以下に述べるのは私が十数年前に Wikipedia に書いた、ジョルダン基底の存在証明に一意性の証明を加えたものです。具体的な計算のアルゴリズムについては後日書くつもりです。
$V$ を体 $K$ 上の $n$ 次元ベクトル空間、$f$ を $V$ の線形変換として、$V$ の基底 $ \{ \mathbf{e}_{i\ j} |\ i= 1, \ldots ,k\ ;\ j= 1,\ldots ,s_i \} $ が $f$ のジョルダン基底とは
$$\qquad f( \mathbf{e}_{i\ j} ) = \lambda_i \mathbf{e}_{i\ j} + \mathbf{e}_{i\ j-1} , ただし \mathbf{e}_{i\ 0} = \mathbf{0} , $$
を満たすことと定義します。この時当然 $ \sum_{i=1}^k s_i = n $ です。
$f$ の固有値が全て $K$ に属していれば、$f$ のジョルダン基底が存在する。
証明のアイデアはFilippovによるもので (G.ストラング「線形代数とその応用」 付録B、産業図書、1978.) 次のほとんど自明な補題を用いた帰納法で行います。
$ \{ \mathbf{e}_{i\ j} \}$ が $f$ のジョルダン基底なら $ f -\lambda \mathbf{1}_V $ のジョルダン基底でもある。
実際 $ f( \mathbf{e}_{i\ j} ) = \lambda_i \mathbf{e}_{i\ j} + \mathbf{e}_{i\ j-1} $ なら$ ( f -\lambda \mathbf{1}_V )( \mathbf{e}_{i\ j} ) = ( \lambda_i - \lambda )\ \mathbf{e}_{i\ j} + \mathbf{e}_{i\ j-1} $ だから $\lambda_i $ の値が変わるだけです。
この補題により、必要なら $f$ の一つの固有値 $\lambda$ に対し $ f - \lambda \mathbf{1}_V $ を考えて、$ \mathrm{ rank }\ f = r < n $ の時にジョルダン基底が存在することを示せば良いことになります。
$\textbf{ 定理の証明: } \ n=1$ なら全ての基底がジョルダン基底です。次元が $ n-1 $ 以下のベクトル空間の線形変換に対してはジョルダン基底が存在することを仮定して、$ \dim V = n $ として $f$ が $V$ の $ \mathrm{ rank }\ f = r < n $ である線形変換として、$f$ のジョルダン基底が作れることを示します。
$V' = \mathrm{Im}\ f $ として $ f' = f|_{V'}\ (\ f\ の V' への制限 ) $ とすると、$f' $ は $V'$ の線形変換で $ \dim V' = r < n $ なので帰納法の仮定により $f'$ のジョルダン基底 $ \{\mathbf{e}_{i\ j} |\ i= 1,2, \ldots ,k \ ;\ j= 1,2,\ldots ,s_i \} $ が存在します。この時 $\sum_{i=1}^k s_i = r $ です。
番号を取り替えて、$ \lambda_1=\lambda_2= \cdots =\lambda_t = 0 $ 、$ i>t $ なら $ \lambda_i \neq 0 $ とします。
この時、$\mathbf{e}_{1\ 1}, \mathbf{e}_{2\ 1}, \ldots ,\mathbf{e}_{t\ 1} $ は $ \mathrm{Ker}\ f $ の一次独立なベクトルで、$ \dim \mathrm{Ker }\ f = n-r $ なので、$n-r-t$ 個のベクトル $ \mathbf{u}_1,\mathbf{u}_2,\ldots , \mathbf{u}_{n-r-t} $ を付け加えて $ \mathrm{Ker }\ f $ の基底を作ります。
また $V$ の $t$ 個のベクトル $ \mathbf{v}_1, \mathbf{v}_2, \ldots , \mathbf{v}_t $ を $ f(\mathbf{v}_i ) = \mathbf{e}_{i\ s_i } $ となるように取ります。
この時 $n$ 個のベクトル
$$\qquad \{ \mathbf{u}_1,\mathbf{u}_2,\ldots , \mathbf{u}_{n-r-t} , \mathbf{v}_1, \mathbf{v}_2, \ldots , \mathbf{v}_t ,\{\mathbf{e}_{i\ j} | i= 1,2, \ldots ,k ; j= 1,2,\ldots ,s_i \}\ \}$$ は一次独立で $V$の基底となることがわかります。実際、
$$\qquad \sum a_i \mathbf{u}_i + \sum b_i \mathbf{v}_i + \sum c_{i\ j} \mathbf{e}_{i\ j} = \mathbf{0} $$
として、これに $f$ を作用させると、
$$ \sum_{i=1}^t b_i \mathbf{e}_{i\ n_i } + \sum_{i=1}^t \sum_{j=1}^{s_i - 1} c_{i\ j+1} \mathbf{e}_{i\ j} +
\sum_{i=t+1}^k \sum_{j=1}^{s_i} ( c_{i\ j} \lambda_i + c_{i\ j+1} )\mathbf{e}_{i\ j} = \mathbf{0},\ ただし\ c_{i\ s_i +1}=0 .$$
となり、$ \{ \mathbf{e}_{i\ j} \} $ が $V'$ の基であることより、 $ i \leq t, j \geq 2 $ に対し $ b_i = 0 , c_{i\ j} = 0 $ 、で$\ i > t, j \leq s_i $ に対しては $ c_{i\ j} \lambda_i + c_{i\ j+1} = 0 $ ですが、$ \lambda_i \neq 0, \ c_{i\ s_i+1}=0 $ より上から順に $ c_{i\ s_i}=0, c_{i\ s_i -1} =0,\ldots ,c_{i\ 1}=0 $ がわかります。従って元の式は、
$$ \qquad \sum_{i=1}^{n-r-t} a_i \mathbf{u}_i + \sum_{i\ =1}^t c_{i\ 1}\mathbf{e}_{i\ 1} = \mathbf{0} $$
となり、$ \{\mathbf{u}_i , \mathbf{e}_{i\ 1} \} $ が $ \mathrm{Ker}\ f $ の基であることより、 $ a_1=a_2=\cdots=a_{n-r-t}=c_{11}=c_{21}=\cdots=c_{t1}=0 $ がわかり一次独立性が証明できました。
こうして得られた $V$ の基底は $ \mathbf{u}_i = \mathbf{e}_{i\ s_i+1},\ \mathbf{v}_i = \mathbf{e}_{k+i 1} $ と番号づけることにより $f$ のジョルダン基底となっています。$\textbf{ 証明終わり}$
$ \{ \mathbf{e}_{i\ j} |\ i=1,2,\ldots,k\ ;\ j=1,2,\ldots,s_i \} $ を $f$ のジョルダン基底、$\lambda$ を一つの固有値として$ \{ \mathbf{e}_{i\ j} |\ j = 1,2,\ldots,s_i \} $は、$ \lambda_i = \lambda $ の時、大きさ$ s_i$の$\lambda$-系列と呼ぶことにし、大きさ $m$ の$\lambda$-系列の数を$k_m$と定義します。
ジョルダン基底のベクトル $ \mathbf{e}_{i\ j} $ が、ある $\lambda$-系列に属する必要十分条件は、
$$\qquad ( f - \lambda \mathbf{1}_V ) (\mathbf{e}_{i\ j}) = \mathbf{e}_{ i\ j-1},\ ただし \mathbf{e}_{i\ 0} = \mathbf{0} $$
で、属さない時は
$$\qquad ( f - \lambda \mathbf{1}_V ) (\mathbf{e}_{i\ j}) = (\lambda_i - \lambda)\mathbf{e}_{i\ j} + \mathbf{e}_{ i\ j-1},\ \lambda_i - \lambda \neq 0 $$
となります。従って各 $\lambda$-系列の先頭のベクトルの集合$\{ \mathbf{e}_{i\ 1} \}$は$ \mathrm{Ker}\ ( f - \lambda \mathbf{1}_{V} )$の基底となるので、
$$\qquad k_1 + k_2 +\cdots + k_n = \dim \mathrm{Ker}\ ( f - \lambda \mathbf{1}_V ) $$
となり、また $\{ \mathbf{e}_{i\ j} |\ j \leq 2 \} $ は $ \mathrm{Ker}\ ( f - \lambda \mathbf{1}_{V} )^2 $ の基となり、
$$\qquad k_1 + 2 ( k_2 + k_3 +\cdots+k_n ) = \dim \mathrm{Ker}\ ( f - \lambda \mathbf{1}_{V} )^2 .$$
さらに一般に、$ \{ \mathbf{e}_{i\ j} | \ j \leq m \} $ は $ \mathrm{Ker}\ ( f - \lambda \mathbf{1}_{V} )^m $ の基なので、
$$\qquad k_1 + 2 k_2 + \cdots + (m-1)k_{m-1} + m\ ( k_m+ k_{m+1} +\cdots+ k_n) = \dim \mathrm{Ker}( f - \lambda \mathbf{1}_{V} )^m $$
となります。従って、
$$\qquad k_m + k_{m+1} +\cdots+k_n = \dim \mathrm{Ker}( f - \lambda \mathbf{1}_{V} )^m - \dim \mathrm{Ker}( f - \lambda \mathbf{1}_{V} )^{m-1} $$
で、この式より、
$$\quad k_m +( \dim \mathrm{Ker}( f - \lambda \mathbf{1}_{V} )^{m+1} -\dim \mathrm{Ker}( f - \lambda \mathbf{1}_{V} )^m ) =
\dim \mathrm{Ker}( f - \lambda \mathbf{1}_{V} )^m - \dim \mathrm{Ker}( f - \lambda \mathbf{1}_{V} )^{m-1} $$
となり、これより次の定理が成り立ちます。
$f$ のジョルダン標準形では、対角要素が $\lambda$ で次数が $m$ であるジョルダン細胞の数は次で与えられる。
$$ 2 \dim \mathrm{Ker}\ ( f - \lambda \mathbf{1}_{V} )^m - \dim \mathrm{Ker}\ ( f - \lambda \mathbf{1}_{V} )^{m-1} - \dim \mathrm{Ker}\ ( f - \lambda \mathbf{1}_{V} )^{m+1}. $$
$$=\mathrm{rank}\ ( f - \lambda \mathbf{1}_{V} )^{m-1} + \mathrm{rank}\ ( f - \lambda \mathbf{1}_{V} )^{m+1}- 2\ \mathrm{rank}\ ( f - \lambda \mathbf{1}_{V} )^m. $$
以上より $f$ のジョルダン標準形は存在し、その『形』は、ジョルダン基底の選び方によらず、$f$ によって定まることが証明できました。$f$ が具体的に行列 $A$ で与えられた時、ジョルダン基底すなわち変換行列をどのようにして求めるかについては次回述べるつもりです。