yozora184と申します. 東京大学理学部数学科の4年生で, セミナーではAlexandrov Geometryを勉強しています.
先日, 東大数理の院試(2026年度入学, 2025年9月実施)を受験したので, 関連した事実を書き留めておこうと思います. ここには書きたい或いは1人以上の役に立つかもしれないことを書いていますが, 具体的に聞かれればもう少し言えることがあるかもしれません.
7月上旬に諸手続きを行う必要がありました. ここでは「アンケート」なるものを提出する必要があるのですが, そこで記入する事項を挙げておきます(来年も全く同じである保証はないことに注意してください).
-氏名・在学/出身大学
-第1希望分野・第2希望分野
この
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に記載のある15分野から異なる2分野を選びます. 人によっては順序に悩んだり, 分類に困ったり, 第2希望を選びようがなかったりしますが, なんとか埋めます. 私は第1希望を微分幾何, 第2希望を複素解析・複素幾何にしました(Gauge理論に少し興味があったため).
-Kavli IPMUの教員による指導を希望するか(最終的に希望しなくてもOK)
-今まで特に興味を持って勉強したこと・大学院で研究したい内容
-4年のセミナーのテキストをどこまで読んだか・感想・興味を持ったこと
-その他専門書で, 興味を持って読んだもの(0~2冊)
上の3項目については, (LaTeX版の場合)40字程度×8,9,7行の記述枠が2+1+2=5個あります. 最後のものは義務ではないですが, 1冊以下で提出した人を聞いたことはありません.
以上ですので, 他の大学院・学科に比べてそこまで大きな負担はないと思います. 記述枠についても, 適度な分量にするのは地味に苦労するかもしれませんが, 書く内容に困ることはあまりないと思います.
また, 東大数理は合格後に面談などを通じて希望する指導教員を選ぶという特徴があります. 従って, 出願時に指導教員の希望を選択することはありません.(もちろん, やりたいことの指導をしてくださりそう先生がいるかどうかはよく調べておくと良いと思います. 院試の十分前(6月頃?)であれば面談も可能なはずなので, 連絡してみると良いかもしれません.)
数学的文章の英文和訳と和文英訳が出題されます. 4年生にもなると, セミナーなどで英語の本を読んだ経験がある人がほとんどだと思いますので, 余程の場合を除き大規模な対策は不要だと思います.
私は, 試験数日前に数理科学基礎共通資料(この リンク から進むとダウンロード可能, 東大のメアドが必要)の巻末索引を用いて単語を復習しました. 意外と即答できない用語がちらほらあり, 良い息抜きになると思います.
また, 友人と幾つか問題を出しあいました. これは絶対に出題されないと思いますが, rhombicosidodecahedron(斜方二十・十二面体)は一生忘れません.
必答が2問, 選択が5問中2問で, 合計4問に解答する形式です. 例年の出題内容は以下の通り.
外部の方が範囲のイメージを把握したい場合は, 東大の授業シラバスを見てみると良いと思います(完全にその通りではないですが).
3時間で4問なので, 他大学の基礎科目に比べるとマシとはいえ何かコケると結構厳しい時間制限です. 私の感覚では, 4問中3問を失敗せずに解答できればちょうど足りるくらいの時間でした.
対策については, 学内で3月頃からゼミが開かれていたのですが, 結局2回くらいしか参加できませんでした. 良くない. ただ, 大半は1度以上理解した内容なので, 抜けている箇所を復習しつつ過去問を消化していくうちに, 少しずつ手応えを得られるようになりました. また, 特にA問題はパターンがある程度限られているので, 過去問演習が特に重要だと思います.
18問前後の中から3問解答する形式です. 幾何分野の出題は4問あり, 多様体論, ホモロジー, 微分形式に関する問題が例年1問ずつ計算されます. 残りの1問はよくわかりません.
幾何系の分野を志望した場合でも, 3問とも幾何分野の問題を選択する義務はなく, 関数解析の問題を戦略に組み込んでいた友人もいました(むしろそちらの方がホモロジーなどより志望に近い気もします. 一方で, 3問とも違う分野を解くと口頭試問で追及される, という真偽不明の噂を聞いたことはあります). 私の場合, 過去問を眺めた感じでは幾何の問題より解けそうな他分野の問題は殆どなかったので, この4問から3問選ぶことにしていました.
こちらは4時間で3問ですが, いかんせん問題の難易度がかなり高いので余裕は全く感じませんでした. 特に, 解析チックな話題に帰着される問題などは, うまくやらないと計算量が大爆発して時間をいくらでも食ってしまうので, 試験時間を無駄にしないように取り組んでいくのが良いと思います.
対策については, こちらも4月頃からゼミが開かれ, 都合のつく回は参加していました. B問題は総じて難しく, 自力で解けるのは大抵1,2問だったので, 残りの問題の解説や考え方は大いに参考になりました. 大感謝です. また, 自分が致命的な勘違いをしていた時に気付けるのもゼミの良さだと思います.
折角ですので, B問題幾何分野で知っておくと有用なこと3選を独断と偏見で紹介します.
Mapping Torusの完全列
位相空間$X$とその上の自己同相$f$によるMapping Torus$X_f$とは, $X_f=X\times[0,1]/\sim$(ただし$\sim$は$(0,x)\sim(1,f(x))$で生成される同値関係)で定められる空間のことです. $X$のホモロジー群やその生成元, そして$f$の誘導準同型がわかっていると, Mapping Torusの完全列を用いて$X_f$のホモロジー群が(大体)得られる, ということが知られています. この列はWang完全系列などと呼ばれていて, 検索すると出てきます. 或いは河澄先生の『トポロジーの基礎』にも演習問題として掲載があります.
謎の商空間のホモロジー群計算が頻出の東大数理においてこの知識は強く, 明示的でない場合も含めて半数以上の問題で役に立つと思います.
Cartan's Magic Formula
$\mathcal{L}_X\omega=d(i_X\omega)+i_X(d\omega)$ ただし, $ X$はベクトル場, $\mathcal{L}_X$は$X$に沿ったLie微分, $\omega$は微分形式, $d$は外微分, $i_X$は内部積.
上のような主張で, たまに使います. 東大数理の出題範囲はかなり謎で, 上の用語が断りなく用いられたことが1回あったのですが, そうでないときでもこの公式が使えるケースが散見されます. Lie微分や内部積周りの基礎事項も含め, 一通り学んでおくと有用だと思います.
4次元特有の事象全般
すごくざっくりしていますが, 例えば4次元の問題で四元数を使えたり, $TS^3$が自明だったり, といったこと(今挙げたのは同じようなことですが, 見方として)はいろんな問題や構成を考える上で地味に役立ちます. この辺りは詳しい人が身近に1人くらいはいると思うので, 色々聞いてみると良いかもしれません(私はその類の人間ではありません).
専門科目A・Bに共通する話題として, 過去問は意外と分量があるので, 夏休みまで溜め込みすぎると失敗します. 出題傾向を把握するためにも, 早いうちに少しずつ手をつけておくと良いと思います. 因みに, 過去問は例えば 佐久間さんのDropbox にあります.
先輩方から対策をしておいた方が良いと言われてはいたものの, 何をすべきかよくわからなかったためあまり対策できず, 結局講究本やアンケートに書いた内容をふわふわ復習していました. 後述の通り内容を口外できないので, 参考になるアドバイスはややしづらいです.
出来などを簡易的に記しておきます. 本質的なネタバレのあるものは折りたたみにしています.
例年通り, 英文和訳×2, 和文英訳×1という構成でした.
すごく困る点はなく, なんとかなったかなと思っています. 雑多な感想を書いておくことにします.
- $\det A+\det B=\det(A+B)$ではないことを熱く語っていてちょっと面白かった.
- medievalの訳を要求するのは少し驚いた. 間違えたら点を引かれるのか気になる.
- 和文英訳で「かぎりなく」「いくらでも」の訳出が最も困ったポイントだった. 数学的に厳密でない文章の英訳はあまり経験がない.
構成は例年通りでしたが, 最悪な事実として, 4・6のどちらが線型枠・複素枠なのかはっきりしないというものがありました. 私は位相と線型を解こうかな〜と緩やかに思っていたのですが, 結局4・6は避けて, 3(級数)を解くことにしました. やはりどの4問を解くか完全に決めてしまうのはリスキーだと感じました.
必答問題は比較的取り組みやすく, 45分程度で200点確保できた気になったのでかなり気持ちよく時間を過ごせました. ただその後はふわふわしてしまい, 3は解けたと思って選択を決意したはずの最後の小問が結局できませんでした. 7(位相)は完答したつもりですが, 少し記述が甘かったかもしれません. 400点取れたよなーとかなり悔いが残りましたが, 終わった直後の教室の雰囲気から異様な易化は感じなかったので, 少し安心しました.
なお, 口述試験に進めることを確認したのちに少し解き直したのですが, 1であまりにも非本質的な計算ミスをしていたことに気づいて萎えました. どのくらい引かれるんでしょう?
見た目で5(多様体論)は解けそう, 8(距離空間論)は分野的に流石に優先度が高いとのことでこの2問を解答することはすぐに決まったのですが, 6(ホモロジー)と7(微分形式)のどちらを選択するかはかなり悩みました. 結局「7を選択」→「やはり6にして7の書きかけの答案を消す」→「数分後に思い直して7にしたが答案はなぜか消えている」という最悪のムーブをしてしまいました. 反面教師にしてください.
2時間30分くらい経ったタイミングで, 5は同相の構成に少し手間取ったものの完答, 7は(1)の計算だけ書いてある, 8は(1)(2)(3)は解答済みという状況で, これは3完も夢ではないなと手応えを感じていました. ただその後はしっくり来ず, 7(2)の十分条件しかできませんでした. 必要条件の方も示せたとは書いたのですが, 家に帰って考えても嘘議論でしか再現できなかったので多分大嘘を書いています.
試験終了直後は, 8(4)を解けなかったことが分野的にかなり悔しく, ざっくり200点前後を期待したい出来とは思えない落ち込み方をしました. ただ, 1日くらいして解決した手法が想定解だとすると, 私の実力で試験時間内に捻り出すのは結構厳しい印象なので, 少し諦めがつきました(向上心の欠片もなくて良くはないですが). 実際この問題はかなり難しかったようで, 周囲に解けた人はいませんでした. むしろ, 7(2)は過去問でかなり印象づけていたはずの考え方がなぜかすっぽり落ちていて完答を逃したので, そちらはかなり反省材料だったと思います.
A・Bとも, 試験時間の終盤にちょっと失速したな〜ということでモヤモヤしていました. 時間を測って解く回数をもう少し増やした方が良かったように思います.
また, A・Bに共通する教訓として, 「院試前に猛対策した苦手分野は結局本番選ばない」というものがありました. 私の場合, Aは複素解析, Bはホモロジーが最も苦手だったのでそこに力を注いだのですが, 苦手なものはどれだけ対策しても不安がつきものなので, どうも本番踏み込む決意ができませんでした. なんだかんだ, 自分が得意なものをしっかり固めるのが大切なのではないかと感じました.
内容や形式については、全てを口止めされているのでここには書きません(個人的に聞かれても同じ回答になります). 以下は雑多なコメントです.
合格していました. わーい.
先日、得点の開示を受け取りました. 具体的な得点への言及は避けますが, 幾つかコメントをしておきます(知り合いの方に聞かれれば基本的にはお答えします).
- 英語は, 余程のことがなければ大きな差はつかないと思います.
- A問題は, 上に書いた出来と乖離があったので, 何か勘違いがあったようです. 数学的に間違った認識をしていると困るので, 試験中の緊張に起因するものだと良いのですが…
- B問題は, 傾斜がある(難易度に応じて採点基準が少し違う)可能性がそこそこあるが断言はできないと感じました. あったとしてもそこまで大きくはないので, 易しめの問題を見極めるのはある程度大事なように思います.
院試対策ゼミがなかったらより厳しい戦いになっていたと思いますし, 勉強のモチベも含めてすごく助けになりました. 本当に感謝の気持ちが大きいです.
とはいえ, 振り返ると結局半年くらい何をしていたんだという気持ちになりました. 学部1年からの総復習をやる良いインセンティブにはなったのでしょうが, もう少し他の形でやりたかったと感じずにはいられません. 何はともあれ, これで一旦落ち着いたので, これからはやりたい数学を思う存分頑張りたいと思います.
お読みいただきありがとうございました.