数理論理学に於いて公理系の独立命題 (independent statement) あるいは決定不能命題 (undecidable statement) は以下のような命題である。
をに於いて証明することはできず、またでないこと、すなわちもに於いて証明することができない。
独立命題は数理論理学の中心的な話題の一つである。独立命題の具体例として以下のようなものが挙げられるだろう。
- 群の公理に於ける可換性。
- Peano算術に於けるGoodsteinの定理。
- Zermelo–Fraenkelの集合論選択公理に於ける連続体仮説。
- Zermelo–Fraenkelの集合論選択公理に於けるGrothendieck宇宙の存在。
この記事では上の表現が間違っていると断定できる訳ではないが、誤解を生みやすい表現である、ということを解説する。
メタの公理系とは
さて上では独立命題の例を挙げたのだが、「命題はに於いて独立である」ということがどの公理系で証明されているかが問題となる。よって今から「命題はに於いて独立である」かどうかを考えるメタの公理系をと置こう。
メタの公理系が何であるか、ということはとても重要になる。例えばが、すなわち矛盾とすれば任意の命題が証明可能になってしまう。よってに於いて、任意の公理系と論理式に対して「はに於ける独立命題である」ということが言えてしまうのである。よって基本的には無矛盾だと信じる理論を使うことが多い。また特にを言及しない場合のこととすることが多い。
独立性証明
独立性の証明には完全性定理 (completeness theorem) が用いられることが多い。以下にステートメントを述べよう。
ここで公理系のモデル (model) はの公理を全て満たす構造のことである。例えば群の公理のモデルとは、すなわち群のことである。
この完全性定理にて重要な点は無矛盾性というフレーズが出てくることである。実は独立性は無矛盾性のことばを用いて表現することができる。
任意の公理系、任意の論理式に対して以下は同値である。
この事実から特に以下も同値になる。
以上に挙げた命題からに於いてが独立であることを示すためには以下を示せば良いことが分かるであろう。
これを使うことで最初に挙げた例の1.を示すことができる。
のモデルの存在を示す。整数は加法に対して可換であり、また群となる為良い。
のモデルの存在を示す。対称群がそのようなモデルになっている。今に対してとなり非可換となる。
ここで重要なこととしてメタの公理系に於いてのモデルの存在が示せる、ということである。
第二不完全性定理と「暗黙の無矛盾性」
さて次に3.の例「に於いて連続体仮説が独立」も1.の例と同様にモデルを取って示そうとすると以下の第二不完全性定理 (second incompleteness theorem) が問題になる。
Gödelの第二不完全性定理
公理系が十分に強い算術 (例えば初等再帰算術) などを含み、かつ計算可能であり無矛盾であるとする。このときに於いて、の無矛盾性を表現する論理式を証明することはできない。
仮定に技術的な単語が何個か含まれるが、をとしたときが無矛盾なら、Gödelの第二不完全性定理(この第二不完全性定理はメタの更にメタの公理系で示されていることに注意)の仮定を満たす。よっての無矛盾性を示せず、完全性定理からのモデルの存在すら分からない、という問題が発生する。より強く、メタの公理系であるで「に於いて連続体仮説が独立である」ことが示せるならば、メタの公理系が矛盾することが分かってしまうのである。
よって「に於いて連続体仮説が独立」というのはの定理には成り得ない。これはどういうことであろうか?実は集合論などで「に於いて連続体仮説が独立」と主張するとき暗黙の内にの無矛盾性を仮定しているのである。すなわち、「に於いて連続体仮説が独立」という主張を正確に表すと「が無矛盾であるならばに於いて連続体仮説が独立」となる。
もっと複雑な例として4.の例「に於いてGrothendieck宇宙の存在が独立」を考えよう。メタの公理系をとすると、上と同様に「暗黙の無矛盾性」を仮定する必要があることは分かるであろう。すなわち「が無矛盾であるならばに於いてGrothendieck宇宙の存在が独立」がメタので示せるであろうか。
残念ながらこれは成り立たない。まず「が無矛盾であるならばに於いてGrothendieck宇宙の存在が独立」は以下の二つの命題が成立つこととして分解できる。
- が無矛盾ならのモデルが存在する。
- が無矛盾ならのモデルが存在する。
ここでを「Grothendieck宇宙が存在する」という命題とする。
まず1.はしっかり成り立つことが分かる。の無矛盾性の仮定からのモデルの存在が言えて、がのモデルなら、最小のGrothendieck宇宙を取ることができ、の中でに含まれるもの全体がのモデルになっているからであり、のモデルになっているならば、そのままで良い。
問題は2.である。まずGrothendieck宇宙がのモデルになることから、メタの公理系に於いて「が無矛盾ならも無矛盾」であることが示せる。
次にメタの公理系に於いて「が無矛盾ならのモデルが存在する」ことはメタの公理系に於いて「のモデルが存在する」ことと同値である。
よってメタの公理系に於いて「が無矛盾ならのモデルが存在する」ならばメタの公理系に於いて「は無矛盾である」ということが成り立ち、第二不完全性定理に矛盾してしまう。
結論として「が無矛盾であるならばに於いてGrothendieck宇宙の存在が独立」はメタの公理系では示すことができないのである。一方、問題となっていたのは2.の部分であるので「が無矛盾であるならばに於いてGrothendieck宇宙の存在が独立」ことはメタの公理系で成り立つ。
結語
最初に挙げた例を正確に書くと以下のようになる。
- メタの公理系にて「群の公理にて可換性は独立である」ことが示せる。
- メタの公理系にて「Peano算術にてGoodsteinの定理は独立である」ことが示せる。
- メタの公理系にて「が無矛盾であるならばにて連続体仮説は独立である」ことが示せる。
- メタの公理系にて「が無矛盾であるならばにてGrothendieck宇宙が存在することは独立である」ことが示せる。
このように独立性などに言及する場合は言及されていなくてもメタ理論がなのことであるかしっかり確認することが必要である。場合によっては独立性を表す文のそのものが独立になってします場合もある。もっと言えば数理論理学に於いて、「その定理はどの公理系で証明されているか」ということを確認することは非常に重要である。
以下は余談であるが、上ではモデルを用いた独立性証明を紹介したが、モデルを用いない、証明を直接扱うような証明も考えられる。例えば2.などの例はそういう手法で最初証明された。また連続体仮説の独立性の証明はアイデアとしては上のモデルの存在を用いるものと同じであるが、もっと技術的に複雑になってくる。その点をこの記事では曖昧にあつかったが容赦して頂きたい。
参考文献
- T. Arai, Ordinal Analysis with an Introduction to Proof Theory, Springer, 2020.
- K. Kunen, Set Theory: An Introduction to Independence Proofs, North Holland, 1983. 邦訳: 藤⽥博司. 集合論‒独⽴性証明への案内, ⽇本評論社, 2008.
- 新井敏康. 数学基礎論, 岩波書店, 2011.
- y.,
独立命題かどうかが独立な命題について
(pdf注意) 2019. (最終閲覧⽇: 2020年12⽉21⽇).