$\floor{t}$ を $t$ を超えない最大の整数とし、 $t=\floor{t}+\{t\}$ とおく。
$\floor{t}$ は Gauss関数あるいは床関数と呼ばれるものである。
$t\geq 0$ ならば $\floor{t}, \{t\}$ はそれぞれ $t$ を小数表示したときの整数部分と小数部分を与える。
$\{t\}$ は周期 $1$ の関数であるからFourier展開ができる。実際
$$
\frac{1}{2}-\frac{1}{\pi}\sum_{k=1}^\infty \frac{\sin(2\pi kt)}{k}=
\begin{cases} \{t\}=t-\floor{t} & (\{t\}\neq 0), \\ \frac{1}{2} & (\{t\}=0)\end{cases}
$$
が成り立つ。
それで、$t$ が整数でないとき
$$\floor{t}=t-\frac{1}{2}+\frac{1}{\pi}\sum_{k=1}^\infty \frac{\sin(2\pi kt)}{k}\ \ \ \ \cdots (1)$$
が成り立つ。
ここでは、この事実をFourier級数の一般論や複素関数論を使わずに、実数上の微分積分のみから証明する。
$(1)$ は
$$\sum_{k=1}^\infty \frac{\cos(k\theta)+i\sin(k\theta)}{k}=\sum_{k=1}^\infty \frac{(\cos\theta+i\sin\theta)^k}{k}=\int_0^{\cos\theta+i\sin\theta} \frac{dz}{1-z}=\log(1-\cos\theta-i\sin\theta)$$
の虚部を考えることで比較的容易に導かれるのだが、これは複素関数の積分となっている。
そこで、複素積分を用いずに、実軸上の積分のみを用いて、これと等価な等式を証明したいのである。
また、積分と極限の交換についても、初等的に証明する。
$(1)$ は
$$\floor{t}-t+\frac{1}{2}=\frac{1}{\pi}\sum_{k=1}^\infty \frac{\sin(2\pi kt)}{k}\ \ \ \ \cdots (2)$$
と言い換えることができる(この左辺は斜線が繰り返されるグラフの形状から、鋸関数とも呼ばれる)。$t$ が整数でないときにこれを示すために、まず、この右辺に相当する積分表示を求める。
$0<\theta<2\pi$ となる角 $\theta$ をとり $a=\cos\theta, b=\sin\theta$ とおく。
正の整数 $k=1, 2, \ldots $ に対して
$$\int_0^1 (a+bi)(t(a+bi))^{k-1} dt=(a+bi)^k\int_0^1 t^{k-1} dt=\frac{(a+bi)^k}{k}=\frac{\cos(k\theta)+i\sin(k\theta)}{k}$$
であるから、正の整数 $n=1, 2, \ldots$ に対して
$$\int_0^1 \frac{(a+bi)(1-(t(a+bi))^n}{1-t(a+bi)} dt=\sum_{k=1}^n \frac{\cos(k\theta)+i\sin(k\theta)}{k}$$
が成り立つ。
$(a, b)\neq (1, 0)$ のときにこの積分が収束することを示す。
$$\begin{split}
\abs{\int_0^1 \frac{(a+bi)(t(a+bi))^n}{1-t(a+bi)} dt}= & \abs{(a+bi)^{n+1}\int_0^1 \frac{t^n}{1-t(a+bi)} dt} \\
\leq & \max_{0\leq t\leq 1} \abs{\frac{1}{1-t(a+bi)}} \int_0^1 t^n dt \\
= & \frac{\max_{0\leq t\leq 1} \abs{\frac{1}{1-t(a+bi)}}}{n+1}
\end{split}$$
である。よって $\theta\neq 0$ のとき $n\rightarrow\infty$ とすることで
$$\begin{split}
\int_0^1 \frac{a+bi}{1-t(a+bi)} dt= & \lim_{n\rightarrow\infty}\int_0^1 \frac{(a+bi)(1-(t(a+bi))^n}{1-t(a+bi)} dt \\
= & \sum_{k=1}^\infty \frac{\cos(k\theta)+i\sin(k\theta)}{k}\ \ \ \ \cdots (3)
\end{split}$$
が得られる。
つぎに、この積分の値を求める。$a^2+b^2=\cos^2 \theta+\sin^2 \theta=1$ なので
$$\begin{split}
\frac{a+bi}{1-t(a+bi)}= & \frac{(a+bi)(1-ta+tbi))}{(1-at)^2+(bt)^2}=\frac{a-ta^2-tb^2+bi}{1-2at+t^2(a^2+b^2)} \\
=& \frac{a-t+bi}{1-2at+t^2}=\frac{a-t+bi}{(t-a)^2+1-a^2}
\end{split}$$
より
$$\begin{split}
\int_0^1 \frac{a+bi}{1-t(a+bi)} dt= & \int_0^1 \frac{a-t+bi}{(t-a)^2+1-a^2} dt \\
= & \int_0^1 \frac{a-t}{(t-a)^2+1-a^2} dt+i\int_0^1 \frac{b}{(t-a)^2+b^2} dt\ \ \ \ \cdots (4)
\end{split}$$
である。
$b=0$ のときは
$$\int_0^1 \frac{b}{(t-a)^2+b^2} dt=0\ \ \ \ \cdots (5)$$
である。
$b\neq 0$ のとき $t=bu+a$ とおくと
$$\int_0^1 \frac{b}{(t-a)^2+b^2} dt=\int_{-a/b}^{(1-a)/b} \frac{du}{(u^2+1)}
=\arctan\frac{1-a}{b}+\arctan\frac{a}{b}\ \ \ \ \cdots (6)$$
である。
ここで
$$\arctan\frac{1-a}{b}+\arctan\frac{a}{b}=\frac{\pi-\theta}{2}\ \ \ \ \cdots (7)$$
を示す。
$\theta=\pi/2$ のとき $a=0, b=1$ なので
$$\arctan\frac{a}{b}=0, \arctan\frac{1-a}{b}=\arctan 1=\frac{\pi}{4}$$
となるから $(7)$ は成り立つ。
$\theta=3\pi/2$ のとき $a=0, b=-1$ なので
$$\arctan\frac{a}{b}=0, \arctan\frac{1-a}{b}=\arctan(-1)=-\frac{\pi}{4}$$
となるから、やはり $(7)$ は成り立つ。
$0<\theta<\pi, \theta\neq \pi/2$ のとき
$$\arctan\frac{a}{b}=\arctan\frac{1}{\tan\theta}=\frac{\pi}{2}-\theta$$
はすぐにわかる。また
$$1-\cos\theta=2\cos^2\frac{\theta}{2}, \sin\theta=2\cos\frac{\theta}{2}\sin\frac{\theta}{2}$$
より
$$\arctan\frac{1-a}{b}=\frac{\theta}{2}$$
となるから $(7)$ が成り立つ。
$\pi<\theta<2\pi, \theta\neq 3\pi/2$ のとき、 $\arctan $ の値の絶対値は $\pi/2$ より小さいことから
$$\arctan\frac{a}{b}=\arctan\frac{1}{\tan\theta}=\frac{3\pi}{2}-\theta$$
かつ
$$\arctan\frac{1-a}{b}=\frac{\theta}{2}-\pi$$
となるから、やはり $(7)$ が成り立つ。
$\theta=\pi$ のときは $(5)$ より、それ以外のときは $(6), (7)$ から
$$\int_0^1 \frac{b}{(t-a)^2+b^2} dt=\arctan\frac{1-a}{b}+\arctan\frac{a}{b}=\frac{\pi-\theta}{2}$$
を得る。これを $(4)$ に代入して $0<\theta<2\pi$ のとき
$$\mathrm{Im} \int_0^1 \frac{a+bi}{1-t(a+bi)} dt=\frac{\pi-\theta}{2}\ \ \ \ \cdots (8)$$
となることがわかる。
$(3), (8)$ から $0<\theta<2\pi$ のとき
$$\sum_{k=1}^\infty \frac{\sin(k\theta)}{k}=\frac{\pi-\theta}{2}$$
がわかる。
よって $\theta$ が $2\pi$ の整数倍でなければ $\theta=2n\pi+\theta_0, 0<\theta_0<2\pi$ とおくと
$$\sum_{k=1}^\infty \frac{\sin(k\theta)}{k}=\frac{\pi-\theta_0}{2}$$
となる。
よって $t$ が整数でないとき $t=\floor{t}+\{t\}, 0<\{t\}<1$ より
$$\sum_{k=1}^\infty \frac{\sin(2\pi kt)}{k}=\pi\left(\frac{1}{2}-\{t\}\right)$$
が成り立つ。
つまり $\{t\}\neq 0$ のとき
$$\frac{1}{2}-\frac{1}{\pi}\sum_{k=1}^\infty \frac{\sin(2\pi kt)}{k}=\{t\}=t-\floor{t}$$
となる。
このことから $(2)$ がわかる。