この記事ではCayley-Hamiltonの定理のシンプルな証明を紹介します.体を係数とする行列に対しては線型写像の構造論に依拠した証明もいくつか知られていますが、ここで紹介するのは任意の可換環上で成り立つものです.
多項式を成分とする行列
可換環と正整数を固定します.行列の固有多項式とは、行列の行列式のことを指すのでした.このような「多項式を成分とする行列」について少し一般論を準備をしておきましょう.
の元は一意的に
と表すことができます.こののことをの係数と呼ぶことにします.行列に対し、加群の準同型を
で定めます.は積を保つとは限りませんが、以下のような特別な状況では積を保ちます.
およびに対し、の係数が全てと可換ならば
が成り立つ.
は和を保つので、と表せる場合に帰着される.このとき
となるが、仮定よりとは可換なのでこれらは一致する.
Cayley-Hamiltonの定理
行列の余因子行列をで表すと
である.両辺にを適用すると、補題1より
となる.なのでが得られる.
余談
上の証明では任意の可換環上のCayley-Hamiltonの定理を直接示しましたが、実は複素数係数の場合に帰着する方法もあります.これも面白いので証明を書いておきましょう.
を可換環の間の環準同型とすると、に対して
が成り立つことが簡単に分かります.よってに対して定理が成立していればに対しても成立します.またが単射ならば逆も成立します.
さて、定理をの場合に帰着させましょう.個の変数を持つ多項式環を考えます.を、第成分がであるような行列とします.環準同型をで定めるとなので、について定理を示せばよいことになりました.
さらに、上代数的独立な個の超越数を選び、をで定めます.するとは単射なので、について定理を示せばよいことになります.以上での場合に帰着できました.