双複素解析入門 第5回
今回もべき等元分解についてのお話です.$Z=z_{1}+jz_{2} \in \mathbb{BC}$における,$\mathbb{C}$係数のべき等元分解とは
$$Z=(z_{1}-iz_{2})e+(z_{1}+iz_{2})e^{\dagger}$$
のことでした.以前,べき等元分解は$Z=(z_{1}+jz_{2})e+(z_{1}+jz_{2})e^{\dagger}$のようにべき等元分解することもできるとご指摘いただいたので,ここで修正しておきます.べき等元分解をするときに$e,e^{\dagger}$の係数を$\mathbb{C}$の元にすると,初めてべき等元分解の一意性が成り立ちます(ご指摘いただいた方ありがとうございます.).
さて,このべき等元分解したあとに現れる$e,e^{\dagger}$の係数ですが,なんだか毎度書くのも大変ですね….今後で楽できるように次の写像を定義することにします.
2つの写像$\Phi_{e}:\mathbb{BC} \rightarrow \mathbb{C},\Phi_{e^{\dagger}}:\mathbb{BC} \rightarrow \mathbb{C}$を次のように定義する:
$Z=z_{1}+jz_{2} \in \mathbb{BC}$に対して,
$$\Phi_{e}(Z)=z_{1}-iz_{2},\Phi_{e^{\dagger}}(Z)=z_{1}+iz_{2}.$$
さらに簡略化のため$Z_{e}=\Phi_{e}(Z),Z_{e^{\dagger}}=\Phi_{e^{\dagger}}(Z)$と表すことにする.
この定義を用いると,$Z \in \mathbb{BC}$のべき等元分解表示は次のようになります:
$$Z=\Phi_{e}(Z)e+\Phi_{e^{\dagger}}(Z)e^{\dagger}=Z_{e}e+Z_{e^{\dagger}}e^{\dagger}.$$
かなりすっきりしましたね.さらに,この2つの写像には次の命題が成り立ちます.
上記の$\Phi_{e},\Phi_{e^{\dagger}}$は全射環準同型写像である.
この主張の証明は群論や環論を勉強したことがある人であれば比較的容易に示せるので,証明は省略させてもらいます.この写像を用いて,前回の主張などを書き直してみることにします.例えば零因子の集合$\mathfrak{S}_{0}$は
$$\mathfrak{S}_{0}=\{Z=Z_{e}e+Z_{e^{\dagger}}e^{\dagger} \in \mathbb{BC}\ |\ Z_{e}Z_{e^{\dagger}}=0\}$$
と表せることになります.すっきりしましたね.前々回で計算した$n (\in \mathbb{N})$乗計算というものが写像の環準同型を用いて計算したものとも思えますね.さらに,$Z$が零因子でなければ(つまり$Z_{e}Z_{e^{\dagger}} \neq 0$ならば),環準同型であることから
\begin{align*}
\dfrac{1}{Z}&=\Phi_{e}\left(\dfrac{1}{Z}\right)e+\Phi_{e^{\dagger}}\left(\dfrac{1}{Z}\right)e^{\dagger}\\
&=\Phi_{e}\left(Z\right)^{-1}e+\Phi_{e^{\dagger}}\left(Z\right)^{-1}e^{\dagger}\\
&=\dfrac{1}{Z_{e}}e+\dfrac{1}{Z_{e^{\dagger}}}e^{\dagger}
\end{align*}のように計算することが可能です.
写像と思うことで色々便利なことがあるんですね….
今回はここまでにします.ありがとうございました.