導入
与えられた-structureから別の「ちょっとずれた-structure」を作る操作として、Happel-Reiten-Smaløが導入したいわゆるHRS-tiltという操作があります。
具体的には、三角圏の-structure があり、さらにそのheart のアーベル圏としてのtorsion pair を考えれば、次の図をイメージしてもらって、新しい-structure ができそうです。
HRS-tiltの図
(この図は導来圏なりのAuslander-Reiten quiverのイメージ図ですが、まあAR quiver知らなくてもイメージはつくでしょう、「右から左へ射は消えている」「シフトで右にずれる」ことに注意)
しかもそのheartはと書けて、そのなかでどうもがtorsion pairになっているように見えます。これが次の文献で導入された通称HRS-tiltです:
- [HRS] D. Happel, I. Reiten and S. O. Smalø, Tilting in abelian categories and quasitilted algebras, Mem. Amer. Math. Soc. 120 (1996), no. 575.
ですがその証明は長ったらしく自分にとっては分かりにくいので、もっとシンプルに短く証明するのが本記事の狙いです。
この操作はBridgelandが特に単純加群からくるtorsion pairについて行って「simple tilting」とか呼ばれる操作になっていて、いわゆる流行りのmutationの一部で、いろんな分野とつながるらしいですが詳しくないです。
前提とする知識
三角圏の-structureに慣れていることが望ましい(とくに、Bridgeland安定性
第1回
や
heartはアーベル圏
を読んでいることが望ましい)。
慣習と記法
いつもと同様ですが、アーベル圏のtorsion classにを使いたいので、三角圏は主にで表すことにします。
考える部分圏は全てfullで有限直和と同型で閉じることを仮定する(直和因子で閉じることは課さない)。
加法圏の部分圏に対して、やで通常の直交部分圏を指す。また二つの部分圏に対して、で、を表す。
三角圏の対象の集まりとに対し(部分圏でなくてもよい)、
というtriangleでとを満たすようなものが存在するようなを全て集めたものをと書く(この演算は結合的)。
上のアーベル圏バージョンも同じ記号でかく。つまりアーベル圏の対象の集まりとに対し(部分圏でなくてもよい)、
という短完全列でとを満たすようなものが存在するようなを全て集めたものをと書く(この演算は結合的)。
主定理の主張
早速主定理が述べられます(あとで用語を補足します)。
HRS-tilt
三角圏の-structure を考え、そのheart のアーベル圏としてのtorsion pair を考える。このとき次が成り立つ。
- はの-structureである。
- そのheartはであり、またこのときはこの新しいheartのアーベル圏としてのtorsion pairである。
- もとのheart への通常のコホモロジカル関手を考えると、次の等式が成り立つ:
ここで最後の等式をむしろいろいろな論文でHRS-tiltの定義式としているのですが、そうするより積で書いたほうが自然だし証明も一瞬です。
-structureとtorsion pairについて復習と準備
証明に使う定義が見慣れないかもしれないので、確認の意味も含めて復習します。
三角圏の-structure
三角圏の部分圏の組が-structureであるとは、次を満たすときをいう(部分圏は有限直和と同型で閉じていたが直和因子で閉じると仮定していないことに注意)。
- .
- .
- (もしくはに置き換えてもよい).
またこの-structureのheartとはのこと。
また-structureをと書くとき、という記法を用います(主定理で用いています)。
ではアーベル圏のtorsion pairも復習します。
アーベル圏のtorsion pair
アーベル圏の部分圏の組がtorsion pairであるとは、次を満たすときをいう。
- .
- (アーベル圏としてのなことに注意)
大体のイメージ的には、アーベル圏を右と左に分ける別け方です(右から左へは射がないので)。
さて、聡明な読者はここで「三角圏でのとアーベル圏でのがあって紛らわしい!」と思われるかもしれません。が、実際これは-structureのheartを考える上では区別しなくてよいことが次で保証されます:
三角圏の-structureのheart を考えると次が成り立つ。
- はアーベル圏であり、の中で拡大で閉じている。
- の射の組が短完全列であることと、あるでの三角が存在することは同値。
- の二つの部分圏とについて、をアーベル圏のなかで考えたものと、三角圏の中で考えたものは一致する。
主定理の証明
さてもう一瞬で主定理を証明できます。
主定理の証明
三角圏の-structure をとり、そのheart のtorsion pair をとる。
が-structureなこと
定義の1-3を順番に確かめよう。
- 直交関係について。これは等と、により直ちにわかる。
- 生成について。まずだが、さらにが分かり、よってである。
次にがアーベル圏の意味で成り立つが、上の命題により三角圏の意味でも成り立つ。よって、演算の結合性を使うと、
より成り立つ。 - 明らか。
以下、とと置く。
のheart がなこと
まずheartは拡大で閉じるので、明らかにである。また、について、
であり、の元を取ると、三角
でとがあるが、これと自明な三角を比較すると、次の補題によりが分かる。よってである。
がアーベル圏のtorsion pairなこと
まずHom直交はととより明らか。またが三角圏として成り立つことが分かっていたので、上の命題によりアーベル圏としても成り立つ。よってtorsion pairなことが分かった。
コホモロジカル関手を使った定義との同値性
読者への演習問題とする。
を三角圏の-structureとしたとき、対象について三角
でありとを満たすような三角は、存在すれば同型をのぞいて一意的である。
また完全に独立したちょっとおもしろい応用として次が分かります。
HRS-tiltの
アーベル圏のtorsion pair が与えられたとき、ある別のアーベル圏とそこのtorsion pair が存在して、でである。つまりをtorsion-free、をtorsion classとして実現するようにアーベル圏を作れる。
の有界導来圏の標準-strを考え、そのについてのHRS-tiltを取ると、新しくできる-strのheart をとおけば、がのtorsion pairであり、より従う。
これは知っている人から見れば、ある種のBrenner-Butlerの定理の一般化だとも見れますね。Brenner-Butlerは、classical tilting moduleから誘導されるtorsion pairを考えると、そのtilted algebra上ではtorsionとtorsion-freeがひっくり返っている、というものです。
まとめ、予告
- 三角圏やアーベル圏や完全圏での記法は非常に便利で直感的なのでもっと広まって欲しいと思います(三角圏の論文でよく三角を重ねて書いたりしてるけど、単にを繰り返しとっただけと見たほうが見やすい)。
- そのうちに、HRS-tiltの逆、つまり-structureがあって、そこから離れすぎてない(2-termな)-structureがあったら、そこからheartのtorsion pairが定まり、それについてのHRS-tiltと見れること、またこの対応で「heartのtorsion classのなすposet」と「離れすぎていない-structureのposet」が同型なことを見る予定です。