<随時更新中>コメントにて誤植の指摘,内容の希望などを募集しています.
本稿では$\ZFC$を前提にし,Grothendieck宇宙に関する幾つかの諸性質を纏めていく.目次に書いてある事柄のうち,集合論的な準備にあたる部分は全て書きかけです.よって本稿は現時点では自己完結的ではありません.これは最終的に何とかしたいと考えていますが,十分に読める「のーと」として体裁を整えると次のような形に落ち着くと思われます.こうして列挙するだけでちゃんと書くとまあまあ大部になることが目に見えているので現時点で完成の目途は全く立っていません.また分かっている人向けに書くと,単に$\ZFC$と書くときは基礎の公理を仮定するものと約束する.
現代数学の基礎概念の一つに圏がある.この圏は次のように定義することができる.
六つ組$\ordpair{\ob{\cat},\mor{\cat},\dom{\cat},\cod{\cat},\comp{\cat},\id{\cat}}$が圏であるとは,次を満たすことである.
(箙であること)$\dom{\cat}$および$\cod{\cat}$は$\mor{\cat}$から$\ob{\cat}$への写像である.
(合成構造の型)$\comp{\cat}$は集合$\mor{\cat}\times_{\cod{\cat},\dom{\cat}}\mor{\cat}$から$\mor{\cat}$への写像である.
(箙との整合性)次の図式が可換である:$$ \xymatrix{ \mor{\cat}\ar[d]_{\cod{\cat}} && \mor{\cat}\times_{\dom{\cat},\cod{\cat}}\mor{\cat}\ar[d]^{\comp{\cat}} \ar[ll]_{\mathop{\rm pr_1\quad }}\ar[rr]^{\mathop{\quad\rm pr_2 }}&& \mor{\cat}\ar[d]^{\dom{\cat}} \\ \ob{\cat}&& \mor{\cat}\ar[ll]_{\cod{\cat}}\ar[rr]^{\dom{\cat}} && \ob{\cat}\\ } $$
(合成構造の結合性)次の図式が可換である:$$ \xymatrix{ \mor{\cat}\times_{\dom{\cat},\cod{\cat}}\mor{\cat}\times_{\dom{\cat},\cod{\cat}}\mor{\cat} \ar[d]_{ \comp{\cat}\times \id{\mor{\cat}}}\ar[rr]^{\qquad \id{\mor{\cat}}\times\comp{\cat}}&& \mor{\cat}\times_{\dom{\cat},\cod{\cat}}\mor{\cat}\ar[d]^{\comp{\cat}}\\ \mor{\cat}\times_{\dom{\cat},\cod{\cat}}\mor{\cat} \ar[rr]^{\comp{\cat}}&& \mor{\cat} } $$
(恒等射構造の型)$\id{\cat}$は$\ob{\cat}$から$\mor{\cat}$への写像である.
(箙との整合性)次の図式が可換である:$$ \xymatrix{ \ob{\cat}\ar[rr]^{\id{\ob{\cat}}}\ar[rrd]^{\id{\cat}}\ar[d]_{\id{\ob{\cat}}} && \ob{\cat}\\ \ob{\cat} && \mor{\cat}\ar[ll]_{\cod{\cat}}\ar[u]_{\dom{\cat}}\\ } $$
(恒等射構造の中立性))次の図式が可換である:$$ \xymatrix{ \mor{\cat}\ar[rrr]^{\id{\cat}\circ \cod{\cat}\times\id{\mor{\cat}}}\ar[rrrd]^{\id{\mor{\cat}}}\ar[d]_{\id{\mor{\cat}}\times\id{\cat}\circ \dom{\cat}} &&& \mor{\cat}\times_{\dom{\cat},\cod{\cat}}\mor{\cat}\ar[d]^{\comp{\cat}}\\ \mor{\cat}\times_{\dom{\cat},\cod{\cat}}\mor{\cat} \ar[rrr]^{\comp{\cat}}&&& \mor{\cat}\\ } $$
斯かる方法で圏を定義することは有意義である.実際,次のような見方を可能にする.
一方で,斯かる定式化を行なうと対象全体や射全体は集合でなければならない.よって素朴に定義される集合の為す圏$\SETcat$は厳密な意味で圏を為さないことになってしまう.この例を紹介するに先立ち,Cantorの逆理を思い出そう.
$X$が集合ならば,$X$から$\Powset{X}$への全射は存在しない.
$X$から$\Powset{X}$への写像$\map{f}{X}{\Powset{X}}$を任意に取る.このとき$X$の部分集合$X_f$を
$$ X_f\coloneqq\set{x\in X}{x\notin f(x)}$$
と定義する.このとき$X_f$は写像$f$の値域に属さない.実際,もし$f$の値域に属すると仮定すると$X_f=f(x)$なる集合$X$の元$x$が存在するが,この$x$を用いると
$$ x\in f(x)\Leftrightarrow x\in X_f\Leftrightarrow x\notin f(x)$$
が従い矛盾する.よって示された.
集合全体の為すクラス$\V\coloneqq\set{x}{x=x}$は真クラスである.
背理法で示す.即ち$\V$が集合であると仮定すると,冪集合公理より$\Powset{\V}$も集合である.ここで$\Powset{\V}$の元も集合であることに注意すると$\Powset{\V}\subset\V$($\star$)が成立し,$\emptyset\subset\V$より$\emptyset\in\Powset{\V}$より$\Powset{\V}$は空でないことに留意すれば写像$\map{f}{\V}{\Powset{\V}}$を次の規則により定めることができる;
$$ \text{$x\in\Powset{\V}$ならば$f(x)=x$とし,そうでないならば$f(x)=\emptyset$とする}$$
このとき条件($\star$)より$f$は全射であり,Cantorの定理に矛盾する.よって示された.
集合全体の為す真クラスを$\ob{\SETcat}\coloneqq\V$と書き,始域および終域を構造として備えた写像全体の為すクラスを$\mor{\SETcat}$と書く.明示的に書けば次の通り;
$$ \ob{\SETcat}\coloneqq\V\coloneqq\set{x}{x=x}$$
$$ \mor{\SETcat}\coloneqq\set{\ordpair{X,f,Y}}{\text{$f$は$X$から$Y$への写像である}}$$
このとき$\mor{\SETcat}$から$\ob{\SETcat}$へのクラス函数として,$\mor{\SETcat}$の元の第一成分を返すクラス函数$\dom{\SETcat}$と第三成分を返すクラス函数$\cod{\SETcat}$とが定義でき,これにより四つ組(厳密には$4$つの論理式をメタで同時に考えることで)メタ箙$\ordpair{\ob{\SETcat},\mor{\SETcat},\dom{\SETcat},\cod{\SETcat}}$が定義できる.このメタ箙には通常の写像の合成と恒等写像とを構造として備えさせることで,メタ圏$\Setcat$が定義できる.しかし$\ob{\SETcat}$はCantorの逆理より集合ではなく,よって圏ではない(更にどの成分も集合ではないことも分かる).
素朴な意味での集合の圏$\SETcat$が圏でなくなってしまったが,例えば圏論に於ける外延性公理とも呼ばれる米田の補題を用いることができなくなるため,これは不便である.この解決策としては「(1)箙による定義を放棄する」という道もあるが,できれば先に挙げた長所は活かしたい.そこで公理追加によって「一つの集合の中で現代数学の少なくない部分が展開できるほどに大きな集合」の存在を仮定し,その中で圏論を行なうという方法が考えられる.これがGrothendieck宇宙の基本的な考え方である.他のアプローチの方法については本稿末尾に書くかもしれないし,書かないかもしれない.
前節で述べた通り本稿で考察する対象であるGrothendieck宇宙は,圏論を含む現代数学の多くを展開するにたる大きさを持つ集合である.集合であるためその冪集合を取る操作や部分集合を取る操作を自由に行なうことができ,「クラスの大きさに関する問題」を回避するためにしばしば用いられる.このように導入するとGrothendieck宇宙は「クラスの大きさに関する問題」に対する対処療法的な処方箋のように感じられるが,実際はGrothendieck宇宙の本質は集合であることにその一端があると考えている.しかしそのことを充分に理解するためにはある程度の集合論的な前提知識が必要であるし,ユーザーとしての立場に徹する限りはこの意味での本質を理解する必要は全くなく,寧ろGrothendieck宇宙の存在を仮定することにより如何なる集合論的な操作が正当化できるのかを正確に把握し,これを適切に使うことこそが肝要であると考える.よって本節では特別な集合論的な知識を仮定せずにGrothendieck宇宙の基本性質を述べ,それらに証明を付けていくことにする.
集合$\GroUniv$がGrothendieck宇宙であるとは,次の四条件
を満たすことである.更に自然数全体の集合$\omega$を含むとき,Grothendieck宇宙は非自明であるという(ここで本来は自然数全体の集合を$\omega$と書く時はvon Neumannによる構成を固定して考えているものとするが,この時点で詳細に踏み込む必要が無いので素朴に自然数と思って構わない.念のため略式の定義を書いておくと,$0\coloneqq\emptyset$,$n+1\coloneqq n\cup\{n\}=\{0,1,2,\ldots,n\}$と定義するとき,$\omega$は$\omega=\{ 0,1,2,\ldots,n,\ldots \}$と外延的に記述される集合である.詳細は[]を参照されたい).
Grothendieck宇宙に対して非自明性を定義したのは,非自明ではない(謂わば自明な)Grothendieck宇宙が存在するからである.併しこの自明なGrothendieck宇宙を決定するためにはある程度の集合論的な準備が必要であるため,本節では扱わない.詳しくは[Grothendieck宇宙の自明性]を参照されたい.
また自明なGrothendieckが決定された後に気になることとしては,「非自明なGrothendieck宇宙にはどのようなものがあるか」ということであろう.実は非自明なGrothendieck宇宙の存在は$\ZFC$では証明できないことが(Goedelの第二不完全性定理より)分かる.この正確な証明を行なうためにはGrothendieck宇宙が$\ZFC$の集合モデルになっていることを示す必要があり,集合論的な準備が必要である.更に非自明なGrothendieck宇宙が存在すると仮定する場合,Grothendieck宇宙の姿は強到達不能基数$\kappa$を用いて$\V_\kappa$と書かれるものに限ることが分かる.この言明を理解すること自体に矢張り集合論的な準備が必要である.よってこれらの事実については一旦保留し,本節では扱わないこととする.
<ここにGrothendieck宇宙の基本性質を書く>
さて,ここまででGrothendieck宇宙の基本的な性質を見てきたが,次のような自然な疑問に一切触れずに来た:Grothendieck宇宙の条件(4)をより単純にし,「$\Grouniv$の部分集合$\X$について$\bigcup\X$は$\Grouniv$の元である」としてはならないのだろうか.これを避けてきたのは例に漏れず集合論的な準備を省略するためであり,以下では先ずこれに答えるに足るだけの準備を行い,Hilbertの逆理という古典的な逆理とそれに関するいくつかの話題を紹介する.
本節では推移的集合を扱う.推移的集合は具体例として順序数や累積階層を含む他,一般の集合$X$に対してそれを含む最小の推移的集合として推移閉包$\trcl{X}$を構成することができる.本稿に於いて推移的集合を扱うのは,順序数の基本的な性質や累積階層の基本的な性質を示す上で推移的集合に関する議論を補題としてまとめておくことで見通しがよくなるからである.本節では具体例は自明なもののみ紹介し,それ以外の例は次節以降で扱う中で見ていくこととする.
$X$をクラスとする.$X$が推移的であるとは,次が成り立つことである.
$$\text{任意の集合$x$,$y$について$x\in\y\in X$であるならば$x\in X$が成立する.}$$
$X$が推移的クラスであり,更に集合でもあるとき$X$は推移的集合という.
$X$が推移的クラスであることは,「任意の集合$x$について,$x\in X$であるならば$x\subset X$が成立する」と書かれることも多いく,「$\bigcup X\subset X$が成り立つ」と書いても同値である.最小の推移的クラスは$\emptyset$であり,最大の推移的クラスは集合全体の為す真クラス$\V$である.
$X$,$Y$をクラスとするとき,次が成立する.
一つ目を示す.$x\in y\in X\cup\{X\}$なる集合$x$,$y$が取れないときは特に示すべきことはない.これが取れる場合について,$y$は$X$の元であるか$\{X\}$の元である.前者の場合は$x\in y\in X$が成立するので,仮定より$X$の推移性が分かることに留意すると$x\in X\subset X\cup\{X\}$が得られる.後者の場合は$y=X$であり,よって$x\in X\subset X\cup\{X\}$が得られる.以上よりいずれの場合についても$x\in \subset X\cup\{X\}$が成立することが示された.
二つ目は一つ目と同様に示され,三つ目は二つ目の系である.実際,仮定より$\{X,Y\}$の任意の元は推移的であるから二つ目を適用することができ,$\{X,Y\}\cup\bigcup\{X,Y\}=\{X,Y\}\cup X\cup Y$は推移的である.また,一つ目は二つ目の系として見られること注意しておく.
四つ目を示す.$x\in y\in\bigcup X$なる集合$x$,$y$を任意に取ると,$y\in z\in X$なる集合$z$が存在する.$X$は推移的クラスであるから$y\in X$が従い,よって$x\in y\in X$が成立している.これより合併の定義より$x\in\bigcup X$が得られた.
五つ目を示す.$\bigcap X=\emptyset$が成立する場合は,既に指摘した通り$\emptyset$が最小の推移的クラスであるのでよい.$\bigcap X=\{\emptyset\}$が成立する場合は,一つ目の事実と$\emptyset$が推移的集合であることとよりよい.最後に$\bigcap X\not=\emptyset,\{\emptyset\}$の場合について考える.この場合は$x\in y\in\bigcap X$なる集合$x$,$y$が存在し,$y\in\bigcup X$より$y\in z\in\bigcup X$なる集合$z$が取れる.このとき$X$の推移性より$x\in X$が従う.ここでもし$\bigcap X$が推移的クラスであるならば$x\in\bigcap X$が成立するが,特に$x\in X$が成立していることに注意すると$x\in x$が従う.これは基礎の公理に矛盾する.
六つ目を示す.$x\in y\in\Powset{X}$なる集合$x$,$y$が取れないときは特に示すべきことはない.これが取れる場合について,冪集合の定義より$y\subset X$が成立する.よって$x\in X$が成立する.ここで$X$が推移的であることより$x\subset X$が従い,再び冪集合の定義より$x\in\Powset{X}$が得られる.
本節では最も基本的な推移的クラスの例として順序数を導入する.紹介する性質は最も基本的なものに限っているため,たとえば順序数の算術やCantorの標準形などには触れていない.順序数の更なる一般的な性質は[順序数のーと]あたりにまとめると思うが,このノートの完成した後になるためいつになるかわからない.きっとMathpediaを見ると書いてあると思う.
$X$を推移的クラスとするとき,基礎の公理の下で次の二条件は同値である.
(1)ならば(2)は明白であるため,(2)ならば(1)を考える.$X$の部分集合$S$を任意にとるとき,基礎の公理より
$$ \exists\alpha[\alpha\in\S\and\neg\exists\beta[\beta\in\alpha\and\beta\in\S]]$$
が成立する.この条件を満たす$\alpha$を取ると,$\alpha$は$\neg\exists\beta[\beta\in\alpha\and\beta\in\S]$を満たしている.これは$\S$の元であってかつ$\alpha$の元でもあるものの非存在性を主張しているため,$X$が$\in$に関して全順序集合を為すことに注意すると$\alpha$は$S$の$\in$に関する最小元であることが分かる.$S$の取り方は任意であったから,$X$が整列順序集合であることが示された.
$X$をクラスとするとき,$X$が順序数であるとは
を満たすことである.順序数$\alpha$,$\beta$に対して,$\alpha\in\beta$が成立するときこれを$\alpha<\beta$と書き,$\alpha\in\beta$または$\alpha=\beta$が成立するときこれを$\alpha\leq\beta$と書く.更に順序数全体を$\ON\coloneqq\set{\alpha}{\text{$\alpha$は順序数である}}$と書く.
本稿では基礎の公理を仮定しているので,先の命題に注意すると$\in$に関して全順序を為す推移的集合は順序数である.
$\alpha$を順序数とするとき,次が成立する.
一つ目を示す.$\alpha$の元$x$を任意にとるとき,これが順序数であることを示そう.先ず$x$は集合であるので,推移性から示す.$\z\in\y\in\x$なる$y$および$z$を任意にとる.このとき$y\in\x\in\alpha$が成立していることと$\alpha$が推移的であることとから$y\in\alpha$が従う.同様に$\z\in\y\in\alpha$が成立していることと$\alpha$が推移的であることとから$\z\in\alpha$が従う.よって$x$,$y$,$z$は$\alpha$の元であり,$\alpha$は$\in$に関して全順序集合を為していることと取り方より$\z\in\y\in\x$が成立していることとから$\z\in\x$が得られる.よって$x$は推移的である.次に$\in$に関して全順序集合を為すことを示す.$x$の元$y$,$z$を任意にとるとき,先ほどと同様の議論により$y\in\alpha$および$z\in\alpha$の成立が分かる.$\alpha$は$\in$に関して全順序集合を為すので,$z\in\y$または$y\in\z$または$y=z$が従う.$y$,$z$の取り方が任意だったので$x$が$\in$に関して全順序集合を為すことが得られた.
$\alpha$,$\beta$を順序数とするとき,次が成立する.
2. $\alpha\subset\beta$が成り立つならば,$\alpha=\beta$または$\alpha\in\beta$が成立する.
3. $\alpha\subset\beta$または$\beta\subset\alpha$が成り立つ.
4. $\alpha\cap\beta$は順序数である.
次が成立する.
$\alpha$を順序数とするとき次のように定義する.
&&&def 整列順序集合の順序型
content
content
ここでは累積階層を定義する.累積階層は集合全体を「下から」作っていく方法の一つであり,(整礎的)集合全体の為す真クラス$\V$に対する最も基本的な直観を与える道具の一つである.
超限再帰により$\ON$を定義域に持つクラス函数$\V$を次で定める:
$$\text{$\alpha=0$のとき$\V_\alpha=\emptyset$とする.}$$
$$\text{$\alpha$が後続順序数のとき$\V_\alpha=\Powset{\V_{\alpha-1}}$とする.}$$
$$\text{$\alpha$が極限順序数のとき$\V_\alpha=\bigcup\set{V_\beta}{\beta<\alpha}$とする.}$$
各順序数$\alpha$に対して定まる集合$\V_\alpha$を$\alpha$-階の累積階層という.
$\alpha$,$\beta$を順序数とするとき次の三つが成立する.
一つ目を示す.$\V_\alpha$が推移的であることを超限帰納法で示す.即ち$\V_\alpha$が推移的でないような順序数$\alpha$の存在を仮定し,斯かる順序数の中で最小なものを$\alpha$と置く.即ち明示的に書けば
$$ \alpha\coloneqq\min\set{\beta\in\ON}{\text{$\V_\beta$は推移的集合ではない}} $$
と定義する.先ず$\alpha=0$である場合は$\V_0=\emptyset$は推移的集合であることに矛盾する.$\alpha$が後続順序数である場合は,$\alpha$の最小性より$\V_{\alpha-1}$は推移的集合であり,推移的集合の冪集合は推移的であることに注意すると$\V_\alpha=\Powset{\V_{\alpha-1}}$の推移性が従い矛盾する.$\alpha$が極限順序数の場合は,$\x\in\y\in\V_\alpha$なる集合$\x$,$\y$を任意にとるとき$\V_\alpha=\bigcup\set{\V_\beta}{\beta<\alpha}$より$y\in\V_\beta$なる$\alpha$未満の順序数$\beta$が存在し,$\alpha$の最小性より$\V_\beta$は推移的である.よって$x\in\y\in\V_\beta$より$\x\in\V_\beta$が従い,再び$\V_\alpha$の定義より$\x\in\V_\alpha$が得られる.よってこの場合も矛盾し,仮定が誤っていることが示された.
二つ目を$\alpha$に関する超限帰納法で示す.即ち条件($\star$)「$\V_\beta\in\V_\beta$が成立しないような$\beta<\alpha$が存在する」を満たす順序数$\alpha$の存在を仮定し,斯かる順序数の中で最小のものを$\alpha$と置く.先ず$\beta<\alpha$より$0<\alpha$が成立することに注意する.$\alpha$が後続順序数のときについては,$\beta=\alpha-1$ならば$\V_\alpha=\Powset{\V_{\alpha-1}}$より$\V_\beta=\V_{\alpha-1}\in\Powset{\V_{\alpha-1}}=\V_\alpha$が成立する.$\beta<\alpha-1$ならば,$\alpha$が条件($\star$)を満たす順序数の中で最小であることより$\V_\beta\in\V_{\alpha-1}$が成立する.よって$\V_\beta\in\V_{\alpha-1}\in\Powset{\V_{\alpha-1}}=\V_\alpha$が従い,$\V_\alpha$の推移性を用いれば$\V_\beta\in\V_\alpha$が得られる.
三つ目を示す.
$V=\bigcup\set{x}{\exists\alpha\in\ON[x=V_\alpha]}$が成立する.
本節では次の二つの条件について考察する.
まずこれらの性質それぞれを満たす集合は存在することに注意しよう:
一方でこれら両方を満たす集合は存在しない.これがHilbertの逆理である.以下では斯かる二条件を満たすクラスをHilbertクラスと呼ぶことにする(ここだけの用語である).
集合であるようなHilbertクラスは存在しない.
背理法で示す.即ち二条件を満たす集合$\X$が存在すると仮定する.仮定より斯かる集合$\X$を取ると,$\X$は$\X$の部分集合であるから条件$(P_2)$より$\bigcup{\X}\in\X$が成立する.よって条件$(P_1)$より$\Powset{\bigcup{\X}}\in\X$が成立する.ここで$x\in\Powset{\bigcup{\X}}$なる$x$を任意にとると,$x\in X\in\X$なる$X$が存在し,よって$x\in\bigcup\X$が成立する.$x$の取り方より
$$\Powset{\bigcup{\X}}\subset\bigcup{\X}$$
が得られる($\star$).ここで$\Powset{\bigcup{\X}}$は空でないのでその元$a$を一つ選んでおき,
$$\map{f}{\bigcup{\X}}{\Powset{\bigcup{\X}}}$$
を$x\in\Powset{\bigcup{\X}}$ならば$f(x)=x$とし,$x\not\in\Powset{\bigcup{\X}}$ならば$f(x)=a$とおく.
既に示している($\star$)に留意すると$f$は全射であると分かり,これはCantorの定理に矛盾している.以上より示された.
Hilbertの逆理はHilbertクラスは真クラスであることを述べているので,「どのような真クラスがHilbertクラスであるか??」と問うことは自然である.この問について考えると,次に観察する通り一意には定まらないことが分かる.
集合全体の為すクラス$\V\coloneqq\set{\x}{\x=\x}$はHilbertクラスである.実際,$\V$の元$\x$は定義より集合であり,冪集合公理より$\Powset{\x}$が集合であることが分かり,合併公理より$\bigcup{\x}$が集合であることが分かる.よって$\Powset{\x}\in\V$かつ$\bigcup{\x}\in\V$である.
累積階層の為すクラス$\HilbV\coloneqq\set{\x}{\exists\alpha[\x=V_{\alpha}]}$はHilbertクラスである.これを示す上で,先ず次の事実に注意する:$x\in\HilbV$を任意にとるとき順序数$\alpha$であって$x=\V_\alpha$を満たすものが一意に存在する.$\HilbV$の元$x$に対して定まる斯かる順序数を$\alpha_x$と書くと約束する.では$(P_1)$を示そう.$\HilbV$の元$x$を任意にとると
$$\Powset{\x}=\Powset{\V_{\alpha_x}}=\V_{\alpha_x+1}$$
が成立する.よって$\Powset{\x}\in\HilbV$が得られる.次に$\HilbV$の部分集合$\X$を任意にとると,累積階層の基本性質「$\alpha<\beta\then\V_\alpha\subset\V_\beta$」に留意すれば
$$\bigcup{\X}=\V_{\sup\set{\alpha_x}{\x\in\X}}$$
が得られる.ここで$\X$は集合より$\set{\alpha_x}{\x\in\X}$も集合であり,順序数の為す集合の上限は順序数であるから$\bigcup{\X}$は$\HilbV$の元である.
累積階層の為すクラス$\HilbT\coloneqq\set{\x}{\forall y [y\in\trcl{x}\then\card{y}\leq\card{x}]}$はHilbertクラスである.推移閉包に関する事実を認めれば証明は容易であるが,推移閉包を知っている者に対しては説明するほどの事実ではない.一方で推移閉包に関する事実を示すのは面倒である.よってここでは一旦省略する(ごめんなさい).
ここまででHilbertクラスは真クラスであることが分かり,非自明な例が存在することが分かった.Hilbertクラスは真クラスであるから「Hilbertクラス全体」を考えることはできないが,「Hilbertクラス全体」の中で普遍的なもの,すなわち最大であるものと最小であるものについては考えることはできる.そして実際にそのようなHilbertクラスが存在することが分かる.
$\X$がHilbertクラスであるならば,$\HilbV\subset\X\subset\V$が成立する.
$\V_\alpha\in\X$を超限帰納法で示す.即ち$\V_\alpha\in\X$が成り立たない順序数$\alpha$の存在を仮定し,斯かる順序数の中で最小のものを$\alpha$と置く.$\alpha=0$の場合については$\X\subset\X$より条件$(P_2)$を適用すれば$\emptyset=\bigcup{\emptyset}\in\X$が成立するので矛盾する.$\alpha$が後続順序数の場合については,$\alpha$の最小性より$\V_{\alpha-1}\in\X$であり,これに条件$(P_1)$を適用すれば$V_\alpha=\Powset{\V_{\alpha-1}}\in\X$が得られるので矛盾する.$\alpha$が極限順序数の場合については,$\alpha$の最小性より$\set{\V_\beta}{\beta<\alpha}$は$\X$の部分集合であり,条件$(P_1)$を適用すれば$\V_\alpha=\bigcup_{\beta<\alpha}{\V_\beta}=\bigcup{\set{\V_\beta}{\beta<\alpha}}\in\X$が得られるので矛盾する.以上より如何なる場合についても矛盾が導出されたので仮定は誤りであり,証明できた.
ここで$\HilbV$の最小性を用いれば,Hilbertクラスが最大になる条件を次のように書ける.
$\X$をHilbertクラスとするとき,次は同値である.
(1)ならば(2)は明白であるので逆を示す.先ず$\X$はHilbertクラスより
$$\HilbV\subset\X$$
が成立する.よって順序数$\alpha$を任意にとるとき$V_\alpha\in\X$が成立し,ここで(2)を仮定していることに留意すると$\V_\alpha\subset\X$が従う.よって$\alpha$の任意性より$\V\subset\X$が得られる.逆の包含は明白であるから証明できた.
前節まででGrothendieck宇宙の定義がある程度妥当であることを見た(但し,前節では条件(4)にのみ注目していたことに留意する.他の条件の妥当性も含めてGrothendieck宇宙の定義を納得する為には非自明なGrothendieck宇宙が$\ZFC$の集合モデルになっていることを示す必要があり,これは矢張り一旦保留にする).ここまでである程度集合論的な準備も整ったので,Grothendieck宇宙の自明性を調べておこう.
自明なGrothendieck宇宙は次の二つであり,これに限る:$\emptyset$,$V_\omega$
先ず$\emptyset$がGrothendieck宇宙であることは「空ゆえに真(vacuously true)」であるから明白である($A\Rightarrow B$という形式の命題は,$A$が偽ならば真である.よって$A$が特に$x\in\emptyset$ならば推論全体は真になる).またこれが自明であることも明らかである.
次に非空で自明なGrothendieck宇宙の存在を示す.これは$V_\omega$が斯かる例になっていることを具体的に確かめればよい.条件の一つ目については,$x\in V_\omega$を任意に取ると$x$は遺伝的有限であるから$x$の元$y$もまた遺伝的有限であり,$y\in V_\omega$が成り立つ.条件の二つ目については,$x,y\in V_\omega$を任意に取ると$x\in V_n$および$y\in V_m$なる有限順序数$n$,$m$が取れ,小さくない方を$N$と書くと$x$および$y$は$V_N$の元である.よって$\{x,y\}$は$V_{N+1}=\mathfrak{P}(V_N)$の元であることが分かり,特に$V_\omega$の元である.条件の三つ目については,$V_\omega$の元$x$を任意に取ると$x\in V_n$なる有限順序数$n$が存在する.よって$\mathfrak{P}(x)\in\mathfrak{P}(V_n)$が成立し,$V_\omega$の元である.条件の四つ目については$V_\omega$の元を定義域に持つ写像の合併は有限合併であるから,二つの集合の合併を取る操作で閉じることを示せば十分である.$V_\omega$の元$x$および$y$を任意にとる.$x=y=\emptyset$のときは明白であるからそうでないと仮定してよく,このとき条件の二つ目の証明と$V_N$が$x$と$y$とを同様に両方を含むような$0$でない有限順序数$N$が取れる.$V_N=\mathfrak{P}(V_{n-1})$と定義されているので,$z$が$x$または$y$の元であるならば$V_{n-1}$の元でもある.よって$x\cup y$は$V_{n-1}$の部分集合であり,$V_N=\mathfrak{P}(V_{n-1})$の元であることが示された.
最後に非空で自明なGrothendieck宇宙が$V_\omega$で尽きていることを確かめよう.斯かる条件を満たすGrothendieck宇宙$\GroUniv$を任意にとる.非空であることから$\GroUniv$の元$x$が取れ,$\mathsf{ZFC}$に於いては基礎の公理$\mathsf{WF}$より$\in$-無限降下列が存在しないので$\emptyset\in\cdots\in x$という有限列が存在し,Grothendieck宇宙が満たしている条件の一つ目より$\GroUniv$は$\in$-関係について閉じているので(厳密には数学的帰納法により)$V_0=\emptyset\in\GroUniv$であることが従う.
次にGrothendieck宇宙が満たしている条件の三つ目より$\GroUniv$は冪集合を取る操作について閉じているので,$V_1=\mathfrak{P}(\emptyset)\in\GroUniv$であることが従う.これを繰り返すことで(厳密には数学的帰納法により)任意の有限順序数$n\in\omega$に対して$V_{n+1}=\mathfrak{P}(V_n)\in\GroUniv$が成立する.よって$V_\omega=\bigcup_{n\in\omega}V_n$の任意の元が$\GroUniv$の元であることが分かり,$V_\omega\subset\GroUniv$が得られた.
両者が一致することを背理法で示す.即ち$V_\omega$が$\GroUniv$より真に大きいと仮定しよう.このとき背理法の仮定より$a\in\GroUniv-V_\omega$なる集合$a$が取れる.$V_\omega$が遺伝的有限集合全体であったことに注意すると,$a$の推移閉包$\mathsf{tr}(a)$は非有限集合を元に持つ.よって特に$\mathsf{tr}(a)$の元であるような非有限集合$b$を一つとり,推移閉包の定義に留意して$b\in\cdots\in a$なる有限列を取ると,再びGrothendieck宇宙が満たしている条件の一つ目より$\GroUniv$は$\in$-関係について閉じているので(厳密には数学的帰納法により)$b\in\GroUniv$が得られる.$b$は非有限集合であるが,いま$\mathsf{ZFC}$で考えているからこれは無限集合であり,特に$\omega$への全射$f$が存在する.よって全射写像$f\colon b\rightarrow\omega$を一つ取りこれについて考えると,定義域$b$は$\GroUniv$の元であってかつ$f$の任意の値は$n\in V_n\subset\GroUniv$より$\GroUniv$の元であるから,Grothendieck宇宙が満たしている条件の四つ目より$\omega=\bigcup_{n\in\omega}n=\bigcup_{x\in b}f(x)\in\GroUniv$が得られ,$\GroUniv$のGrothendieck宇宙としての自明性に矛盾する.以上より非空で自明なGrothendieck宇宙が存在するならば,$V_\omega$でなければならないことが分かった.
以上で自明なGrothendieck宇宙の正体が明らかになったので,次は非自明なGrothendieck宇宙が気になるところである.これについて考える上で,次の事実を再度指摘せねばならない:現代でしばしば用いたれる集合論の公理系である$\ZFC$に於いては,非自明なGrothendieck宇宙の存在を証明することはできない(これは非存在を意味するものではない(!)実際,非存在を証明できないことも既に明らかになっているが,この証明には強制法という公理的集合論の基本的な技術を用いるため本稿で詳細に立ち入ることは難しい).
よって以下では非自明なGrothendieck宇宙が存在すると仮定し,その姿を記述することにする(ここで厳密には非自明なGrothendieck宇宙存在を仮定する必要はないことを注意しておく.これは「集合$\GroUniv$が非自明なGrothendieck宇宙ならば,斯々然々」といった主張自体は$\ZFC$の定理と理解できるからである.一方で,非自明なGrothendieck宇宙が存在しない場合,上述の含意は前提が偽になり,含意自体が真であることが自明になってしまうことも確かであり,数学的内容がある主張として理解するためには非自明なGrothendieck宇宙の存在を仮定する必要がある.このような理由で以下では非自明なGrothendieck宇宙の存在を仮定することとする).
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この定義からは正則基数と特異基数との関係は非自明であるが,無限基数についてはこの二つで尽きていることが分かる.
無限基数$\kappa$について次は同値である.
ここまでで基数に関する四つの概念を導入し,無限基数に対してはそのうち二つずつが対となっていた.よって可能性としては次の四つのパタンが考えられるようになったわけである.
これらの可能性のうち,次の命題より2.の場合はありえないことが分かる.即ち,後続型基数は正則である.また,特異かつ極限基数である例としては,$\aleph_\omega$など極限順序数に対応するアレフ数の多くが考えられる.「ここで3.の場合はありうるだろうか??」と問うのは自然なことであるが,この存在は$\ZFC$の範疇では証明できないことが分かっている.直観的にいえば「十分小さい」極限基数を考える限り常に特異になってしまい,正則かつ特異な基数というのは「途方もなく大きい基数」であると考えられる.それゆえに弱到達不能基数という.一方で弱到達不能基数の存在を仮定した場合に矛盾が生じるか否かは現在判明しておらず,弱到達不能基数を含む「途方もなく大きな基数たち」の研究が盛んに行われ,巨大基数の集合論とよばれる一大分野を為している.
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ここで弱到達不能基数というからには「強到達不能基数」も定義されてしかるべきである.実際,本稿の主題であるGrothendieck宇宙に関しては強到達不能基数が本質的に重要な役割を果たす.これを定義すうために,基数の算術を導入する.
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ここで本稿では扱っていないが,順序数の算術と基数の算術とは明確に区別されるべきものであることを指摘しておく.以上の準備の下で強到達不能基数の定義をしよう.
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本節では前節までの準備を用いて次の主張を示す.
集合$\Grouniv$について次は同値である.
先ず(2)ならば(1)を示す.仮定(2)より強到達不能基数$\kappa$であって$\Grouniv=\V_\kappa$を満たすものを取る.このときGrothendieck宇宙の条件をそれぞれ示していく.条件の一つ目が集合の$\in$-推移性に他ならないことは既に指摘した通りであり,累積階層が$\in$-推移性を持つことも既に指摘している.よって一つ目はよい.条件の二つ目については,$\Grouniv=\V_\kappa$の元$x$,$y$を任意にとるとき$\rank{x}<\kappa$および$\rank{y}<\kappa$が成立し,
$$\rank{\{x,y\}}=\max{(\rank{x}+\rank{y}+1)}<\kappa$$
が成立する.よって$\rank{\{x,y\}}\in\V_\kappa=\Grouniv$である.条件の三つ目については$\Grouniv=\V_\kappa$の元$x$を任意にとるとき$x\in\V_\alpha$なる順序数$\alpha<\kappa$が存在する.このとき累積階層の$\in$-推移性より$x\subset\V_\alpha$が従い,よって$\Powset{x}\in\Powset{\Powset{\V_\alpha}}=\V_{\alpha+2}\subset\V_\kappa$が成立する.
条件の四つ目については,定義域および各値が$\Grouniv$の元であるような写像$\map{x}{\Lambda}{X}$を任意にとる.このとき
$$\rank{\bigcup\set{x(\lambda)}{\lambda\in\Lambda}}=\sup\set{\rank{y}+1}{y\in\bigcup\set{x(\lambda)}{\lambda\in\Lambda}}$$
なる計算に留意するよい(途中).
次に(1)ならば(2)を示す.$\kappa$の構成は,次のように行なう:
本稿の最後に,折角なので$\Z$,$\ZF$,$\ZFC$,$\ZFCU$,$\TG$の関係を整理しておこう.