双複素数解析入門 第6回
この講義の目的は双複素関数の解析をすることでした.関数を解析するということは,関数の微分可能性や連続性など,つまり極限を議論するということです.しかし,今この段階では双複素数環に位相すら入っていないのです.$\mathbb{BC}$には距離も開集合も何も定義されていません.ということで今回は$\mathbb{BC}$に位相を入れることにします.
位相を入れるなんて難しい….と思いますがそんなことはありません.いたって常識的な位相を入れます.$\mathbb{BC}$の定義を振り返ってみましょう.
$$\mathbb{BC}=\{Z=z_{1}+jz_{2}\ |\ z_{1},z_{2} \in \mathbb{C}\}$$
でした.これは,二つの複素数を同時に扱っていると考えてもよいでしょう(もしくは4つの実数を同時に扱っている).つまり,複素数のときと同じように距離を定めることができそうです.距離が定まるとその距離から誘導される位相が入りますので,これで極限といった連続性を議論することができそうですね.
$Z=z_{1}+jz_{2},W=w_{1}+jw_{2} \in \mathbb{BC}$に対して,距離関数$d_{0},d_{1},d_{2}$を次のように定められる.
\begin{align*}
d_{0}(Z,W)&=\sqrt{|z_{1}-w_{1}|^2+|z_{2}-w_{2}|^2},\\
d_{1}(Z,W)&=|z_{1}-w_{1}|+|z_{2}-w_{2}|,\\
d_{2}(Z,W)&=|Z_{e}-W_{e}|+|Z_{e^{\dagger}}-W_{e^{\dagger}}|.
\end{align*}
ここにある絶対値は,複素数における通常の絶対値である.さらに,
$$d_{0}(Z,W)=\|Z-W\|$$
と書く.
定められる,と言っているのでこれは実際に距離関数になることが示されます.なのでこの主張は定義-命題という感じでしょうか….この距離関数たちにより,$\mathbb{BC}$は距離空間になります.どの距離を使うかは場面によって適切なものを選べばよいです.この距離たちが幾何的にどのようなものを表しているのかは考えてみるとよいでしょう.また,$d_{0}$については,
$$d_{0}(Z,W)=\sqrt{\dfrac{|Z_{e}-W_{e}|^2+|Z_{e^{\dagger}}-W_{e^{\dagger}}|^2}{2}}$$
と書き直すこともできます.この距離関数の定義から次の命題が成り立ちます.
上記の距離$d_{0}$によって,双複素数環$\mathbb{BC}$は$\mathbb{R}^4,\mathbb{C}^2$と距離空間として同型になる.ただし,$\mathbb{R}^4,\mathbb{C}^2$には通常のユークリッド距離が入っているものとする.
さらに,この位相のもとで,$\Phi_{e},\Phi_{e^{\dagger}}$は連続な開写像になる.
距離関数$d_{0}$は乗法性を満たさない.つまり,一般に$\|ZW\| \neq \|Z\|\|W\|$となる.
$Z=(-2+i)e+(1+3i)e^{\dagger},W=-e+(-1-i)e^{\dagger}$のとき,$\|ZW\|と\|Z\|W\|$を計算せよ.
$ZW=(2-i)e+(2-4i)e^{\dagger}$より,
\begin{align*}
\|ZW\|&=\dfrac{1}{\sqrt{2}}\sqrt{|2-i|^2+|2-4i|^2}\\
&=\dfrac{1}{\sqrt{2}}\sqrt{5+20}\\
&=\dfrac{5\sqrt{2}}{2}
\end{align*}
である.また,
\begin{align*}
\|Z\|\|W\|&=\dfrac{1}{\sqrt{2}}\sqrt{|-2+i|^2+|1+3i|^2}\dfrac{1}{\sqrt{2}}\sqrt{|-1|^2+|-1-i|^2}\\
&=\dfrac{1}{2}\sqrt{5+10}\sqrt{1+2}\\
&=\dfrac{3\sqrt{5}}{2}
\end{align*}
実際に$\|ZW\| \neq \|Z\|\|W\|$であることが示されましたね.
今回はここまでにします.ありがとうございました.