ご存じの方もおられるかと思いますが、フィボナッチ数とリュカ数は三角関数の $\sin$ と $\cos$ によく似た性質をもっていることが知られています。
有名なところでは、
$\quad\begin{cases} L_n=\phi^n+(-\phi)^{-n}\\ F_n=\frac{\phi^n-(-\phi)^{-n}}{\sqrt5} \end{cases}$ と $\begin{cases} \cos\theta=\frac{e^{i\theta}+e^{-i\theta}}{2}\\ \sin\theta=\frac{e^{i\theta}-e^{-i\theta}}{2i} \end{cases}$
の類似性から三角関数の性質や各種公式をリュカ数・フィボナッチ数で表現したものなどがあげられます。
実はこれ、高度に抽象化すると本質的には同じ概念を背景に持っていることが分かるのですが、全く無関係と思われていた斜交座標系に関する独自研究より、ひょんなことからその一般化視点を得てしまいましたのでそれを紹介したいと思います。
本質部分のみをざっくりと要約しますと
正弦関数と余弦関数 |
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$i$ と $1$ を基底の元とする座標系において、 $|z|=1$ である複素数 $z^n=\left(e^{\theta i}\right)^n$ の座標(各基底元のスカラー成分)は $(\sin n\theta,\cos n\theta)$ と表されます。 |
フィボナッチ数とリュカ数 |
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$\left(-\frac{\sqrt{-5}}2i\right)$ と $\left(\frac12\right)$ を基底の元とする座標系において、 $|z|=i$ である複素数 $z^n=\phi^n$ の座標(各基底元のスカラー成分)は $(F_n,L_n)$ と表されます。 |
ん? $|z|=i$ とか何いってんの? と思われる方もおられることでしょう。
これ、$|z|^2=z\cdot\overline{z}=(\mathrm{Im}~z)^2+(\mathrm{Re}~z)^2$ であることから
$\quad\sqrt{\left(-\frac{\sqrt{-5}}2i\right)^2+\left(\frac12\right)^2}=\sqrt{-1}$
というわけなんですが、いきなりここだけ切り取るとトンデモ理論にしか見えませんね (汗)
あ、いや実際そうなのかもですケド😅
これについてちゃんと説明するにはまず「ガラパゴ数列」なるものから紹介する必要がありますので、順を追って解説していきますね。
ガラパゴ数列 というのは、複素数 $z$ を複素平面上で自己相似つまり累乗したとき虚部と実部はそれぞれ何倍になるでしょうか?というのを表す実数列のことで、数式に翻訳すると
$\quad z^n=(\mathrm{Im}~z^n)~i+(\mathrm{Re}~z^n)=(G_n\cdot\mathrm{Im}~z)~i+(G'_n\cdot\mathrm{Re}~z)$
$\quad z$ を数列の生成元として
$\quad\begin{cases}G_n=\frac{\mathrm{Im}~z^n}{\mathrm{Im}~z}=\frac{z^n-\overline{z}^{~n}}{z-\overline{z}}&\cdots&\text{第1種ガラパゴ数列}\\
G'_n=\frac{\mathrm{Re}~z^n}{\mathrm{Re}~z}=\frac{z^n+\overline{z}^{~n}}{z+\overline{z}}&\cdots&\text{第2種ガラパゴ数列}
\end{cases}$
となります。この時点で「あっ」と思われた方もおられるかも知れませんが、一旦フィボナッチ数やリュカ数のことは忘れてお付き合いくださいませ。
ちなみにこれらの数列の間には
$\quad\mathrm{Re}~z\cdot(G_n-G'_n)=|z|^2\cdot G_{n-1}\quad\begin{cases}G_n&=G'_n+\frac{|z|^2}{\mathrm{Re}~z}\cdot G_{n-1}\\G'_n&=G_n-\frac{|z|^2}{\mathrm{Re}~z}\cdot G_{n-1}\end{cases}$
という関係性があり、これを「ガラパゴ数列の相互定理」などと呼んでおります。
証明については
コチラ
に投げさせていただきますが、あとからちゃんと伏線回収しますので、こんな定理があるよってことだけ頭の片隅においといていただければ幸いです。
「で、こんなの定義して何が嬉しいの?」
なんてお声が聞こえてきそうで大変恐縮です。もともとこの数列は数を幾何学的に捉えるところから導出されたこともあって、幾何学的に面白い性質があるんですよ。フィボナッチ数やリュカ数の幾何学的側面を捉えることにもつながりますので、まずはその話に入るための準備運動からしていきましょう。
ガラパゴ累乗定理 とは何かといいますと、「複素数 $z$ の累乗は、$z$ と複素共役 $\overline{z}$ との和と積($z+\overline{z}=2\mathrm{Re}~z$ と $z\cdot\overline{z}=|z|^2$)を元とする多項式からなる実数を係数にもつ $z$ の一次式で表せる」という定理$\cdots$なんですが、文章に起こすとわかりにくいですね(汗)
というわけで、数式で示すことにしましょう。
$$\quad\begin{align*} z^n &=[[G_n\cdot\mathrm{Im}~z]~i+[G'_n\cdot\mathrm{Re}~z]\quad~\cdots~\text{直交座標形式}\\ &=[G_n]~z+[(-|z|^2)G_{n-1}]\quad\quad~~~\cdots~\text{斜交座標形式}\\ \end{align*}$$
こちらも証明については ここ を参照していただくとして、ここでは「$i$ と $1$ を基底の元とする直交座標形式」と「$z$ と $1$ を基底の元とする斜交座標形式」という2つの座標系において、$z^n$ の表現形式を相互変換するときはガラパゴ数列を介するとシンプルに表せるよってところに注目いただければと思います。
そして、さきほどのガラパゴ累乗定理を用いると、三角関数を直交座標系から斜交座標系へと拡張することが可能です。
いわゆる普通の三角関数 $\sin x$ と $\cos x$ は $i$ と $1$ を基底の元とする直交座標系において、$e^{xi}$ の虚部と実部のスカラー値を得る関数とみることができますが、 ガラパゴ三角関数 の $\sin_z x$ と $\cos_z x$ は $z=e^{i\theta}$ と $1$ を基底の元とする斜交座標系において、$e^{xz}$ の $z$ 部と実部のスカラー値を得る関数ということになります。
$\quad z=e^{i\theta}$ つまり $|z|=1$ より
$$\quad\begin{align*}
e^{xz}
&=\lim_{n\to\infty}\left(1+\frac{x}nz\right)^n\\
&=\sum_{k=0}^\infty\frac{z^k}{k!}x^k\\
&=\sum_{k=0}^\infty\frac{G_kz-G_{k-1}}{k!}x^k\\
&=\left(\sum_{k=0}^\infty\frac{G_k}{k!}x^k\right)z+\left(-\sum_{k=0}^\infty\frac{G_{k-1}}{k!}x^k\right)\\
&=(\sin_zx)z+(\cos_zx)\\
\end{align*}$$
例えば $z=i$ とするならばこれはオイラーの公式そのものですよね。
このことは $\cos x$ や $\sin x$ をマクローリン展開したときの係数 は $i$ を生成元とする第1種ガラパゴ数列 $G_n$ から得られますよってことを示しています。
$\quad G_n=\frac{i^n-(-i)^n}{i-(-i)}=\frac{i^{n-1}+(-i)^{n-1}}{2}$
$\quad\rightarrow~\{G_0,~G_1,~G_2,~G_3,~G_4,~G_5~\cdots\}=\{0,~1,~0,~-1,~0,~1,~\cdots\}$
確かに、$\displaystyle\sum_{k=0}^\infty\frac{G_k}{k!}x^k$ は $\sin x=\displaystyle\sum_{k=0}^\infty=\frac{(-1)^{k}}{(2k+1)!}x^{2k+1}$ に一致してますよね。
さてさて、いよいよ本題に入りたいと思います!
黄金数 $\phi=\frac{1+\sqrt{5}}2$ は別名「第$1$貴金属数」と呼ばれておりまして、自然数 $k$ に対して2次方程式 $x^2-kx-1=0$ の正の解 $\frac{k+\sqrt{k^2+4}}2$ を第 $k$ 貴金属数といいます。
第 $k$ 貴金属数は実数ですので、当然のことながらその複素共役は自分自身に一致($z=\overline{z}$)するわけですが、改めて「複素共役の関係」について俯瞰してみましょう。
$\quad\begin{align*} z^2 &=z\cdot z\\ &=(z+\overline{z}-\overline{z})\cdot z\\ &=(z+\overline{z})\cdot z-\overline{z}\cdot z\\ &=(z+\overline{z})\cdot z-(\overline{z}\cdot z)\\ \end{align*}$
$\quad\begin{align} z^2-(z+\overline{z})~z+(\overline{z}\cdot z)=0\\ z^2-(2\mathrm{Re}~z)~z+|z|^2=0 \end{align}$
これを $z$ の2次方程式とみなしたときの共役解 $z$ と $\overline{z}$ の関係はちょうど複素共役の関係でもあります。そこで、貴金属数の定義にみる $x^2-kx-1=0$ の共役解の関係を広義の複素共役とみなすのであれば、次のようにも解釈できるわけです。
$\quad\begin{cases} z=\displaystyle&\frac{k+\sqrt{k^2+4}}2&\left(=\frac{k}2-\sqrt{-\left[\left(\frac{k}2\right)^2+1\right]}~i\right)\\ \overline{z}=\displaystyle&\frac{k-\sqrt{k^2+4}}2&\left(=\frac{k}2+\sqrt{-\left[\left(\frac{k}2\right)^2+1\right]}~i\right)\\ \end{cases}$
これらを生成元として第1種と第2種のガラパゴ数列を算出したものを、それぞれ第1種と第2種の第 $k$ 貴金属数列と呼ぶことにしましょう。
例えば第1貴金属数である黄金数 $\phi=\frac{1+\sqrt{5}}2$ を生成元とする場合、
$\quad\begin{cases} z=\displaystyle&\frac{1+\sqrt{5}}2&\left(=\frac{1}2-\sqrt{-\left[\left(\frac{1}2\right)^2+1\right]}~i\right)=\phi\\ \overline{z}=\displaystyle&\frac{1-\sqrt{5}}2&\left(=\frac{1}2+\sqrt{-\left[\left(\frac{1}2\right)^2+1\right]}~i\right)=-\phi^{-1}\\ \end{cases}$
ということになりますよね。
この解釈のもとで黄金数 $\phi$ を生成元とする第1種ガラパゴ数列 $G_n$ と第2種ガラパゴ数列 $G'_n$ を求めてみます。
$\quad\begin{cases} \displaystyle G_n=\frac{\phi^n-(-\phi^{-1})^n}{\phi-(-\phi^{-1})}=\sum_{k=0}^\infty(-1)^k\cdotp\phi^{n-2k-1}&=F_n\\ \displaystyle G'_n=\frac{\phi^n+(-\phi^{-1})^n}{\phi+(-\phi^{-1})}&=L_n\\ \end{cases}$
なんと、第1種の第$1$貴金属数列からはフィボナッチ数 $F_n$ が、第2種の第$1$貴金属数列からはリュカ数 $L_n$ が、それぞれ現れました。
もともとの式の形からすればこれはある意味で自明と言えますが、そこからではその背景にある「幾何学的性質」という側面まで読み取るのは難しいでしょう。
この結果より、黄金数の累乗をガラパゴ数列の定義に従って幾何学的観点から表現してみます。
いま、黄金数の虚部と実部は
$\quad\begin{cases} \mathrm{Im}~\phi=-\sqrt{-\left[\left(\frac12\right)^2+1\right]}=-\frac{\sqrt{-5}}2\\ \mathrm{Re}~\phi=\frac12\\ \therefore~|\phi|^2=\left(\frac12\right)^2+\left(-\frac{\sqrt{-5}}2\right)^2=-1 \end{cases}$
として解釈されていますので、
$\quad\begin{align*} \phi^n &=\left[F_n\cdot\mathrm{Im}~\phi\right]~i+\left[L_n\cdot\mathrm{Re}~\phi\right]\\ &=\left[F_n\cdot\frac{-\sqrt{-5}}2\right]~i+\left[L_n\cdot\frac12\right]\\ &=\frac{F_n\sqrt5+L_n}2\\ \end{align*}$
と表せることが分かりました。コレ、間違いなくその通りではありませんか?
さらに、ガラパゴ累乗定理より $\phi$ と $1$ を基底の元とする斜交座標形式に改めれば
$\quad\begin{align} \phi^n&=F_n\phi+(-|\phi|^2)F_{n-1}\\ &=F_n\phi+F_{n-1}\\ \end{align}$
が求まります。こちらも黄金数とフィボナッチ数の有名な関係式ですね。
さらにさらに、伏線回収として「ガラパゴ数列の相互定理」を用いれば
$\quad\mathrm{Re}~\phi\cdot(F_n-L_n)=|\phi|^2\cdot F_{n-1}\quad\begin{cases} F_n=L_n+\frac{|z|^2}{\mathrm{Re}~\phi}\cdot F_{n-1}=L_n-2F_{n-1}\\ L_n=F_n-\frac{|z|^2}{\mathrm{Re}~\phi}\cdot F_{n-1}=F_n+2F_{n-1} \end{cases}$
すなわち、
$$\quad L_n-F_n=2F_{n-1}$$という相互関係も見えてきます。これまた実際に計算してみるとその通りであることが分かるでしょう。
以上を総括すると、黄金数 $\phi$ を直交座標形式の複素数とみなすと累乗によって虚部がフィボナッチ数倍、実部がリュカ数倍になるよ! ってことで冒頭で示した「本質部分」に繋がります(*´∀`*) → 再掲
正弦関数と余弦関数 |
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$i$ と $1$ を基底の元とする座標系において、 $|z|=1$ である複素数 $z^n=\left(e^{\theta i}\right)^n$ の座標(各基底元のスカラー成分)は $(\sin n\theta,\cos n\theta)$ と表されます。 |
フィボナッチ数とリュカ数 |
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$\left(-\frac{\sqrt{-5}}2i\right)$ と $\left(\frac12\right)$ を基底の元とする座標系において、 $|z|=i$ である複素数 $z^n=\phi^n$ の座標(各基底元のスカラー成分)は $(F_n,L_n)$ と表されます。 |
より詳しい解説につきましては、数学を愛する会Wikiの ガラパゴ数列 にございますので併せてご参照くださいませ。