導入
前回のHRS-tiltの記事
では、-structure を固定し、そのheart のtorsion pair から、別の-structure を作るHRS-tiltという操作を導入しました。
実はこの操作は「のtorsion pair」と「からあまり離れていない-structure」との間の全単射を与えていることが知られています。今回は、この逆写像、つまりからあまり離れていない中間 (intermediate) -structureからのtorsion pairを構成し、これらがposetの同型になっているところまで示します。
あとでもう一度定義しますが、に関してが中間-structureであるとはが満たされるときで、このとき下の図のようにしてのtorsion pairができます。
HRS-tiltの図
前提知識
前回のHRS-tiltの記事
の内容を仮定します。
参考文献
この結果自体はよく知られていますが、いろいろ散らばっています。よく下の3つがあげられており、一番はっきり書いてあるのはWoolfさんのProposition 2.3です(が証明はBeligiannis-Reitenにほぼ投げられて省略されており、Beligiannnisさんのやつはいつもどおり抽象論で読みにくいです)。多分わりと当たり前なのでそこまでみんな証明を書いていないのだと思われます。
- A. Beligiannis, I. Reiten, Homological and homotopical aspects of torsion theories, Mem. Amer. Math. Soc. 188 (2007), no. 883.
- D. Happel, I. Reiten and S. O. Smalø, Tilting in abelian categories and quasitilted algebras, Mem. Amer. Math. Soc. 120 (1996), no. 575.
- J. Woolf, Stability conditions, torsion theories and tilting, J. London Math. Soc. 82 (2010), no. 3, 663–682.
慣習と記法
いつもと同様ですが、アーベル圏のtorsion classにを使いたいので、三角圏は主にで表すことにします。
考える部分圏は全てfullで有限直和と同型で閉じることを仮定する(直和因子で閉じることは課さない)。
加法圏の部分圏に対して、やで通常の直交部分圏を指す。また二つの部分圏に対して、で、を表す。
三角圏の対象の集まりとに対し(部分圏でなくてもよい)、
というtriangleでとを満たすようなものが存在するようなを全て集めたものをと書く(この演算は結合的)。
上のアーベル圏バージョンも同じ記号でかく。つまりアーベル圏の対象の集まりとに対し(部分圏でなくてもよい)、
という短完全列でとを満たすようなものが存在するようなを全て集めたものをと書く(この演算は結合的)。
主定理の主張
まず中間-structureを定義します。そのため-structureのなすposetを使うと便利です。
三角圏の-structure全体の集合にposet構造を、をで定める(これはと同値)。
中間-structure
三角圏の-structure を固定したとき、この-structureに関する中間 (intermediate) -structure とは、をみたす-structure のことである。つまりが満たされるもの。
ようするに、-structureのなすposetのなかでの区間の元(中間にある-structure)です。
また同様にアーベル圏のtorsion pairもposetになります:
アーベル圏のtorsion pairの集合にposet構造を、をで定める(これはと同値)。
さっそく主定理が述べられます
主定理
三角圏の-structure を固定し、そのheartをと置く。このとき、次の二つの集合の間にposetの同型が存在する。
- に関する中間-structure全体のなすposet。
- のtorsion pair全体のなすposet。
対応は、中間-structure に対してtorsion pair を対応させ、逆はHRS-tilt、つまりtorsion pair に対してを対応させる。
-structureの引き算
証明には、次の概念を導入すると証明が分かりやすくなります(-structureの引き算)。まず、-structure はのみから復元されること()と、こののことをaisleと呼ぶことを思い出しましょう。またaisle に対して、は三角圏のtorsion pairになります、つまり特にが成り立ちました。
三角圏の二つの-structureのaisle に対して、
で部分圏を定める。
引き算は標準的な記号ではありませんが、知っておくと便利です。またもちろんですが差集合をとっているわけではありません。
例えば次のようなことが成り立ちます:
- -structureのaisle に対して、(ここではという自明な-structureのaisle)。
- -structure に対して(ここではという自明な-structureのaisle)。
- -structure に対して、なので、をすると-structureのheartが出てくる。
この記号を導入した便利さは次の命題にあります、これは「」的なイメージです。
引き算の性質
三角圏の3つの-structureのaisle に対して、次の等式が成り立つ:
まず引き算した圏は一般に拡大で閉じることは確認できる。次に、
と
により、これら二つはともにの部分圏で、は拡大で閉じるので、右辺は左辺に含まれる。
逆を示すため、を取ると、がのtorsion pairだったことから、三角
でとが取れる。このときとを示せばよい。
- について。三角があるが、であり、またなことと、は拡大で閉じることから従う(なので、とるとひっくり返ることに注意)。
- について。はととの拡大だが、であり、さらになことに注意すれば、が拡大で閉じていることより従う。
主定理の証明
では本題に入っていきましょう。以下は主定理を一つひとつチェックしていきます。以下記号は主定理のものとします。
以下の証明は上の図や引き算で直感的に明らかなことをただひたすらチェックするだけです。ので図と引き算を使って自分でやってみるのをおすすめします。
中間-structureからtorsion pairを作る
前回のHRS-tiltの記事
の命題2から、heartのなかの二つの部分圏の演算は、heartというアーベル圏の中で考えてもという全体の三角圏で考えても変わりません。以下断らずにこれを用います。
中間-structure に対して、がのtorsion pairなことを見ます。
まず引き算を使うと、と、と書けることが確認できます(本記事最初の図を眺めながら見ると当たり前です)。
よって、いまaisleの包含があるので、ちょうど上の命題2(引き算の性質)が使える形なので、が成り立ちます。とくに、とはともにの部分圏です。これがのtorsion pairなことを見るには、についての条件は成り立っているのでHomが直交していればいいですが、はの部分圏、はの部分圏なことから、より従います。
互いに逆写像になっていること
明らかに上で構成した写像やHRS-tiltは順序を保つので、互いに逆を示せば主定理の証明が終わります。
中間-structureから始めて元に戻るか
中間-structure を考え、torsion pair作ってそれのHRS-tiltとると元に戻るか調べます。が、今aisleの包含に対して、命題2(引き算の性質)を使うと次が分かります:
ここで、がまさにから始めて作ったのtorsion classなので、はHRS-tiltして作った新しい-structureのaisleです。よってから始めてtorsion pairを作ってHRS-tiltして作ったaisleはと一致します。-structureはaisleが一致していれば等しいので、ここから欲しい結論が得られます。
Torsion pairから始めて元に戻るか
のtorsion pair から始めてHRS-tiltしてtorsion pairを取ると元に戻るかを確かめたいです。HRS-tiltしたaisleはで、そこから作ったのtorsion classはです。よってを示せばよいです(torsion pairが等しいかはtorsion classだけ等しければよいので)。
明らかにはに含まれ、なのではに含まれます。逆に、の元を取ると、三角
がありますが(どこに属するかは察して)、なことより左の射はゼロ射です。よってはの直和因子ですが、は直和因子で閉じているのでが従います(なぜならまずはの中で直和因子で閉じており、さらにアーベル圏のtorsion classはアーベル圏の中で直和因子で閉じているので)。
以上で主定理の証明が終わります。
まとめ・感想
引き算を使えば直感的に示せるので、知っておくと役立つと思います。
また主定理は明らかにもっと拡張できそうな気がするので、次の問題を提示してこの記事を終わりとします。
主定理を適切に一般化せよ。すなわち、-structureのaisleの包含があったとき、次の集合の間にposetの同型を作れ。
- とに挟まれた-structure (aisle) のなすposet。
- での「何らかの条件を満たす」「適切な意味での」torsion pair全体のなすposet。
ちょうどの場合を考えると、なので主定理になります。自分もちょっとは考えたのですが、上の「何らかの条件を満たす」がちょっと分からないので、誰か分かったら共同研究しましょう。(との「距離」が1より大きいと、は完全圏でなくなり、三角圏の拡大で閉じた部分圏ができますが、これは最近導入されたextriangulated圏の典型例で、extriangulatedでのtorsion pairは自然に定義できるので、それを使うのだろうと思っています)。
追記
この最後の疑問について、この記事を見た知り合いの研究者から連絡があり、彼らが回答を与えてくれました。それを自分がさらに一般化し、共同研究として論文にまとめネットに公開しました(Mathlogがなかったらおそらく実現しなかった共同研究です)。よければ見てください。
T. Adachi, H. Enomoto, M. Tsukamoto, Intervals of s-torsion pairs in extriangulated categories with negative first extensions, arXiv:2103.09549