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現代数学解説
文献あり

【層理論第2回】層のアーベル圏と層の完全列

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はじめに

こんにちは!層理論の第2回目です.今回は 第1回 で定義した層の圏Sh(X)についてもう少し詳しく見ていきます.

前回のおさらいと補足

前回の復習

前回 は前層・層の定義をしたのでした.それを軽く思い出しましょう.
以下,最後までXを位相空間とします.前層とは位相空間の開集合からなる圏TXからAbへの反変函手のことでした.前層FxXに対してFx=limxUF(U)と書いてxにおける茎と言いました.層とは前層Fであって次の貼り合わせ条件を満たすものでした:
(貼り合わせ条件)任意のXの開集合Uと任意のUの開被覆{Ui}iIに対して,siF(Ui) (iI)が与えられ任意のi,jIに対してsi|UiUj=sj|UiUjを満たすならば,sF(U)が一意的に存在して任意のiIに対してs|Ui=siを満たす.
前層の射・層の射は制限写像と両立する写像の族として定義されました.こうして前層の圏PSh(X)と層の圏Sh(X)を定義しました.そして前層Fに対して「Fに一番近い層」を対応させる層化という操作があることを見ました.できた層をF+と書くことにしたのでした.

層の射についてもう少し

層の射についてもう少し調べておきます.今後はFX上の層であることをFSh(X)と書いてしまいます.

層の同形は茎の同形

F,GSh(X)と層の射φ:FGについて,φは同形任意のxXに対してφx:FxGxは同形.

層の射φ:FGが同形とは任意の開集合Uに対してφU:F(U)G(U)が同形であることである.
: 任意のUに対して0F(U)φUG(U)0は完全で帰納極限は完全性を保つので任意のxXに対して0FxφxGx0は完全である.したがって,φxは同形.
: 任意のUを取りφUが同形であることを示す.
まず単射性を示す.sF(U)φU(s)=0を満たしたとすると,任意のxUに対してφx(sx)=φU(s)x=0φxは単射だからsx=0.ゆえに 第1回 の補題1よりs=0である.
次に全射性を示す.任意のtG(U)を取る.任意のxXに対してφxは全射だからtx=φx(sx)と書けて,sxはあるU内のxの開近傍UxsUxF(Ux)を使ってsx=(sUx)xとなる.するとtx=φx(sx)=φUx(sUx)xとなるので,あるUx内のxの開近傍Vxが存在してt|Vx=φVx(sUx|Vx)となる.記号を簡単にするためsVx:=sUx|Vxとおきなおそう.すると,任意のx,yに対して
φVxVy(sVx|VxVy)=φVx(sVx)|VxVy=t|VxVy=φVxVy(sVy|VxVy)
であり,前半で示したことからφVxVyは単射だからsVx|VxVy=sVy|VxVyである.{Vx}xUの開被覆でFは層であるから,あるsF(U)が存在してxUに対してs|Vx=sVxとなる.すると,任意のxUに対してφU(s)|Vx=φVx(s|Vx)=φVx(sVx)=t|VxでありGは層だからφU(s)=tを得る.

層化のもっとマシな証明

上の命題を先に得ておけば層化の証明を次のように第1回のものより少しだけスマートにできる.
一般に,前層の射φ:FGに対して[φ]:[F][G]が誘導され,これはφ+:F+G+に落ちていることが分かる.θG:GG+は全ての茎で同形になることが示されているので,Gが層ならば上の命題よりθGは同形である.この同形の逆射を合成してφ~:F+Gが得られる.
二度も同じような証明をする必要はないのだが,どこに層の貼り合わせ条件が使われているかよく分かるように前回も今回もくどい証明を繰り返した.

層のアーベル圏

ここでは層の圏Sh(X)について調べます.

層の核と像

さてPSh(X)は前層の射に対して開集合ごとに核や像を定義することでアーベル圏になるのでした.層の場合にも同じことができるかを見てみましょう.

層の射の開集合ごとの核は層

φ:FGを層の射とする.K(U):=KerφUと定めるとKは層である.

開集合の組UVに対して,核の普遍性により次の図式を可換にする写像KerφVKerφUが定まる:
0KerφVF(V)G(V)0KerφUF(U)G(U)
これを制限写像としてKは前層になる.貼り合わせ条件を確かめよう.開集合UUの開被覆{Ui}iIに対してsiK(Ui)が与えられ任意のi,jIに対してsi|UiUj=sj|UiUjK(UiUj)を満たすとする.これらをsiF(Ui)とみなせば,上の可換図式からKの制限写像はFのそれと可換なのでFで貼り合わせ条件の仮定を満たすことが分かる.Fは層だから,一意的にsF(U)が存在して任意のiIに対してs|Ui=siを満たす.すると,任意のiIに対してsiK(Ui)であったからφU(s)|Ui=φUi(s|Ui)=φUi(si)=0である.Gは層だから,これはφU(s)=0を意味する.ゆえにsK(U)である.

層化の随伴との関係

層化函手は埋め込み函手ι:Sh(X)PSh(X)の左随伴であった.上の補題は右随伴函手ιが核を保つということからも分かる.

核については開集合ごとに考えることでめでたく層になりましたが,残念なことに像については次の例が示すように一般には層にはなりません.

層の射の開集合ごとの像は層とは限らない

X=CとしてX上の正則函数のなす層OXを考える.fOX(U)に対して(d/dz)U(f)=df/dzと定めるとd/dz:OXOXは層の射である(微分は局所的!).I(U)=Im(d/dz)Uとすると,Iは前層であるが層ではない.
前層であることは上の補題のように普遍性から定まる写像を考えればよい.U=C{0},U0=C(,0],U1=C[0,+)とすると{U0,U1}Uの開被覆である.U0.U1は単連結だから1/zU0,U1上原始函数をもつ.つまり1/zI(Ui) (i=0,1)である.しかし1/zI(U)である.

層の射に対して開集合ごとの像の対応は層ではないですが,我々は前層に対して「一番近い層」を対応される層化という道具を手に入れていたのでした.これを使って層の射の像を定義します.

層の核・像

φ:FGを層の射とする.K(U):=KerφUで定義した層をKerφと書き,φと呼ぶ.さらに,I(U):=ImφUで定義した前層Iの層化I+Imφと書き,φと呼ぶ.

次は茎を取る函手が完全であることと層化で茎は変わらないことから得られます.

核・像の茎は茎ごとの核・像

層の射φ:FGに対して,(Kerφ)xKerφx,(Imφ)xImφxである.

層化の普遍性から,このように定義した核と像が満たしてほしい普遍性を満たすこともチェックできます.こうして次が分かりました.

層の圏はアーベル圏

Sh(X)はアーベル圏である.

ここで後のために部分層・商層について準備しておきます.

商層

F,GSh(X)とする,FG部分層であるとは任意の開集合Uに対してF(U)G(U)であり任意の開集合の組UVρU,VF=ρU,VG|F(V)であることを言う.単射な層の射i:FGが存在すると言ってもよい.このとき,G/FUG(U)/F(U)を対応させる前層の層化として定めてGFによる商層と呼ぶ.G/F=Cokeriと言ってもよい.

層の完全列

層の圏Sh(X)がアーベル圏であることが分かったので次のように層の完全列を考えることができます.

層の完全列

層の射の列FφGψH完全であるとはKerψ=Imφを満たすことをいう.さらに長い列が完全であるとは任意の連続する三つの射の列が完全であることをいう.

次は命題1と補題3から従います.

層の列が完全であることは茎が完全であることと同値

層の射の列FφGψHが完全任意のxXに対してFxφxGxψxHxが完全.

上の命題は非常に役立つものです.実際,層の列が完全であることを知るには任意の点の近傍だけを見れば良いからです.これを使って次のような層の完全列を得ることができます.

層の完全列の例

(i) FGの部分層とすると0FGG/H0は完全である.
(ii) XCの領域とする.このとき正則函数の層OXは有理型函数の層MXの部分層である.したがって,上の例の特殊な場合として0OXMXMX/Ox0は完全である.
(iii) 再びXCの領域とする.O0を取らない正則函数のなす層として乗法に関してアーベル群の層とみなす.層の射ψ:OXOXψU(f):=exp(2π1f)と定めると0ZXOXψOX0は層の完全列である.実際,命題5より完全性を示すには任意の点の十分小さい開円盤での完全性を言えばよいが,このときはlogが取れるのでよい.
(iv) XC級多様体としてAXk (kZ0)k次微分形式のなす層とする.外微分の写像dk:AXkAXk+1は層の射である.またRに付随する定数層RXAX0の部分層とみなせる.このとき,
0RXAX0d0AX1d1AX2
は層の完全列である.実際,命題5より完全性を示すには任意の点の十分小さい開円盤での完全性を言えばよいが,これはポアンカレの補題より正しい.
(v) Pを正則函数係数の線形微分作用素として層の射P:OXOXとみなす.このとき,OXPOX0が完全,すなわちPが全射であることは微分方程式Pf=gが任意のgに対して局所可解であることと同値である.これはCauchy–Kovalevskayaの定理などに現れる状況である.

上の例のように層の列が完全であるという状況はよく起こりチェックが容易いですが,それをU上の切断にすると完全かどうか分からなくなってしまいます.実際,上の例の(iii)ではXが単連結でなければψX:OX(X)OX(X)は全射ではありません.一般に層の射φ:FGが全射任意の開集合Uと任意のtG(U)に対して,Uの開被覆{Ui}iIが存在してt|UiImφUiしか分からないのです.まとめておくと,切断を取る函手については一般には次の左完全性しか分かりません.

切断函手の左完全性

任意の開集合Uに対して,U上の切断を与える函手Γ(U;):Sh(X)Abは左完全函手である.すなわち,層の完全列0FφGψH0に対して,0F(U)φUG(U)ψUH(U)は完全である.

この命題は命題1と同様の議論で元を取ることで証明できます.別のやり方として埋め込み函手ι:Sh(X)PSh(X)は層化函手の右随伴なので左完全でPSh(X)の完全性は開集合ごとの完全性であることからも従います.
命題の最後ψUの全射性が分からないのはなんだか悲しいことです.例えば上の例での(MX/OX)(X)の元がMX(X)で大域的に書けるかや局所的には常に可解な微分方程式Pf=gが大域的に解けるかは興味があることだからです.これがいつ全射になるかの条件が分かるようになれば嬉しいですが判定する道具はあるのでしょうか?実はこれが(層係数)コホモロジーというものです.次回やるように左完全でしかなかった列の右側にH1(U;F),H1(U;G),H1(U;H),H2(U;F),と付け足していって
0F(U)φUG(U)ψUH(U)H1(U;F)H1(U;G)H1(U;H)H2(U;F)
が完全になるようにできます.すると,H1(U;F)を見ることでψUの「全射でない具合」を見ることができます.嬉しいですね!次回やりましょう.

まとめ

今回は

  • 層の射が同形であることは茎で同形であること
  • 層の核・像を定義して層の圏がアーベル圏になること
  • 層の列が完全であることは比較的チェックが容易いこと
  • 切断函手は左完全でしかないこと

について説明しました.第3回は上で少し話した層係数コホモロジーについて説明する予定です.それではまた!

参考文献

[2]
Masaki Kashiwara and Pierre Schapira, Sheaves on Manifolds, Grundlehren der mathematischen Wissenschaften, Springer, 1990
投稿日:202112
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層理論が好きです.広い意味での代数解析についての記事を書いています.

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  1. はじめに
  2. 前回のおさらいと補足
  3. 前回の復習
  4. 層の射についてもう少し
  5. 層のアーベル圏
  6. 層の核と像
  7. 層の完全列
  8. まとめ
  9. 参考文献