この記事ではHoffmanの恒等式 (Hoffman's Identity) と呼ばれるある多重ゼータ値に関連した関係式族を紹介して、それを連結和法と呼ばれる証明法で示そうと思います。連結和法は多重ゼータ値の関係式を証明するのに非常に画期的かつ有効なもので、2人の偉大な日本人数学者、関真一朗・山本修司によって発見されました。それが導入された原論文のarXivのプレプリントが
A new proof of the duality of multiple zeta values and its generalizations
から読めます。この論文ではthe duality of multiple zeta values、すなわち多重ゼータ値の双対性と呼ばれる関係式と、その複数の一般化を証明しています。興味のある方はぜひご一読を!
そろそろ本題に入りましょう。まずこの記事で使われるノーテーション(記法)から紹介します。
以下
とおきます。
次にこの記事で頻繁に使うことになる矢印記法 (arrow notation) について説明します。インデックス
と書くことにしましょう。慣例により、
インデックス
最後に、二つのインデックス
ではいよいよHoffmanの恒等式がどんな定理であるか見ていきましょう。
このとき、任意のインデックス
これがHoffmanの恒等式です。初見では何がなんだかさっぱりとなりそうですが、落ち着いて両辺を観察してみましょう。よく見ると右辺も左辺も和の取り方は同じです。そして何の和を取っているかに着目してみます。右辺は
それではこの定理の証明に取り掛かるとしましょう。まずは連結和法について詳しく説明します。
主定理の証明法としてここで紹介するのは冒頭で述べたように連結和法 (connected sum method) と呼ばれる手法です。この章で連結和法のアルゴリズムを解説します。
この証明には大きく4つのステップがあります。
連結和 (connected sum) と呼ばれるこの証明法のキーを発見する。
連結和の輸送関係式 (transport relation) を示す。
連結和の境界条件 (boundary condition) を確認する。
輸送関係式を繰り返し用いてインデックスを輸送してできた等式に境界条件を適用する。
もう少し具体的に説明しましょう。等式
というわけで、連結和法で証明するには連結和・その輸送関係式・境界条件が必要ですね。まずはHoffmanの恒等式の証明に必要な連結和を次の章で定義しましょう。
2つのインデックス
で定義する。ここで
この定義を見てすぐになるほど!と納得できた方はもうこの先を読む必要はありません。この記事を読む暇があればどうぞ新たなコネクターとそれがうむ新たな関係式族を発見して論文を書いて数学の発展に貢献してください。冗談はさておき、これは定義です。このように連結和を定義するとうまい具合に輸送関係式と境界条件が得られて、Hoffmanの恒等式が証明できてしまうのです。「え、どうやってこんなの思いつくの」と思ったあなた、そうなんです。連結和というものはそう簡単に発見できるものではないんです。連結和法の唯一のネックが、うまく証明が回るような連結和を発見することなのです。なので、とりあえず読者さんはこの連結和を発見した数学者に敬意を表しつつ、この定義を受け入れてしまいましょう。たとえ自分で連結和を見つけられなかったとしても、この連結和を用いることでHoffmanの恒等式がきちんと証明できることが理解できたときには多少なりとも感動が得られるはずです。
ところでコネクターやら連結関係式やらまだ説明していない用語が出てきました。コネクターはそのまま文字通り、「繋げ役」です。つまり、連結和の部分で、今回であれば
輸送関係式の内容とその証明に入る前に、証明に必要な準備をします。
この節で、輸送関係式(後で示す命題4)を示すために用いる2つの補題(補題2・補題3)を用意します。
ただし6行目から7行目にかけて二項係数の有名公式
ただし3行目から4行目にかけて二項係数の有名公式
ではこれらの補題を用いて輸送関係式を示していきましょう。
任意の二つのインデックス
まず輸送関係式
ただし3行目から4行目にかけて、補題2を用いました。
次に輸送関係式
ただし4行目から5行目にかけて、補題3を用いました。以上で輸送関係式が示されました。□
輸送関係式を手に入れたので、あと私たちに必要なものは境界条件のみです!
輸送関係式は計算がかなり重かったと思いますが、境界条件を確かめるのはそれに比べると容易です。
任意のインデックス
同じく
以上で境界条件が示されました。□
ついにステップ3までのプロセスが終わりました。残るは、得られた輸送関係式と境界条件を用いて等式を証明するステップ4のみです。あとひと息、頑張りましょう!
さあようやく全ての準備が整いました。
...と言いたいところですが、大事なことをまだしていませんでした。え、何かって?忘れてしまったでしょうか、ノーテーションの章で後述するとしていた、Hoffman双対インデックスの定義で使われている双対インデックスの定義をまだしていませんでした。このタイミングで双対インデックスを定義することになります。
任意のインデックス
これで準備万端です!これから連結和のインデックスを輸送関係式によって輸送していきます。どのように輸送していくかという規則を次のように定めます。
という規則に従います。このように輸送することで、うまくスタートとゴールがイコールの関係で結ばれるのです。この事実をきちんと証明して、ついにHoffmanの恒等式の連結和法による証明が完結します!
スタートは
と言った具合です。輸送関係式
さて、今私たちは輸送関係式
というようになります。さあこれで輸送する側のインデックス
と輸送でき、輸送する側のインデックス
となって、輸送が完了しました。ここで、輸送されてできたインデックス
ここで先ほど定義した双対インデックスが出てくるのです!ところで、
これできちんとスタートとゴールが輸送関係式によって等式で結ばれることが示されました。さあいよいよクライマックスです!この瞬間のために用意した境界条件の出番です!命題5を上の式に適用すると!!ついに!!!この式が得られました!!!!!
この式こそがHoffmanの恒等式でした。これにて、証明が完了したわけです。
この最後の章で、連結和法による証明をまとめてみたいと思います。
まずは初手として連結和を定義したのでした。この連結和を発見することが唯一の連結和法のネックでしたね。私たちは今回定義を受け入れることにしました。次に用意したのは輸送関係式でした。そのために二項係数に関する級数の補題を2つ用意しました。輸送関係式の証明は級数の変形のみで、特別なテクニックを必要としない点は素晴らしいポイントです。そして境界条件を確認しました。最後に、輸送関係式を用いて
連結和法によるHoffamnの恒等式の証明、いかがだったでしょうか。計算がやや面倒な部分もあったかもしれませんが、こんなに非自明な結果がこのような初等的な計算で証明できるということは驚くべきことです。少しでもこの証明方法の凄さや多重ゼータ値の面白さ、ひいては数学の面白さを味ってもらえたなら幸いです。では今日はこの辺で。最後までお読みいただきありがとうございました!
[S] Shin-ichiro Seki, Connectors, arXiv preprint arXiv:2006.09076.