今回は可換環上の加群に対する素因子を定義します.まず,ひとつの補題を用意しましょう.
$A$ を可換環,$M$ を $A$ 加群,$I$ を $A$ のイデアルとする.以下は同値である:
1.$\Rightarrow$2. 写像 $g \colon A \to M$ を $g(a) = ax$ で定義すると,
$$ \ker g = \{ a \in A \mid ax = 0\} = \operatorname{ann}_A x.$$
剰余加群の普遍性により $A$ 線型な単射 $f \colon A/I \to M$ が存在する.
2.$\Rightarrow$1. $x = f(1)$ とすれば,$f$ の単射性から $a \in A$ に対し
$$ ax = 0 ~~ \iff ~~ a \in I,$$
すなわち $I = \operatorname{ann}_A x$ が成り立つ.
$A$ を可換環,$M$ を $A$ 加群とする.$A$ の素イデアル $P$ が補題の条件 1. および 2. を充たすとき,$M$ の素因子という.
一方で,可換環論には準素分解を用いたイデアルの素因子というものが定義されています.同じ用語で異なる概念を示すものだとしたらこれは困りますが,可換環論の枠組みで重要な場合,すなわちネーター環の場合には両者が一致することが示されています.
可換環 $A$ のイデアル $I$ が準素分解をもつものとし,
$$ I = Q_1 \cap Q_2 \cap \cdots \cap Q_s$$
をその無駄のない準素分解とする.このとき,$\sqrt{Q_t}$ ($1 \le t \le s$) を $I$ の素因子という.
$A$ をネーター環,$I$ を $A$ のイデアルとする.$A$ の素イデアル $P$ に対し,以下は同値である: