1
現代数学解説
文献あり

t-structureのheartのtorsion pairと中間t-structureとの全単射(HRS-tiltとその逆)

166
0

導入

前回のHRS-tiltの記事 では、t-structure (U,V)を固定し、そのheart H:=UVのtorsion pair (T,F)から、別のt-structure (U[1]T,F[1]V)を作るHRS-tiltという操作を導入しました。

実はこの操作は「Hのtorsion pair」と「(U,V)からあまり離れていないt-structure」との間の全単射を与えていることが知られています。今回は、この逆写像、つまり(U,V)からあまり離れていない中間 (intermediate) t-structureからHのtorsion pairを構成し、これらがposetの同型になっているところまで示します。

あとでもう一度定義しますが、(U,V)に関して(U,V)が中間t-structureであるとはU[1]UUが満たされるときで、このとき下の図のようにしてHのtorsion pairができます。
HRS-tiltの図 HRS-tiltの図

前提知識

前回のHRS-tiltの記事 の内容を仮定します。

参考文献

この結果自体はよく知られていますが、いろいろ散らばっています。よく下の3つがあげられており、一番はっきり書いてあるのはWoolfさんのProposition 2.3です(が証明はBeligiannis-Reitenにほぼ投げられて省略されており、Beligiannnisさんのやつはいつもどおり抽象論で読みにくいです)。多分わりと当たり前なのでそこまでみんな証明を書いていないのだと思われます。

  • A. Beligiannis, I. Reiten, Homological and homotopical aspects of torsion theories, Mem. Amer. Math. Soc. 188 (2007), no. 883.
  • D. Happel, I. Reiten and S. O. Smalø, Tilting in abelian categories and quasitilted algebras, Mem. Amer. Math. Soc. 120 (1996), no. 575.
  • J. Woolf, Stability conditions, torsion theories and tilting, J. London Math. Soc. 82 (2010), no. 3, 663–682.

慣習と記法

いつもと同様ですが、アーベル圏のtorsion classにTを使いたいので、三角圏は主にDで表すことにします。

  • 考える部分圏は全てfullで有限直和と同型で閉じることを仮定する(直和因子で閉じることは課さない)。

  • 加法圏Dの部分圏Xに対して、XXで通常のHom直交部分圏を指す。また二つの部分圏X,Yに対して、XYで、T(X,Y)=0を表す。

  • 三角圏Dの対象の集まりXYに対し(部分圏でなくてもよい)、
    XEYX[1]
    というtriangleでXXYYを満たすようなものが存在するようなEを全て集めたものをXYと書く(この演算は結合的)。

  • 上のアーベル圏バージョンも同じ記号でかく。つまりアーベル圏Aの対象の集まりXYに対し(部分圏でなくてもよい)、
    0XEY0
    という短完全列でXXYYを満たすようなものが存在するようなEを全て集めたものをXYと書く(この演算は結合的)。

主定理の主張

まず中間t-structureを定義します。そのためt-structureのなすposetを使うと便利です。

三角圏Dt-structure全体の集合にposet構造を、(U1,V1)(U2,V2)U1U2で定める(これはV1V2と同値)。

中間t-structure

三角圏Dt-structure (U,V)を固定したとき、このt-structureに関する中間 (intermediate) t-structure とは、(U[1],V[1])(U,V)(U,V)をみたすt-structure (U,V)のことである。つまりU[1]UUが満たされるもの。

ようするに、t-structureのなすposetのなかでの区間[(U[1],V[1]),(U,V)]の元(中間にあるt-structure)です。

また同様にアーベル圏のtorsion pairもposetになります:

アーベル圏Aのtorsion pairの集合にposet構造を、(T1,F1)(T2,F2)T1T2で定める(これはF1F2と同値)。

さっそく主定理が述べられます

主定理

三角圏Dt-structure (U,V)を固定し、そのheartをHと置く。このとき、次の二つの集合の間にposetの同型が存在する。

  1. (U,V)に関する中間t-structure全体のなすposet。
  2. Hのtorsion pair全体のなすposet。

対応は、中間t-structure (U,V)に対してtorsion pair (UV,V[1]U)を対応させ、逆はHRS-tilt、つまりtorsion pair (T,F)に対して(U[1]T,F[1]V)を対応させる。

t-structureの引き算

証明には、次の概念を導入すると証明が分かりやすくなります(t-structureの引き算)。まず、t-structure (U,V)Uのみから復元されること(V=U[1])と、このUのことをaisleと呼ぶことを思い出しましょう。またaisle Uに対して、(U,U)は三角圏Dのtorsion pairになります、つまり特にD=UUが成り立ちました。

三角圏Dの二つのt-structureのaisle U1U2に対して、
U2U1:=U2U1
で部分圏U2U1を定める。

引き算は標準的な記号ではありませんが、知っておくと便利です。またもちろんですが差集合をとっているわけではありません。

例えば次のようなことが成り立ちます:

  • t-structureのaisle Uに対して、U0=UD=U(ここで0(0,D)という自明なt-structureのaisle)。
  • t-structure (U,V)に対してDU=TU=V[1](ここでD(D,0)という自明なt-structureのaisle)。
  • t-structure (U,V)に対して、UU[1]=UU[1]=UVなので、UU[1]をするとt-structureのheartが出てくる。

この記号を導入した便利さは次の命題にあります、これは「U3U1=(U2U1)+(U3U2)」的なイメージです。

引き算の性質

三角圏Dの3つのt-structureのaisle U1U2U3に対して、次の等式が成り立つ:
U3U1=(U2U1)(U3U2)

まず引き算した圏は一般に拡大で閉じることは確認できる。次に、
U2U1=U2U1U3U1=U3U1

U3U2=U3U2U3U1=U3U1
により、これら二つはともにU3U1の部分圏で、U3U1は拡大で閉じるので、右辺は左辺に含まれる。

逆を示すため、XU3U1を取ると、(U2,U2)Dのtorsion pairだったことから、三角
U2XYU1[1]
U2U2YU2が取れる。このときU2U1YU3を示せばよい。

  • U2U1について。三角Y[1]U2XYがあるが、XU1であり、またY[1]U2[1]U1[1]=(U1[1])U1なことと、U1は拡大で閉じることから従う(U1U1[1]なので、とるとひっくり返ることに注意)。
  • YU3について。YXU2[1]との拡大だが、XU3であり、さらにU2[1]U2[1]U2U3なことに注意すれば、U3が拡大で閉じていることより従う。

主定理の証明

では本題に入っていきましょう。以下は主定理を一つひとつチェックしていきます。以下記号D,(U,V),Hは主定理のものとします。

以下の証明は上の図や引き算で直感的に明らかなことをただひたすらチェックするだけです。ので図と引き算を使って自分でやってみるのをおすすめします。

中間t-structureからtorsion pairを作る

前回のHRS-tiltの記事 の命題2から、heartのなかの二つの部分圏の演算は、heartというアーベル圏の中で考えてもDという全体の三角圏で考えても変わりません。以下断らずにこれを用います。

中間t-structure (U,V)に対して、(UV,V[1]U)Hのtorsion pairなことを見ます。

まず引き算を使うと、UV=UU[1]と、V[1]U=UUと書けることが確認できます(本記事最初の図を眺めながら見ると当たり前です)。

よって、いまaisleの包含U[1]UUがあるので、ちょうど上の命題2(引き算の性質)が使える形なので、H=UU[1]=(UU[1])(UU)が成り立ちます。とくに、UU[1]UUはともにH=UU[1]の部分圏です。これがHのtorsion pairなことを見るには、についての条件は成り立っているのでHomが直交していればいいですが、UU[1]Uの部分圏、UUUの部分圏なことから、UUより従います。

互いに逆写像になっていること

明らかに上で構成した写像やHRS-tiltは順序を保つので、互いに逆を示せば主定理の証明が終わります。

中間t-structureから始めて元に戻るか

中間t-structure (U,V)を考え、torsion pair作ってそれのHRS-tiltとると元に戻るか調べます。が、今aisleの包含0U[1]Uに対して、命題2(引き算の性質)を使うと次が分かります:
U=U0=(U[1]0)(UU[1])=U[1](UU[1])=U[1](UV)
ここで、UVがまさに(U,V)から始めて作ったHのtorsion classなので、U[1](UV)はHRS-tiltして作った新しいt-structureのaisleです。よって(U,V)から始めてtorsion pairを作ってHRS-tiltして作ったaisleはUと一致します。t-structureはaisleが一致していれば等しいので、ここから欲しい結論が得られます。

Torsion pairから始めて元に戻るか

Hのtorsion pair (T,F)から始めてHRS-tiltしてtorsion pairを取ると元に戻るかを確かめたいです。HRS-tiltしたaisleはU[1]Tで、そこから作ったHのtorsion classは(U[1]T)V=(U[1]T)U[1]です。よってT=(UT)Vを示せばよいです(torsion pairが等しいかはtorsion classだけ等しければよいので)。

明らかにTU[1]Tに含まれ、TH=UVなのでT(U[1]T)Vに含まれます。逆に、(U[1]T)Vの元Xを取ると、三角
U[1]XTU[2]
がありますが(どこに属するかは察して)、XV=U[1]なことより左の射U[1]Xはゼロ射です。よってXTTの直和因子ですが、Tは直和因子で閉じているのでXTが従います(なぜならまずHDの中で直和因子で閉じており、さらにアーベル圏のtorsion classはアーベル圏の中で直和因子で閉じているので)。

以上で主定理の証明が終わります。

まとめ・感想

引き算を使えば直感的に示せるので、知っておくと役立つと思います。

また主定理は明らかにもっと拡張できそうな気がするので、次の問題を提示してこの記事を終わりとします。

主定理を適切に一般化せよ。すなわち、t-structureのaisleの包含U1U2があったとき、次の集合の間にposetの同型を作れ。

  1. U1U2に挟まれたt-structure (aisle) のなすposet。
  2. U2U1での「何らかの条件を満たす」「適切な意味での」torsion pair全体のなすposet。

ちょうどU[1]Uの場合を考えると、H=UU[1]なので主定理になります。自分もちょっとは考えたのですが、上の「何らかの条件を満たす」がちょっと分からないので、誰か分かったら共同研究しましょう。(U1U2の「距離」が1より大きいと、U2U1は完全圏でなくなり、三角圏の拡大で閉じた部分圏ができますが、これは最近導入されたextriangulated圏の典型例で、extriangulatedでのtorsion pairは自然に定義できるので、それを使うのだろうと思っています)。

追記

この最後の疑問について、この記事を見た知り合いの研究者から連絡があり、彼らが回答を与えてくれました。それを自分がさらに一般化し、共同研究として論文にまとめネットに公開しました(Mathlogがなかったらおそらく実現しなかった共同研究です)。よければ見てください。

T. Adachi, H. Enomoto, M. Tsukamoto, Intervals of s-torsion pairs in extriangulated categories with negative first extensions, arXiv:2103.09549

参考文献

投稿日:20201128
OptHub AI Competition

この記事を高評価した人

高評価したユーザはいません

この記事に送られたバッジ

バッジはありません。
バッチを贈って投稿者を応援しよう

バッチを贈ると投稿者に現金やAmazonのギフトカードが還元されます。

投稿者

H.E.
H.E.
129
15803
某大ポスドク、詳しくはtwitterまで。自分の分野(環の表現論)でよく使われるfolkloreの解説記事を主に書いています。

コメント

他の人のコメント

コメントはありません。
読み込み中...
読み込み中
  1. 導入
  2. 参考文献
  3. 慣習と記法
  4. 主定理の主張
  5. $t$-structureの引き算
  6. 主定理の証明
  7. 中間$t$-structureからtorsion pairを作る
  8. 互いに逆写像になっていること
  9. まとめ・感想
  10. 追記
  11. 参考文献