この文章では、平方剰余の相互法則について、アイゼンシュタインによる三角関数を用いた方法を紹介する。また、この証明中に出てくる特徴的な等式と、ドミノタイリングの総数を表示する公式との奇妙な類似について触れる。この文章は 日曜数学のアドベントカレンダー の10日目の記事です。昨日はキグロさんの ネジの山の形について でした。
奇素数$p$と$p$で割れない整数$a$に対して、平方剰余記号(あるいはルジャンドル記号)と呼ばれる記号$\left( \dfrac{a}{p} \right) $を次のように定める:
$$\left( \frac{a}{p} \right)= \begin{eqnarray}
\left\{
\begin{array}{l}
1 \ \ \ (x^2 \equiv a \pmod{p} \ \text{が解を持つ})\\
-1 \ \ \ (x^2 \equiv a \pmod{p} \ \text{が解を持たない})
\end{array}
\right.
\end{eqnarray}$$
が成り立つ。
$p$,$l$を奇素数とする。このとき
$$
\left( \dfrac{l}{p} \right)=(-1)^{\frac{p-1}{2}\frac{l-1}{2}}\left( \dfrac{p}{l} \right)
$$
が成り立つ。
ここから相互法則の証明を行なっていくが、その前に特に強調したい等式について書いておく。それは次のようなものである:
$$ \left( \dfrac{l}{p} \right)= 4^{\frac{(p-1)(l-1)}{4}} \prod_{i=1}^{\frac{l-1}{2}}\prod_{j=1}^{\frac{p-1}{2}} \left( \cos^2 \frac{2 \pi i }{p} - \cos^2 \frac{2 \pi j}{l} \right) $$
この式は平方剰余の値が三角関数の特殊値によって決まるという点で興味深いが、ひとたびこの等式が証明されれば平方剰余の相互法則はほぼ自明である。実際この等式で$p$と$l$を入れ替えれば、左辺は$\left( \dfrac{p}{l} \right)$となるが、右辺は$\left( \dfrac{l}{p} \right)$の$(-1)^{\frac{p-1}{2}\frac{l-1}{2}}$倍に他ならない。したがって証明の目標はこの等式を導くことである。
この等式は平方剰余とは無関係に思えるドミノタイリングの総数に関する公式と奇妙な類似がある。正の偶数$m$,$n$に対し$m \times n$の長方形にドミノ($1 \times 2$の長方形)を$mn/2$個使って敷き詰める場合の数を$D_{m, n}$とした時、 $D_{m, n}$に関して次の公式が知られている。
$$ D_{m, n}= 4^{\frac{mn}{4}} \prod_{i=1}^{\frac{m}{2}}\prod_{j=1}^{\frac{n}{2}} \left( \cos^2 \frac{ \pi i }{m+1} + \cos^2 \frac{ \pi j}{n+1} \right) $$
この$2$つの等式は、右辺が整数値を取ること自体が非常に非自明で興味深い上に、$\cos$の偏角の分子に$2\pi$が乗るか$\pi$が乗るか、および符号を除いてほとんど同じといっても良いものである。
これらの類似については11月下旬のトポスで取り上げたが、単なる偶然なのか、何かしらの数学的背景があるものなのか現時点では不明である。
証明の概略を紹介する(参考:J.-P.セール「数論講義」)
$n=2n'$の時
$$
\frac{\sin (n+1) t}{\sin t} = 4^{n'}\prod_{k=1}^{n'}\left(\cos^2 t - \cos^2 \frac{2k \pi}{n+1} \right)
$$
が成り立つ。
第2種チェビシェフ多項式$U_{n}(x)$は$n$次の多項式であり、定義より
$$
U_{n}(\cos t)=\frac{\sin (n+1) t}{\sin t}
$$
を満たす。また、この表示より、$n=2n'$の時には、$k=1, 2,\cdots, n'$に対して
$$
U_{n} \left(\pm \cos \frac{2k \pi}{n+1} \right)=0
$$
である。また、$U_{n}$の最高次の係数が$4^{n'}$であることも数学的帰納法で確かめられる。従って$U_n(x)$は
$$
U_{n}(x) = 4^{n'}\prod_{k=1}^{n'}\left( x^2- \cos^2 \frac{2k \pi}{n+1} \right)
$$
と因数分解できる。この式で$x=\cos t$とすれば
$$
\frac{\sin (n+1) t}{\sin t} = 4^{n'}\prod_{k=1}^{n'}\left(\cos^2 t - \cos^2 \frac{2k \pi}{n+1} \right)
$$
となる。
平方剰余記号に関する次の補題を示し、それと補題2を用いて相互法則の証明を導く。
まず、平方剰余に関する次の表示がある。$S=\left\{1,2,\cdots,\frac{p-1}{2} \right\}$とすると、$a \in \mathbb{F}_p^{\times}$,$s \in S$に対して$as$は$S$または$-S$のどちらか一方に入る。対応する$S$の元を$s_a$と書き、$\epsilon_a(s)= \pm 1$を
$$
as=\epsilon_a(s)s_a
$$
を満たす符号として定める。対応$s \mapsto s_a$は$S$上の全単射を定める。これより次の補題が成り立つ。
$$ \left( \dfrac{a}{p} \right) = \prod_{s \in S}\epsilon_a(s) $$
$\mathbb{F}_p^{\times}$において
$a^{\frac{p-1}{2}}\prod_{s \in S}s=\prod_{s \in S}as=\prod_{s \in S}\epsilon_a(s)s_a=\prod_{s \in S}\epsilon_a(s)\prod_{s \in S}s$
より
$$
a^{\frac{p-1}{2}}=\prod_{s \in S}\epsilon_a(s).
$$
ここでEulerの基準
$$
\left( \dfrac{a}{p} \right)=a^{\frac{p-1}{2}}
$$
より求める等式が導かれた。
$\sin$に関する等式
$$
\sin \frac{2\pi as}{p}=\sin \frac{2\pi \epsilon_a(s)s_a}{p}=\epsilon_a(s)\sin \frac{2\pi s_a}{p}
$$
と補題3より、
\begin{eqnarray}
\left( \dfrac{l}{p} \right) &=& \prod_{s \in S}\epsilon_l(s) \\
&=& \prod_{s \in S} \dfrac{\sin \frac{2\pi ls}{p}}{\sin \frac{2\pi s_l}{p}}\\
&=&\prod_{s \in S} \dfrac{\sin \frac{2\pi ls}{p}}{\sin \frac{2\pi s}{p}}
\end{eqnarray}
となるが、補題2の三角関数についての等式より
\begin{eqnarray}
\prod_{s \in S} \dfrac{\sin \frac{2\pi ls}{p}}{\sin \frac{2\pi s}{p}}&=& \prod_{s \in S} \left( 4^{(l-1)/2}\prod_{k=1}^{(l-1)/2}\left( \cos^2 \frac{2\pi k}{p} - \cos^2 \frac{2 \pi s}{l} \right) \right)\\
&=& \prod_{j=1}^{(p-1)/2} \left( 4^{(l-1)/2}\prod_{k=1}^{(l-1)/2}\left( \cos^2 \frac{2\pi k}{p} - \cos^2 \frac{2\pi j}{l} \right) \right)\\
&=& 4^{(p-1)(l-1)/4}\prod_{j=1}^{(p-1)/2}\prod_{k=1}^{(l-1)/2}\left( \cos^2 \frac{2\pi k}{p} - \cos^2 \frac{2\pi j}{l} \right)
\end{eqnarray}
であるから、平方剰余に関する目的の式が得られた。したがってこれで平方剰余の相互法則の証明も完了した。
なお、アイゼンシュタインはこの方法と類似の方法で楕円関数を用いて三次剰余の相互律を証明したという(参考文献3. 参照)。平方剰余の相互律はガウス以後240余りの証明が与えられているらしく、アイゼンシュタインも5通りの方法で証明したようだ。ここにそのリストがある。
http://www.rzuser.uni-heidelberg.de/~hb3/fchrono.html