超幾何級数の和公式は, 有限和の場合には証明が簡単になることがある. 例えばGaussの超幾何定理
\begin{align}
\sum_{0\leq n}\frac{(a,b)_n}{n!(c)_n}=\frac{\Gamma(c)\Gamma(c-a-b)}{\Gamma(c-a)\Gamma(c-b)}
\end{align}
は$a=-N$が正でない整数の場合Vandermondeの恒等式と呼ばれる
\begin{align}
\sum_{n=0}^N\frac{(b,-N)_n}{n!(c)_n}=\frac{(c-b)_N}{(c)_N}
\end{align}
という形になる. このように, 有限和になる超幾何級数はterminatingであると呼ばれ, それに対する無限和のものはnon-terminatingであると呼ばれる. $c$を$1-N-c$に置き換えて両辺に$\frac{(c)_N}{N!}$を掛けるとこれは
\begin{align}
\sum_{n=0}^N\frac{(b)_n}{n!}\frac{(c)_{N-n}}{(N-n)!}=\frac{(b+c)_N}{N!}
\end{align}
となって, 一般二項定理$(1-x)^{-a}=\sum_{0\leq n}\frac{(a)_n}{n!}x^n$により
\begin{align}
(1-x)^{-b}(1-x)^{-c}&=(1-x)^{-b-c}
\end{align}
の両辺の係数を比較することにより示すことができる.
Vandermondeの恒等式は
\begin{align}
\sum_{0\leq n}\frac{(-a,b)_n}{n!(c)_n}=\frac{\Gamma(c)\Gamma(c+a-b)}{\Gamma(c+a)\Gamma(c-b)}
\end{align}
は全ての非負整数$a=0,1,2,\dots$で成り立つことを意味している. ここで, 複素解析において以下の定理があったことを思い出す.
領域$D\subset\CC$上で正則な複素関数$f(x), g(x)$が$D$で集積点を持つような点列$(x_n)_{n\geq 0}$の上で一致するならば, $D$全体で$f(x)=g(x)$である.
先ほどの状況だと, 点列$0,1,2,\dots$は集積点を持たないので, 一致の定理は使えない. しかし, $q$類似で同じことを考えると, $q$-Vandermondeの恒等式
\begin{align}
\sum_{0\leq n}\frac{(q^{-N},b;q)_n}{(c,q;q)_n}\left(\frac{cq^N}{b}\right)^n&=\frac{(c/b;q)_N}{(c;q)_N}
\end{align}
は次の等式が$a=q^0,q^1,q^2,\dots$
\begin{align}
\sum_{0\leq n}\frac{(a^{-1},b;q)_n}{(c,q;q)_n}\left(\frac{ac}{b}\right)^n&=\frac{(c/b,ac;q)_{\infty}}{(c,ac/b;q)_{\infty}}
\end{align}
で成り立つことを意味している. 点列$(q^n)_{n\geq 0}$は$0$を集積点に持つから, 両辺が$a=0$において正則であることが分かればこの等式は$a=0$の近傍で成り立つことになり, それは解析接続によって両辺が収束する範囲に拡張される. 右辺が$a=0$において正則であるのは明らかである. 左辺に関しても, $(a^{-1};q)_na^n=\prod_{k=0}^{n=1}(a-q^k)$と書けることから, 正則であることが分かる.
よって, $q$-Vandermondeの和公式は一般の$a$に拡張され, $a^{-1}$を$a$に置き換えると, $q$-Vandermondeの和公式から以下が示せたことになる.
\begin{align} \sum_{0\leq n}\frac{(a,b;q)_n}{(c,q;q)_n}\left(\frac{c}{ab}\right)^n&=\frac{(c/a,c/b;q)_{\infty}}{(c,c/ab;q)_{\infty}} \end{align}
次に, 同じ方法をRogersの${}_6\phi_5$和公式に対して試してみる. TerminatingなRogersの${}_6\phi_5$和公式は非負整数$N$に対して,
\begin{align}
\sum_{0\leq n}\frac{(1-aq^{2n})(a,b,c,q^{-N};q)_n}{(1-a)(q,aq/b,aq/c,aq^{N+1};q)_n}\left(\frac{aq^{N+1}}{bc}\right)^n&=\frac{(aq,aq/bc;q)_N}{(aq/b,aq/c;q)_N}
\end{align}
と表される. これは,
\begin{align}
\sum_{0\leq n}\frac{(1-aq^{2n})(a,b,c,d^{-1};q)_n}{(1-a)(q,aq/b,aq/c,adq;q)_n}\left(\frac{adq}{bc}\right)^n&=\frac{(aq,aq/bc,adq/b,adq/c;q)_{\infty}}{(aq/b,aq/c,adq,adq/bc;q)_{\infty}}
\end{align}
が$d=q^0,q^1,q^2,\dots$に対して成り立つことを意味しており, 両辺は$d=0$において正則であるから, この等式は$d=0$のまわりで成り立つ. 解析接続により, より一般の$d$に関しても成立する. つまり, $d^{-1}$として以下が得られたことになる.
\begin{align} \sum_{0\leq n}\frac{(1-aq^{2n})(a,b,c,d;q)_n}{(1-a)(q,aq/b,aq/c,aq/d;q)_n}\left(\frac{aq}{bcd}\right)^n&=\frac{(aq,aq/bc,aq/bd,aq/cd;q)_{\infty}}{(aq/b,aq/c,aq/d,aq/bcd;q)_{\infty}} \end{align}
上の2つの例において, この方法は上手くいった. しかし, あらゆるterminatingな和公式がこの方法によってnon-terminatingに一般化されるわけではない. 例えば, $q$-Vandermondeの恒等式にはもう一つの形
\begin{align}
\sum_{0\leq n}\frac{(b,q^{-N};q)_n}{(c,q;q)_n}q^n&=\frac{(c/b;q)_N}{(c;q)_N}b^N
\end{align}
がある. 右辺に$b^N$がついていることを考えると, $a=q^N$の場合に右辺に一致するようなものを考えようとすると, 自然なものとしては
\begin{align}
\frac{(q/c,bq/ac;q)_{\infty}}{(q/ac,bq/c;q)_{\infty}}
\end{align}
のようになるだろう. しかし, これらは$a=0$において正則ではないので一致の定理は使えない. 左辺も同様に拡張を試みると,
\begin{align}
\sum_{0\leq n}\frac{(a^{-1},b;q)_n}{(c,q;q)_n}q^n
\end{align}
となるが, 先ほどは$(a^{-1};q)_na^n$だったので, 正則だったが, 今度は$a^n$が掛かっていないので正則にならない. いずれにしてもこの方法でnon-terminatingに拡張するのは難しそうである. しかし, 上の$q$-Vandermondeの恒等式には以下のようなnon-terminatingへの拡張は知られている.
\begin{align}
\sum_{0\leq n}\frac{(a,b;q)_n}{(c,q;q)_n}q^n+\frac{(q/c,a,b;q)_{\infty}}{(c/q,aq/c,bq/c;q)_{\infty}}\sum_{0\leq n}\frac{(aq/b,bq/c;q)_n}{(q^2/c,q;q)}q^n&=\frac{(q/c,abq/c;q)_{\infty}}{(aq/c,bq/c;q)_{\infty}}
\end{align}
それはnon-terminating $q$-Vandermondeの恒等式と呼ばれている. このように, 一致の定理による方法では上手くいかない場合もあるが, 古典的な場合には使えなかった一致の定理が$q$類似で考えると使えることがあるというのは興味深いと思う.