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病気を抱えているけれど数学をしたい人たちへ

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 私は大学院で数学を研究している学生である。しかし、高校生のときから精神疾患(病名は伏せる)を患っており、今でも定期的に精神科に通院している。この記事では、私のパーソナルな背景を共有した後、病気(特に精神疾患)を抱えながら数学をする上で大切だと思うことをいくつか述べる。

私のこれまで(ざっくり)

 いつから私が精神に問題を抱えていたのかは定かでないが、遅くとも中学3年生のときには明確に異常をきたしていた。勉強は真面目にやっていたので、地元で最も賢いとされる高校に合格したものの、病気は悪化の一途をたどり、高校1年の秋ごろにはほぼ寝たきりになってしまった。親に連れられて精神科を受診したところ病名を告げられ、数か月間高校を休学した。復学してからも精神状態は安定せず、高校に行けたり行けなかったりが続いた。先生方のご配慮のお陰でなんとか卒業できたが、高校ではほとんど何も勉強していなかった。
 勉強を再開できたのは予備校で浪人を始めてからである。大学で数学を勉強することも浪人期間に決意した。なんとかかんとか某大学理学部に合格し、喜んだのも束の間、大学進学を機に始めた一人暮らしに適応できず、B1の6月には実家で療養生活が始まった。大学生活についてあまり詳しく書くといろいろ不都合があるのでボカすが、とにかく単位は落としまくるし数学に集中できない期間も長かったりで散々だった。結局、1留してなんとか卒業した。
 卒業後は某大学大学院に進学した。修士の2年間は勉強から研究への移行期間であり、様々な「初めて」が怒涛のように押し寄せてくるので、健康な人でも精神を病みやすい。私は尚更で、とにかくキツかった。結局ろくな結果を出せず、先行研究に実質的に含まれている結果を明記しただけのゴミのような修士論文を提出して卒業した。指導教員に博士課程進学に難色を示されたものの、どうしてももっと研究したかったので、頭を下げて進学させてもらった。
 不思議なことに、博士課程に進学したあたりから病状が徐々に落ち着き、数学に集中できる時間が増えていった。同時期に転院して薬の処方が変わったことも影響していると思う。その結果、D1の夏ごろにはそれなりに興味深い結果を得て、研究が軌道に乗って行った。それ以降も色々あったが、概ね楽しく研究を継続し、現在では学位取得の目途も立っている。

大切だと思うこと

 前節に書いたように、私は人生の比較的早時期に精神疾患を抱え、いろいろ苦労しながら数学をしてきた。まだ学位は取得していないが、よほどのことがない限り、予定通りに取得できるはずだ。勿論、学位取得はある意味でスタートラインに過ぎず、まだまだこれからなのだが、ひとつの区切りではある。そこで、精神疾患があるけれども大学で数学を勉強したい人や、大学院に進みたい人などを読者に想定して、私が現時点で大切だと思っていることをいくつか述べてみようと思う。

治療を最優先にする

 当たり前の話だが治療はサボらずやろう。場合によってはセカンド・オピニオンを受けても良いと思う。(余談だが、精神科にかかる際は積極的にセカンド・オピニオンを受けた方が良い。私はそれで診断名も治療方針も全部ひっくり返った経験がある。)まあともかく、学業のために治療をないがしろにして良いことは何ひとつない。

数学の厳しさを受け入れる(=甘えを捨てる)

 数学と病気を切り離そう。どれだけあなたが苦労して数学を勉強していようと、それはあなたの数学的な能力と何の関係もない。苦しい境遇のなかで血と汗を流して完成させた研究であっても、それによって数学的な正しさや価値が変わるわけではなく、つまらないものはつまらないし、間違ったものは間違っている。そういう意味において、数学は極めて「厳しい」世界である。そのことをまずは受け入れよう。
 大学で数学をするのであれば、卒業のために単位を取らなければならない。修士課程では修士論文を書かないといけないし、博士課程以降は厳しい競争に晒される。要するに、常に何らかのハードルが与えられ、それをクリアしていかなければならないということだ。当たり前のことだが、そういうハードルをクリアすることにおいて、健康な人は病気を抱えた人より有利である。病気をしていて得なことなど何ひとつない。ハンディキャップがあるからと言って甘く評価されることもない。それでもなお自分は数学をするのだと覚悟を決めよう。ここで腹を括れないなら、大学あるいは大学院で数学をやるべきではない。

調子が悪くても投げやりにならない

 個人的に最も大事だと思うのは、絶対に投げやりにならないということだ。病状が不安定なときは、数学に取り組める期間と取り組めない期間が交互にやってくるだろう。そして、数学に取り組めない期間が長いと、思考がネガティブになり、元気なときにした勉強や研究がすべて無意味なものであったような気がしてくるものである。人によっては、そういうタイミングで投げやりになって、元気なときに始めた勉強や研究を止めてしまうかもしれない。
 だが、元気なときに自分がしたことは、きちんと蓄積になっている。次、また元気が湧いたとき、その続きを頑張ればよい。そうやって、断続的にであっても勉強・研究を続けていくことが何よりも大事だと思う。調子が悪いときはなるべく冷静に心身の回復に努め、また数学に取り組める日が来るのをじっと待つ。元気なときは必死に頑張る。そういうことを繰り返していると、あるときふと、自分が遠くに来ていることに気付くだろう。

数学を一緒に勉強できる友達を作ろう

 可能であれば、数学を一緒に勉強できる友達を作ろう。特に学部生のうちは自主ゼミをするべきである。私は学部時代に一番楽しかった思い出は何かと言われれば自主ゼミだと即答できる。それくらい自主ゼミが楽しかったし、病気と折り合いを付けつつ数学を学んでいく上での救いでもあった。
 精神疾患がある人は避けられる傾向にある。勿論、分け隔てなく接してくれる人も沢山いるが、そうではない人も確かにいる。しかし、数学を通じて仲良くなればそんなことは関係なく誰とでも友達になれるものだと思う。当然、数学を通じて友達になるには、自分自身にある程度の数学的能力がなければいけないが。
 インターネットで自主ゼミメンバーを募っても良いと思う。実際、私は現在進行形でオンラインで自主ゼミをしている。ただ、やっぱり一緒に黒板の前でワイワイ議論して、ゼミの後はご飯を食べに行くみたいな交流はできた方が良いかもしれない。オンラインゼミは数学以外の話がしづらく、仲を深めにくい気がする。

数学とは関係のない友達も作ろう

 自分自身の経験や、他人を見てきた印象として、病気があるなかで数学ばかりしていると、病気で苦しんでいる代償を数学的成功(とは?)に求めてしまいやすいらしい。なので、数学とは関係のないコミュニティに属してそこでも友達を作った方が良い。色々な進路選択をする人がいることが分かり、価値観も柔軟になると思う。
 話はやや脱線するが、数学に固執しすぎるのは危険だ。数学の道で上手く行かなくてもまあなんとか生きて行けるだろうと気楽に構えよう。実際、少なくとも私が身の回りの人たちを見る限り、何とかなるものである。数学ができない=終わりみたいな考え方をしても良いことはひとつもない。これは自戒でもある。
 幸い、大学には掃いて捨てるほどサークルがあるので、好きなものを選べば良い。院生になるとフレッシュな学部生ばかりのサークルには所属しづらくなるので、学部生のうちになにかしておこう。ちなみに私は文芸系のサークルに入ってなにやら創作めいたものをしていた。

恋愛について

 恋愛については人それぞれ事情があるだろうから一概に何か言うのは難しい。ただ、大学院(特に博士課程)では孤独になりやすいのは事実である。私のように精神疾患がなくても将来への不安を感じることもあるだろう。そういうとき、パートナーがいると楽になると思う。研究で手一杯なのに恋愛までするエネルギーはないと考える人もいるかもしれないが、そもそも時間的融通は学生のときが一番利くはずである。
 この記事で愛を説いても仕方ないから損得の話をするが、結婚(というか同棲)にはメリットが多い。第一精神が安定するし、出費は減るのに生活水準は上がる。家事は分担すれば一人ですべてやるより楽に感じるし、片方が病気になってももう片方が看病すればよい。私はD2で結婚したが、結婚してから研究のパフォーマンスは上がったと思う。

処世術

 精神疾患があることは隠した方が良い。仲の良い同期や先輩くらいには内密に話しても良いと思うが、指導教員を含め目上の人に話すのはリスクである。自分に病気があることを開示して損をすることはありえても、得をすることはあり得ない。
 最近では大学に合理的配慮を求める制度もあるようだが、個人的な経験から言えば、利用は勧められない。大学教員にはそういうシステムを良く思ってない人も多いので、逆に煙たがられるようになる可能性が十分にある。
 円滑に学生生活(特に大学院)を送ったり、あるいは研究者を目指すのであればなおさら、死に物狂いで健常者のふりをして隠し通すしかないのだと思う。これについては私自身思うところもあるが、それが現実である以上どうしようもない。

最後に

 この駄文が、私と似た境遇の人たちの役に立てば本当に嬉しい。ままならないことは沢山あるが、とにかく頑張っていこう!

投稿日:27日前
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投稿者

匿名
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  1. 私のこれまで(ざっくり)
  2. 大切だと思うこと
  3. 治療を最優先にする
  4. 数学の厳しさを受け入れる(=甘えを捨てる)
  5. 調子が悪くても投げやりにならない
  6. 数学を一緒に勉強できる友達を作ろう
  7. 数学とは関係のない友達も作ろう
  8. 恋愛について
  9. 処世術
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