本記事では、可換代数入門(通称アティマク)の演習問題に収録されているグロタンディーク群の構成を見ていこうと思います。(枠で囲ってある問題文は全て可換代数入門の136ページより引用しています。)
$A$ をネーター環とし、$F(A)$ を有限生成 $A$-加群の全ての同型類の集合とし、$C$ を $F(A)$ により生成される自由アーベル群とする。また、$D$ を
$$\{(M')-(M)+(M'')\mid 0\longrightarrow M'\longrightarrow M\longrightarrow M''\longrightarrow 0 \;\mbox{が完全列}\}$$
で生成されている $C$ の部分群とする。このとき $K(A):= C/D$ をグロタンディーク群という。また、$\gamma_A$ を自然な準同型 $C\longrightarrow K(A)$ とする。混同の恐れがない場合は添字を省略して $\gamma$ と書く。
これが基本の定義です。それでは早速問題の解答に移りましょう。最初の問題はグロタンディーク群がある種の普遍性を持つことを示せというものです。
アーベル群 $G$ に値を持つ、有限生成 $A$-加群の同型の上の任意の加法的関数 $\lambda$ に対して、すべての $M$ に対して $\lambda(M)=\lambda_0 (\gamma(M) )$
を満たす唯一つの準同型写像 $\lambda_0:K(A)\longrightarrow G$ が存在する。
加法的関数 $\lambda:F(A)\longrightarrow G$ に対して群準同型 $\bar{\lambda}:C\longrightarrow G$ を
$$\bar{\lambda}\left( \sum_{i}(-1)^{m_i}(M_i)\right)= \sum_{i}(-1)^{m_i}\lambda(M_i)$$
と定める。 このとき $D\subseteq \Ker(\lambda)$ なので準同型定理より
を可換にする $\lambda_0$ が $\bar{\lambda}$ に対してただ一つに定まる。$\bar{\lambda}$ は $\lambda$ に対してただ一つに定まるので、$\lambda_0$ も $\lambda$ に対して一意的に定まる。$\Box$
ここで、次の問題で使う命題を紹介します。これはアティマクの演習問題 7.18 の結果です。(証明は省きます)
ネーター環 $A$ と有限生成 $A$-加群 $M$ に対して部分加群の昇鎖
$$0=M_0\subset M_1\subset\cdots\subset M_r=M$$
が存在してある $A$ の素イデアル $\mathfrak{p}_i$ に対して
$$M_i/M_{i-1}\cong A/\mathfrak{p}_i$$
が各 $1\leq i\leq r$ に対して成り立つ。
$K(A)$ は $\gamma(A/\mathfrak{p})$ という形の全ての元により生成される。ただし $\mathfrak{p}$ は $A$ の素イデアルである。
$M$ を任意の $F(A)$ の元とする。$M$ に対して命題1を適用すると
$$0=M_0\subset M_1\subset\cdots\subset M_r=M$$
が存在してある $A$ の素イデアル $\mathfrak{p}_i$ に対して
$$M_i/M_{i-1}\cong A/\mathfrak{p}_i$$
が各 $1\leq i\leq r$ に対して成り立つ。このとき、
$$0\longrightarrow M_{r-1}\longrightarrow M_{r}\longrightarrow M_r/M_{r-1}\longrightarrow 0$$
は完全列なので
$$\gamma_A(M)=\gamma_A(M_{r-1})+\gamma_A(M_r/M_{r-1})=\gamma_A(M_{r-1})+\gamma_A(A/\mathfrak{p}_r)$$
となる。同じことを $M_{r-1}$ にも施し、これを繰り返していくと
$$\gamma_A{M}=\sum_{i=1}^r\gamma_A(A/\mathfrak{p}_i)$$
が成り立つので、題意が示された。
$A$ が体ならば、あるいはより一般的に $A$ が単項イデアル整域ならば $K(A)\cong \mathbb{Z}$ が成り立つ。
$A$ は単項イデアル整域なので、$M\in F(A)$ は
$$M\cong A^r\oplus A/(e_1)\oplus \cdots\oplus A/(e_t)$$
という一意的な分解を持つ。ただし $e_i\in A,\,e_i|e_{i+1}$ である。したがって $\lambda:F(A)\longrightarrow \mathbb{Z}$ を $\lambda(M)=r$ として定めることができる。$\lambda$ が加法的関数であることを示そう。
$K$ を $A$ の商体とする。このとき
\begin{align*}
K\otimes_A A/(e_i)&=(e_i\cdot e_i^{-1}K)\otimes_A A/(e_i)\\
&=( e_i^{-1}K)\otimes_A (e_i\cdot A/(e_i))\\
&=0,\\
K\otimes_A A^r&=K\otimes(A\oplus\cdots\oplus A)\\
&=(K\otimes A)\oplus\cdots\oplus (K\otimes A)\\
&=K^r
\end{align*}
となるから $K\otimes M\cong K^{\lambda(M)}$ が成り立つ。$A$ は平坦 $A$-加群なので、その局所化である $K$ も平坦加群である。よって完全列 $0\longrightarrow M\longrightarrow N\longrightarrow L\longrightarrow 0$ に対して
$$0\longrightarrow K^{\lambda(M)}\longrightarrow K^{\lambda(N)}\longrightarrow K^{\lambda(L)}\longrightarrow 0$$
も完全列となる。したがってベクトル空間の次元公式から
$$\lambda(M)-\lambda(N)+\lambda(L)=0$$
が成り立ち、$\lambda$ が加法的関数であることが示された。
したがって問題1で示した普遍性により $\lambda(M)=\lambda_0(\gamma_A(M))$ を満たす $\lambda_0:K(A)\longrightarrow \mathbb{Z}$ が存在する。$\lambda$ が $F(A)$ から $\mathbb{N}$ への全射になっているので $\lambda_0$ の全射性は明らかである。また、$0\neq e\in A$ に対して
$$0\longrightarrow A\longrightarrow A\longrightarrow A/(e)\longrightarrow 0$$
は完全列である。ただし左から2つ目の射は $e$ 倍写像である。よって $\gamma_A(A/(e))=\gamma(A)-\gamma(A)=0$ となるから $\lambda(M)=0$ のとき
$$M\cong A/(e_1)\oplus \cdots\oplus A/(e_t)$$
より $\gamma_A(M)=0$ が成り立つので $\lambda_0$ は単射である。以上により $K(A)\cong\mathbb{Z}$ が示された。$\Box$
$f:A\longrightarrow B$ を有限な環準同型とする。このとき、スカラーの制限により、$B$-加群 $N$ に対して$f_!(\gamma_B(N))=\gamma_A(N)$ を満たす準同型写像 $f_!:K(B)\longrightarrow K(A)$ が定義される。 $g:B\longrightarrow C$ をもう一つの有限な環準同型写像とすると、$(g\circ f)_!=f_!\circ g_!$が成り立つことを示せ。
$\pi:F(B)\longrightarrow F(A)$ をスカラーの制限とすると、$\pi$ によって完全列は完全列へと移されるので $\gamma_A\circ \pi$ は $F(B)$ から $K(A)$ への加法的関数である。したがって普遍性から $f_!$ が題意の条件を満たすように定まる。
図式
を考える。問題1で示した普遍性により2つの穴の部分は可換となり、したがってこの図式は全体としても可換となる。また、同様に普遍性から図式
も可換となる。この図式におけるスカラーの制限 $F(C)\longrightarrow F(A)$ は合成射 $F(C)\longrightarrow F(B)\longrightarrow F(A)$ に等しいから二つの図式の可換性から
$$f_!\circ g_!\circ \gamma_C=(g\circ f)_{!}\circ\gamma_C$$
となる。したがって
$$f_!\circ g_!=(g\circ f)_{!}$$
を得る。$\Box$
問題はこれで全て解けたことになります。お疲れ様でした。問題3は結構強いことを主張していてなかなか面白いですよね。問題4は環とグロタンディーク群の対応が関手的になっていることを主張しています。果たしてこれを考えて何になるのかと思うかもしれませんが、一つの例としてデデキント整域におけるイデアル群はグロタンディーク群になるということがわかっています。
最後まで読んでいただいた方、ありがとうございました!!