可換環論においてジャコブソン根基は地味な印象がありますが "大きくないイデアル" の代表的存在です.
$A$ を零環ではない単位的可換環とする.$A$ の総ての極大イデアルの交叉 $\operatorname{rad} (A)$ を $A$ のジャコブソン根基という.
ジャコブソン根基は極大イデアルと密接に関係しています.いくつかの観点から,ジャコブソン根基の要素となるための条件を言い換えてみましょう.
$a \in A$ に対し,以下は同値である:
(1) $a \in \operatorname{rad} (A)$;
(2) 任意の $b \in A$ に対し,$1-ab$ は $A$ の可逆元である;
(3) 任意のイデアル $I$ に対し,$I + (a) = A$ $\Rightarrow$ $I = A$.
(1)$\Rightarrow$(2) 背理法による.$1-ab$ が可逆でないような $b \in A$ が存在したとする.このとき,$1-ab$ を含む極大イデアル $\mathfrak{m}$ が存在する.ジャコブソン根基の定義により $a \in \mathfrak{m}$ なので$$1 = (1-ab) + ab \in \mathfrak{m},$$これは矛盾であり,$1-ab$ は可逆である.
(2)$\Rightarrow$(3) $I + (a) = A$ とすれば,ある $x \in I$ と $b \in A$ で $$x + ab = 1$$を充たすものが存在する.(1) により $I$ は可逆元 $x = 1-ab$ を含み,特に $I = A$.
(3)$\Rightarrow$(1) 再び背理法による.$a \not\in \operatorname{rad} (A)$ とすれば,$a$ を含まない極大イデアル $\mathfrak{m}$ が存在する.$a \not\in \mathfrak{m}$ から $\mathfrak{m} \subsetneq \mathfrak{m} + (a) \subset A$ であり,極大性によって $\mathfrak{m} + (a) = A$ である.(3) により $\mathfrak{m} = A$ となるが,これは矛盾である.
この条件 (3) を加群に一般化したものとして,中山の補題が挙げられます.
$M$ を有限生成 $A$ 加群,$L$ を $M$ の部分加群とするとき,
$$ M = L + \operatorname{rad}(A) M~~\Longrightarrow L = M. $$
一般的に,ジャコブソン根基は極大イデアルが少ない環でこそ有力な道具となります.少ない場合に有効というよりは,極大イデアルが多いとジャコブソン根基が小さくなるのでご利益が薄いというべきかもしれません.翻って,最も極大イデアルが少ない(1個!)環が局所環ですが,この場合は極大イデアル自身がジャコブソン根基となるので,わざわざ呼ばないことが多いです.なんとなく地味な印象があるのは,そのあたりの巡りあわせのためなのでしょうね.