(S)}={xCyS.k(y)=g(x)}
という2つの集合を得ます。g\concm=k\concgであることから、x(m\conc\powg)(S)x(\powg\conck)(S)は簡単に確認できます。
一方、その逆は非自明です。特に、xCについて、
yS.k(y)=g(x)xC.x=m(x)
であることはk,mの単射性を必要とするため、これが\CSetにおけるベック-シュバレー条件の肝であることが伺えます。

随伴の比較とベックの定理

ベックの定理は関手がモナディックであるための条件を与えます。モナディックであることを定義するために、随伴とモナドの定義から始めていきます。

とはいえ随伴はそれだけでどの入門書でも1章は費やすほどの重要概念なので、詳しい説明はそれら入門書に譲ることとします。

\arbcat, Dとその間の関手L:\arbcatD, R:D\arbcatについて、LR左随伴 (left adjoint) である (RL右随伴 (right adjoint) である) とは、以下の同値な条件を満たすことである。

  1. 集合としての同型 φx,y:D(Lx,y)\arbcat(x,Ry) が存在して、x\arbcat, yDそれぞれに対して自然である。
  2. 自然変換\uni:\Id\arbcatRLが存在して、各\unix:xRLxxからRへの普遍射である。
  3. 自然変換\couni:LR\IdDが存在して、各\couniy:LRyyLからyへの普遍射である。
  4. 自然変換\uni:\Id\arbcatRL\couni:LR\IdDが存在して、\couniL\concL\uni=\idLR\couni\conc\uniR=\idRが成り立つ。

\uniを随伴の単位 (unit)、\couniを随伴の余単位 (counit) という。また、LRの左随伴であることをLRLR:\arbcatDで表す。

\arbcat上のモナドとは、関手T:\arbcat\arbcatと自然変換μ:TTT, \uni::\Id\arbcatTの3つ組で、以下の条件を満たすものをいう。

  • μ\concTμ=μ\concμT:T3T
  • μ\concTη=μ\concηT=\idT:TT
    TTTxTμxμTxTTxμxTxTηxηTxTTxμxTTxμxTxTTxμxTx
  1. 恒等関手はモナドの自明な例である。このとき、μηはどちらも自明な自然変換であり、従ってモナドが満たすべき条件もすべて満たされる。
  2. \CSet上の関手L:An=0Anについて考える。このとき、LAの要素aLAとはAの要素の有限列a=(a1,,an) (長さ0の列()を含む) である。このとき、μを有限個の有限列の連結((a11,,a1l1),,(an1,,anln))(a11,,a1l1,,an1,,anln)\uniを長さ1の列への対応a(a)とすると、\CSet上の関手Lはモナドとなる。これはプログラミングにおけるListモナドに対応する。
  3. \CSet上の関手M:A1+A={}Aについて考える。このとき、\uniA:AMAは直和への埋め込み、μA:MMAMAを (MMA={1}{2}Aとして)
    μA:12(A)aa
    で定めると、Mはモナドとなる。これはMaybeモナドに対応する。

随伴LR:\arbcatDに対して、T=RLとすると、T\arbcat上のモナドを構成する。

μ=R\couniLとおく。このとき、μ\concTμ=μ\concμT=R\couni\couniLが成り立つ。また、
μ\concTη=R\couniL\concRLη=R(\couniL\concLη)=R(\idL)=\idTμ\concηT=R\couniL\concηRL=(R\couni\concηR)L=(\idR)L=\idT
以上より(T=RL,μ=R\couniL,η)はモナドである。

ARingGrpMonoidのような代数の圏とする。このとき、忘却関手U:(A,)Aは左随伴を持ち、それは自由関手と呼ばれる。この随伴関係は自由–忘却随伴 (free-forgetful adjunction) などと呼ばれることもある。
上述の定理から、自由代数の底集合を取る操作T=UFはモナドになる。

随伴からモナドを構成することは比較的単純ですが、逆にモナドから随伴を作ることはそれほど単純ではありません。モナドから随伴を作る普遍的な方法は2種類知られていますが、今回は「T-代数の圏」とも表現されるアイレンバーグ–ムーア圏のみに注目します。アイレンバーグ–ムーア圏の構成にはT-代数が必要なので、T-代数とその間の射から定義します。

T:\arbcat\arbcat\arbcat上のモナドとする。このとき、T-代数 (T-algebra) とは、\arbcatの対象A\arbcatと射α:TAAの組で、以下の条件を満たすものである。

  • α\concTα=α\concμA:TTAA
  • α\concηA=\idA:AA

T-代数(A,α),(B,β)に対して、T-代数の射 (準同型) f:(A,α)(B,β)とは、\arbcatの射f:ABであって、次の図式を可換にするものである。
TATfαTBβAfB

図式を並べて接続することで、T-代数の射の合成が定義でき、また恒等射は明らかにT-代数の恒等射となるため、これによってT-代数は圏をなすことがわかります。

\arbcat上のモナドT:\arbcat\arbcatについて、Tアイレンバーグ–ムーア圏 (Eilenberg-Moore category) \arbcatT とは、\arbcat上のT-代数とその間の射すべてからなる圏である。

任意のA\arbcatに対して、μA:TTATAは定義からT-代数になります。また、任意のT-代数は\arbcatの対象を構成要素に持っているため、T-代数から\arbcatの対象を取り出すことができます。
これらの対応をFT:A(TA,μA), UT:(A,α)Aで表すことにすると、これらはそのまま圏の間の関手FT:\arbcat\arbcatT, UT:\arbcatT\arbcatになって、さらにUTFT=Tであることが従います。

FTUTの左随伴。

T-代数の定義から、A=(A,α)\arbcatTに対してα\concTα=α\concμAであるが、この等式からα\arbcatTの射α:(TA,μA)(A,α)となることが従う。これを\couniA=αで表すと、

\couniFTA\concFT\uniA=\couniTA\concFT\uniA=μA\concFT\uniA=\idFTAUT\couniA\conc\uniUTA=α\conc\uniUTA=\idUTA
従って、FTUTである。

随伴LR:\arbcatDに対して、T=RLとする。このとき、ある関手K:D\arbcatTが存在して、
KL=FT,R=UTK
DKDKR\arbcatLFT\arbcat\arbcatT\arbcatTUT
が成り立つ。
このKを (LFTの) 比較関手という。

yDに対して、
R\couniy:RLRyRyT-代数となる。
そこでKy=(Ry,R\couniy)とすると、この等式はyに対して自然であることからKが関手として定義できることが従う。

定義からKL=FTR=UTKも従うことがわかる。

余談

モナドT:\arbcat\arbcatから随伴を構成するもう一つの方法であるクライスリ圏\arbcatTについても同様に、随伴FTUT:\arbcat\arbcatTが存在して、任意の随伴LR:\arbcatDに対して、L=KFTかつRK=UTが成り立つようなK:\arbcatTDが存在することが言えます (比較関手の方向に関して、\arbcatTと双対の関係にあります)。

前書きでも軽く触れましたが、通常「代数」と呼ばれるもの、すなわち、集合の上にいくつかの演算と満たすべき等式が定まった構造と、あるモナドTによるT-代数はその定義や構成方法に違いがあり、同じものを指しているかどうか (現段階では) 明らかではありません。

通常の代数には自由関手と忘却関手による随伴が存在するので、それが関連するモナドのアイレンバーグ–ムーア圏と「十分に同じ」かどうかを計る性質がモナディック (monadic)、古い言い方で tripleable と呼ばれるものです。

関手U:A\arbcatモナディック (monadic) であるとは、Uが左随伴F:\arbcatAを持ち、比較関手K:A\arbcatTが圏同値であることを言う。

\arbcatの射f,g:AB, q:BQq\concf=q\concgを満たすとします。q\concf=q\concgを満たす任意のq:BQに対して、q=h\concqを満たす射h:QQがただ1つ存在するとき、q(f,g)コイコライザ (coequalizer) であるといいます。
AfgBqqQhQ

コイコライザは集合でいえば、fgが定めるB上の同値関係 (f(x)g(x)で定まる関係を同値関係になるように拡張したもの) でBを割った商集合にあたります。代数の場合も商代数をとる操作と関連付けられます。

ベックの定理 (あるいはその変種) において、コイコライザは重要な役割を果たします。ベックの定理を証明する前に、もう少し表記の単純な条件 (その分強まっているので使い勝手はよくない) から導かれる変種の定理でそれを確認していきます。

関手U:A\arbcatは左随伴F:\arbcatAを持つとする。このとき、Aが全てのコイコライザを持つならば、比較関手K:A\arbcatTは左随伴を持つ。

T-代数(A,α:TAA)に対して、コイコライザ
FUFA\couniFAFαFAqαLα
を取る。T-代数の射f:(A,α)(B,β)に対して、f\concα=β\concTf\couniの自然性から次の図式が可換になり、コイコライザの普遍性から射LαLβをただ1つ得る。
FUFA\couniFAFαFUFfFAqαFfLαFUFB\couniFBFβFBqβLβ
ここから、Lが関手であることが従う。

\arbcatTの射g:(A,α)(UB,U\couniB)に対して、次の図式を考える。
FUFA\couniFAFαFUFgFUgFAqαFggL(A,α)fFUFUBFU\couniBFUB\couniBB
ただしg=\couniB\concFg:FABである。このとき、
g\conc\couniFA=\couniB\concFUg=\couniB\concFU\couniB\concFUFg=\couniB\concFg\concFα=g\concFα
が成り立つため、コイコライザの普遍性からg=f\concqαを満たすfの存在が言える。

f:L(A,α)Bg:FABと1対1対応し、またgg:AUBは随伴より定まる1対1対応なので、これにより集合の同型A(L(A,α),B)\arbcatT((A,α),KB)が言えて、構成から明らかにこの同型はA,Bについて自然。

以上よりLKである。

関手U:A\arbcatT:JAのコイコライザを保存するとは、Aの射f,g:ABにコイコライザq:BQが存在するとき、Uq:UBUQがふたたびUf,Ugのコイコライザになることを言います。

関手U:A\arbcatは左随伴F:\arbcatAを持つとする。Aが全てのコイコライザを持ち、加えてUが全てのコイコライザを保存するとき、比較関手を右随伴とする随伴LKの単位は同型となる。

Aが全てのコイコライザを持つため、比較関手Kは左随伴を持つ (補題9)。随伴の単位を\uni:\Id\arbcatT\ToKLとすると、これは補題9で示した方法で恒等射に移るので、\arbcat上で次の図式が可換になる。
A\uniAUT\uniAUFUFAU\couniFAUFαUFAUqαU((UT\uniA))UL(A,α)\idUL(A,α)
ここで、g=\couniB\concFg:FABに対してg=U(g)\conc\uniAであることを用いている。

いま、Uqα=UT\uniA\concαであることが、
UT\uniA\concα=Uqα\conc\uniA\concα=Uqα\concTα\conc\uniTA=Uqα\concμA\conc\uniTA=Uqα
から従う (次の図式も参照)。
UFAα\uniUFAA\uniAUT\uniAUFUFAU\couniFA=μAUFα=TαUFAUqαUL(A,α)

Uはコイコライザを保存するため、UL(A,α)(U\couniFA,UFα)のコイコライザである。従って、α\conc\uniA=\idAとコイコライザの普遍性から、UT\uniAは同型となる。qαT-代数の射であったので、UTqαの同型からqαの同型が従う。

関手U:A\arbcatがコイコライザを反映するとは、Aにおける次のような射の組(f,g,q)
AfgBqQ
において、Uq(Uf,Ug)のコイコライザである時には、必ずq(f,g)のコイコライザであることをいいます。

(Beck)

関手U:A\arbcatは左随伴F:\arbcatAを持つとする。Aが全てのコイコライザを持ち、加えてGが全てのコイコライザを保存して反映するならば、Gはモナディックである。

補題9, 10より、比較関手K:A\arbcatTは左随伴を持ち、随伴の単位\uni:\Id\arbcatTKLは同型となる。

随伴の余単位\couni:LK\To\IdAについて、各コンポーネント\couniX:LKXXは次の図式のように定まる。
FUFUX\couniFUXFU\couniXFUXqU\couniX\couniXL(UX,U\couniX)\couniXX

補題10の証明で示したように、T-代数を構成するα:TAA\arbcat(U\couniFA,UFα)のコイコライザである。これをT-代数U\couniX:TUXUXに適用すると、U\couniX(U\couniFUX,UFU\couniX)のコイコライザであることを得る。

仮定よりUはコイコライザを反映するので、\couniX(\couniFUX,FU\couniX)のコイコライザである。以上より\couniXが同型であることが従う。

上述の定理11はベック (Jon Beck) が1968年に初めて定理を発表した時に、「粗いモナド化可能性定理」(Crude triplableness theorem) と呼んでいたものです。通常、「Aが全てのコイコライザを持つ」などの条件は強すぎるため、より弱い十分条件でモナディックであることを示す定理が様々に存在しています。

定理3で載せたものは[MacLane-Moerdijk]の定理Ⅳ.4.2で使用されているバージョンです。ここで関手G:D\arbcatが同型を反映するとは、Gfが同型であるならばfも同型であることをいいます。

ベックの定理 (定理3再掲)

C,Dの間に随伴FG:CDが存在し、T=GFを随伴によるC上のモナド、関手K:DCTをそれらについての比較関手とする。このとき、

  1. Cにおいて、射の対s,t:XYsi=ti=\idYを満たすようなi:YXを持つとき必ずコイコライザが存在するならば、Kは左随伴Lを持つ。
  2. 加えて、Gが上記の条件を満たすコイコライザを保存するとき、随伴の単位\IdCTKLは同型となる。
  3. さらに加えて、Gが同型を反映するならば、随伴の余単位LK\IdDは同型となる。すなわち、Kは圏同値を与える (Gはモナディックな関手である)。

任意のT-代数(A,α:TAA)に対して、Dにおける射の組\couniFA,Fα:FUFAFAは右逆射FηA:FAFUFAを持つ。従って、この射の組はコイコライザを持ち、以降補題9に従って左随伴L:\arbcatTDを得る。Lの単位が同型であることは補題10と同様に従う。

補題11で示した通り、U\couniX(U\couniFUX,UFU\couniX)のコイコライザである。ここでGがコイコライザを保存するので、U\couniXが同型であることがわかる。仮定からGは同型を反映するため、\couniXの同型が従う。

冪関手のモナド性

先に補題を2つほど証明します。

忠実な関手はモニック射とエピ射を反映する。すなわち、関手F:\arbcatDが忠実 (任意の写像Fx,y:\arbcat(x,y)D(Fx,Fy)が単射) であるとき、以下が成り立つ。

  1. \arbcatの射f:xyについて、Ff\concg=Ff\concgならばg=gDにおいて成り立つ (Ff:FxFyがモニックである) とき、fについてもf\conch=f\conchならばh=hが成り立つ。
  2. \arbcatの射f:xyについて、g\concFf=g\concFfならばg=gが成り立つとき (Ff:FxFyがエピである) とき、fについてもh\concf=h\concfが成り立つ。

関手F:\arbcatDは忠実とする。

  1. FfDにおいてモニックであるとする。このとき、f\conch=f\conchならばFf\concFh=Ff\concFfからFh=Fh。さらにFが忠実であるため、h=hが従う。
  2. FfDにおいてエピであるとする。このとき、h\concf=h\concfからFh\concFf=Fh\concFfよりFh=Fhが成り立つ。さらにFが忠実であるため、h=hが従う。

初等トポス\envcatにおいて、同型であることはモニックかつエピであることと同値である。

モニックかつエピであれば同型であることを示せばよい (逆は明らかである)。
いま、\envcatの射f:ABがモニックかつエピである。このとき、次の図式が引き戻しとなる。
Af1trueBχfΩ
さらに、終対象への射は対象ごとにただ1つであるため、射trueB:B1trueΩに対してχf\concf=trueB\concfが成り立つ。
このとき、引き戻し図式の普遍性からfχftrueBのイコライザであることが従う。

他方、fはエピであったため、χf\concf=trueB\concfよりχf=trueである。同じ射の組のイコライザは同型射となるため、fは同型射である。

冪関手\powについていくつか確認しておきます。モナド\envcatに対して、冪対象はPA:=ΩAで与えられるため、指数写像の関手性からPは反変関手をなすことがわかります。冪対象の定義から、Pfが次のように導出され、冪対象によってトポスを定義した場合はここからPの関手性を得ます。

冪対象の定義からの導出

初等トポス\envcatの射f:ABに対して、Pf:PBPAが次の図式を可換にするように定まる。
A×PBf×\id\id×PfB×PBAA×PABΩ

冪関手がモナディックであることはベックの定理を適用することで証明できます。そのために、冪関手にベックの定理が適用可能であること(すなわち、左随伴を持つことと、定理が要求する3つの条件を満たすこと)を示す必要があります。

初等トポス\envcatにおいて、冪関手\pow \colon \envcat^{\op}\to\envcatは忠実である。

\envcatの射f:BAに対して、\id,f:BB×Aはモニックである。ここで、以下の可換図式を考える。
Bf\id,fAΔA1trueB×Af×\idA×AδAΩ
ここでΔA=\id,\idは対角射、δAΔAを引き戻しにする射である。部分対象分類子の性質から、\id,fを引き戻しにする射はδA\concf×\idであり、図式はすべて引き戻しになる。

冪対象の性質からδAが定める射を{_}A:A\powAで表す。このとき、次の図式が可換となる。
B×Af×\id\id×{_}AA×A\id×{_}AδAB×\powAf×\id\id×\powfA×\powAAB×\powBBΩ
従って、f,f:BA\powf=\powfであるとき、δA\conc(f×\id)=δA\conc(f×\id)であり、これに沿ってtrueを引き戻すことで最終的にf=fを得る。

以上より\powA,B:\envcat(B,A)\envcat(\powA,\powB)が任意のA,Bについて単射であるため、\powは忠実関手である。

Theorem Ⅳ.5.1, [MacLane-Moerdijk]

冪関手P:\envcat||\envcatは左随伴を持ち、それは\mathcal{P}^\op\colon\envcat\to\envcat^\opである。

冪対象の性質から、\envcat(A,PB)\envcat(A×B,Ω)\envcat(B,PA)\envcat|((|PA,B)である。従って、\mathcal{P}^\op\colon\envcat\to\envcat^\opPの左随伴である。

随伴P||Pについて、その単位\uni\colon\Id_\envcat\To\mathcal{P}\mathcal{P}^\opは次の図式を可換にするように定まります。
PA×A\id×\uniAA×PAAPA×PPAPAΩ
P\mathcal{P}^\opが互いに反対であることから、随伴の余単位は\couniA=\uniA|::|PPAAで定まります。

(定理4再掲) Theorem Ⅳ.5.3, [MacLane-Moerdijk]

初等トポス\envcatにおいて、冪関手\pow \colon \envcat^{\op}\to\envcatはモナディックである。

ベックの定理によって証明する。まず、\envcatは二項積と引き戻しを持つため、次の引き戻しによって射の組f,g:ABのイコライザq:QAを得る。
QqAf,gBΔBB×B
\envcatのイコライザは\envcat^\opのコイコライザであるため、\envcat^\opは全てのコイコライザを持つ。

\envcat^\opにおけるコイコライザの図式
\begin{xy} \xymatrix{ A \ar@<.6ex>[r]^-{f^\op} \ar@<-.6ex>[r]_-{g^\op} & B \ar[r]^-{q^\op} & Q } \end{xy}
であって、f|\conc\conc|i|==|g|\conc\conc|i|==|\idBを満たすようなi|::|BAを備えているものについて考える。これは\envcatにおいて、i\concf=i\concg=\idBを満たすi:ABを備えたイコライザの図式となる。

次の図式について、
QqqBfBgA
f\conch=g\conchを満たす射h,h:XBについて、iを後ろに合成することでh=hがわかり、従ってqがイコライザであることからh=h=q\conckを満たすk:XQがただ1つ存在する。以上のことから上の図式は引き戻しである。
qfgの引き戻しでもあることから、qがモニックであることが従う。

ベック-シュバレー条件より、次の図式が可換となる。
\powB\powqf\powQq\powA\powg\powB
また、ベック-シュバレー条件の系から、\powq\concq=\id\powQ\powf\concf=\id\powBがわかる。

従って、\powf,\powg,\powq分裂フォーク (split fork) と呼ばれる図式を構成する。
このとき、h\conc\powf=h\conc\powgを満たすようなh:\powBXに対して、h\concq\conc\powq=hが成り立つ。
\powA\powf\powg\powB\powqf\powA\powg\powf\powBxh\powQq\powBhX
また、k\conc\powq=k\conc\powq=hを満たすk,k:\powQXは、qを前から合成することでk=kを得る。
以上より\powq(\powf,\powg)のコイコライザであり、すなわち\powはコイコライザを保存する。

最後に、補題15と16から、\powはモニック射とエピ射を反映するが、それはすなわち同型も反映することがわかる。以上より、ベックの定理によって\powがモナディックであることが従う。

分裂フォーク、およびそれのなす分裂コイコライザと呼ばれるコイコライザについてはCWMのⅥ章6節を参照。

余極限の構成

\envcatが有限余完備であることは、\powがモナディックであることを用いて、\envcatの有限完備性 \envcatTの有限完備性 \envcat^\opの有限完備性 \envcatの有限余完備性の順番で示されます。\envcatが有限完備であることは (有限余完備性と異なり) 初等トポスの基本的な性質です。

すべての有限積とすべてのイコライザを持つ圏はすべての有限極限を持つ。
特に、初等モナドは全ての有限極限を持つ。

\arbcatはすべての有限積とイコライザを持つ圏、Jは有限圏とする。
このとき、関手F:J\arbcatに対して、有限積jJFjd:ijFjが取れるため、次の図式におけるπ,τとそのイコライザ(Q,q)を考える。
FjFjQqjJFjπτd:ijFjFiF(d:ij)Fj
ただしπとは積の性質を用いて各Fjへの射影から導かれる射、τは各Fd:FiFjから導かれる射である。
このときQqjJFjFjによってQからFへの錐が構成でき、さらに任意のFへのXからの錐は、対応するk:XjJFjについてπ\conck=τ\conckが成り立つため、k=q\conckを満たすk:XQがただ1つ存在する。従ってQFの極限である。

JFは任意に選べたため、\arbcatは任意の有限極限を持つ。

初等モナド\envcatについて、終対象は0項積と思うことができるので、二項積と併せて\envcatは全ての有限積を持つ。従って\envcatは有限完備である。

上記の方法による完備性の証明は、まったく同じ形で任意の (小さな) 積とイコライザを持つ圏が (小) 完備であることを示す証明に書き直すことができます。特にこれにより、小さな集合の圏\CSetが小完備であることが示されます。[Mac Lane,Ⅴ.2節]

関手F:\arbcatDが極限を創出する (create) とは、関手D:J\arbcatに対してFD:JDに極限錐{τj:LFDj}jJが存在するとき、L=FLかつτj=Fτjを満たすL\arbcatと錐{τj:LDj}が存在して、さらにこれはDの極限錐となるものをいいます。

反映と異なり、\arbcatにおいてDからの錐 (極限錐とも限らない) の存在を仮定していないことに注意してください。

\arbcat上のモナドT:\arbcat\arbcatについて、忘却関手UT:\arbcatT\arbcatは極限を創出する。
すなわち、関手D:J\arbcatTに対してUTDが極限を持つならば、UTによってその極限錐に移る\arbcatT上の錐がただ1つ存在して、さらにそれはDの極限錐となる。

xJに対してDx=(Dx,dx:TDxDx)とおく。UT\concDの極限錐を{τx:LDx}xJで表すと、dx\concTτx:TLDxTLからUT\concDへの錐となるため、普遍性からλ:TLLが存在してdx\concTτx=τx\concλである。同様にLが極限であることからλ\conc\uniL=\idλ\concTλ=λ\concμLが従うため、(L,λ)T-代数である。

dx\concTτx=τx\concλであったことから、各τxT-代数の射τx:(L,λ)Dxである。τx\arbcatで極限錐を構成していたので、\arbcatT上でτxがなす錐も極限錐となる。

(定理1再掲)

初等トポス\envcatは有限余完備である。
(すなわち、任意の有限圏Jと関手F:J\envcatについて、Fは余極限を持つ。)

Jを有限圏とする。初等トポスは有限完備であるため、任意の関手F:J||\envcatに対してFの極限が存在する。

T=\pow\pow^\opとすると、これは\envcat上のモナドとなる。定理19より忘却関手UT:\envcatT\envcatは極限を創出するため、\envcatTにおいても任意のF:J||\envcatTに対して極限が存在する。

冪関手\powはモナディックであったため、\envcatT\envcat^\opは圏同値である。すなわち\envcat^\opも任意のF\colon\mathcal{J}^\op\to\envcat^\opに対する極限を持つ。

\mathcal{J}^\op\to\envcat^\opに対する極限とはJ\envcatに対する余極限と同じことであるため、以上より\envcatは有限余完備である。

\envcatを初等トポスとする。\envcatの終対象1について、1への射として定まる!\pow\pow1:\pow\pow11T(=\pow\pow|))|-代数を構成する。構成から明らかに(1,!\pow\pow1)\envcatTの終対象である。

T-代数(1,!)を圏同値L\colon\envcat^T\to\envcat^\opで送ると、0:=L(1,!)\uni\pow1,\pow!\pow\pow1:\pow1\pow\pow\pow1のイコライザとして定まる。

任意の対象A\envcatに対して、\uniA\uni\pow\powA,\pow\pow\uniAのイコライザであることから、次の図式が可換になり、射0Aがただ1つ定まる。
0q\pow1\uni\pow1\pow!\pow\pow1\pow!\powA\pow\pow\pow1\pow\pow\pow!\powAA\uniA\pow\powA\uni\pow\powA\pow\pow\uniA\pow\pow\pow\powA

以上より、0\envcatの始対象である。

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投稿日:2023717
更新日:20231123
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merliborn
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圏論や普遍代数に興味があります。現在の専門は型理論および圏論的意味論です。

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  1. 前書き
  2. 本記事の内容
  3. 冪対象・順像とベック–シュバレー条件
  4. 随伴の比較とベックの定理
  5. 冪関手のモナド性
  6. 余極限の構成
  7. 参考文献 (リンク)
  8. 参考文献