加群の拡大
を可換環とする。
加群とは、アーベル群へのの作用が定まっているもの。ここでの作用とは、各について倍写像という群準同型が定まっていて、
を満たすもの。
これは環の準同型を与えるという事である。ここでとはのアーベル群の自己準同型全体の集合に、和をで、積を射の合成で与えた環である。
例えばが体であれば加群はベクトル空間のことであり、の作用とはスカラー倍の事である。
加群
を体とし、をベクトル空間とする。このに一変数多項式環加群の構造を定めよう。ただし、ここではの作用は、
倍写像が線形写像
の作用はもとのスカラー倍
をみたすもののみを考えることにする。
これは各々の多項式に対して線形写像を適切に定めるということ。
(群の線形表現は、各に対してという線形写像が適切に定まっているもので、これと似たことを考えている。)
のへの作用はの作用のみから決定される。
つまり他の多項式の作用は、加群の定義からの作用により自動的に決まるということ。例えば
などである。結局、加群の構造はの作用である線形写像を定めることに他ならない。を上の有限次元ベクトル空間とする。このときの基底をとって考えると、の作用は線形写像なのである行列で表示できる。したがってに加群の構造を定めることは、に対応する行列を定めることとと等価である。
加群の拡大
加群に対しのによる加群の拡大とは、加群と以下のような加群の短完全列
のことをいう。
を次元ベクトル空間とし、そこに加群の構造を定める。それぞれ作用を倍で定めることにしよう。次元なので、これは実は基底の取り方によらずに決まっている。
のによる加群の拡大 が全部でどれだけあるか調べよう。
このとき、これは加群の完全列でもあるから、は上次元の線形空間であり加群としてはと表せる。この直和分解から定まるの基底を固定しよう。つまり、の像はであり、は同型になるものとする。加群の倍作用がこの基底について行列で表示されるとしよう。は部分加群である、つまりが加群の準同型であるから、となる。よっては単射なので、となり、と上三角行列になることがわかる。
さらにとすると、が準同型であるからより、となることが条件。よって
としておけば、上の完全列が加群としての完全列である。
逆にこのような行列を用いてに加群の構造を定めることができ、これが拡大を与えることもわかる。
つまり、における倍に対応する行列は上三角行列であり、対角成分がから決定されることがわかる。
拡大の同型類
二つの拡大の間の同型とは、加群の同型でには恒等写像を誘導するもの。つまり、次の図式が可換になるもの。
ここではは加群としてはと一致していて、作用が異なるかもしれないと考える。
のによる拡大に対して、上三角行列が対応することをみた。この二つが拡大の同型となるためのについての条件を求めよう。
拡大の同型は加群の同型でもあり、これをの上の基底に対して行列で表す。上の条件は
という事なので、 となる。これが加群の同型なのでであり、これをでの作用をそれぞれ
と表すとすると、加群の射であるという条件はとなる。
したがってであり、 となる。
これをが等しいか否かで場合分けして考える。
であればなので、をどのようにとってもとなる。つまりであれば拡大は同型とならない。
のとき、とすればとなる。つまりこの場合には全ての拡大が同型ということになる。
の加群としての半単純化はである。つまり、上の拡大で与えられるは全て半単純化するとと一致する。
一方、拡大の同型類は
のとき、と同じだけあり半単純化すると区別できない
のとき、全ての拡大は同型であり半単純化しても変わらない
となる。
加群
さて、上で見た拡大の分類をホモロジー代数を用いて求める方法を紹介しよう。
を可換環とし、を加群とする。のによる加群の拡大の同型類のなす集合は次の方法で求めることができる。
のprojective resolution をとる。
上のをとり、複体 を作る。
上の複体のコホモロジーをとり、その がとなる。
ここではこの定理の証明をする代わりに前節の例でこの計算をしてみる。つまり、としてを計算してみよう。
projective resolution
のprojective resolutionとは、完全列であって、各がprojective-moduleであるものである。
projective moduleの定義は説明しないが、自由加群はprojective-moduleである。
加群のprojective resolutionを作れ。
まずをとし準同型となるよう定める。つまりである。このときとなる。
次にをとし準同型となるよう定める。するとこれは単射であり、像はと一致する。よって
が加群の完全列となる。 はともにrankの自由加群なので、これらはprojective moduleである。つまり、これがのprojective resolutionを与える。
加群が与えられたとき、は加群の圏から加群の圏への関手を与える。この関手は加群に対して加群を対応させ、加群の射に対してを対応させるもの。
上で得られたprejective resolutionに関手を作用させると という列が得られるが、これは加群の複体になる。
がどのような写像になるか具体的に計算してみよう。
が与えられたとき、は、となる。
ところでの元はの行き先を決めれば決まってしまうので、はとしてと同型になる。この逆射をと表す。つまりはとなるもの。
これを使って上の写像を書き換える。つまり次の図式
を可換にするはに対して
となる。は上次元であり、上の写像は加群の準同型でもあるので、の場合上の写像は全射かつ単射であり、の場合には射になる。
上で得られた複体 のcohomologyを計算しよう。
の場合、射は射なのでとなる。
の場合、射は同型なのでとなる。
これは前節の最後に計算した拡大の同型類の分類結果とうまく対応している。
終わりに
はprojective resolutionの取り方によらないか?
の各元が拡大にどのように対応しているか?
の群構造は何か?
などの疑問が残るが、それについてはまた改めて。
実はこの方法はより一般的に、アーベル圏の間の右完全関手の左導来関手を計算する方法を与えている。これの双対として左完全関手の右導来関手を計算でき、例えば群のコホモロジーを計算できる。