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実2次正方行列の分類

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動機と展望

ここでは実2次正方行列
{(abcd)|a,b,c,dR}.
についてを考える。この正方行列はある視点を持って分類することで、巷間でちやほやされているオイラーの公式や、あまり日の目を浴びていない分解型複素数に視野を広げることができる。この記事ではその到達点を意識しながら分類を進める。

分類方法

固有値と固有ベクトル

2次正方行列の分類にあたって、ある視点が必要である。ここでは実2次正方行列がR2R2の線形変換であることをもちいて分類を行うこととする。まずは線形写像において重要である固有値と固有ベクトルについて考える。

A=(abcd)の固有方程式は
λ2trAλ+detA=0.
であったために、この固有方程式の解は、
λ=trA2±d.
と表せる。ただし判別式d=(trA2)2detAとし、d2つの2乗根の内どちらか一方を選ぶとする。
 実のところ、この時点で分類の75%は完了しているのだ。具体的にはこの時点で

  1. λ=λ1,λ2R  (d>0).
  2. λ=λ1=λ2  (d=0).
  3. λ=λ1,λ2CR  (d<0).

という分類ができているが、2.を除いて目的の分類は完了である。結論から言ってしまうと、d=0のときに対角化可能であるかどうかで分類すればすでに完了なのである(しかしこの記事ではこれを少し掘り下げる作業をする)。

2次正方行列の分解

 固有方程式の解が求まったので、Aを対角化して操作を続ける。そのために最初はAを対角化可能と仮定する。
 Aが対角化可能であるとき、ある2次正則行列Pが存在して
A=P1(λ100λ2)P.
となった。この式にλ=trA2±dを適用して
A=P1(trA2+d00trA2d)P=trA2E+P1(d00d)P.
を得ることができる。ここで右辺第二項をどうにかしてPを用いずに表したいところである。考えられることは(d00d)を数行列tEにするということだが、その方法として「2乗」を取り上げる。これは我々の到達点が複素数・分解型複素数であり、「2乗」が重要になるからである。それを踏まえてさらに変形すると、
(AtrA2E)2=dE.
という簡潔な式が得られる。この式だが、実はケイリーハミルトンの定理を用いることでも証明できる。つまり、いままで「対角化可能」を仮定していたが、この式においては仮定しなくても成り立つのだ。このことより、以下が従う。

2次正方行列の分解

任意の実2次正方行列Aに対して、ある行列Iとある実数x,yが存在して、以下2つを満たす。

  1. I2{E,O,E},I±E,O.
  2. A=xE+yI.
回転行列の分解

回転行列
R(θ)=(cosθsinθsinθcosθ).
を分解する。trR(θ)=cosθから
(R(θ)cosθE)2=sin2θE.
ここで
sin2θE=(R(θ)cosθE)2=(yI)2=y2E.
より、I=(0110)とすればI2=E,sinθI=R(θ)cosθEから
R(θ)=cosθE+sinθI.
と分解できる。すごい"オイラーみ"がある。

ここで考えておきたいことは、Aがどのような場合にI2E,O,Eになるかということだ。d>0d<0の時は今までの議論のようにそれぞれI2=E,I2=Eである。d=0かつ対角化可能の場合、今までの議論より
AtrA2E=OA=trA2E.
が従う。すなわちIは不必要なのである。一方対角化不能のときには、
AtrA2EOIO,I2=O.
となると分かる。

分類の応用

2次正方行列の構造

 今や分類が終了したので、実2次正方行列の構造を考えることができる。そのためにまず命題1の表示
A=xE+yI.
の一意性を考える。

分解の一意性

命題1のx,|y|は、一意である。Aが数行列でないとき、Iは正負を除いて一意である。

y0の場合には
I2=1y2(AxE)2=1y2(A22xA+x2E)=1y2((trA2x)A+(x2detA)E).
ここでE,Iが命題の条件より線形独立のため、A,Eも線形独立である。よってx=trA2が一意に定まり、
I2=1y2(x2detA)E.
そして1y2>0と、I2E,O,Eより、|y|が一意に定まる。このことからIも正負を除いて一意に定まるとわかる。Aが数行列の場合、E,Iの線形独立性より、(x,y)=(a11,0)が唯一の表示。(証明終)

数行列

今更だが、数行列をtE(tR)とあらわされる行列としている。また、実2次正方行列においては、"数行列d=0かつ対角化可能"のため、前述の議論との照らし合わせに注意されたい。

証明ではA,Iの独立性が出てきたため、{xA+yI|x,yR}が平面を作ることがわかる。しかもその平面の一つにおいてI2=Eとなっており、複素数平面{x+yi|x,yR}と酷似している。実際、簡単に確かめられるように、これら二つの平面は実際に体として同型となっているのである。そうなるとI2=E,Oについても平面が欲しいところである。そこで、次のような定義をする。

分解型複素数

実数x,yj2=1となる実数でない要素jによってx+jyとあらわされる量を分解型複素数という。

計算などについては、複素数のi2=1j2=1に置き換えただけだと考えて、ほぼ同様に計算できる。例2に計算例を示した。

定義1について

もっと厳密に演算をR2×R2R2として定義する必要があるが、面倒くさいので省いた。R[x]/[x21]でご勘弁を。

二重数

実数x,yϵ2=0となる実数でない要素ϵによってx+ϵyとあらわされる量を二重数という。

計算などについては、複素数のi2=1ϵ2=0に置き換えただけだと考えて、ほぼ同様に計算できる。例2に計算例を示した。

定義2について

もっと厳密に定義する必要があるが、面倒くさいので省いた。R[x]/[x2]でご勘弁を。

分解型複素数と二重数の計算について

(a+bj)(c+dj)=ac+adj+bcj+bdj2=(ac+bd)+(ad+bc)j.(a+bϵ)(c+dϵ)=ac+adϵ+bcϵ+bdϵ2=ac+(ad+bc)ϵ.a+bjc+dj=(a+bj)(cdj)(c+dj)(cdj)=acbdc2d2+bcadc2d2j(cd).a+bϵc+dϵ=(a+bϵ)(cdϵ)(c+dϵ)(cdϵ)=acc2+bcadc2ϵ(c0).

この計算からわかる通り、一般に分解型複素数と二重数は体にならない。
ここで考えていただきたいのは、I2=EとなるI±Eをとると、{xE+yI|x,yR}という平面と分解型複素数の平面の間の(環としての)同型写像xE+yIx+yjが存在することである。同様にしてI2=OとなるIOをとると、同型写像xE+yIx+yϵが得られる。そして、I2が等しければ{xE+yI|x,yR}は同型の平面である。つまり、実2次正方行列の構造が、実数部分のみ共有している複素数と分解型複素数と二重数の結合であるとわかる。

分解型複素数と二重数の行列表現について

今回はi,j,ϵとして、相似な行列の集合をとった。しかし実際には
i:(0110)j:(0110)ϵ:(0100)
ととる。この行列を選ぶ理由は筆者が知らないのでここでは特に触れない。誰か教えてほしい。

指数関数とオイラーの公式

この記事の締めくくりとして、指数関数を扱う。その前に行列の指数関数について簡単に復習する。

行列の指数関数

exp(A):=k=0Akk!

収束は省略する。また、次の命題の証明も省略する。

命題名(任意)
  1. Pが正則行列の時、
    exp(P1AP)=P1exp(A)P.
  2. AB=BAの時、
    exp(X+Y)=exp(X)exp(Y).

まず注目するのは、実2次正方行列の指数である。例の通りA=xE+yIとあらわす。ただしI2=qE(q{0,±1})であり、00=1とする。すると
exp(A)=exp(xE+yI)=exp(xE)exp(yI)=exk=0(yI)kk!=ex(k=0qk(2k)!y2kE+k=0qk(2k+1)!y2k+1I)={ex(cosyE+sinyI)(q=1)ex(E+yI)(q=0)ex(coshyE+sinhyI)(q=1).
という非常に簡潔な式が得られた。特にq=1の場合にはオイラーの公式
er+iθ=er(cosθ+isinθ).
と一致している。よって、q=1,0の場合は、分解型複素数と二重数におけるオイラーの公式の対応物といえるだろう。
 これらを統一的に表したい。そこでIIqと表記して、
{cosq(y)=qk(2k)!y2ksinq(y)=qk(2k+1)!y2k+1.
と定義してやれば次のように統一的に記せる。

"オイラー公式"ならぬ"おいらの公式"

exp(xE+yIq)=ex(cosq(y)E+sinq(y)Iq).

次の系も従う。

2次正方行列の対数

行列A=xE+yIqに対して、exp(B)=Aとなる行列Bが存在する必要十分条件は(場合:条件)

  1. q<0:常に存在している。
  2. q=0:x>0.
  3. q>0:x>0,|x|>|y|.
  4. y=0 (q不定):x>0.

であり、それぞれBは一意である。

投稿日:20201022
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epidemic
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ネタ切れ中; TeXの空白やピリオドの様式がよく分からん; 日本語記事の少ない話題を主に書く;

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  6. 2次正方行列の構造
  7. 指数関数とオイラーの公式