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三角圏のt-structureのheartは三角圏の拡大で閉じたアーベル完全部分圏である

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$$\newcommand{AA}[0]{\mathcal{A}} \newcommand{BB}[0]{\mathcal{B}} \newcommand{C}[0]{\mathbb{C}} \newcommand{CC}[0]{\mathcal{C}} \newcommand{CM}[0]{\operatorname{\mathsf{CM}}} \newcommand{DD}[0]{\mathcal{D}} \newcommand{DDD}[0]{\mathsf{D}} \newcommand{EE}[0]{\mathcal{E}} \newcommand{End}[0]{\operatorname{End}} \newcommand{equiv}[0]{\Leftrightarrow} \newcommand{Ext}[0]{\operatorname{Ext}} \newcommand{F}[0]{\mathsf{F}} \newcommand{FF}[0]{\mathcal{F}} \newcommand{GG}[0]{\mathcal{G}} \newcommand{HH}[0]{\mathcal{H}} \newcommand{Hom}[0]{\operatorname{Hom}} \newcommand{II}[0]{\mathcal{I}} \newcommand{imp}[0]{\Rightarrow} \newcommand{implies}[0]{\Rightarrow} \newcommand{inj}[0]{\hookrightarrow} \newcommand{JJ}[0]{\mathcal{J}} \newcommand{KK}[0]{\mathcal{K}} \newcommand{KKK}[0]{\mathsf{K}} \newcommand{LL}[0]{\mathcal{L}} \newcommand{MM}[0]{\mathcal{M}} \newcommand{mod}[0]{\operatorname{\mathsf{mod}}} \newcommand{Mod}[0]{\operatorname{\mathsf{Mod}}} \newcommand{NN}[0]{\mathcal{N}} \newcommand{OO}[0]{\mathcal{O}} \newcommand{PP}[0]{\mathcal{P}} \newcommand{proj}[0]{\operatorname{\mathsf{proj}}} \newcommand{QQ}[0]{\mathcal{Q}} \newcommand{R}[0]{\mathbb{R}} \newcommand{rep}[0]{\operatorname{\mathsf{rep}}} \newcommand{surj}[0]{\twoheadrightarrow} \newcommand{Tor}[0]{\operatorname{Tor}} \newcommand{TT}[0]{\mathcal{T}} \newcommand{TTT}[0]{\mathsf{T}} \newcommand{UU}[0]{\mathcal{U}} \newcommand{VV}[0]{\mathcal{V}} \newcommand{XX}[0]{\mathcal{X}} \newcommand{YY}[0]{\mathcal{Y}} \newcommand{Z}[0]{\mathbb{Z}} \newcommand{ZZ}[0]{\mathcal{Z}} $$

導入

三角圏からアーベル圏を取り出す方法として有名なものに「$t$-structureのheartをとる」ことがあります。古典的な場合は、アーベル圏の導来圏にはstandardな$t$-structureが入り、それのheartをとるともとのアーベル圏がでます。

おもしろいのはstandardじゃない$t$-strcutreを入れると、もとのアーベル圏とは違うアーベル圏が出てきうることです。例えば導来同値な環があると、片方の導来圏に、もう片方側のstandard $t$-structureから誘導してきたものを考えると、もう片側の加群圏がでてくるわけです。

本記事の目的

三角圏の$t$-structureのheartがアーベル圏であること、またより強く、短完全列の情報が三角圏構造と変化していないような完全圏であることを示します。

前提とする知識

三角圏の基本性質、$t$-structureの定義( Bridgeland安定性第1回 参照)、アーベル圏の定義と、さらに完全圏(Quillenの意味で)を仮定します。ただし完全圏を知らない人は無視して読んでも、最後の注とその前の証明だけ読めば、heartがアーベル圏なことは証明できます。

完全圏についての言及は自分好みのものなので、単に「heartがアーベル圏」を示すだけなら、一番最後の証明だけ読めば大丈夫です。

慣習と記法

  • 考える部分圏は全てfullで有限直和と同型で閉じることを仮定する(直和因子で閉じることは課さない)。
  • 三角圏$\TT$の部分圏$\XX$に対して、$\XX^\perp$$^\perp \XX$で通常の$\Hom$直交部分圏を指す。また二つの部分圏$\XX,\YY$に対して、$\XX \perp \YY$で、$\TT(\XX,\YY) = 0$を表す。
  • 三角圏$\TT$の対象の集まり$\XX$$\YY$に対し(部分圏でなくてもよい)、
    $$ X \to E \to Y \to X[1] $$
    というtriangleで$X \in \XX$$Y \in \YY$を満たすようなものが存在するような$E$を全て集めたものを$\XX * \YY$と書く(この$*$演算は結合的)。

謝辞

三角圏の完全部分圏についてのfolklore(後述の補題3)を教えてくださった某後輩に感謝

準備

まず記事のタイトルにあまり見慣れない単語があると思うので、その定義から初めます。

三角圏の拡大で閉じた完全部分圏

三角圏$\TT$の部分圏$\EE$が**拡大で閉じた完全部分圏 (extension-closed exact subcategory) **であるとは、次を満たすときをいう。

  • $\EE$$\TT$の中で拡大で閉じている。
  • 射の組$ X \xrightarrow{f} Y \xrightarrow{g} Z$がconflationであることを、ある$\TT$の中での三角
    $$ X \xrightarrow{f} Y \xrightarrow{g} Z \to X[1] $$
    が存在することと定義すると、このconflationにより$\EE$に完全圏の構造が入る。

2番めの条件は割と強く、例えば$\EE$の中で$f$の単射性や$g$の全射性や核・余核対になっていることも自然と要求していることに注意です。

多分考えている人がいないことはないと思いますが、上の概念は文献で見たことがないので、本記事独自の用語です。

一方、完全圏がいつアーベル圏かどうかは簡単な特徴づけがあります。もしかしたらそんなに有名じゃないかもしれないけど、知っておくとすごく使えます。

アーベル完全圏

完全圏$\EE$に対して次は同値である。

  1. $\EE$はアーベル圏であり、conflationは通常の意味での短完全列と一致している(つまり最大の完全圏構造が入っている)。
  2. 任意の射$f$$f = i p$という、$p$がデフレーション、$i$がインフレーションなものに分解できる(つまり任意の射がadmissibleである)。

このような完全圏をアーベル完全圏と呼ぶことにする。

1ならば2は明らか。

2ならば1を示す。アーベル圏の定義にどれを採用するか問題があるが、多分一番有名な「coimageからimageへの自然な射が同型」を使うことにする。まずpre-abelianなことは、$f$の核は$p$の核としてとれるのと双対からすぐに従う。

任意に射$f \colon X \to Y$を取ると、$f = ip$という2の分解が取れる。それぞれに対応するconflationを
$$ 0 \to K \xrightarrow{\iota} X \xrightarrow{p} W \to 0 $$
$$ 0 \to W \xrightarrow{i} Y \xrightarrow{\pi} C \to 0 $$
とすると、$i$が単射なので$f$の核は$\iota$であり、同様に$f$の余核は$\pi$である。よって$p$がcoimageへの自然な写像、$i$がimageへの自然な写像になるが、その間の写像はいま恒等写像になっているので同型である。

よって$\EE$はアーベル圏である。次に通常の意味での短完全列がconflationかどうかを考える。通常の意味での短完全列をとる:
$$ 0 \to X \xrightarrow{f} Y \xrightarrow{g} Z \to 0 $$
このとき仮定により$f = i p$なる分解が取れるが、$f$がモノ射なので$p$がモノ射となり、かつ$p$はdeflationなので余核射である。ここで「余核射かつモノ射は同型」が簡単に分かるので、$p$は同型である。よって上の短完全列は、$i$に関するconflationと同型になるが、conflationは同型で閉じるので上もconflationである。

主定理と証明

主定理

三角圏$\TT$$t$-structure $(\UU,\VV)$に対して、そのheart $\HH:=\UU \cap \VV$は拡大で閉じた完全部分圏であり、完全圏として完全アーベル圏である。

完全部分圏の判定には、次の補題が便利です。

完全部分圏の判定

三角圏$\TT$の拡大で閉じた部分圏$\EE$が、
$$ \Ext_\TT^{-1}(\EE,\EE) := \TT(\EE,\EE[-1]) = 0 $$
を満たすならば、$\EE$は完全部分圏である、すなわち$\TT$の三角で最初の3つが$\EE$に入るものを取り出すとそれは完全圏の構造を持つ。

この補題は次の論文のProposition 2.5で見つけた、たぶんfolkloreです。
P. Jorgensen, Abelian subcategories of triangulated categories induced by simple minded systems, arXiv:2010.11799
これはDyerのプレプリントの主結果でもあるようです:
M. Dyer, Exact subcategories of triangulated categories.

まず$\EE$が条件、つまり$\EE \perp \EE[-1]$を満たすとし、このとき定義1のようにconflationを定め、また同様にinflationとdeflationを定める。このとき次が成り立つ:

$\EE$のconflationは$\EE$の中で核・余核対である。

このため、$\EE$のconflation $X \to Y \to Z$をとると、定義によりこれは$\TT$の三角
$$ X \to Y \to Z \to X[1] $$
の一部である。これを左に回して$E \in \EE$について$\TT(E,-)$を伸ばすと、
$$ 0 = \TT(E,Z[-1]) \to \TT(E,X) \to \TT(E,Y) $$
が完全で$\EE \perp \EE[-1]$により一番左がゼロ。よって、取ったconflationはkernel sequenceになっている。余核についても同様なので省略。

これが示されると、次の補題により主張が成り立つ。

三角圏$\TT$の拡大で閉じた部分圏$\EE$が完全部分圏であることと、定義1でconflationを定めたときにconflationが$\EE$の中で核・余核対であることは同値。

完全部分圏なら、明らかに完全圏の定義により後半が成り立つ。逆に後半が成り立つとすると、ごちゃごちゃ三角圏の八面体などを使えば完全圏の公理を満たすことが示される。詳しくは上のJorgensenの論文のProposition 2.5を参照のこと。

実はもっと短い証明ができますが、これについては気になる方は直接連絡をとってください。

では主定理の証明を見ましょう。

主定理の証明

分かりやすくするため、$\TT^{\leq n}:= \UU[-n]$$\TT^{\geq m}:= \VV[-m]$と、$\TT^{[m,n]}:= \TT^{\leq n} \cap \TT^{\geq m}$とする記法を用いる。

まず$\HH \perp \HH[-1]$を示す。これは$\HH \subseteq \TT^{\leq 0}$$\HH[-1] = \TT^{[1,1]} \subseteq \TT^{\geq 1}$なことと、$t$-structureの公理により$\TT^{\leq 0} \perp \TT^{\geq 1}$が成り立つことから従う。

また$\HH$は明らかに拡大で閉じるので、補題3(完全部分圏の判定)により、$\HH$$\TT$の拡大で閉じた完全部分圏となる。よって特に完全圏の構造が入る。

最後に(ここが一番非自明ですが)、この完全圏構造がアーベル完全圏であることを示す。命題1(アーベル完全圏)により、任意の射をdeflationとinflationに分解すればよい。

任意に射$X \to Y$を取る。このときmapping cocone $K \to X$をとって三角$K \to X \to Y \to K[1]$にする。このとき$\TT = \TT^{\leq 0} * \TT^{\geq 1}$により、三角$K^{\leq 0} \to K \to K^{\geq 1} \to K^{\leq 0}[1]$がとれる(どこに属するかは察して)。よって八面体公理により、次の可換図式ができる。
\begin{CD} K^{\leq 0} @= K^{\leq 0} \\ @VVV @VVV \\ K @>>> X @>>> Y @>>> K[1] \\ @VVV @VVV @| @VVV \\ K^{\geq 1} @>>> W @>>> Y @>>> K^{\geq 1}[1] \\ @VVV @VVV \\ K^{\leq 0}[1] @= K^{\leq 0}[1] \end{CD}
ネタバレを言うと、ここで取れた真ん中の可換図式による$X\to Y$の分解$X \to W \to Y$が求める分解である。このためいろいろ示すことがあるが、基本的に何以上何以下かを冷静に追っかければわかる。以下フランクな言葉を使うが察してください

$K$はゼロ以上$1$以下

いま三角$Y[-1] \to K \to X$があり、$Y[-1]$$1$以上$1$以下で$X$はゼロ以上ゼロ以下なので、その拡大$K$もゼロ以上$1$以下である。

$K^{\leq 0}$$\HH$に入る

$K^{\leq 0}$はゼロ以下なのでゼロ以上ならよい。いま三角$K^{\geq 1}[-1] \to K^{\leq 0} \to K$があり、上より$K$はゼロ以上、また$K^{\geq 1}[-1]$$2$以上により、その拡大である$K^{\leq 0}$もゼロ以上である。

$K^{\geq 1}[1]$$\HH$に入る

$K^{\geq 1}$$1$以下ならよい。いま三角$K \to K^{\geq 1} \to K^{\leq 0}[1]$があり、$K$$1$以下で、$K^{\leq 0}[1]$$-1$以下より、その拡大である$K^{\geq 1}$$1$以下である。

$W$$\HH$に入る

いま三角$X \to W \to K^{\leq 0}[1]$があり、$X$はゼロ以下で$K^{\leq 0}[1]$$-1$以下なので、$W$もゼロ以下である。次に三角$K^{\geq 1} \to W \to Y$があり、$K^{\geq 1}$$1$以上、$Y$はゼロ以上なので$W$もゼロ以上である。

以上のことより初め3つの項が$\HH$に入る三角が二つできたので、$\HH$でのconflationが二つとれた:
$$ 0 \to K^{\leq 0} \to X \to W \to 0, $$
$$ 0 \to W \to Y \to K^{\geq 1}[1] \to 0, $$
この2つのconflationと、上の図式の可換性により、$X \to W \to Y$が求める射$X \to Y$のdeflationとinflationによる分解である。

完全圏を知らない人でも、$\HH$がアーベル圏だけなら簡単に分かる。完全圏を知らない人向けの証明を書くと次のようになる:

上の証明の最後の二つの列は$\HH$の中での核・余核対である、なぜならこれは$\TT$の三角の初め3つであるが、$\HH \perp \HH[-1]$なことと補題3の証明を使えるので(つまり直接$\TT(H,-)$とかを噛ませば長完全列からすぐ核・余核になっていることが分かる)。

よって、任意の$\HH$の射は上のような$X \to W \to Y$という分解を持つ。このとき$X \to W$$\HH$で全射(余核射)より$X \to Y$の余核は$K^{\geq 1}[1]$となり、核も同様。とくにpre-abelianである。

さらに、上の分解は、$X \to W$がcoimageへの自然な写像、$W \to Y$がimageからの自然な写像なことを意味しているので、coimageからimageへの写像が恒等射として取れているので、アーベル圏になる。

投稿日:20201120

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H.E.
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某大ポスドク、詳しくはtwitterまで。自分の分野(環の表現論)でよく使われるfolkloreの解説記事を主に書いています。

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