1

t-structureのheartのtorsion pairからHRS-tiltで新しいt-structureを作る

106
0

導入

与えられたt-structureから別の「ちょっとずれたt-structure」を作る操作として、Happel-Reiten-Smaløが導入したいわゆるHRS-tiltという操作があります。

具体的には、三角圏Dt-structure (D0,D0)があり、さらにそのheart Hのアーベル圏としてのtorsion pair (T,F)を考えれば、次の図をイメージしてもらって、新しいt-structure (D1T,F[1]D0)ができそうです。
HRS-tiltの図 HRS-tiltの図
(この図は導来圏なりのAuslander-Reiten quiverのイメージ図ですが、まあAR quiver知らなくてもイメージはつくでしょう、「右から左へ射は消えている」「シフトで右にずれる」ことに注意)

しかもそのheartはF[1]Tと書けて、そのなかでどうも(F[1],T)がtorsion pairになっているように見えます。これが次の文献で導入された通称HRS-tiltです:

  • [HRS] D. Happel, I. Reiten and S. O. Smalø, Tilting in abelian categories and quasitilted algebras, Mem. Amer. Math. Soc. 120 (1996), no. 575.

ですがその証明は長ったらしく自分にとっては分かりにくいので、もっとシンプルに短く証明するのが本記事の狙いです。

この操作はBridgelandが特に単純加群からくるtorsion pairについて行って「simple tilting」とか呼ばれる操作になっていて、いわゆる流行りのmutationの一部で、いろんな分野とつながるらしいですが詳しくないです。

前提とする知識

三角圏のt-structureに慣れていることが望ましい(とくに、Bridgeland安定性 第1回 heartはアーベル圏 を読んでいることが望ましい)。

慣習と記法

いつもと同様ですが、アーベル圏のtorsion classにTを使いたいので、三角圏は主にDで表すことにします。

  • 考える部分圏は全てfullで有限直和と同型で閉じることを仮定する(直和因子で閉じることは課さない)。

  • 加法圏Dの部分圏Xに対して、XXで通常のHom直交部分圏を指す。また二つの部分圏X,Yに対して、XYで、T(X,Y)=0を表す。

  • 三角圏Dの対象の集まりXYに対し(部分圏でなくてもよい)、
    XEYX[1]
    というtriangleでXXYYを満たすようなものが存在するようなEを全て集めたものをXYと書く(この演算は結合的)。

  • 上のアーベル圏バージョンも同じ記号でかく。つまりアーベル圏Aの対象の集まりXYに対し(部分圏でなくてもよい)、
    0XEY0
    という短完全列でXXYYを満たすようなものが存在するようなEを全て集めたものをXYと書く(この演算は結合的)。

主定理の主張

早速主定理が述べられます(あとで用語を補足します)。

HRS-tilt

三角圏Dt-structure (D0,D0)を考え、そのheart H:=D0D0のアーベル圏としてのtorsion pair (T,F)を考える。このとき次が成り立つ。

  1. (D1T,F[1]D0)Dt-structureである。
  2. そのheartはF[1]Tであり、またこのとき(F[1],T)はこの新しいheartのアーベル圏としてのtorsion pairである。
  3. もとのheart Hへの通常のコホモロジカル関手Hi:DHを考えると、次の等式が成り立つ:
    D1T={XD|H>0(X)=0 かつ H0(X)T}F[1]D0={XD|H1(X)=0 かつ H1(X)F}F[1]T={XD|H0,1(X)=0 かつ H0(X)T,H1(X)F}

ここで最後の等式をむしろいろいろな論文でHRS-tiltの定義式としているのですが、そうするより積で書いたほうが自然だし証明も一瞬です。

t-structureとtorsion pairについて復習と準備

証明に使う定義が見慣れないかもしれないので、確認の意味も含めて復習します。

三角圏のt-structure

三角圏Dの部分圏の組(U,V)t-structureであるとは、次を満たすときをいう(部分圏は有限直和と同型で閉じていたが直和因子で閉じると仮定していないことに注意)。

  1. UV[1].
  2. D=UV[1].
  3. U[1]V (もしくはV[1]Vに置き換えてもよい).

またこのt-structureのheartとはUVのこと。

またt-structureを(D0,D0)と書くとき、Dn:=D0[n],Dn:=D0[n]という記法を用います(主定理で用いています)。

ではアーベル圏のtorsion pairも復習します。

アーベル圏のtorsion pair

アーベル圏Aの部分圏の組(T,F)torsion pairであるとは、次を満たすときをいう。

  1. TF.
  2. A=TF (アーベル圏としてのなことに注意)

大体のイメージ的には、アーベル圏を右Tと左Fに分ける別け方です(右から左へは射がないので)。

さて、聡明な読者はここで「三角圏でのとアーベル圏でのがあって紛らわしい!」と思われるかもしれません。が、実際これはt-structureのheartを考える上では区別しなくてよいことが次で保証されます:

三角圏Dt-structureのheart Hを考えると次が成り立つ。

  1. Hはアーベル圏であり、Dの中で拡大で閉じている。
  2. Hの射の組XfYgZ完全列であることと、あるDでの三角XfYgZhX[1]が存在することは同値。
  3. Hの二つの部分圏TFについて、TFをアーベル圏Hのなかで考えたものと、三角圏Dの中で考えたものは一致する。

1と2については t-structureのheartがアーベル圏になる記事 を参照。3は1と2から直ちに従う。

主定理の証明

さてもう一瞬で主定理を証明できます。

主定理の証明

三角圏Dt-structure (D0,D0)をとり、そのheart Hのtorsion pair (T,F)をとる。

(D1T,F[1]D0)t-structureなこと

定義の1-3を順番に確かめよう。

  1. 直交関係について。これはD1D0等と、TFにより直ちにわかる。
  2. 生成について。まずD=D0D1だが、さらにD0=D1Hが分かり、よってD=(D1H)D1である。
    次にH=TFがアーベル圏の意味で成り立つが、上の命題により三角圏の意味でも成り立つ。よって、演算の結合性を使うと、
    D=D1HD1=D1(TF)D1=(D1T)(FD1)
    より成り立つ。
  3. 明らか。

以下、U:=D1TV:=F[1]D0と置く。

(U,V)のheart HF[1]Tなこと

まずheartは拡大で閉じるので、明らかにF[1]TUVである。また、Uについて、
U=D1T=D2H[1]T=D2(T[1]F[1])T=(D2T[1])(F[1]T)=U[1](F[1]T)

であり、UVの元Xを取ると、三角
U[1]XHU
UUHF[1]TUVがあるが、これと自明な三角0XX0を比較すると、次の補題によりHXが分かる。よってXF[1]Tである。

(F[1],T)がアーベル圏Hのtorsion pairなこと

まずHom直交はF[1]H[1]THH[1]Hより明らか。またH=F[1]Tが三角圏として成り立つことが分かっていたので、上の命題によりアーベル圏としても成り立つ。よってtorsion pairなことが分かった。

コホモロジカル関手を使った定義との同値性

読者への演習問題とする。

(U,V)を三角圏Dt-structureとしたとき、対象XDについて三角
U[1]XHU
でありUUHUVを満たすような三角は、存在すれば同型をのぞいて一意的である。

上の三角がU[1]Vという分解を与えており、(U[1],V[1])Dt-structureだったことから、 Bridgeland安定性第1回 の命題4により従う。

また完全に独立したちょっとおもしろい応用として次が分かります。

HRS-tiltの

アーベル圏Aのtorsion pair (T,F)が与えられたとき、ある別のアーベル圏Bとそこのtorsion pair (T,F)が存在して、TFFTである。つまりTをtorsion-free、Fをtorsion classとして実現するようにアーベル圏を作れる。

Aの有界導来圏Db(A)の標準t-strを考え、その(T,F)についてのHRS-tiltを取ると、新しくできるt-strのheart F[1]TBとおけば、(F[1],T)Bのtorsion pairであり、F[1]Fより従う。

これは知っている人から見れば、ある種のBrenner-Butlerの定理の一般化だとも見れますね。Brenner-Butlerは、classical tilting moduleから誘導されるtorsion pairを考えると、そのtilted algebra上ではtorsionとtorsion-freeがひっくり返っている、というものです。

まとめ、予告

  • 三角圏やアーベル圏や完全圏での記法は非常に便利で直感的なのでもっと広まって欲しいと思います(三角圏の論文でよく三角を重ねて書いたりしてるけど、単にを繰り返しとっただけと見たほうが見やすい)。
  • そのうちに、HRS-tiltの逆、つまりt-structureがあって、そこから離れすぎてない(2-termな)t-structureがあったら、そこからheartのtorsion pairが定まり、それについてのHRS-tiltと見れること、またこの対応で「heartのtorsion classのなすposet」と「離れすぎていないt-structureのposet」が同型なことを見る予定です。
投稿日:20201126
OptHub AI Competition

この記事を高評価した人

高評価したユーザはいません

この記事に送られたバッジ

バッジはありません。
バッチを贈って投稿者を応援しよう

バッチを贈ると投稿者に現金やAmazonのギフトカードが還元されます。

投稿者

H.E.
H.E.
129
15803
某大ポスドク、詳しくはtwitterまで。自分の分野(環の表現論)でよく使われるfolkloreの解説記事を主に書いています。

コメント

他の人のコメント

コメントはありません。
読み込み中...
読み込み中
  1. 導入
  2. 慣習と記法
  3. 主定理の主張
  4. t-structureとtorsion pairについて復習と準備
  5. 主定理の証明
  6. まとめ、予告