双複素解析入門 第11回
前回でRinglebの定理を紹介できたので,今回から零点の構造について再び考察します.3回前の話なので少し思い出しておきましょう.双複素多項式は
$$Z^2-Z=Z(Z-1)=(Z-e)(Z-e^{\dagger})$$
のように,因数分解の一意性が成り立ちませんでした.成り立たないからそれで何もできないか,と言われたらそうではありません.あがきます.これが数学の研究です.因数分解の一意性は成り立ちそうにありませんが,因数定理であれば成り立ちます.Ringlebの定理により双複素正則関数は2つの複素正則関数で表せるので,その2つの複素正則関数に複素関数における因数定理を適用してやれば,なんとか手は動きそうです.
さて,因数定理を証明しようと思いますが,ちょっと待ってください.双複素数は零因子を持つ環です.零因子を込めて議論を進めなければなりません.なので,まずは零点の定義を拡張することにします.
$F(Z)$を領域$\Omega$上の双複素関数とする.このとき$W \in \Omega$に対して,
$$F(W) \in \mathfrak{S}_{0}$$を満たすとき,$Z=W$は$F(Z)$の弱零点(weak zero)といい,
$$F(W)=0$$を満たすとき,$Z=W$は$F(Z)$の強零点(strong zero)という.
いつも通り関数の値が消えるような点のことを強零点といい,関数の値が零因子となるような点のことを弱零点と呼ぼう,ということです.
$F(Z)=Z^2-Z$の零点について考察せよ.
まず$Z=0,1,e,e^{\dagger}$は$F(Z)$の強零点になります.では,弱零点はどこにあるでしょうか.Ringlebの定理より,
$$F(Z)=({Z_{e}}^2-Z_{e})e+({Z_{e^{\dagger}}}^2-Z_{e^{\dagger}})e^{\dagger}$$
となります.零因子というのは,次のような集合で表されたことを思い出しましょう.
$$\mathfrak{S}_{0}=\{Z=Z_{e}e+Z_{e^{\dagger}}e^{\dagger}\in \mathbb{BC}\ |\ Z_{e}Z_{e^{\dagger}}=0\}.$$
よって,今回の$F$で言えば,例えば$Z_{e^{\dagger}}=0$となるような任意の双複素数$Z=\alpha e\ (\alpha \in \mathbb{C})$は$F(Z)$の弱零点となります.実際,
\begin{align*}
F(\alpha e)&=\alpha ^2 {e}^{2}-\alpha e\\
&=(\alpha ^2-\alpha )e \in \mathfrak{S}_{0}
\end{align*}
となります.そうなのです.弱零点は,そもそも"点"ではないのです.$\alpha e$が張る集合は$\mathbb{C}$と同型なので,これにより関数の特異点の解析が格段に難しくなります(自分も何もわかっていません).もちろん$Z=\beta e^{\dagger} \in \mathbb{BC}\ (\beta \in \mathbb{C})$も$F$の弱零点になります.ほかにも,$Z=e+\gamma e^{\dagger},\delta e+e^{\dagger} \in \mathbb{BC}\ (\gamma,\delta \in \mathbb{C})$も$F$の弱零点になります.
それでは今回はここまでにします.次回は因数定理について考察をします.ありがとうございました.