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大学数学基礎解説
文献あり

書カレナカツタ楕圓函數論

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ガウスは幼少のときから『算術幾何平均』に興味を有して、多くの特別の数に関してその計算をしている。算術幾何平均(以下agMと略記する)の意味は次の通りである。今$a,b$を二つの正数とし、$a,b$の算術平均$\frac{a+b}{2}$、幾何平均$\sqrt{ab}$をそれぞれ$a_1,b_1$とし、$a_1,b_1$の算術平均、幾何平均を$a_2,b_2$として次次に
$$a \ \ \ a_1 \ \ \ a_2 \ \ \ a_3 \cdots$$
$$b \ \ \ \ b_1 \ \ \ b_2 \ \ \ b_3 \cdots$$
を求めるならば、これらは急速に共通の極限値に近づくのである。その共通の極限値を$a,b$のagMといい、ガウスはそれを記号$M(a,b)$で表している。
$a,b$が任意の複素数であるとき、幾何平均の符号$\pm$を任意に定めて行くとしても極限は存在する。それは所謂一般的agMである。
さてガウスは1799年(『日記』五月三十日)に$1$$\sqrt{2}$とのagMが$\frac{\pi}{2\omega}$と小数第十一位まで一致することを発見した。$\omega$は『レムニスケート』関数の周期である、即ち、
$$\omega=\int_0^1 \frac{dx}{\sqrt{1-x^4}}=\int_0^x \frac{d\varphi}{\sqrt{1-\frac{1}{2}\sin^2\varphi}}$$
若しも実際$M(1,\sqrt{2})=\frac{\pi}{2\omega}$なることが証明されるならば『確実に解析の新分野が開かれるであろう』と考えたガウスはそれからagMの理論の研究を始めて遂に1800年五月に至て一般楕円函数を発見し、六月にはmodular functionを発見した、少なくともその端緒を確実に把握するに至ったのである。ガウスはこれらの発見に関して生前に発表する所なくして終わった。唯々楕円環の引力に関する論文(2頁)の中にagMの理論の一端を洩らしているのみである。遺稿の中にはこの所謂『新関数』に関するものが数多くあるが、いずれも断片で終わっている。1808年九月一七日付でガウスがSchumacherに与えた書簡中に次のような一節がある。
『・・・円関数と対数関数を吾々は今掛算の九九の如くに自由自在に取扱うているが、高等なる関数の内部に蔵せられる黄金坑は殆ど未知の世界である。予は曾てこれらの関数に関して多くの仕事を為したが、其の内にそれを大きな単行本にまとめようと思うている。それについては既に予のDisq.arith.593頁に暗示して置いた次第である。それらの関数(その中には楕円や双曲線の求長問題に関係を有するものもあるが)に関する最も興味ある真理又は関係の溢るる如き豊富は唯驚嘆の他はないのである・・・』
(これは当時未見の人Schumacherから始めての書簡に対する返事である。彼は同年十月からガウスに就いて天文学を学んだ)。
予告された大著述はとうとう出ずに終わったのであるが、ガウスの計画は恐らくは第一部超幾何級数、第二部agM及びmodular function,第三部楕円函数を総括するのであったろうとSchlesingerが想像する。当たらずとも遠くはあるまい。1828年にアーベルの楕円函数論(Recherches)がCrelle誌で発表された後にガウスがベッセルに書いた手紙の中に上記著述の三分の一ほどはアーベルの論文が出て不用に帰したと言っている。その外Schumacher,Crelleへの手紙の中にも口癖のように『三分の一』が繰り返されている。
1800に於けるガウスの発見の内容について、ここに詳しく述べる余裕がないが、結果の大要だけでも挙げないならば史談が空論になるであろう。
ガウスは
$$\frac{\pi}{M(1,\sqrt{1+\mu^2})}=\tilde{\omega},\frac{\pi}{M(\mu,\sqrt{1+\mu^2})}=\tilde{\omega}'$$
として
$$S(u)=\frac{\pi}{\mu\tilde{\omega}}\left(\frac{4\sin\pi v}{h^{\frac{1}{2}}+h^{\frac{-1}{2}}}-\frac{4\sin3\pi v}{h^{\frac{3}{2}}+h^{\frac{-3}{2}}}+\cdots \right)$$
を『広義に於けるsin.lemn.』と称した。ここで若干のガウスの記号を現代化して
$$v=\frac{u}{\tilde{\omega}},\tau=\frac{i\tilde{\omega}'}{\tilde{\omega}},h=\pi i \tau$$
と記す。即ち$\mu=1$のとき$S(u)$は『レムニスケート』の場合のsin.lemn$(u)$(25頁)になる。『レムニスケート』の場合の$P,Q$と同様に
$$W(u)=\sqrt{\frac{\pi}{\tilde{\omega}}}\sqrt[4]{\frac{1}{1+\mu^2}}\left(1+2h\cos2\pi v +2h^4\cos4\pi v +2h^9\cos6\pi v +\cdots \right)$$
$$T(u)=\sqrt{\frac{\pi}{\tilde{\omega}}}\sqrt[4]{\frac{1}{\mu^2(1+\mu^2)}}\left(2h^{\frac{1}{4}}\sin\pi v -2h^{\frac{9}{4}}\sin3\pi v +2h^{\frac{25}{4}}\sin5\pi v +\cdots \right)$$
とおけば
$$S(u)=\frac{T(u)}{W(u)}$$
即ち$C$を常数因子とすれば($C$の値は$tg\psi=\mu$とすれば$C=\frac{1}{\mu}M(1,\cos\psi)$
$$T(u)=C\vartheta_1(v), \ \ \ \ W(u)=C\sqrt{\mu}\vartheta_3(v),$$
$$T\left(\frac{\tilde{\omega}}{2}-u\right)=C\vartheta_2(v),\ \ \ \ W\left(\frac{\tilde{\omega}}{2}-u\right)=C\sqrt{\mu}\vartheta(v).$$
ガウスは$T(u),W(u)$を無限積に展開し又$T(u),W(u),T\left(\frac{\tilde{\omega}}{2}-u\right),W\left(\frac{\tilde{\omega}}{2}-u\right)$の平方及び$T(u),W\left(\frac{\tilde{\omega}}{2}-u\right)$の間の関係を出している。即ち$S(u)=\sin\varphi$
$$u=\int\frac{d\varphi}{\sqrt{1+\mu^2\sin^2\varphi}}$$
の逆関数であることを験証(*)すべき材料は整うている。

*ガウスはその験証に急がない。彼はむしろ差し当たり新関数$S(u),T(u),W(u)$等々に興味を有したのである。実数のみに関して験証することは何でもないが、それは彼に満足を与えなかったに相違ない、虚数積分に関して考察をした形跡は数多く残っている。熟考中で容易に発表に至らなかったのであろう。気の早い青年アーベル、ヤコービとは大分違う。『ガウス流の厳格主義!そんな暇があるものか』とヤコービは言うたとやら。

凡ては『レムニスケート』の場合と全く同様で唯$h=e^{-\pi}$がここでは一般化されて$h=e^{\pi i \tau}$になっているだけであるが、苦心の存ずる所は周期$\tilde{\omega},i\tilde{\omega}'$の発見にある。『レムニスケート』の場合には$\omega,i\omega$が自然に出て来たのであるが、ここではそうは行かない。ガウスはagMを用いているが実は上記の$\tilde{\omega},\tilde{\omega}'$
$$\tilde{\omega}=\int_0^{\pi}\frac{d\varphi}{\sqrt{1+\mu^2\sin^2\varphi}},\tilde{\omega}'=\int_0^{\pi}\frac{d\varphi}{\sqrt{\mu^2+\sin^2\varphi}}$$
である。45頁に述べた$M(1,\sqrt{2})=\frac{\pi}{2\omega}$が一般化されたのである。

$\vartheta$の式の無限積と無限級数との転換法はガウスに於て独特である。幸にガウスの遺稿の中に『新関数百定理』(Hundert Theoreme $\ddot{\rm{u}}$ber die neuen Transzendenten)と題する断片があって、その方法が詳しく記されている。この断片は1818年に書かれたものであるが、けだし例の大著述の腹案の一部であろう。例の通り僅少の頁数で終わっている。
ガウスは
$$T(n)=1+\frac{a^n-1}{a-1}t+\frac{(a^n-1)(a^n-a)}{(a-1)(a^2-1)}t^2+\cdots+\frac{(a^n-1)(a^n-a)\cdots(a^n-a^{n-1})}{(a-1)(a^2-1)\cdots(a^n-1)}t^n \ \ \ \ \ (1)$$
なる有理式を考察する。$n$は正の整数、$a,t$は変数である。このような式はガウスが円周等分論に関する論文『或る特種の級数の総和』(1808)(4頁参照)の中で既に用いている。さて
$$T(n+1)=(1+a^nt)T(n)$$
になるから
$$T(n)=(1+t)(1+at)(1+a^2t)\cdots(1+a^{n-1}t) \ \ \ \ \ (2)$$
を得る。即ち和(1)と積(2)とが互いに転換される。

$$a=x^2,\ \ a^{\frac{1}{2}(n-1)}t=y$$
とおいて、和$T(n)$の初項と末項、第二項と末から第二項と・・・を一つにすれば、$n$が偶数のときには
$$1+\frac{1-x^n}{1-x^{n+2}}x(y+y^{-1})+\frac{1-x^n}{1-x^{n+2}}\frac{1-x^{n-2}}{1-x^{n+4}}x^4(y^2+y^{-2})+\cdots$$
$$=(1+xy)(1+xy^{-1})(1+x^3y)(1+x^3y^{-1})\cdots(1+x^{n-1}y)(1+x^{n-1}y^{-1})\times \frac{1-x^2}{1-x^{n+2}}\frac{1-x^4}{1-x^{n+4}}\cdots\frac{1-x^n}{1-x^{2n}}$$
を得る。又$n$が奇数のときには
$$x^{\frac{1}{4}}(y^{\frac{1}{2}}+y^{-\frac{1}{2}})+\frac{1-x^{n-1}}{1-x^{n+3}}x^{\frac{9}{4}}(y^{\frac{3}{2}}+y^{-\frac{3}{2}})+\cdots$$
$$=x(y^{\frac{1}{2}}+y^{-\frac{1}{2}})(1+x^2y)(1+x^2y^{-1})\cdots(1+x^{n-1}y)(1+x^{n-1}y^{-1})\times\frac{1-x^2}{1-x^{n+3}}\frac{1-x^4}{1-x^{n+5}}\cdots\frac{1-x^{n-1}}{1-x^{2n}}$$
を得る。
ここで$n$を限りなく大きくすれば、収斂の為に$|x|<1$として
$$1+x(y+y^{-1})+x^4(y^2+y^{-2})+x^9(y^3+y^{-3})+\cdots$$
$$=(1+xy)(1+xy^{-1})(1+x^3y)(1+x^3y^{-1})\cdots \times (1-x^2)(1-x^4)(1-x^6)\cdots x^{\frac{1}{4}}(y^{\frac{1}{2}}+y^{-\frac{1}{2}})+x^{\frac{9}{4}}(y^{\frac{3}{2}}+y^{-\frac{3}{2}})+\cdots$$
$$=x^{\frac{1}{4}}(y^{\frac{1}{2}}+y^{-\frac{1}{2}})(1+x^2y)(1+x^2y^{-1})(1+x^4y)(1+x^4y^{-1})\cdots \times (1-x^2)(1-x^4)(1-x^6)\cdots$$
上記左辺の無限級数をそれぞれ$P(x,y)R(x,y)$で表し又$Q(x,y)=P(x,-y),S(x,y)=-iR(x,-y)$とし(*)、

* $S(x,y)$はヤコービの論文の原稿を見てから1828年に追加したのである。基礎的には$P,Q,R,S$の中一つだけで沢山である。

それらを求和関数(summatorische Funktionen)と名づけたが、それよりも先づ
$$F(x)=(1-x)(1-x^2)(1-x^3)\cdots$$
とおいた。先づ第一にこれが面白い関数であったのであろう。実際そこからmodular functionが生まれたのである。
若しも
$$x=h=e^{\pi i \tau} ,\ \ \ \ y=e^{2\pi iv}$$
とするならば
$P(x,y)=\vartheta_3(v)$ $,\ \ \ Q(x,y)=\vartheta(v)$
$R(x,y)=\vartheta_2(v)$ $,\ \ \ S(x,y)=\vartheta_1(v)$
であるから、$\vartheta$が無限級数から無限積に変形されたのである。
$y=1$とすれば$S=0$になるが、それに対する$P,Q,R$をガウスは$p,q,r$で表した。即ち
$$p(x)=1+2x+2x^2+2x^9+\cdots$$
$$q(x)=1-2x+2x^4-2x^9+\cdots$$
$$r(x)=2x^{\frac{1}{4}}+2x^{\frac{9}{4}}+2x^{\frac{25}{4}}+\cdots$$
$x=h=e^{\pi i \tau}$とすれば、これらはそれぞれ$\vartheta_3(0|\tau),\vartheta(0|\tau),\vartheta_2(0|\tau)$である。
ガウスは$p,q,r$間の次の関係を得た。
$$p(x^2)^2=\frac{1}{2}\left(p(x)^2 +q(x)^2\right), \ \ \ q(x^2)^2=\sqrt{p(x)^2 \cdot q(x)^2} \ \ \ (*)$$
現代的にはこれらは楕円函数の二次変式に関する公式
$$2\vartheta_3(0|2\tau)^2=\vartheta_{3}^2(0|\tau) +\vartheta^2(0|\tau)$$
$$\vartheta_3(0|2\tau)^2=\vartheta(0|\tau)\vartheta_3(0|\tau)$$
である。(例えばTannery-Molk,楕円函数論.2巻268頁 Internet Archive 参照)
公式$(*)$$p(x)^2,q(x)^2$の算術平均と幾何平均とが、それぞれ$p(x^2)^2,q(x^2)^2$に等しいことを示すものである。故に今
$$a=\mu p(x)^2 , \ \ \ b=\mu q(x)^2$$
とするならば、45頁の$a_n,b_n$はそれぞれ
$$a_n=\mu p(x^{2^n})^2 , \ \ \ b_n=\mu q(x^{2^n})^2$$
であるが、$n$が限りなく増すとき$p(x^{2^n}) , q(x^{2^n}) $の極限は$1$であるから($|x|<1$)
$$M(a,b)=\mu$$
故に任意の$a,b$に対する$M(a,b)$を求めることは
$$\frac{a}{b}=\left(\frac{p(x)}{q(x)} \right)^2$$
なる$x$を求めることに帰する。前のように$x=e^{\pi i \tau}$とすれば
$$\left(\frac{q(x)}{p(x)} \right)^2=\left(\frac{\vartheta(0|\tau)}{\vartheta_3(0|\tau)} \right)^2=k'(\tau)$$
であるから問題は$k'(\tau)$の値が与えられたるとき$\tau$の値を求めることである。ガウスは既にこの modular function $k'(\tau)$の理論を組み立てて、その基本区域までも書いている。基本区域の図はSchedaeAn(1805)に載っているが、例の説明なしで、50年後にガウス全集旧版を編纂したScheringにもよく分からなかったような仕末である。Modular function を持っていた所に於てガウスは遠くアーベル及びヤコービを凌駕している。ガウスに於ては楕円函数ばかりが問題の全部ではなかったのである。現今$F(\alpha,\beta,\gamma,x)$で表される級数$1+\frac{\alpha \beta}{1\gamma}x+\cdots$及びそれが満足せしめたる所謂ガウスの微分方程式はガウスが既に学生時代にオイラーの著述から学んだのであろうが、追々研究が進む間に関数$F(\alpha,\beta,\gamma,x)$とagM又はmodular function との関係が知られて来たので$F(\alpha,\beta,\gamma,x)$を出発点に置いて例の大著述を組み立てようと決心したものであろう。その立場は冪級数$F(\alpha,\beta,\gamma,x)$に由て定義せられる関数の研究であるが、其処でガウスは解析的延長の問題に逢着している。ガウスがその問題を解決していたかどうかは明白ではないが、このようにそれからそれへと考察の範囲が拡大されて行くのでは、何時になっても完結の期は来らぬであろう。例の大著述が出ずにしまった原因を吾々は想像し得るように感ずる。

ガウスが進んだ道は即ち数学の進む道である。その道は帰納的である。特殊から一般へ!それが標語である。それは凡ての実質的なる学問に於て必要なる条件であらねばならない。数学が演繹的であるというが、それは既成数学の修業にのみ通用するのである。自然科学に於ても一つの学説が出来てしまえば、その学説に基づいて演繹をする。しかし論理は当たり前なのだから、演繹のみから新しい物は何も出て来ないのが当たり前であろう。若しも学問が演繹のみにたよるならば、その学問は小さな環の上を永遠に周期的に回転する外はないであろう。吾々は空虚なる一般論に捉われないで、帰納の一途に精進すべきではあるまいか。

参考文献

投稿日:202132
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DIO
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