圏論初心者以上ガチ勢未満の半端ものなので、コンマ圏のことなんもわからんになっていたんですが、研究を進めていた時に年貢の納め時を察知したので圏論の書籍 (CWM, CTC) やalg-dさんの文献 (algd2lim, algdKan) や
nLab
を漁ってコンマ圏の重要性を頭に叩き込むことにしました。
コンマ圏を表す言葉に、「laxな引き戻し」というものがあります。コンマ圏はという関係にある射について記述し、これがコンマ圏が記述するすべてです。ところで圏論というか圏はその特性上、2つの対象が等しいかどうかわかる方法は、自明な方法 (つまり別の方法で集合論的に判別できる場合) を除いてあまり存在しません。必然的にの関係はとても強い主張になってしまい、関手の間の関係について知りたい場合などは役に立たなくなってきます。普遍性などの議論においても息をするように同型は無視していますね。つまりそういうことです (この辺はalg-dさんの
動画
でも言及されていますね)。
コンマ圏の重要な使い所としては、米田埋め込みが自由な余完備化であることの証明が挙げられます。これは代数的圏への米田埋め込みがシフト余極限についての完備化になる (CIGA, Theorem 4.13) 証明に応用され、代数的圏の理論で重要な役割を担っています。また、各点Kan拡張の構成に見られるように、点ごとに極限の様子を調べることも可能にします (実際、片側を一点に固定して取られるコンマ圏はの各点に対するファイバーを構成します)。各点Kanについてはこの観点からもう少し調べたかったんですが、2-圏論の沼が深すぎてまだよくわかっていません。
1-圏的コンマ圏論
定義
コンマ圏の定義は次のようになります。この圏が普遍性とかの議論よりもずっと前に定義だけ登場するの本当よくないと思う (暴論)
コンマ圏
関手, に対して、コンマ圏 とは以下によって構成される圏である:
- 対象: , , の射の3つ組
- 射: 以下の図式を可換にするの射との射の組
(コ)スライス圏
圏とその対象に対して、スライス圏とは、以下によって構成される圏である:
- 対象: への射 (もしくはとの組)
- 射: を満たすの射
逆にからの射によって構成される圏をコスライス圏と呼ぶ。
スライス圏はコンマ圏の特別な場合です。つまり、恒等関手と一点関手を用いることで、スライス圏やコスライス圏はコンマ圏およびと書くことができます (やと書くこともあります)。
コンマ圏は、Lawvereの博士論文Lvr63において随伴を特徴付けするための道具として考案され、Lawvere本人は特に何の名前でも呼んでいなかったのですが、その時にという表記を用いたことが原因で名づけられました。そしてその後コンマが用いられなくなって以降もずっとコンマ圏と呼ばれ続けています。
随伴関手との関係は後で見ることにして、ここではLvr63に載っているコンマ圏の定義を見てみます。
[Lawvere, 1963]におけるコンマ圏の定義
(CWM pp. 59–60 あるいは Lvr63 pp. 36–37 を参照)
圏は2つの異なる対象を持ち、非自明な射がただ1つであるような圏とする。
圏と関手, に対して、次の図式の四角形3つはすべて引き戻しとなる。
ここでは関手圏をの射の圏とみなした際に, で表される関手である。
圏の引き戻しの構成を考えることで、コンマ圏がの引き戻しに、がの引き戻しになっていることがわかる。
さらにの引き戻しは、写される先の対象が等しいならばそれはの形であることが成り立つため、コンマ圏を構成することがわかる。
コンマ圏はの形である射について記述するため、例えば普遍射についての記述をコンマ圏で書くことができます。
普遍射とコンマ圏 (CWM Ⅲ章, p.70)
を関手、をの対象とする。このとき、の射がからへの普遍射であるとは、コンマ圏でが始対象であることと同値である。
がからへの普遍射であるとは、任意のに対しての射がただ1つ存在して、を満たすことである。これをコンマ圏の言葉で置き換えると、任意のに対して射が存在することであり、これはがの始対象であることと同値である。
双対的に、射がからへの普遍射であることは、がコンマ圏の終対象であることと同じであることがわかります。
米田埋め込みと自由余完備化
コンマ圏が重要な役割を果たす定理として、任意の集合値関手が表現可能関手の余極限であることと、米田埋め込みが圏の自由な余完備化(free cocompletion)であることを見ていきます。
始めに、米田の補題、米田埋め込み、そして関連する定理で重要な役割を果たす、集合値関手の要素の圏について定義します。
nLab
によると、これは
グロタンディーク構成
の特殊な場合であり、またによって分類されたバンドルであると書かれていますが、筆者が代数幾何にまったく明るくないためこの辺りはよくわかりません。
要素の圏
集合値関手に対して、その要素の圏 (the category of elements of ) とは、以下の要素からなる圏である:
同じことであるが、の要素の圏とはコンマ圏のことである (ここでとはシングルトンを示す関手)。
(CTC, Lemma 2.4.7)
集合値関手に対して、その要素の圏はコンマ圏と同型である (ここでは米田埋め込み)。
米田の補題からであるため、の要素の圏の対象とコンマ圏の対象の間には全単射が存在する。またこの関係はについても自然なので、これによって関手とが定まり、米田の補題が自然同型を示すことから、とは互いの逆関手となる。
要素の圏を用いて証明される重要な結果の1つが次の定理です。
(CWM, Ⅲ章 §7)
任意の集合値関手は、圏において表現可能関手 (の形で表される関手、およびそれと同型な関手) からなる図式の余極限で表される。
の要素の圏はコンマ圏と同型であるため、これを用いて関手を取ると、これは表現可能関手からなる図式を構成する。
この関手の余極限がであることを示す。各に対して、はこれをに送る。また米田の補題から、を満たす自然変換が存在する。これによってへの余錐が構成される。
からへの余錐をと表す。このとき、に対してによって写像が定まり、さらにこれはについて自然である。
とに対して、
が成り立つため、が成り立ち、の決定方法からこれは一意であることがわかる。以上よりはの余極限である。
(CIGA Theorem 4.10)
米田埋め込みは自由な余完備化である。すなわち、余完備な圏と任意の関手に対して、余極限を保存して、かつを満たす関手がただ1つ存在する。
余完備な圏への関手と集合値関手に対して、を
によって定める。自然変換はコンマ圏の間の関手を定めるが、これは要素の圏として考えるとをに移すものであるため、任意のに対してからへの射を取ってくることができて (つまりこれはへの余射影である)、これらはからの余錐を構成する。余極限の普遍性から射が得られ、これをとする。これによっては関手となる。
表現可能関手に対して、要素の圏の対象はとの組となり、射はを満たすの射によって構成される。従って任意のに対して、射が存在して、この射はからの唯一の射となる。すなわちはの始対象である。
このことを用いると、であることが従う。すなわち、が成り立つ。
が余極限を保存することを示す。関手をによって定める。このとき、
従ってはの左随伴であるため、余極限を保存する。
Lawvereによる随伴関係の定義づけ
以下の定理はLvr63でLawvereが随伴関手の定義に使用したものです。論文を読む限り、Hom集合の間の自然同型による随伴の定義は局所小な圏 (あるいは局所-smallな圏) でないと定義できないという事実を、Lawvereはその論文では嫌ったように見えます。
関手がの左随伴であることは、次の図式を可換にする同型関手が存在することと同値である。
ここでは, はで定まる関手。
がの左随伴であるとき、に対して自然な全単射が存在するため、これが同型な関手を構成する。また、これは明らかにを満たす。
図式を可換にする同型な関手が存在するとき、ここから同型な写像が得られる。の関手性から次の図式がそれぞれ可換になるため、はについて自然となる:
グロタンディーク構成
Indexed categoryとは、圏の圏への反変擬関手のことです。擬関手 (pseudofunctor) は今回扱わないので、以降普通の2-関手だけを考えます。
を圏とする。本稿において-indexed categoryとは、への反変関手である。従って、-indexed categoryは以下で構成される。
ここで、が関手であったことから、以下が成り立つ。
グロタンディーク構成はこのindexed categoryを、への関手へ変換する方法です。ファイバー束の一般化とかそういう動機のようなことを見たのですが、なにしろ代数幾何のことが何もわからないのでよくわかりません。導入はグロタンディークの
SGA1
だそうです。
関手に対するグロタンディーク構成とは、以下で定義される圏と関手の組である。
- の対象はとの組。
- の射はの射との射の組。
- 射の合成はで定義される。
- 恒等射はに対してされる。
関手はによって構成される。
グロタンディーク構成で得られた圏と関手は特別な性質を持っています。これは圏のカルテシアンな射という概念で説明されます。
カルテシアン射
(Uemura17 定義8) 圏と関手に対して、の射がカルテシアンとは、任意のに対して次の図式が引き戻しになることを言う。
Grothendieck fibration
(StrNote 定義2.2, Uemura17 定義9) 関手が(Grothendieck)ファイブレーション、あるいは上fiberedであるとは、任意のの射と (を満たす) に対して、を満たすカルテシアンなの射が存在することである。
逆にファイブレーションからindexed category を構成するに際しては、直観的にはの射に対して関手の構成要素となるの射を選択することが必要に見えます。このことからファイブレーションとindexed categoryは同型ではないことが伺えます。
しかし、よりよいファイブレーション (split fibrationと呼ばれます) を考えることで、ファイブレーションの圏 (で表される) のsplit fibrationからなる部分圏との間に圏同値が存在することが知られています。また、一般のファイブレーションに対しては随伴が存在することが分かっています。これらについてはStrNoteの§3–4に詳細が書いてあります。
関手に対して、コンマ圏と射影はGrothendieckファイブレーションであり、そのファイバーはに対してとなる。
との射に対して、の射が取れるので、この射がカルテシアンであることを言えばよい。
ここでコンマ圏のhom集合はを満たすとから決定されるため、このことからがカルテシアンであることが従う。
ファイバーはに対してによる引き戻しで得られる圏のこと (StrNote 定義2.1を参照) なので、これはのことである。
2-極限による普遍性とKan拡張
2-極限
コンマ圏の構成や性質は、2-極限の用語を用いることでより明確になります。2-極限 (より一般には任意の豊穣圏における極限) では一般の極限より広い概念として、weighted limitが使用されます。
2-極限
2-関手とに対して、-weighted limit とは、(存在するならば)任意のに対して次の同型 (圏の同型) が自然に成り立つようなの対象である:
の場合はさらに次の同型が成り立つ:
がへの恒等関手であるとき、とはここまでの圏論における極限と同じ意味を持ちます。この場合を特にと表すこともあります。
(algd2lim, 命題9)
2-圏をのなす圏、図式(関手)をとする。
を図式 とおくと、コンマ圏とは2-極限のことである。
なので右辺の圏について調べればよい。自然変換は, , の射の組で決定される。また、の間のmodification はの射, の射と可換図式 (下図) で構成される。
以上より、 (すなわち2-極限) はコンマ圏のことである。
2-極限の普遍性をコンマ圏に書き換えてみます。と置いたとき、適当な圏に対してとは図式
のことです。従って圏の対象は関手, および自然変換で構成されます。また、からへの射はを満たす自然変換の組です。
コンマ圏の普遍性
関手, に対してコンマ圏を取って、射影と普遍な自然変換を下図のように表す:
コンマ圏の普遍性は以下の2つの主張で構成される。
関手, と自然変換に対して、とを満たす関手がただ1つ存在する。
関手, と自然変換, , , がを満たすとき、と (1.の普遍性により一意に定まる) の間に自然変換が一意に存在して、を満たす。
コンマ圏の普遍性を様々な概念との関係で見ていきます。
自然変換とコンマ圏
- 関手に対して、コンマ圏からの射影を下図のようにとする。
このときの間の自然変換について、, を満たすような関手がただ1つ存在する。 - 関手圏において次のような可換図式を考える:
このとき、1.によってとからただ1つずつ定まる関手をそれぞれとすると、を満たす自然変換がただ1つ存在する。
錐と関手
コンマ圏の普遍性の特別な場合として、錐に関するいくつかの事実を導くことができます。
コンマ圏の普遍性によって、自然変換ごとに、次の図式を可換にしてとなる関手が存在する。一意性によって主張する集合同型が成り立つ。
関手およびに対して、コンマ圏の射影をと置く。このとき、次の集合同型が成り立つ。
自然変換を固定するごとに、次の図式を可換にしてとなる関手が一意に定まる。
他方、を満たす関手に対して自然変換が対応する。前者の一意性からこれらの対応は全単射となる。
命題11
(CWM 第Ⅹ章 §5 補題4) 関手、および、に対して、次の集合同型が成り立つ。
ここで関手はコンマ圏からの射影である。
関手はコンマ圏からの射影とする。このとき、前命題からが成り立つ。
一方、自然変換のコンポーネントはごとにの関手の対応を定め、また逆の関係も成り立つため、以下の集合同型が成り立つ。
以上より、主張が成り立つ。
Kan拡張
Kan拡張は圏の圏上 (あるいは一般の2-圏内) で定義される、随伴、極限、米田の補題、その他「すべて」の一般化とされる広範で根源的な概念です。CWM CWM 第Ⅹ章 §7のタイトル (後にRiehlも自著 CTC の章タイトルに採用した)『全ての概念はKan拡張である』は、圏論を知る人には非常に有名なフレーズです。
Kan拡張
関手, に対して、のに沿った右Kan拡張とは、関手であって、次で表す同型がに対して自然に存在しているものをいう:
この同型によって自明な自然変換に対応する自然変換をで表し、この右Kan拡張の余単位(counit)と呼ぶ。右Kan拡張はを余単位とする普遍性によっても定義される;
任意の関手と自然変換に対して、を満たす自然変換がただ1つ存在する。
双対的に左Kan拡張や左/右Kanリフトといった概念も定義されるが、今回は割愛する。
コンマ圏は各点Kan拡張の議論に際して重要な役割を果たします。ここでは各点Kan拡張の定義はHCAのものを採用します。
各点Kan拡張 (Borceruxによる定義)
関手, 、の対象に対して次の図式から得られる関手について考える。
がすべてのについて極限を持ち、それがのに沿った右Kan拡張を構成するとき、右Kan拡張は各点的 (pointwise) であると言う。
各点Kan拡張の定義は、次の定理によって後半部分が不要になります。そのため、alg-dのalgdKanでは「各点的」という術語を廃止して、「各点Kan拡張」という操作であるとしてテキストが書かれています。点ごとの操作であるという観点からは非常に直観的な書き方だと思います。
, は関手とする。全てのに対して極限が存在するならば、のに沿った各点右Kan拡張が存在する (algdKan, 定理7)。
特に、が小さくが完備ならば必ず右Kan拡張が存在する (algdKan 系5, HCA 第Ⅰ巻定理3.7.2の双対)。
全てのに極限が存在するとき、と置く。の射とに対して、の極限からの射影が取れるため、これを用いてへの錐が構成できる。従って普遍性から射を得て、これによっては関手となる。各を極限によって構成したため、これによって自然変換を得る (各ごとにへの射影をとする)。
関手と自然変換に対して、とごとにが取れる。これによってへの錐が構成されるため、普遍性からをただ1つ得て、これは自然変換を構成する。構成からであり、従っては右Kan拡張である。
Mac Laneは各点性について異なる定義を与えました。
Mac Laneによる各点性の定義
関手, について、各点右Kan拡張が存在することと、右Kan拡張が存在してそれが全てので右Kan拡張を保存することは同値である (CWM 第Ⅹ章定義7・定理3)。
関手は極限を保存するため、のに沿った各点右Kan拡張が存在するならばは右Kan拡張も保存する。
右Kan拡張が存在して任意のが右Kan拡張を保存するとき、任意のに対して
が成り立つ。そこでの場合について考えると、左辺に米田の補題を適用することで次の集合同型を得る:
一方、命題11の系より、次の集合同型を得る。
この同型は、がの極限であることを示しているため、は各点右Kan拡張である。
後書き
各点Kan拡張については正直もう少し掘り下げたかったのですが、内容量があと1.5倍くらいになりそうだったので泣く泣くカットしました。への(反変)関手とその間の自然変換について、点ごとに極限を取ったものは右変換 (right transformation) になるのですが、点ごとに極限を取っているので当然これは極限の一種と考えることができます。
他方、コンマ圏 (, ) が構成する自然変換は、の右変換を構成するのですが、これは別に普遍な右変換 (点ごとの極限) というわけでは必ずしもありません。ただ、構成から何かしらのカノニカル性はありそうなのですが (関手から右変換を構成する方法を用いてと書ける右変換という関係はあるのですが) ちょっと調べきれませんでした。
文献リンク
CWM -
書籍情報
(丸善出版) -
原著
(SpringerLink via doi.org)
CTC -
書籍情報
(Dover) -
本人公開のpdf
Lvr63 -
論文ページ
(TAC Reprints)
HCA -
書籍情報
(Cambridge Core via doi.org)
CIGA -
書籍情報
(Cambridge Core via doi.org)
algd2lim, algdKan -
圏論|壱大整域
(HP内ページ) -
@alg-dx
(YouTube)
Uemura17 -
Taichi Uemura
(著者ページ)