可換環論で、可換アルティン環についての次のような定理はよく知られています:
$R$を可換アルティン環とすると、ある有限個の可換アルティン局所環$R_1, \dots, R_n$が存在して$R$は$R_1 \times \cdots \times R_n$と環として同型である。
アティマクなどでも出てきますが、よくある証明はイデアル論的で分かって気になれません。が加群の直既約分解の言葉を使えばすぐに証明できるるので、それを紹介することが目的です。
もったいぶらずに証明を書いて、後で用語や準備を説明することにします。
$R$を左$R$加群として直既約分解すると$R = Re_1 \oplus \cdots Re_n$と冪等元$e_i$を用いて書け、$R e_i$は直既約かつ長さ有限加群なので、Fittingの補題によりその自己準同型環$\End_R(Re_i)$は局所環だが、今$R$が可換なので$\End_R(Re_i) = Re_i$であり、しかも上の直和分解は$R = R e_1 \times \cdots \times R e_n$と環の直積分解を与えている。よって$R$はアルティン局所環$R e_i$の有限直積である。
素イデアルや次元論など何も使う必要がなくて簡単ですね。
まず加群論から準備をします。
$R$を環(非可換でもよい)、$M$を長さ有限$A$加群とする。このとき、$M$が直既約ならば、自己準同型環$\End_R(M)$は局所環である。
任意に自己準同型$f \colon M \to M$があると、$\ker f \leq \ker f^2 \leq \cdots$という上昇列と$\image f \geq \image f^2 \geq \cdots$という下降列があり、長さ有限性からこれが有限でとまることを使うと、「$f$が非同型であることと冪零であることが同値」がすぐに従う。
よって$\End_R(M)$は可逆元の集合と冪零元の集合との和集合になる。このことと次の補題から$\End_R(M)$は局所環である。
環$B$が可逆元の集合と冪零元の集合との和集合になるとき、$B$は局所環である、つまり極大左イデアルが一つしか存在しない。
局所環の特徴づけの一つ「任意の元$x \in B$に対して、$x$と$1-x$のいずれかは可逆元である」ことを示す( 局所環の特徴づけの記事 参照、暇があればこの部分だけ証明を後で書きます)。
実際、$x$が非可逆とする。すると仮定によりある$n$が存在して$x^n = 0$となる。このとき、$1+x+x^2 + \cdots + x^{n-1}$が$1-x$の逆元なことが容易に示される。
実は「環の加群としての直和分解を考えることと、$1$の冪等元分解を与えることは同値」という重要な事実があります。今回に使う形に述べると次のようになります。
環$R$の左$R$加群としての(内部)直和分解$R = M_1 \oplus \cdots \oplus M_n$が与えられていたとする。このとき、ある$R$の冪等元$e_i$を用いて$M_i = R e_i$とかけ、とくに$R = R e_1 \oplus \cdots \oplus R e_n$という直和分解が存在する。さらに$R$が可換環の場合は、$R e_i$は$R$の部分環であり(ただし単位元は保たれない)、上の直和分解は環の直積分解$R = R e_1 \times \cdots R e_n$を与えている。
$1 \in R$について、直和分解により$1 = e_1 + \cdots + e_n$で$e_i \in M_i$となるような元$e_i$が取れる。このとき、
$$
e_i = e_i \cdot 1 = e_i e_1 + \cdots + e_i e_i + \cdots + e_i e_n
$$
という計算ができるが、$M_i$は左$R$部分加群なことから$e_i e_j \in M_j$であり、よって直和になっていることから、$e_i^2 = e_i$と、$i \neq j$については$e_i e_j = 0$が成り立つ。特に$e_i$は冪等元である。
このとき実は$M_i = Re_i$が成り立つ。実際右辺は左辺に明らかに含まれるが、左辺の元$x \in M_i$を取ると、
$$
x = x \cdot 1 = x e_1 + \cdots + x e_i + \cdots + x e_n
$$
となるが、$x \in M_i$と$x e_j \in M_j$なことから、直和分解なことより$x e_i = x$が成り立つ。よって$x \in R e_i$である。
以上のことから$M_i = Re_i$であり、$M = Re_1 \oplus \cdots \oplus R e_n$という直和分解が存在することが分かった。さらにここで$R$が可換だと仮定する。このとき$Re_i$は$R$の積で閉じている。実際、任意の$x, y \in R$について
$$
(x e_i) \cdot (y e_i) = xe_i y e_i = x y e_i e_i = x y e_i
$$
となる。この積は$R e_i$上の演算を定めるが、$e_i$がこの単位元であることも同じように計算して分かる。また$R$がもともと結合的・分配的だったことを思い出せば、$R e_i$は単位元$e_i$を持つ環になっている。
最後に直和分解$R = R e_1 \oplus \cdots \oplus R e_n $が実は環の直積分解を与えていることを示す。このことは、$R$の元$x_1, \dots, x_n \in R$と$y_1, \dots, y_n$について、
\begin{align} (x_1 e_1 + \cdots + x e_n) \cdot (y_1 e_1 + \cdots + y_n e_n) & = \sum_{i,j}(x_i e_i)(y_j e_j)\\ &= \sum_{i,j} (x_i y_j) (e_i e_j) \\ &= \sum_{i} (x_i y_i) e_i\\ &= (x_1 y_1) e_1 + \cdots + (x_n y_n) e_n \end{align}
という計算から分かる(可換性と、$e_i$と$e_j$の積が$i=j$で$e_i$となり、$i \neq j$ではゼロになることを使った)。
さてあと一歩です。次は上で出てきた$Re$という形の自己準同型環についての次の命題が重要です。
可換環$R$の冪等元$e \in R$について、写像$\varphi \colon Re \to \End_R(Re)$を$\varphi(a)$を「$a$を右から掛ける」という左$R$加群$Re$の自己準同型で定義すると、$\varphi$は環同型$Re \cong \End_R(Re)$を与える。
容易に確かめられる(圏論を知っている人は米田の補題である)。
上の命題では簡単のため$R$を可換としましたが、上の命題は非可換でも成立し、$\End_A(Ae)$と$eAe$という環が反同型になります。
ほとんど証明は終わっていますが、もう一度主定理とその証明をきちんと書くことにします。
$R$を可換アルティン環とすると、ある有限個の可換アルティン局所環$R_1, \dots, R_n$が存在して$R$は$R_1 \times \cdots \times R_n$と環として同型である。
「アルティン環はネーター環である」という有名な定理を認める。と$R$は左$R$加群とみて長さ有限である。よって、長さの有限性(アルティン性やネーター性だけでも十分)から、左$R$加群としての直和分解
$$
R = M_1 \oplus\cdots\oplus M_n
$$
であって各$M_i$が直既約左$R$加群であるようなものが存在する。ここで命題4により、対応する冪等元$e_1, \dots, e_n$が存在し
$$
R = R e_1 \oplus\cdots\oplus R e_n
$$
と分解され、しかもこの分解は環の直積分解
$$
R = R e_1 \times\cdots\times R e_n
$$
である。
一方、補題2により$\End_R(M_i)$は局所環だった。しかし命題5を使うと$\End_R(M_i) = \End_R (Re_i)$は環として$R e_i$と同型なので、上の各$R e_i$は局所環である。
最後に$R e_i$がアルティン環なことを観察して証明を終わる。いま$R e_i$は$R$加群としては(アルティン加群$R$の部分加群なので)アルティン加群である。一方、$R e_i$の$R e_i$部分加群$M$は$R$部分加群に自動的になる。実際、$r \in R$をとると、$R e_i$の任意の元$x e_i$に対して、
$$
r (x e_i) = r x e_i = r x e_i^2 = (r e_i) (x e_i) \in M
$$
が成り立つ。よって$Re_i$は$R e_i$加群とみてもアルティンなことが分かる。よって$R e_i$はアルティン環である。