多重ゼータ値の文脈においてしばしば現れるシャッフル積 (たとえば $(2)\sh (2)=4(1,3)+2(2,2)$) とindexのシャッフル積 (たとえば $(2)\ssh(2)=2(2,2)$) との関係を述べたものです。肝心なところはすべて参考文献に放り投げているためあまり中身がありません。
代数は常に結合的かつ単位元を伴うものとします。
通常の多重ゼータ値のケースを考えましょう。ナイーブには正整数 $k_{1},\ldots,k_{d}$ ($k_{d}\ge 2$) に対し
$$\zeta(k_{1},\ldots,k_{d})\coloneqq\sum_{0 < n_{1} < \cdots < n_{d}}\frac{1}{n_{1}^{k_{1}}\cdots n_{d}^{k_{d}}}$$
で定義される実数 ($r=0$ のときは $1$) が多重ゼータ値ですが、これは反復積分表示を持ちます: $a_{1},\ldots,a_{k}\in\{0,1\}$ ($a_{1}\neq 0$, $a_{k}\neq 1$) に対し
$$I(0;a_{1},\ldots,a_{k};1)\coloneqq\int_{0 < t_{1} < \cdots < t_{k} < 1}\prod_{i=1}^{k}\frac{dt_{i}}{t_{i}-a_{i}}$$
とおく ($k=0$ のときは $1$) と
$$\zeta(k_{1},\ldots,k_{d})=(-1)^{d}I(0;1,\underbrace{0,\ldots,0}_{k_{1}-1},\ldots,1,\underbrace{0,\ldots,0}_{k_{d}-1};1)$$
が成り立ちます。この段階で、二つの多重ゼータ値の積はいくつかの多重ゼータ値の和に分解されることがわかります: たとえば
\begin{align}
\zeta(2)^{2}
&=\int_{\substack{0 < s_{1} < s_{2} < 1\\ 0 < t_{1} < t_{2} < 1}}\frac{ds_{1}}{s_{1}-1}\frac{ds_{2}}{s_{2}}\frac{dt_{1}}{t_{1}-1}\frac{dt_{2}}{t_{2}}
\end{align}
ですが、右辺の積分範囲を $ s_{i}$ と $t_{j}$ の大小関係ごとに分割すれば $\zeta(2)^{2}=2\zeta(2,2)+4\zeta(1,3)$ が得られます。
このような状況を整理すべく、次の定式化を導入します:
$L$ を集合、$\bbK$ を体とする。このとき $L$ が生成する自由モノイド $L^{\times}$ が $\bbK$ 上で張るベクトル空間を $\bbK\langle L\rangle$ と書き、$L^{\times}$ の単位元に $\bbK$ を作用させることで $\bbK\subseteq\bbK\langle L\rangle$ とみなす。$L^{\times}$ の元 $w,w'$ と $a,b\in L$ に対して $1\sh w=w\sh 1=w$ と規定し、また
$$wa \sh w'b=(w\sh w'b)a+(wa\sh w')b$$
と定めることで帰納的に二項演算 $\sh\colon\bbK\langle L\rangle^{\otimes 2}\to\bbK\langle L\rangle$ が定まる。これをシャッフル積と呼ぶ。
上記の設定で、$(\bbK\langle L\rangle,\sh,1)$ は必ず可換な $\bbK$ 代数になります (証明は省略)。
ここで使うのは二元集合 $\{e_{0},e_{1}\}$ と係数体 $\bbQ$ に伴う $\bbQ\langle e_{0},e_{1}\rangle$ 上のシャッフル積です (記号は変わらず $\sh$ を使います)。いま $I\colon\bbQ\langle e_{0},e_{1}\rangle\to\bbC$ を $e_{a_{1}}\cdots e_{a_{k}}\mapsto I(0;a_{1},\ldots,a_{k};1)$ の $\bbQ$ 線型延長として定めれば、先ほどの $\zeta(2)^{2}$ を観察したときのような議論で $I$ が $\bbQ$ 代数射になることがわかります (厳密には文字数に関する帰納法を使えばよいです)。したがって、多重ゼータ値の反復積分表示にもとづいて正整数のtupleの集合 (つまり $\zeta$ の定義域) を $\{e_{0},e_{1}\}^{\times}$ の部分集合であると考え、シャッフル積をエンコードしてやることで $\zeta$ (の線型延長) が代数射として振る舞うことになります。この性質のことをシャッフル関係式と呼びます。少し煩雑ですが、改めて主張を明示しておきます:
正整数の組 $(k_{1},\ldots,k_{d})$ ($k_{d}\ge 2$ もしくは $d=0$) すべてが張る $\bbQ$ ベクトル空間を $\cR'$ と書き, 対応
$$(k_{1},\ldots,k_{d})\mapsto (-1)^{d}e_{1}e_{0}^{k_{1}-1}\cdots e_{1}e_{0}^{k_{d}-1}$$
によって $\cR'$ を $\bbQ\langle e_{0},e_{1}\rangle$ の部分空間とみなす。このとき $\cR'$ は部分空間であるだけではなく (シャッフル積に関する) 部分 $\bbQ$ 代数になっており、$\zeta$ は代数射を引き起こす。
さて、反復積分表示に基づいて多重ゼータ値のシャッフル正規化が定義されます: 積分範囲を一般化し, 実数 $0< z<1$ に対し
$$I(0;a_{1},\ldots,a_{k};z)\coloneqq\int_{0 < t_{1} < \cdots < t_{k} < z}\prod_{i=1}^{k}\frac{dt_{i}}{t_{i}-a_{i}}$$
というものを考えましょう。定義域は先ほどとほぼ同じですが、$a_{k}\neq 1$ という制約はなくてもかまいません。したがって、多重ゼータ値の反復積分表示の右辺の一般化
$$(-1)^{d}I(0;1,\underbrace{0,\ldots,0}_{k_{1}-1},\ldots,1,\underbrace{0,\ldots,0}_{k_{d}-1};z)$$
は $k_{r}=1$ でも意味を持ちます。この量のことを $\Li(k_{1},\ldots,k_{d};z)$ と書くことにすれば、先ほどとまったく同様の議論で $\bk\mapsto\Li(\bk;z)$ は $\bbQ$ 代数射となります (ただし定義域を右端成分に関する制約のない $\cR\coloneqq\mathrm{span}_{\bbQ}(\sqcup_{r\ge 0}(\bbZ_{\ge 1})^{r})$ に広げる必要あり。やはりこの場合でもシャッフル積についての部分代数にはなります)。
$\cR$ あるいはその部分集合からの写像を扱うときに断りなく括弧を省いていますが、$\cR$ を $\bbQ\langle e_{0},e_{1}\rangle$ の部分代数だと思っているときは乗法単位元の書き方に注意が必要です: 適当な集合 $S$ と写像 $f\colon \cR\to S$ があったときの像を見るとしましょう。$(1)\in\cR$ の像は本来 $f((1))$ と書かれるべきですが、いま言ったようにしばしば括弧を省くので $f(1)$ とも書きます。一方で、$\bbQ\langle e_{0},e_{1}\rangle$ の単位元 $1$ は $\cR$ (この中でみれば空列のことです) にも含まれますが、この像も $f(1)$ と書けるため混乱が生じます。めんどくさいので空列の記号は本記事には一切登場させないことにします (なので単位元は文脈から読み取ってください)。
一方で、解析的な議論により次がわかります:
いかなる $k_{1},\ldots,k_{d}\in\bbZ_{\ge 1}$ を取っても、ある $J>0$ が存在して $z\to +0$ で
$$\Li(k_{1},\ldots,k_{d};1-z)=P(-\log z)+O(z(\log z)^{J})$$
となるような $P(x)\in\bbC[x]$ が一意的に存在する。
この $P$ の定数項を $\zeta^{\sh}(k_{1},\ldots,k_{d})$ と書くことが多いです。$k_{d}\ge 2$ の場合には $P$ は常に定数なので $\zeta^{\sh}|_{\cR'}=\zeta$ が成り立ちます。実はこれに留まらず、「$\log$ の多項式オーダーで増加する量から定数項を取り出す」という操作 (これを正規化極限と呼びます) は存在する限り和と積を常に保存するため、$\zeta^{\sh}$ は (シャッフル積に関する) 代数射 $\cR\to\bbC$ にもなっています。
ここまでは多重ゼータ値に関する入門文献のほとんどに書いてあることですが、$\cR$ におけるシャッフル積の定義は少々わかりづらいです: 正整数の組としてシャッフルを取っているわけではなく、$e_{i}$ たちのconcatenationだと思ったうえでシャッフル操作を行っています。
この記事は「実は前者を用いてもシャッフル関係式が説明できる」ということを述べるものです。
多重ゼータ値に限れば簡単にこの現象を垣間見ることができます: 母関数
$$ \Zag(X_{1},\ldots,X_{d})\coloneqq\sum_{k_{1},\ldots,k_{d}\ge 1}\zeta^{\sh}(k_{1},\ldots,k_{d})X_{1}^{k_{1}-1}(X_{1}+X_{2})^{k_{1}+k_{2}}\cdots (X_{1}+\cdots+X_{d})^{k_{d}-1}\in\bbC\jump{X_{1},\ldots,X_{d}}$$
を考えましょう。これはもちろん
$$F(X_{1},\ldots,X_{d})\coloneqq \sum_{k_{1},\ldots,k_{d}\ge 1}\Li(k_{1},\ldots,k_{d};z)X_{1}^{k_{1}-1}(X_{1}+X_{2})^{k_{1}+k_{2}}\cdots (X_{1}+\cdots+X_{d})^{k_{d}-1}$$
の係数ごとに正規化極限をとった級数になっているわけですが、$X_{i}$ を十分小さい数だと思い、積分の変数変換 $t\mapsto zt$ を行うことで
\begin{align}
F(X_{1},\ldots,X_{d})
&=(-1)^{d}\int_{0=t_{0}< t_{1}<\cdots< t_{d}< t_{d+1}=1}\prod_{i=1}^{d}\left(\sum_{k\ge 1}\int_{t_{i}< s_{1}<\cdots< s_{k-1}< t_{i+1}}\frac{ds_{1}}{s_{1}}\cdots\frac{ds_{k-1}}{s_{k-1}}(X_{1}+\cdots+X_{i})^{k-1}\frac{dt_{i}}{t_{i}-z^{-1}}\right)\\
&=(-1)^{d}\int_{0=t_{0}< t_{1}<\cdots< t_{d}< t_{d+1}=1}\prod_{i=1}^{d}\left(\sum_{k\ge 1}\frac{1}{(k-1)!}\left(\int_{t_{i}< s< t_{i+1}}\frac{ds}{s}\right)^{k-1}(X_{1}+\cdots+X_{i})^{k-1}\frac{dt_{i}}{t_{i}-z^{-1}}\right)\\
&=(-1)^{d}\int_{0=t_{0}< t_{1}<\cdots< t_{d}< t_{d+1}=1}\prod_{i=1}^{d}\left(\frac{t_{i+1}}{t_{i}}\right)^{X_{1}+\cdots+X_{i}}\frac{dt_{i}}{t_{i}-z^{-1}}\\
&=(-1)^{d}\int_{0< t_{1}<\cdots< t_{d}<1}\prod_{i=1}^{d}t_{i}^{-X_{i}}\frac{dt_{i}}{t_{i}-z^{-1}}
\end{align}
を得ます。したがって、積分範囲のシャッフルにより二つの $F(\cdots)$ たちはいくつかの $F(\cdots)$ たちの和で書け、その規則は $X_{i}$ たちのシャッフルに従います: 言い換えれば、$F$ を $\bbQ\langle X_{1},X_{2},\ldots\rangle=\mathrm{span}_{\bbQ}\{(X_{1},\ldots,X_{d})\mid d\ge 0\}$ へ延長し、ここにシャッフル積を入れれば $F$ は $\bbQ$ 代数射になります。正規化極限を取れば $\Zag$ もまったく同じ性質を満たすことがわかります。ここまでは母関数の議論を行っていましたが、係数比較を行うことで次の定理を得ます:
$\bbQ\langle\bbZ_{\ge 1}\rangle=\mathrm{span}_{\bbQ}\{(k_{1},\ldots,k_{d})\mid k_{i}\in\bbZ_{\ge 1}\}$ のシャッフル積を $\ssh$ と書く。また、$\Zag(X_{1},\ldots,X_{d})$ の $X_{1}^{k_{1}-1}\cdots X_{d}^{k_{d}-1}$ の係数を $A(k_{1},\ldots,k_{d})$ と書く: すなわち
$$A(k_{1},\ldots,k_{d})\coloneqq\sum_{l_{1},\ldots,l_{d}\ge 1}\sum_{\substack{n_{i,j}\ge 0~(1\le j\le i\le d)\\ n_{i,1}+\cdots+n_{i,i}=l_{i}-1\\ n_{j,j}+\cdots+n_{d,j}=k_{j}}}\left(\prod_{i=1}^{d}\frac{(l_{i}-1)!}{n_{i,1}!\cdots n_{i,i}!}\right)\zeta^{\sh}(l_{1},\ldots,l_{d})$$
とおくと、$A$ は $\ssh$ を保つ。
実は「こう定義した $A$ が $\ssh$ について代数射になっているなら $\zeta^{\sh}$ が $\sh$ を保つ」まで言えます。$\bbQ\langle e_{0},e_{1}\rangle$ を $\sh$ で $\bbQ$ 代数だと思ったとき、deconcatenation $$e_{a_{1}}\cdots e_{a_{k}}\mapsto\sum_{i=0}^{k} e_{a_{1}}\cdots e_{a_{i}}\otimes e_{a_{i+1}}\cdots e_{a_{k}}$$
およびconcatenationに関する準同型 $e_{a}\mapsto 0$ によってHopf代数構造が入ります。これは無限次元なので双対空間 $\bbQ\njump{f_{0},f_{1}}$ ($f_{i}$ は $e_{i}$ の双対) には完備Hopf代数構造が入ります。したがって、$\bbQ$ 代数 $R$ および $\bbQ$ 線型な $Z\colon\bbQ\langle e_{0},e_{1}\rangle\to R$ があったとき、$Z$ が $\sh$ に関する代数射であることは母関数
$$\Phi_{Z}\coloneqq\sum_{a_{1},\ldots,a_{k}\in\{0,1\}}Z(e_{a_{1}}\cdots e_{a_{k}})f_{a_{1}}\cdots f_{a_{k}}$$
が $ R\njump{f_{0},f_{1}}$ においてgroup-likeであることと同値です。
さてこれは $\bbQ\njump{f_{0},f_{1}}$ は二元 $\{f_{0},f_{1}\}$ で生成される自由 Lie 代数 $\ff_{2}$ の完備普遍包絡代数 $\hU\ff_{2}$ と思えるわけですが、$\ff_{2}$ の直和分解 $\bbQ f_0\oplus D^{1}\ff_{2}$ によって、部分 Lie 代数 $D^{1}\ff_{2}$ の完備普遍包絡代数 $\hU\ff_{2}^{\dagger}\coloneqq\hU(D^{1}\ff_{2})$ も考えることができます。実は構造定理 $\bbQ\langle e_{0},e_{1}\rangle\simeq\cR[e_{0}]$ ($\sh$ を伴った $\bbQ$ 代数としての同型) が成り立つので、$Z$ が $\cR$ からの $\bbQ$ 線型写像ということにしておいても、$Z(e_{0}^{n})=\delta_{n,0}$ としておくことでgroup-likeな $\Phi_{Z}$ を得ることができます。
さて $\hU\ff_{2}^{\dagger}$ は $\hU\ff_{2}$ の完備部分 Hopf 代数ですが、いまの $Z$ の絞り方と $e_{0}$ が $f_{0}$ の双対であったことを思い出せば $\Phi_{Z}\in\hU\ff_{2}^{\dagger}$ となります。
一方、可換な母関数の集まり $\cM\coloneqq\prod_{d\ge 0} R\jump{X_{1},\ldots,X_{d}}$ およびそれを二つの行に延ばした $ \cM_{2}\coloneqq\prod_{d,d'\ge 0}R\jump{X_{1},\ldots,X_{d+d'}}$ を考えましょう。$X_{\bbZ}$ を $X_{1},X_{2},\ldots$ たちが張る $\bbZ$ 加群とし、$\bbQ\langle X_{\bbZ}\rangle$ のシャッフル積 $\ssh$ を
$$ \omega\ssh\eta=\sum_{\alpha\in(X_{\bbZ})^{\times}}\Sh\binom{\omega;\eta}{\alpha}\alpha$$
と明示することにします。このとき $M\in\cM$ に対し
$$\cSh(M)(X_{1},\ldots,X_{d};X_{d+1},\ldots,X_{d+d'})\coloneqq\sum_{\alpha\in(X_{\bbZ})^{\times}}\Sh\binom{X_{1},\ldots,X_{d};X_{d+1},\ldots,X_{d+d'}}{\alpha}M(\alpha)$$
とすることで $R$ 線型な $\cSh\colon\cM\to\cM_{2}$ が得られます。ここでなんと次の事実が成り立ちます:
この事実から、$A$ が $\ssh$ を保つというのはその素直な母関数 $F_{A}$ が $\cM$ のgroup-like元であることにほかならず、それはさらに $\ma^{-1}(A)$ が $(U(D^{1}\ff_{2})\otimes R)^{\wedge}$ においてgroup-likeということであり、すなわち $\ma^{-1}(A)$ の各係数が $\sh$ を保つ (そして $f_{0}$ で消えている) ことと同値です。これらのストーリーを $\ma^{-1}(A)=\Zag$ とおいて適用すれば多重ゼータ値の場合を復元できます。