前回のHRS-tiltの記事 では、$t$-structure $(\UU,\VV)$を固定し、そのheart $\HH:= \UU \cap \VV$のtorsion pair $(\TT,\FF)$から、別の$t$-structure $(\UU[1]*\TT,\FF[1] * \VV)$を作るHRS-tiltという操作を導入しました。
実はこの操作は「$\HH$のtorsion pair」と「$(\UU,\VV)$からあまり離れていない$t$-structure」との間の全単射を与えていることが知られています。今回は、この逆写像、つまり$(\UU,\VV)$からあまり離れていない中間 (intermediate) $t$-structureから$\HH$のtorsion pairを構成し、これらがposetの同型になっているところまで示します。
あとでもう一度定義しますが、$(\UU,\VV)$に関して$(\UU',\VV')$が中間$t$-structureであるとは$\UU[1] \subseteq \UU' \subseteq \UU$が満たされるときで、このとき下の図のようにして$\HH$のtorsion pairができます。
HRS-tiltの図
前回のHRS-tiltの記事 の内容を仮定します。
この結果自体はよく知られていますが、いろいろ散らばっています。よく下の3つがあげられており、一番はっきり書いてあるのはWoolfさんのProposition 2.3です(が証明はBeligiannis-Reitenにほぼ投げられて省略されており、Beligiannnisさんのやつはいつもどおり抽象論で読みにくいです)。多分わりと当たり前なのでそこまでみんな証明を書いていないのだと思われます。
いつもと同様ですが、アーベル圏のtorsion classに$\TT$を使いたいので、三角圏は主に$\DD$で表すことにします。
考える部分圏は全てfullで有限直和と同型で閉じることを仮定する(直和因子で閉じることは課さない)。
加法圏$\DD$の部分圏$\XX$に対して、$\XX^\perp$や$^\perp \XX$で通常の$\Hom$直交部分圏を指す。また二つの部分圏$\XX,\YY$に対して、$\XX \perp \YY$で、$\TT(\XX,\YY) = 0$を表す。
三角圏$\DD$の対象の集まり$\XX$と$\YY$に対し(部分圏でなくてもよい)、
$$
X \to E \to Y \to X[1]
$$
というtriangleで$X \in \XX$と$Y \in \YY$を満たすようなものが存在するような$E$を全て集めたものを$\XX * \YY$と書く(この$*$演算は結合的)。
上のアーベル圏バージョンも同じ記号でかく。つまりアーベル圏$\AA$の対象の集まり$\XX$と$\YY$に対し(部分圏でなくてもよい)、
$$
0 \to X \to E \to Y \to 0
$$
という短完全列で$X \in \XX$と$Y \in \YY$を満たすようなものが存在するような$E$を全て集めたものを$\XX * \YY$と書く(この$*$演算は結合的)。
まず中間$t$-structureを定義します。そのため$t$-structureのなすposetを使うと便利です。
三角圏$\DD$の$t$-structure全体の集合にposet構造を、$(\UU_1,\VV_1) \leq (\UU_2,\VV_2)$を$\UU_1 \subseteq \UU_2$で定める(これは$\VV_1 \supseteq \VV_2$と同値)。
三角圏$\DD$の$t$-structure $(\UU,\VV)$を固定したとき、この$t$-structureに関する中間 (intermediate) $t$-structure とは、$(\UU[1],\VV[1]) \leq (\UU',\VV') \leq (\UU,\VV)$をみたす$t$-structure $(\UU',\VV')$のことである。つまり$\UU[1] \subseteq \UU' \subseteq \UU$が満たされるもの。
ようするに、$t$-structureのなすposetのなかでの区間$[(\UU[1],\VV[1]),(\UU,\VV)]$の元(中間にある$t$-structure)です。
また同様にアーベル圏のtorsion pairもposetになります:
アーベル圏$\AA$のtorsion pairの集合にposet構造を、$(\TT_1,\FF_1) \leq (\TT_2,\FF_2)$を$\TT_1 \subseteq \TT_2$で定める(これは$\FF_1 \supseteq \FF_2$と同値)。
さっそく主定理が述べられます
三角圏$\DD$の$t$-structure $(\UU,\VV)$を固定し、そのheartを$\HH$と置く。このとき、次の二つの集合の間にposetの同型が存在する。
対応は、中間$t$-structure $(\UU',\VV')$に対してtorsion pair $(\UU' \cap \VV, \VV'[-1] \cap \UU)$を対応させ、逆はHRS-tilt、つまりtorsion pair $(\TT,\FF)$に対して$(\UU[1]*\TT,\FF[1]*\VV)$を対応させる。
証明には、次の概念を導入すると証明が分かりやすくなります($t$-structureの引き算)。まず、$t$-structure $(\UU,\VV)$は$\UU$のみから復元されること($\VV = \UU^\perp[1]$)と、この$\UU$のことをaisleと呼ぶことを思い出しましょう。またaisle $\UU$に対して、$(\UU,\UU^\perp)$は三角圏$\DD$のtorsion pairになります、つまり特に$\DD = \UU * \UU^\perp$が成り立ちました。
三角圏$\DD$の二つの$t$-structureのaisle $\UU_1 \subseteq \UU_2$に対して、
$$
\UU_2 - \UU_1 := \UU_2 \cap \UU_1^\perp
$$
で部分圏$\UU_2 - \UU_1$を定める。
引き算は標準的な記号ではありませんが、知っておくと便利です。またもちろんですが差集合をとっているわけではありません。
例えば次のようなことが成り立ちます:
この記号を導入した便利さは次の命題にあります、これは「$\UU_3 - \UU_1 = (\UU_2 - \UU_1) + (\UU_3 - \UU_2)$」的なイメージです。
三角圏$\DD$の3つの$t$-structureのaisle $\UU_1 \subseteq \UU_2 \subseteq \UU_3$に対して、次の等式が成り立つ:
$$
\UU_3 - \UU_1 = (\UU_2 - \UU_1) * (\UU_3 - \UU_2)
$$
まず引き算した圏は一般に拡大で閉じることは確認できる。次に、
$$
\UU_2 - \UU_1 = \UU_2 \cap \UU_1^\perp \subseteq \UU_3 \cap \UU_1^\perp = \UU_3 - \UU_1
$$
と
$$
\UU_3 - \UU_2 = \UU_3 \cap \UU_2^\perp \subseteq \UU_3 \cap \UU_1^\perp = \UU_3 - \UU_1
$$
により、これら二つはともに$\UU_3-\UU_1$の部分圏で、$\UU_3 - \UU_1$は拡大で閉じるので、右辺は左辺に含まれる。
逆を示すため、$X \in \UU_3 - \UU_1$を取ると、$(\UU_2,\UU_2^\perp)$が$\DD$のtorsion pairだったことから、三角
$$
U_2 \to X \to Y \to U_1[1]
$$
で$U_2 \in \UU_2$と$Y \in \UU_2^\perp$が取れる。このとき$U_2 \in \UU_1^\perp$と$Y \in \UU_3$を示せばよい。
では本題に入っていきましょう。以下は主定理を一つひとつチェックしていきます。以下記号$\DD,(\UU,\VV),\HH$は主定理のものとします。
以下の証明は上の図や引き算で直感的に明らかなことをただひたすらチェックするだけです。ので図と引き算を使って自分でやってみるのをおすすめします。
前回のHRS-tiltの記事 の命題2から、heartのなかの二つの部分圏の$*$演算は、heartというアーベル圏の中で考えても$\DD$という全体の三角圏で考えても変わりません。以下断らずにこれを用います。
中間$t$-structure $(\UU',\VV')$に対して、$(\UU'\cap \VV, \VV'[-1] \cap \UU)$が$\HH$のtorsion pairなことを見ます。
まず引き算を使うと、$\UU' \cap \VV = \UU' - \UU[1]$と、$\VV'[-1] \cap \UU = \UU - \UU'$と書けることが確認できます(本記事最初の図を眺めながら見ると当たり前です)。
よって、いまaisleの包含$\UU[1] \subseteq \UU' \subseteq \UU$があるので、ちょうど上の命題2(引き算の性質)が使える形なので、$\HH = \UU - \UU[1] = (\UU'-\UU[1]) * (\UU - \UU')$が成り立ちます。とくに、$\UU'-\UU[1]$と$\UU-\UU'$はともに$\HH = \UU - \UU[1]$の部分圏です。これが$\HH$のtorsion pairなことを見るには、$*$についての条件は成り立っているのでHomが直交していればいいですが、$\UU'-\UU[1]$は$\UU'$の部分圏、$\UU - \UU'$は$\UU'^\perp$の部分圏なことから、$\UU' \perp \UU'^\perp$より従います。
明らかに上で構成した写像やHRS-tiltは順序を保つので、互いに逆を示せば主定理の証明が終わります。
中間$t$-structure $(\UU',\VV')$を考え、torsion pair作ってそれのHRS-tiltとると元に戻るか調べます。が、今aisleの包含$0 \subseteq \UU[1] \subset \UU'$に対して、命題2(引き算の性質)を使うと次が分かります:
\begin{align}
\UU' &= \UU' - 0 \\
&= (\UU[1] - 0) * (\UU' - \UU[1]) \\
&= \UU[1] * (\UU' \cap \UU[1]^\perp)\\
& = \UU[1] * (\UU' \cap \VV)
\end{align}
ここで、$\UU'\cap\VV$がまさに$(\UU',\VV')$から始めて作った$\HH$のtorsion classなので、$\UU[1] * (\UU' \cap \VV)$はHRS-tiltして作った新しい$t$-structureのaisleです。よって$(\UU',\VV')$から始めてtorsion pairを作ってHRS-tiltして作ったaisleは$\UU'$と一致します。$t$-structureはaisleが一致していれば等しいので、ここから欲しい結論が得られます。
$\HH$のtorsion pair $(\TT,\FF)$から始めてHRS-tiltしてtorsion pairを取ると元に戻るかを確かめたいです。HRS-tiltしたaisleは$\UU[1] * \TT$で、そこから作った$\HH$のtorsion classは$(\UU[1]*\TT)\cap \VV = (\UU[1]* \TT) - \UU[1]$です。よって$\TT = (\UU*\TT) \cap \VV$を示せばよいです(torsion pairが等しいかはtorsion classだけ等しければよいので)。
明らかに$\TT$は$\UU[1]*\TT$に含まれ、$\TT \subseteq \HH = \UU \cap \VV$なので$\TT$は$(\UU[1]*\TT) \cap \VV$に含まれます。逆に、$(\UU[1] * \TT) \cap \VV$の元$X$を取ると、三角
$$
U[1] \to X \to T \to U[2]
$$
がありますが(どこに属するかは察して)、$X \in \VV = \UU^\perp[1]$なことより左の射$U[1] \to X$はゼロ射です。よって$X$は$T \in \TT$の直和因子ですが、$\TT$は直和因子で閉じているので$X \in T$が従います(なぜならまず$\HH$は$\DD$の中で直和因子で閉じており、さらにアーベル圏のtorsion classはアーベル圏の中で直和因子で閉じているので)。
以上で主定理の証明が終わります。
引き算を使えば直感的に示せるので、知っておくと役立つと思います。
また主定理は明らかにもっと拡張できそうな気がするので、次の問題を提示してこの記事を終わりとします。
主定理を適切に一般化せよ。すなわち、$t$-structureのaisleの包含$\UU_1 \subseteq \UU_2$があったとき、次の集合の間にposetの同型を作れ。
ちょうど$\UU[1] \subseteq \UU$の場合を考えると、$\HH = \UU - \UU[1]$なので主定理になります。自分もちょっとは考えたのですが、上の「何らかの条件を満たす」がちょっと分からないので、誰か分かったら共同研究しましょう。($\UU_1$と$\UU_2$の「距離」が1より大きいと、$\UU_2-\UU_1$は完全圏でなくなり、三角圏の拡大で閉じた部分圏ができますが、これは最近導入されたextriangulated圏の典型例で、extriangulatedでのtorsion pairは自然に定義できるので、それを使うのだろうと思っています)。
この最後の疑問について、この記事を見た知り合いの研究者から連絡があり、彼らが回答を与えてくれました。それを自分がさらに一般化し、共同研究として論文にまとめネットに公開しました(Mathlogがなかったらおそらく実現しなかった共同研究です)。よければ見てください。