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Glasserのマスター定理 〜積分計算への活用と定理の証明〜

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はじめに

Glasserのマスター定理(Glasser's master theorem)と呼ばれる定理について解説している日本語の資料が私が探した限りネット上に見当たらなかったので、自力で頑張って証明しました。

Glasserのマスター定理 とは

Glasserのマスター定理

a,b1,b2,b3,,bn1,bnR,a1,a2,a3,,an1,anR+
を満たす任意のa,b1,b2,b3,,bn1,bn,a1,a2,a3,,an1,anについて、
f(x+aa1x+b1a2x+b2a3x+b3an1x+bn1anx+bn)dx=f(x)dx
が成り立つ。

今回はこれを証明していきます。
この式だけ見てもピンと来ないと思われるかもしれませんが、この定理を使ってみれば、この定理がいかに便利かおわかりいただけると思います。

まずは使ってみよう!

皆さんにGlasserのマスター定理に慣れ、この定理の有用性をご理解いただくために、まずはこの定理を用いて以下の積分を解いてみましょう。

I=exp{(x+31x43x1)2}dx

解法

Glasserのマスター定理より、この関数のx+31x43x1の部分は丸ごとxに置き換えられます。
よって、
I=exp(x2)dx
これはガウス積分の形なので、
I=π

Glasserのマスター定理によって、あれほど複雑だった被積分関数の一部分を文字一つに置き換えて簡単にすることができました。
では、もう一つ例題を解いてみましょう。

I=0x2x4x2+1dx
まず、Glasserのマスター定理を使わずに解くとどのようになるのか見てみましょう。

解法1

I=0x2x4x2+1dx=0x2(x2+1)23x2dx=0x2(x23x+1)(x2+3x+1)dx=1230(xx23x+1xx2+3x+1)dx=1430(2x3x23x+1+3x23x+12x+3x2+3x+1+3x2+3x+1)dx=1430{(ln|x23x+1|)+3(x32)2+14(ln|x2+3x+1|)+3(x+32)2+14}dx=143[ln|x23x+1|+23tan1{2(x32)}ln|x2+3x+1|+23tan1{2(x+32)}]0=143[ln|x23x+1x2+3x+1|+23tan1{2(x32)}+23tan1{2(x+32)}]0=143(23π0)=π2

部分分数分解をしなければならなかったり、複雑な関数の極限が必要だったりと、ミスを誘う要素が多いですね。

では、Glasserのマスター定理を使用するとどうなるのかみてみましょう。

解法2

まず、Glasserのマスター定理を使用できる形まで、積分範囲や非積分関数を変形します。
I=0x2x4x2+1dx=12x2x4x2+1dx=12dxx21+1x2=12dx(x1x)2+1
Glasserのマスター定理より、x1xの部分は丸ごとxに置き換えられるので、
I=12dxx2+1=12[tan1x]=π2

このように、あんなにも複雑な操作を必要としていた定積分でも、Glasserのマスター定理を使用すると瞬殺できてしまうことがあるのです。

Glasserのマスター定理の主張や定理の有用性をご理解いただけましたでしょうか?

Glasserのマスター定理を使用する時は
a,b1,b2,b3,,bn1,bnR,a1,a2,a3,,an1,anR+
を満たしていないと使用できないことに留意しましょう。特に
a1,a2,a3,,an1,anR+
という条件は重要です。例えば、
dx(x+1x)2+1
という積分のx+1xの部分は、条件a1R+ を満たさないのでxに置き換えることはできません。

Glasserのマスター定理の魅力をお伝えできたところで、次からはいよいよ証明に移っていきます。

証明のアイデア

いきなり定理の式を見せられて解答の方針が浮かぶ人はまずいないでしょう。
なので、まずn=1のときについて考えて、その時の方針をnを一般化した時にも使えないか考えてみます

n=1のとき

Glasserのマスター定理(n=1のとき)

すべてのa,vR,uR+について、
f(x+aux+v)dx=f(x)dx

まず
I=f(x+aux+v)dx
とおきます。

最終的な形がf(x)dxなので、fの引数x+aux+vを丸ごと一つの文字に帰着させられるような置換をすることを考えます。しかし、
t=x+aux+v
と置換しようとすると、
t(x+v)=(x+a)(x+v)u=x2+(a+v)x+avu
x2+(a+vt)x+(at)vu=0
x=av+t±(a+vt)24{(at)v4u}2=av+t±(a+vt)24(at)v+16u2
となり、xが二つ出てきてしまいます。
(ちなみに、このときu<0 だと、ルートの中身が負になるようなtが存在してしまうので、uR+でなければこの定理は成立しません。)
そこで、積分範囲を二つに分割することでこの重複を解消することを考えます。
ひとまず
α(t)=av+t(a+vt)24(at)v+16u2
β(t)=av+t+(a+vt)24(at)v+16u2

と置いてみましょう。つまり、xについて解いた時の式は、
x=α(t),β(t)

と書き換えられます。
ここで、y=x+aux+vのグラフを見てみましょう。
!FORMULA[43][-1057619717][0](!FORMULA[44][-521360394][0], !FORMULA[45][936347630][0], !FORMULA[46][1393275497][0]のとき) y=x+aux+v(a=5, v=2, u=52のとき)
関数y=x+aux+vが二つの曲線で構成されていることがわかります。
また、y=α(t), y=β(t)のグラフを見てみましょう。
!HTML[0][480702014][0], !HTML[1][-1912271112][0] (!FORMULA[52][-521360394][0], !FORMULA[53][936347630][0], !FORMULA[54][1393275497][0]のとき) y=α(t), y=β(t) (a=5, v=2, u=52のとき)

これを見ると、図2のグラフと図1のグラフは直線y=xを軸に対称になっています。(α(t), β(t)t=x+aux+vをxについて解いた結果なので、当然と言えば当然ですね。)
そして、図1のグラフを構成していた曲線のうちの一つがα, もう一つがβになっているのもわかるでしょう。

図1のグラフにおいて二つの曲線の境界はx=vなので、関数α,関数βの値域は、それぞれ(,v), (v,)です。そしてこれらの関数は連続で単調増加です。
ここまで来れば、積分区間を(,v), (v,)の二つに分割するという発想が最も自然であることはお分かりいただけるでしょう。

I=f(x+aux+v)dx=vf(x+aux+v)dx+vf(x+aux+v)dx
右辺の1項目の積分についてはx=α(t)、2項目の積分についてはx=β(t)と置換すると、
I=f(t)α(t)dt+f(t)β(t)dt=f(t){α(t)+β(t)}dt
ここで、α(t), β(t)は二次方程式x2+(a+vt)x+(at)vu=0の解なので、解と係数の関係から、
α(t)+β(t)=(a+vt)=tav
であり。ここで両辺をtについて微分すると、
α(t)+β(t)=1
がわかります。よって、
I=f(t)dt
となり、定理が導けました。

他のnのとき

n=1のときと同じく、fの引数を丸ごと一つの文字に帰着させられるような置換をすることを考えます。
ただ、やはり単純に
t=x+aa1x+b1a2x+b2a3x+b3an1x+bn1anx+bn
と置換するのは厳しい。
xについて整理するとxについてのn+1次方程式になり、それを解くとx=(t)の形がn+1通り出てきてしまいます。
そこで、n=1の時と同じように、x=(t)の形が1通りに定まるようにうまく積分範囲を分割することを考えます。
ただどのように積分範囲を分割すれば良いのでしょうか?
ここで、例としてy=x+10100x40100x+30100x+10100x20という関数のグラフを見てみましょう。
!FORMULA[90][1895137698][0] y=x+10100x40100x+30100x+10100x20
この関数は、5つの曲線で構成されているのがお分かりいただけますでしょうか?
n=1のときは、2つの曲線で構成されていました。なので積分範囲は二つに分割するだけで十分でした。しかし、5つの曲線で構成されているとなれば、5つに積分範囲を分割する必要があるでしょう。
また、n=1のときは曲線と曲線の境界で分割していました。なので、この場合も曲線と曲線の境界で分割するのが自然そうです。
別の例も見てみましょう。以下はy=x+380x5080x+4550x11のグラフです。
!FORMULA[94][1361036709][0] y=x+380x5080x+4550x11
これもやはり4つの曲線で構成されていますので、4つに積分範囲を分割する必要がありそうです。
ここまでくれば、曲線と曲線の境目で積分区間をn+1区間に分割すれば、分割したそれぞれの積分においてxtを用いて一通りで表現できるのではないかという推測が立つでしょう。
本記事では、このような発想をもってGlasserのマスター定理を証明していきます。

証明

b1>b2>b3>>bn1>bnとする。

また、
g(x)=x+aa1x+b1a2x+b2a3x+b3an1x+bn1anx+bn
I=f(x+aa1x+b1a2x+b2a3x+b3an1x+bn1anx+bn)dx
とおく。すると、
I=f(g(x))dx
となる。

任意の実数t
(1)t=g(α(t))
となるような実関数αを考える。(以下、関数の引数を省略する場合がある。)
t=α(t)+aa1α(t)+b1a2α(t)+b2a3α(t)+b3an1α(t)+bn1anα(t)+bn
上の式を分母を払うと、
t(α+b1)(α+b2)(α+b3)(α+bn1)(α+bn)=(α+a)(α+b1)(α+b2)(α+b3)(α+bn1)(α+bn)a1(α+b2)(α+b3)(α+b4)(α+bn1)(α+bn)a2(α+b1)(α+b3)(α+b4)(α+bn1)(α+bn)a3(α+b1)(α+b2)(α+b4)(α+bn1)(α+bn)an1(α+b1)(α+b2)(α+b3)(α+bn2)(α+bn)an(α+b1)(α+b2)(α+b3)(α+bn1)(α+bn)
(α+at)(α+b1)(α+b2)(α+b3)(α+bn1)(α+bn)a1(α+b2)(α+b3)(α+b4)(α+bn1)(α+bn)a2(α+b1)(α+b3)(α+b4)(α+bn1)(α+bn)a3(α+b1)(α+b2)(α+b4)(α+bn1)(α+bn)an1(α+b1)(α+b2)(α+b3)(α+bn2)(α+bn)an(α+b1)(α+b2)(α+b3)(α+bn1)(α+bn)(2)=0

となり、α(t)に関するn+1次方程式になる。よって、式(1)を満たす関数αは、高々n+1個しか存在しない。

また、

limxg(x)=limxb10g(x)=,limxb1+0g(x)=limxb20g(x)=,limxb2+0g(x)=limxb30g(x)=,limxbn1+0g(x)=limxbn0g(x)=,limxbn+0g(x)=limxg(x)=()

でかつ関数g(,b1),(b1,b2),(b2,b3),,(bn1,bn),(bn,)n+1区間において単調増加で連続である。
よって、関数gの定義域を(,b1),(b1,b2),(b2,b3),,(bn1,bn),(bn,)に限定した関数をそれぞれg1,g2,g3,,gn,gn+1とおくと、1kn+1を満たすすべてのkZについて、gkは全単射で連続でかつ単調増加である。
ここで、gkの逆関数をgk1とおく。
(1)において、α(t)(,b1)のとき、
t=g1(α(t))
g11(t)=g11(g1(α(t)))=α(t)
α=g11
同様に、α(t)(b1,b2)のとき、
α=g21
α(t)(b2,b3)のとき、
α=g31

というように、(,b1),(b1,b2),(b2,b3),,(bn1,bn),(bn,)のすべての区間について同じことが言えるので、
α=g11,g21,g31,,gn1,gn+11
は式(1)を満たす。
そして式(1)を満たすαは高々n+1個しか存在しないので、これら以外に式(1)を満たすαは存在しない。そしてこれらは(2)の方程式の解のうちすべてである。
よって式(2)より、解と係数の関係から、
g11(t)+g21(t)+g31(t)++gn1(t)+gn+11(t)={(at)+b1+b2+b3++bn1+bn}=tab1b2b3bn1bn
両辺を微分して、
(3)g11(t)+g21(t)+g31(t)++gn1(t)+gn+11(t)=1

ここで、Iの積分範囲を下のように分割する。
I=b1f(g(x))dx+b1b2f(g(x))dx+b2b3f(g(x))dx+bn1bnf(g(x))dx+bnf(g(x))dx
そして、右辺の項のうちk項目をIkとおく。つまり、
I=I1+I2+I3++In+In+1
となる。
すべてのIkについて、x=gk1(t)と置換すると、()より、すべてのIkで積分範囲がからになるので、
Ik=f(g(gk1(t)))gk1(t)dt=f(t)gk1(t)dt
I=f(t)g11(t)dt+f(t)g21(t)dt+f(t)g31(t)dt+f(t)gn1(t)dt+f(t)gn+11(t)dt=f(t){g11(t)+g21(t)+g31(t)++gn1(t)+gn+11(t)}dt=f(t)dt((3))=f(x)dx
よって定理は示された。

おわりに

個人的には日本語資料がないことが信じられないほど有用な定理だと思っています。なんで日本語資料ないんや...

この記事によってあなたの積分ライフがより豊かになることを願っています。

証明めっちゃ大変だった...

あと、tancotの部分分数展開と組み合わせると三角関数の積分にもこの定理が活用できることがあるらしいよ...(ボソッ
投稿日:202474
更新日:202475
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投稿者

yagarashi
yagarashi
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