本記事では環の標準的な定義を与えた上で,その定義が実は冗長であることを述べる.
五つ組$\langle R, +, 0, \times, 1\rangle$が環であるとは,
を満たすことである.
次に,本稿で考察する代数系に名前を付ける.
五つ組$\langle R, +, 0, \times, 1\rangle$が弱そうな環であるとは,
を満たすことである.
次が本稿で述べたい主張である.
五つ組$\langle R, +, 0, \times, 1\rangle$について,次は同値である.
(1)ならば(2)が成り立つことは明白であるから,(2)ならば(1)を示す.$\langle R, +, 0, \times, 1\rangle$が弱そうな環であるとしよう.示すべきは加法の可換性であるから,台集合$R$の任意の二元$r$,$r'$について
$$r+r'=r'+r$$
が成り立つことである.よって台集合$R$の二元$r$,$r'$を任意に取ろう.このとき$(1+r)\times(1+r')$に注目し,これを両側分配律を用いて展開すると
$$\begin{eqnarray}
&&(1+r)\times(1+r') \\
&=&(1+r)\times1+(1+r)\times r'\\
&=&1\times1+r\times 1+1\times r'+r\times r'\\
&=&1+r+r'+r\times r'
\end{eqnarray}$$
および
$$\begin{eqnarray}
&&(1+r)\times(1+r') \\
&=&1\times(1+r')+r\times(1+r')\\
&=&1\times1+1\times r'+r\times 1+r\times r'\\
&=&1+r'+r+r\times r'
\end{eqnarray}$$
をが従う.両者は一致していることに注意すると
$$1+r+r'+r\times r'=1+r'+r+r\times r'$$
が成立し,左側から$-1$を加え,右側から$r\times r'$を加えると
$$r+r'=r'+r$$
が得られる.これは示したかった等式であり,$r$および$r'$の取り方が任意であることに留意すると,加法の可換性が証明された.
以上より,弱そうな環の加法は可換であることが分かったため,弱そうな環は環である.
弱そうな環は実際は弱くなかったことが分かりました.このように一見すると弱そうだが実は弱くないということは数学に於いてしばしば起こります.現実世界で紳士的に振舞うのと同様に,数学的対象に対しても紳士的に振舞っていきたいものです.