与えられた$t$-structureから別の「ちょっとずれた$t$-structure」を作る操作として、Happel-Reiten-Smaløが導入したいわゆるHRS-tiltという操作があります。
具体的には、三角圏$\DD$の$t$-structure $(\DD^{\leq 0},\DD^{\geq 0})$があり、さらにそのheart $\HH$のアーベル圏としてのtorsion pair $(\TT,\FF)$を考えれば、次の図をイメージしてもらって、新しい$t$-structure $(\DD^{\leq -1} * \TT, \FF[1]*\DD^{\geq 0})$ができそうです。
HRS-tiltの図
(この図は導来圏なりのAuslander-Reiten quiverのイメージ図ですが、まあAR quiver知らなくてもイメージはつくでしょう、「右から左へ射は消えている」「シフトで右にずれる」ことに注意)
しかもそのheartは$\FF[1] * \TT$と書けて、そのなかでどうも$(\FF[1],\TT)$がtorsion pairになっているように見えます。これが次の文献で導入された通称HRS-tiltです:
ですがその証明は長ったらしく自分にとっては分かりにくいので、もっとシンプルに短く証明するのが本記事の狙いです。
この操作はBridgelandが特に単純加群からくるtorsion pairについて行って「simple tilting」とか呼ばれる操作になっていて、いわゆる流行りのmutationの一部で、いろんな分野とつながるらしいですが詳しくないです。
三角圏の$t$-structureに慣れていることが望ましい(とくに、Bridgeland安定性 第1回 や heartはアーベル圏 を読んでいることが望ましい)。
いつもと同様ですが、アーベル圏のtorsion classに$\TT$を使いたいので、三角圏は主に$\DD$で表すことにします。
考える部分圏は全てfullで有限直和と同型で閉じることを仮定する(直和因子で閉じることは課さない)。
加法圏$\DD$の部分圏$\XX$に対して、$\XX^\perp$や$^\perp \XX$で通常の$\Hom$直交部分圏を指す。また二つの部分圏$\XX,\YY$に対して、$\XX \perp \YY$で、$\TT(\XX,\YY) = 0$を表す。
三角圏$\DD$の対象の集まり$\XX$と$\YY$に対し(部分圏でなくてもよい)、
$$
X \to E \to Y \to X[1]
$$
というtriangleで$X \in \XX$と$Y \in \YY$を満たすようなものが存在するような$E$を全て集めたものを$\XX * \YY$と書く(この$*$演算は結合的)。
上のアーベル圏バージョンも同じ記号でかく。つまりアーベル圏$\AA$の対象の集まり$\XX$と$\YY$に対し(部分圏でなくてもよい)、
$$
0 \to X \to E \to Y \to 0
$$
という短完全列で$X \in \XX$と$Y \in \YY$を満たすようなものが存在するような$E$を全て集めたものを$\XX * \YY$と書く(この$*$演算は結合的)。
早速主定理が述べられます(あとで用語を補足します)。
三角圏$\DD$の$t$-structure $(\DD^{\leq 0},\DD^{\geq 0})$を考え、そのheart $\HH:= \DD^{\leq 0} \cap \DD^{\geq 0}$のアーベル圏としてのtorsion pair $(\TT,\FF)$を考える。このとき次が成り立つ。
ここで最後の等式をむしろいろいろな論文でHRS-tiltの定義式としているのですが、そうするより$*$積で書いたほうが自然だし証明も一瞬です。
証明に使う定義が見慣れないかもしれないので、確認の意味も含めて復習します。
三角圏$\DD$の部分圏の組$(\UU,\VV)$が$t$-structureであるとは、次を満たすときをいう(部分圏は有限直和と同型で閉じていたが直和因子で閉じると仮定していないことに注意)。
またこの$t$-structureのheartとは$\UU \cap \VV$のこと。
また$t$-structureを$(\DD^{\leq 0},\DD^{\geq 0})$と書くとき、$\DD^{\leq n}:= \DD^{\leq 0}[-n], \DD^{\geq n}:= \DD^{\geq 0}[-n]$という記法を用います(主定理で用いています)。
ではアーベル圏のtorsion pairも復習します。
アーベル圏$\AA$の部分圏の組$(\TT,\FF)$がtorsion pairであるとは、次を満たすときをいう。
大体のイメージ的には、アーベル圏を右$\TT$と左$\FF$に分ける別け方です(右から左へは射がないので)。
さて、聡明な読者はここで「三角圏での$*$とアーベル圏での$*$があって紛らわしい!」と思われるかもしれません。が、実際これは$t$-structureのheartを考える上では区別しなくてよいことが次で保証されます:
三角圏$\DD$の$t$-structureのheart $\HH$を考えると次が成り立つ。
1と2については t-structureのheartがアーベル圏になる記事 を参照。3は1と2から直ちに従う。
さてもう一瞬で主定理を証明できます。
三角圏$\DD$の$t$-structure $(\DD^{\leq 0},\DD^{\geq 0})$をとり、そのheart $\HH$のtorsion pair $(\TT,\FF)$をとる。
定義の1-3を順番に確かめよう。
以下、$\UU' := \DD^{\leq -1} * \TT$と$\VV':= \FF[1] * \DD^{\geq 0}$と置く。
まずheartは拡大で閉じるので、明らかに$\FF[1] * \TT \subseteq \UU' \cap \VV'$である。また、$\UU'$について、
\begin{align}
\UU' = \DD^{\leq -1} * \TT& = \DD^{\leq -2} * \HH[1] * \TT \\
& = \DD^{\leq -2} * (\TT[1] * \FF[1]) * \TT \\
& = (\DD^{\leq -2} * \TT[1]) * (\FF[1] * \TT)\\
& = \UU'[1] * (\FF[1] * \TT)
\end{align}
であり、$\UU \cap \VV$の元$X$を取ると、三角
$$
U'[1] \to X \to H \to U
$$
で$U' \in \UU'$と$H \in \FF[1]*\TT \subseteq \UU' \cap \VV'$があるが、これと自明な三角$0 \to X \to X \to 0$を比較すると、次の補題により$H \cong X$が分かる。よって$X \in \FF[1] * \TT$である。
まずHom直交は$\FF[1] \subseteq \HH[1]$と$\TT \subseteq \HH$と$\HH[1] \perp \HH$より明らか。また$\HH' = \FF[1] * \TT$が三角圏として成り立つことが分かっていたので、上の命題によりアーベル圏としても成り立つ。よってtorsion pairなことが分かった。
読者への演習問題とする。
$(\UU,\VV)$を三角圏$\DD$の$t$-structureとしたとき、対象$X \in \DD$について三角
$U[1] \to X \to H \to U$
であり$U \in \UU$と$H \in \UU \cap \VV$を満たすような三角は、存在すれば同型をのぞいて一意的である。
上の三角が$\UU[1] * \VV$という分解を与えており、$(\UU[1],\VV[1])$が$\DD$の$t$-structureだったことから、 Bridgeland安定性第1回 の命題4により従う。
また完全に独立したちょっとおもしろい応用として次が分かります。
アーベル圏$\AA$のtorsion pair $(\TT,\FF)$が与えられたとき、ある別のアーベル圏$\BB$とそこのtorsion pair $(\TT',\FF')$が存在して、$\TT' \simeq \FF$で$\FF' \simeq \TT$である。つまり$\TT$をtorsion-free、$\FF$をtorsion classとして実現するようにアーベル圏を作れる。
$\AA$の有界導来圏$\DDD^b(\AA)$の標準$t$-strを考え、その$(\TT,\FF)$についてのHRS-tiltを取ると、新しくできる$t$-strのheart $\FF[1] * \TT$を$\BB$とおけば、$(\FF[1],\TT)$が$\BB$のtorsion pairであり、$\FF[1] \simeq \FF$より従う。
これは知っている人から見れば、ある種のBrenner-Butlerの定理の一般化だとも見れますね。Brenner-Butlerは、classical tilting moduleから誘導されるtorsion pairを考えると、そのtilted algebra上ではtorsionとtorsion-freeがひっくり返っている、というものです。