線型代数における定理「Fittingの補題」を中心にベクトル空間の概念の一般化について解説する記事です.
線型代数は非常に強力な数学的道具なので, 現代数学における多くの分野においては線型代数で活躍した概念をどのように一般化して応用するかというのが一つのテーマとなっています. 中でも今回紹介する「長さ」という概念は線型代数における「次元」を一般化した概念となっています.
群の組成列の周辺の参考文献が現状Wikipediaしかありませんのでその辺りを読む際は注意してください.
また証明や例の大半は自分で考えたものなので間違っている可能性が大いにあります. 間違いを見つけたら教えていただけるとありがたいです.
02/18/2021 「群の長さ」の注意1の誤りを訂正しました. また一部表現を変更しました.
線型代数の議論において「次元」は非常に重要な役割を持っています. 特に次元が小さい, あるいは有限であるといった状況では色々な議論が簡単になってきます.
では次元という概念は議論のなかで具体的にどのような形で(つまりどのような命題を通じて)役に立っているのでしょうか. 即ち, 次元を用いた線型代数の議論において次元という概念の「何が」, ベクトル空間の「どのような性質を」決定しているのでしょうか.
次元はベクトル空間の基底の要素数です. ベクトル空間の基底を固定して考えるとき, 例えば$2$次元空間ならたった$2$つの基底ベクトルを操作すればいいのですから議論は飛躍的に簡単になります. 「基底を使った議論」は有限次元ベクトル空間の場合に特に有効な手段となってきます.
この手法の背景には, 「ベクトル空間の基底の要素数(濃度)は常に一意である」という命題が本質的な役割を持っています. つまり基底を用いた議論をするとき, 必ずバックではこの命題が重要な働きをしているということになります.
一方で, 基底を使わない議論においても次元という量が有効に働く場面は存在します. 一例として以下の補題を挙げます:
$n$次元ベクトル空間$V$の部分空間の列
\begin{align}
\{\mathbf{0}\} = U_0 \subsetneq U_1 \subsetneq \cdots \subsetneq U_k = V
\end{align}
について, $k\leq n$である.
添え字が0から始まるので注意. 以降このような列の「長さ」は真の包含$\subsetneq$の個数$k$とします.
$2$つのベクトル空間$V,W$について
\begin{align}
V \subsetneq W \Rightarrow \dim{V} < \dim{W}
\end{align}
が成り立つことに注意する(例えば平面の真部分空間は点か直線). 部分空間の列
\begin{align}
\{\mathbf{0}\} = U_0 \qquad\subsetneq U_1 \qquad\subsetneq \cdots \subsetneq U_k \qquad\subseteq V
\end{align}
から, 非負整数の列
\begin{align}
\quad\,\, 0 = \dim{U_0} \,< \,\dim{U_1} < \cdots < \dim{U_k} \,\leq \dim{V} = n
\end{align}
が得られる. この列の長さ$k$は$n$以下とならなければならない.
補題1は以下のように言い換えることもできます: $n$次元ベクトル空間$V$の部分空間$U_0,\dots,U_k \subseteq V$の列
\begin{align}
U_0 \subseteq U_1 \subseteq \cdots
\end{align}
において, 真の包含$\subsetneq$の個数は高々$n$個である.
補題1の証明は容易ですが, このステートメントは部分ベクトル空間に関するある種の命題を証明するのに非常に役立ってきます. 冒頭の文脈でいえば, 補題1という一つの命題が様々な証明のバックで本質的な働きをしている, ということになります.
実際に補題1を背景とする命題の重要な例として, 線型代数学の定理であるFittingの補題の証明を示します.
$n$次元ベクトル空間$V$と線型写像$f: V\rightarrow V$に関して,
\begin{align}
V = \ker{f^n} \oplus \im{f^n}
\end{align}
が成り立つ.
証明に入る前にステートメントを考察しておきましょう. 部分空間の(内部)直和$V = X \oplus Y$は, $X + Y = V$かつ$X \cap Y = \{\mathbf{0}\}$となることを表すのでした. 次元定理より
\begin{align}
\dim{V} = n = \dim{\ker{f^n}} + \dim{\im{f^n}}
\end{align}
なので, Fittingの補題の等式は少なくとも両辺の次元はちゃんと合っていることが分かります. また部分空間の和の次元に関する公式
\begin{align}
\dim{(\ker{f^n} + \im{f^n})} = \dim{\ker{f^n}} + \dim{\im{f^n}} - \dim{(\ker{f^n} \cap \im{f^n})}
\end{align}
より
\begin{align}
\dim{(\ker{f^n} + \im{f^n})} = n \Leftrightarrow \dim{\ker{f^n} \cap \im{f^n}} = 0
\end{align}
なので
\begin{align}
\ker{f^n} + \im{f^n} = V \Leftrightarrow \ker{f^n} \cap \im{f^n} = \{\mathbf{0}\}
\end{align}
となり, 従って$V = \ker{f^n} \oplus \im{f^n}$を示すには$\ker{f^n} + \im{f^n} = V$と$\ker{f^n} \cap \im{f^n} = \{\mathbf{0}\}$の少なくとも片方だけを示せばいいことも分かります(後で次元が定義できない場合の証明が必要になるので, 次元を用いたこの考察はとりあえず使わずに証明します).
Fittingの補題が成り立たない場合, $\ker{f^n} \cap \im{f^n} \neq \{\mathbf{0}\}$であるので$y \in \ker{f^n}$かつ$y \in \im{f^n}$であるような零でないベクトル$y$が取れます. $y \in \im{f^n}$よりある$x$が存在して$f^n(x)=y$ですが, この$x$は
\begin{align}
f^n(x) = y \neq \mathbf{0}
\end{align}
かつ
\begin{align}
f^{2n}(x) = f^n(y) = \mathbf{0}
\end{align}
を満たし, 「$f$を$n$回適用しても消えないがもう$n$回適用すると消える」という要素になっています. 従ってFittingの補題の意味するところは, ベクトル空間$V$に対して$f$を十分な回数($n$回以上)適用し続けるとき, $V$は
に完全に分解され, $f^n$で消えはしないがそれ以上$f$を適用しつづけると消えるような曖昧なものは残らないということです.
これは実際に具体的な行列によって計算することで成り立つことが観察できるので, 本稿の最後で確かめます.
証明には$V$の部分空間の$2$つの列
\begin{align}
\{\mathbf{0}\} &= \ker{f^0} \subseteq \ker{f^1} \subseteq \ker{f^2} \subseteq \cdots \\
V &= \im{f^0} \,\,\supseteq \im{f^1} \,\,\supseteq \im{f^2} \,\supseteq \cdots
\end{align}
を用います. 補題1よりこれらの無限列における真の包含$\subsetneq$, $\supsetneq$の個数はそれぞれ高々$n$個であるため, ある$K,L \in \mathbb{Z}_{\geq0}$が存在して,
\begin{align}
\{\mathbf{0}\} & = \ker{f^0} \subseteq \ker{f^1} \subseteq \cdots \subseteq \ker{f^K} = \ker{f^{K+1}} = \cdots \\
V & = \im{f^0} \,\,\supseteq \im{f^1} \,\,\supseteq \cdots \supseteq \im{f^L} \,= \im{f^{L+1}} \,\,= \cdots
\end{align}
のように$\ker{f^k}$, $\im{f^k}$の列はそれぞれ$K$, $L$以降で全て$=$となります(包含の列が途中から全て$=$となることをしばしば「停止する」と表現します). 証明本体では, 実は$\ker{f^K}, \im{f^L}$より手前の包含は全て真の包含, 即ち
\begin{align}
\{\mathbf{0}\} & = \ker{f^0} \subsetneq \ker{f^1} \subsetneq \cdots \subsetneq \ker{f^K} = \ker{f^{K+1}} = \cdots \\
V & = \im{f^0} \,\,\supsetneq \im{f^1} \,\,\supsetneq \cdots \supsetneq \im{f^L} \,= \im{f^{L+1}} \,\,= \cdots
\end{align}
となるようにできることを示します.
$\ker{f^k}$の列に関して, ある$K$において
\begin{align}
\ker{f^K} = \ker{f^{K+1}}
\end{align}
となるならば, 列のそれ以降の部分において
\begin{align}
\ker{f^{K+(i+1)}} &= \{ x \in V \mid f^{K+(i+1)}(x) = \mathbf{0} \} \\
&= \{ x \in V \mid f^i(x) \in \ker{f^{K+1}} \} \\
&= \{ x \in V \mid f^i(x) \in \ker{f^K} \} \\
&= \{ x \in V \mid f^{K+i}(x) = \mathbf{0} \} \\
&= \ker{f^{K+i}}
\end{align}
より
\begin{align}
\ker{f^K} = \ker{f^{K+1}} = \ker{f^{K+2}} = \ker{f^{K+3}} = \cdots
\end{align}
が成り立つ(つまり, $\ker{f^k}$の列はある箇所の包含$\subseteq$が$=$となったらそれ以降も全て$=$にならなければならない). 同様の議論により$\im{f^k}$の列に関して, ある$L$において
\begin{align}
\im{f^L} = \im{f^{L+1}}
\end{align}
となるならば列のそれ以降の部分において
\begin{align}
\im{f^L} = \im{f^{L+1}} = \im{f^{L+2}} = \im{f^{L+3}} = \cdots
\end{align}
が成り立つ. 以上より$\ker{f^k}$, $\im{f^k}$の列はそれぞれ
\begin{align}
\{\mathbf{0}\} & = \ker{f^0} \subsetneq \ker{f^1} \subsetneq \cdots \subsetneq \ker{f^K} = \ker{f^{K+1}} = \cdots \\
V & = \im{f^0} \,\,\supsetneq \im{f^1} \,\,\supsetneq \cdots \supsetneq \im{f^L} \,\,= \im{f^{L+1}} \,\,= \cdots
\end{align}
という形をとり, 補題1よりこれらの列の真の包含$\subsetneq$の個数は高々$n$個であるから$K,L \leq n$となる. 特に
\begin{align}
&\ker{f^n} = \ker{f^{2n}},\,\im{f^n} = \im{f^{2n}}
\end{align}
に注目すれば,
\begin{align}
\ker{f^n} \cap \im{f^n} &= \{ y \in \im{f^n} \mid f^n(y) = \mathbf{0} \} \\
&= \{ f^n(x) \mid x \in V,\,f^n(y) = f^{2n}(x) = \mathbf{0} \} \\
&= \{ f^n(x) \mid x \in \ker{f^{2n}} = \ker{f^n} \} \\
&= \{\mathbf{0}\}
\end{align}
より$\ker{f^n} \cap \im{f^n} = \{\mathbf{0}\}$, さらに
\begin{align}
y \in V &\Rightarrow f(y) \in \im{f^n} = \im{f^{2n}} \\
&\Rightarrow \exists x \in V: f^{2n}(x) = f^n(y) \\
&\Rightarrow \exists x \in V: f^n(y) - f^{2n}(x) = f^n(y - f^n(x)) = \mathbf{0} \\
&\Rightarrow \exists x \in V: y - f^n(x) \in \ker{f^n} \\
&\Rightarrow y \in \ker{f^n} + \im{f^n} \\
\end{align}
より$\ker{f^n} + \im{f^n} = V$が言え, 従って
\begin{align}
V = \ker{f^n} \oplus \im{f^n}
\end{align}
が成り立つ.
Fittingの補題の証明を観察すると, 証明において「$V$の次元が$n$であること」を用いたのは補題1による部分だけであることが分かります. つまり言い換えると, この証明において我々は
\begin{align}
&\textrm{部分空間の列}\{\mathbf{0}\} = U_0 \subsetneq \cdots \subsetneq U_k = V \textrm{の長さ}k\textrm{の上限が}n \\
\\
\Rightarrow &V = \ker{f^n} \oplus \im{f^n}
\end{align}
という命題を示したことになります. この「部分空間の列
\begin{align}
\{\mathbf{0}\} = U_0 \subsetneq \cdots \subsetneq U_k = V
\end{align}
の長さ$k$の上限」となる整数$n$をベクトル空間$V$の長さと呼ぶことにします. するとFittingの補題を以下のように言い換えることができます:
ベクトル空間$V$の長さが$n$であるとき, 任意の線型写像$f: V \rightarrow V$に関して
\begin{equation}
V = \ker{f^n} \oplus \im{f^n}
\end{equation}
が成り立つ.
命題2より明らか.
明らかに, 有限次元ベクトル空間において「次元」と「長さ」は全く同じ量です. ではなぜ一見無意味に見えるこのような言い換えが必要なのかというと, 「次元」が定義できないものにも「長さ」なら定義できることがあるためです.
「次元」が定義できないものというのは例えば群です. ベクトル空間もベクトルの和を考えれば群になりますが, 一般の群にはベクトル空間と違って「次元」という概念は定義できません. 群にも「生成元」という概念はありますが, ベクトル空間の基底の要素数は常に一意となったのに対し, (冗長なものを除いて極小に取ったとしても)一般に生成元の個数は一意には定まりません.
つまり群にはベクトル空間のように「次元」を定める手段が与えられないのですが, そのような場合でも「長さ」ならば以下のように定義することができます:
群$G$の部分群の成す正規部分群関係$\triangleleft$($\trianglelefteq$かつ$\neq$)の列
\begin{equation}
\{ e \} = G_0 \,\triangleleft G_1 \,\,\triangleleft \cdots \,\,\triangleleft G_k = G
\end{equation}
(正規鎖と呼ぶ)の長さ$k$が有限の上限$n$をもつとき, $n$を群$G$の長さと呼ぶ.
長さ$k$が上限に達する正規鎖は, 剰余群
\begin{equation}
G_{i+1} / G_i \qquad i=0,\dots,k-1
\end{equation}
が全て単純群であるようなものとして与えられます(演習問題3). このような正規鎖を$G$の組成列と呼びます. 実は組成列の長さは一意(Jordan-Hölderの定理)なので, 群$G$の長さを$G$の適当に選んだ組成列の長さと定義することができます.
群$G$が有限の長さ$n$をもつとき, 群$G$は部分群の構造に関して$n$次元ベクトル空間と似たような振る舞いをすると考えられます. 例えば群準同型$f: G\rightarrow G$に対して$\ker{f}$は$G$の正規部分群となるため,
\begin{align}
\ker{f^{k}} = \ker{(f^k\mid_{\ker{f^{k+1}}})} \trianglelefteq \ker{f^{k+1}}
\end{align}
(ただし, $f^k\mid_{\ker{f^{k+1}}}$は$f^k$を$\ker{f^{k+1}}$に制限した群準同型$\ker{f^{k+1}} \rightarrow \ker{f^{k+1}}$)より正規鎖
\begin{align}
\{e\} = \ker{f^0} \trianglelefteq \ker{f^1} \trianglelefteq \ker{f^2} \trianglelefteq \cdots \trianglelefteq G
\end{align}
が得られ, $G$の長さは$n$であるからこの列における真の正規部分群$\triangleleft$の個数は高々$n$個となり, またベクトル空間の場合と同様に
\begin{align}
\ker{f^K} = \ker{f^{K+1}} \Rightarrow \ker{f^K} = \ker{f^{K+1}} = \ker{f^{K+2}} = \ker{f^{K+3}} = \cdots
\end{align}
が成り立つので, 命題2と同じ流れで
\begin{align}
\{e\} = \ker{f^0} \triangleleft \ker{f^1} \triangleleft \ker{f^2} \triangleleft \cdots \triangleleft \ker{f^K} = \ker{f^K} = \cdots \trianglelefteq G
\end{align}
となる$K$が存在しさらに$K\leq n$であることが言えます. 一方, 一般に$\im{f}$は$G$の正規部分群であるとは限らないため, 正規鎖
\begin{align}
G = \im{f^0} \trianglerighteq \im{f^1} \trianglerighteq \im{f^2} \trianglerighteq \cdots \trianglerighteq \{e\}
\end{align}
が取れるとは限りません. 従って一般の群では命題3の形のFittingの補題
\begin{align}
G = \ker{f^n} \times \im{f^n}
\end{align}
は証明できません.
ここで群$G$がAbel群である場合を考えます. Abel群の部分群は必ず正規部分群なので正規鎖
\begin{align}
G = \im{f^0} \trianglerighteq \im{f^1} \trianglerighteq \im{f^2} \trianglerighteq \cdots \trianglerighteq \{e\}
\end{align}
を取ることができます. 従って命題2と同様の証明を回すことができ, Abel群に対しては命題3の形のFittingの補題
\begin{align}
G = \ker{f^n} \times \im{f^n}
\end{align}
が成り立ちます.
Abel群$G$が有限の長さ$n$をもつとき, 任意の群準同型写像$f: G\rightarrow G$に関して
\begin{align}
G = \ker{f^n} \times \im{f^n}
\end{align}
が成り立つ.
「群の長さを正規部分群$\triangleleft$じゃなくて部分群$<$によって定義すれば非可換群のときにもFittingの補題が示せるんじゃないか」という疑問は当然のことと思います. 実際, 群の長さを部分群の列
\begin{equation}
\{ e \} = G_0 < G_1 < \cdots < G_k = G
\end{equation}
の長さ$k$の上限$n'$と定義すれば, 有限の上限$n'$が存在するとき
\begin{align}
\ker{f^{n'}} \cdot \im{f^{n'}} = G, \ker{f^{n'}} \cap \im{f^{n'}} = \{e\}
\end{align}
が成り立つことは命題2と同じ方法で言えます(追記: 当初
\begin{align}
G = \ker{f^{n'}} \times \im{f^{n'}}
\end{align}
と記述していたのですが, $
\im{f^{n'}}$は$G$の正規部分群とは限らないので内部直積は明らかに成り立ちませんでした). 本稿で群の長さの定義を正規鎖の長さの上限(組成列の長さ)としたのは単に群の長さの標準的な定義がそうだからですが, 部分群列を用いて群の長さを定義しようとすると主には
といった問題が生じるようです.
一般にベクトル空間の「長さ」とベクトル空間を群と見做したときの長さは等しくありません. 例えば実ベクトル空間$\mathbb{R}$のベクトル空間としての長さは$1$ですが, $\mathbb{R}$を和によって群と見做すと非自明な正規部分群$\mathbb{Z} \triangleleft \mathbb{R}$が存在します.
さて, 長さという概念をベクトル空間と群という2つの代数的構造に対して定義することができましたが, 長さの定義を見る限り「部分○○」が定義できるような概念であれば何でもこの「長さ」という概念を定義できそうです.
まずは最も素朴に, 一般の集合に対して「長さ」の概念を定義してみましょう. 集合$X$に対し, 部分集合の列
\begin{align}
\varnothing = X_0 \subsetneq X_1 \subsetneq \cdots \subsetneq X_k = X
\end{align}
の長さ$k$の上限を集合$X$の長さと定義することができそうです. しかし冷静に考えるとこれは集合$X$の要素数$|X|$に等しいので, 意味のある量になっているとは言えなそうです.
またただの集合には写像の「核」という部分集合を定義できないので, Fittingの補題を拡張することも難しいです.
ただの集合ではなく位相構造を入れた位相空間であっても, 単に「部分空間」によって長さを考えるだけでは集合の場合とあまり状況が変わっていません. しかし部分空間の代わりに「開」部分空間や「閉」部分空間の列の長さを考えればそれなりに非自明な定義になりそうです. たとえば集合$X:=\{0,1,2,3\}$に開集合系$\mathcal{O}_X$を
\begin{align}
\mathcal{O}_X := \{ \varnothing, X, \{0\}, \{1\}, \{0,1\}, \{2,3\}, \{0,2,3\}, \{1,2,3\} \}
\end{align}
として定めると, 長さが最大となる開部分空間の列は
\begin{align}
\varnothing \subsetneq \{ 0 \} \subsetneq \{0,1\} \subsetneq \{0,1,2,3\} = X
\end{align}
などと取ることができ, その「長さ」は$3$であるとすることができます.
この概念自体が有用な働きをする場面は寡聞にして知りませんが, 代数幾何では類似した概念が実際に重要な働きをします. まず位相空間$X$の「既約次元」を, 「既約閉」部分集合(空でなく, 非自明な閉部分集合の和集合で表せない閉集合)の成す列
\begin{align}
X_0 \subsetneq X_1 \subsetneq \cdots \subsetneq X_k \subseteq X
\end{align}
の長さ$k$の上限と定義します. 代数幾何では最初にアファイン代数的集合と呼ばれる位相空間に対してある可換環を対応させるということを考えるのですが, アファイン代数的集合の規約次元は対応する可換環のKrull次元(後述)に等しくなることが知られています.
先ほど群の「長さ」については考察したので次は環の「長さ」についても考えてみたいのですが, 環の場合事情は群よりも複雑となります. 環にも「部分環」という概念はあるのですが, 群に対する部分群と同様, 単なる部分環では剰余環が作れないという問題があります. 群における正規部分群に対応する環の概念というとイデアルですが, イデアルはそれ自体(単位的)環にならないという別の問題が存在します. それでもある可換環$A$の「長さ」を, $A$のイデアルの列
\begin{align}
0 = I_0 \subsetneq I_1 \subsetneq \cdots \subsetneq I_k = A
\end{align}
の長さ$k$の上限として定義できそうな気はします. しかしこれでは$\mathbb{Z}$でさえ有限の長さを持たず($\mathbb{Z} \supsetneq 2\mathbb{Z} \supsetneq 4\mathbb{Z} \supsetneq \cdots$)有限の環などでない限りあまり使い物にならなさそうです. そこでさらに制限して, $A$の素イデアルのみからなる列
\begin{align}
\mathfrak{p}_0 \subsetneq \mathfrak{p}_1 \subsetneq \cdots \subsetneq \mathfrak{p}_k
\end{align}
の長さ$k$の上限$n$を考えてみるとこれはかなり意味のある量になります. 例えば$\mathbb{Z}$では$n=1$, 任意の体では$n=0$, 体上$k$変数多項式環$k[x_1,\dots,x_k]$では$n=k$となります. この$n$を可換環$A$のKrull次元と呼びます.
なお, 可換環$A$に対しては$n$をどう取ってもFittingの補題のような等式
\begin{align}
A = \ker{f^n} \oplus \im{f^n}
\end{align}
は一般に全く成り立ちません. というか右辺が一般に(単位的)環になりません. 環はそもそも$\ker{f}$や$\im{f}$の性質が悪いのでこういうタイプの等式はほとんど作れないのがつらいところです.
ここまではあまりうまく行ってる感じのしないものばかりでしたが, 「長さ」の例としてはここで挙げる「環上の加群」が一番重要です.
ベクトル空間$V$とは和とスカラー倍が定まった集合です. スカラー倍とはある係数体$\mathbb{k}$の要素$r \in \mathbb{k}$によって定まる写像$r \cdot -: V \rightarrow V$のことです. この係数体を「体」$\mathbb{k}$から「環」$R$に置き換えて一般化したものが環$R$上の加群です.
環上の加群はベクトル空間の一般化なので任意のベクトル空間は環上の加群でもあり, さらに環上の加群はしばしば普通ベクトル空間にならないようなものも含んでいます. 例えば$R=\mathbb{Z}$としたとき, $M=\mathbb{Z}/2\mathbb{Z}$は$\mathbb{Z}$上加群です. しかし$\mathbb{Z}/2\mathbb{Z}$は「基底」を持ちません($\{[1]\} \subseteq \mathbb{Z}/2\mathbb{Z}$が基底じゃないかという気がしますが,
\begin{align}
2 \cdot [1] = [0]
\end{align}
なのでなんと一元集合$\{[1]\}$が「線型独立」の定義を満たしていません). そのため, 環上の加群にはベクトル空間のような「次元」も定義することができないということになります.
しかし, 例のごとく環上の加群にも「長さ」なら定義できるのです.
環$R$上の加群$M$の部分加群の成す列
\begin{align}
\{0\} = M_0 \subsetneq M_1 \subsetneq \cdots \subsetneq M_k = M
\end{align}
の長さ$k$が有限の上限$n$を持つとき, $n$を$R$上の加群$M$の長さと呼ぶ.
非可換群の場合と異なり, 環上の加群には部分加群と「正規」部分加群のような違いがなく, 環上の加群$M$の任意の部分加群$N\subseteq M$によって剰余加群$M/N$を定義することができます.
非可換群では正規とは限らない部分群列を考える場合極大な部分群列の長さは一意ではありませんでしたが, 環上の加群では部分加群と「正規」部分加群のような区別がないので, 非可換群の正規鎖と同様の定理によって極大な部分加群列(組成列)の長さは常に一意となることが示せます.
この「長さ」の定義の下で, 環上の加群に関するFittingの補題が証明できます.
環$R$上の加群$M$が有限の長さ$n$を持つとき, 任意の加群準同型$f: M \rightarrow M$に関して
\begin{align}
M = \ker{f^n} \oplus \im{f^n}
\end{align}
が成り立つ.
命題2と同様に示される.
色々な概念に対して「長さ」を定義してみましたが, 結局Fittingの補題を証明できたのは
の3つ, 何らかの障害でFittingの補題を証明できなかったのは
となりました. この2つのグループには一体どのような違いがあったのかということを考えてみると,
といった部分が問題となっているように見えます. 逆に言えば, Fittingの補題を示せるような「長さ」を自然に定義できる代数的構造の条件はこの「部分○○」と「剰余を定める部分集合」について
という条件を満たすことが必要なのではないか, と考察することができます.
実はこの条件はさらに掘り下げていくと「Abel圏」と呼ばれる非常に一般性の高い概念へと繋がっています. このように一見果てしなく抽象的な概念にも, 線型代数などよく知られた分野の概念をひたすら掘り下げることでその片鱗に触れることができるというのは面白いですね.
最後に, ベクトル空間におけるFittingの補題を実際に確かめてみましょう. $V$を$3$次元実ベクトル空間$\mathbb{R}^3$とし, 線型写像$f: \mathbb{R}^3\rightarrow \mathbb{R}^3$を$3\times3$行列
\begin{align}
A := \begin{pmatrix}
2 & 1 & 0 \\
0 & 0 & 1 \\
0 & 0 & 0
\end{pmatrix}
\end{align}
によって定めます. $A^k$をいくつか計算すると
\begin{align}
A^0 &:= \begin{pmatrix}
1 & 0 & 0 \\
0 & 1 & 0 \\
0 & 0 & 1
\end{pmatrix}, \\
A^1 &:= \begin{pmatrix}
2 & 1 & 0 \\
0 & 0 & 1 \\
0 & 0 & 0
\end{pmatrix}, \\
A^2 &:= \begin{pmatrix}
4 & 2 & 1 \\
0 & 0 & 0 \\
0 & 0 & 0
\end{pmatrix}, \\
A^3 &:= \begin{pmatrix}
8 & 4 & 2 \\
0 & 0 & 0 \\
0 & 0 & 0
\end{pmatrix}, \\
A^4 &:= \begin{pmatrix}
16 & 8 & 4 \\
0 & 0 & 0 \\
0 & 0 & 0
\end{pmatrix}
\end{align}
となり, $\ker{f^k}, \im{f^k}$はそれぞれ
\begin{align}
&\ker{f^0} = \Span{\varnothing}, &
&\im{f^0} = \Span{\{\begin{pmatrix} 1 \\ 0 \\ 0 \end{pmatrix}, \begin{pmatrix} 0 \\ 1 \\ 0 \end{pmatrix}, \begin{pmatrix} 0 \\ 0 \\ 1 \end{pmatrix}\}}, \\
&\ker{f^1} = \Span{\{\begin{pmatrix} 1 \\ -2 \\ 0 \end{pmatrix}\}}, &
&\im{f^1} = \Span{\{\begin{pmatrix} 1 \\ 0 \\ 0 \end{pmatrix}, \begin{pmatrix} 0 \\ 1 \\ 0 \end{pmatrix}\}}, \\
&\ker{f^2} = \Span{\{\begin{pmatrix} 1 \\ -2 \\ 0 \end{pmatrix}, \begin{pmatrix} 1 \\ 0 \\ -4 \end{pmatrix}\}}, &
&\im{f^2} = \Span{\{\begin{pmatrix} 1 \\ 0 \\ 0 \end{pmatrix}\}}, \\
&\ker{f^3} = \Span{\{\begin{pmatrix} 1 \\ -2 \\ 0 \end{pmatrix}, \begin{pmatrix} 1 \\ 0 \\ -4 \end{pmatrix}\}}, &
&\im{f^3} = \Span{\{\begin{pmatrix} 1 \\ 0 \\ 0 \end{pmatrix}\}}, \\
&\ker{f^4} = \Span{\{\begin{pmatrix} 1 \\ -2 \\ 0 \end{pmatrix}, \begin{pmatrix} 1 \\ 0 \\ -4 \end{pmatrix}\}}, &
&\im{f^4} = \Span{\{\begin{pmatrix} 1 \\ 0 \\ 0 \end{pmatrix}\}}
\end{align}
と計算されます. 確かに$K=2, L=2$によって
\begin{align}
\{\mathbf{0}\} & = \ker{f^0} \subsetneq \ker{f^1} \subsetneq \ker{f^2} = \ker{f^3} = \ker{f^4} = \cdots, \\
\mathbb{R}^3 & = \im{f^0} \,\,\supsetneq \im{f^1} \,\,\supsetneq \im{f^2} \,= \im{f^3} \,\,= \im{f^4} = \cdots
\end{align}
が成り立っていることが分かります.
さて, 各$k$における$\ker{f^k}$と$\im{f^k}$を見比べると, まず分かることとして次元定理より任意の$k$で
\begin{align}
\dim{\ker{f^k}} + \dim{\im{f^k}} = n (= 3)
\end{align}
は必ず成り立っています. しかし例えば$k=1$においては
\begin{align}
\ker{f^1} \cap \im{f^1} &= \Span{\{\begin{pmatrix} 1 \\ -2 \\ 0 \end{pmatrix}\}} \supsetneq \{\mathbf{0}\}, \\
\ker{f^1} + \im{f^1} &= \Span{\{\begin{pmatrix} 1 \\ 0 \\ 0 \end{pmatrix}, \begin{pmatrix} 0 \\ 1 \\ 0 \end{pmatrix}\}} \subsetneq \mathbb{R}^3
\end{align}
となっていて, 等式
\begin{align}
\mathbb{R}^3 = \ker{f^1} \oplus \im{f^1}
\end{align}
が成り立っていないことが分かります. この場合, $f^1(x) = y \in \ker{f^1} \cap \im{f^1}$となるベクトル$x$を例えば$x := \begin{pmatrix} 0 \\ 1 \\ -2 \end{pmatrix}$とおくと
\begin{align}
f^1(x) = \begin{pmatrix} 1 \\ -2 \\ 0 \end{pmatrix}, f^2(x) = \begin{pmatrix} 0 \\ 0 \\ 0 \end{pmatrix},
\end{align}
となり, 従って$x$は$f$を一回適用しても消えないがそれ以上適用すると消えるような要素となっています.
一方$k$が$2$以上のとき, 特に$k=n=3$の場合には
\begin{align}
\ker{f^k} \cap \im{f^k} &= \{\mathbf{0}\}, \\
\ker{f^k} + \im{f^k} &= \mathbb{R}^3
\end{align}
が成り立っていて, 従って確かにFittingの補題
\begin{align}
\mathbb{R}^3 = \ker{f^n} \oplus \im{f^n}
\end{align}
が成立していることが分かります.