京大の望月新一先生が証明した「ABC予想」ですが,その楕円曲線論における応用例として【Szpiro予想】がありますので,その証明も含めて紹介します。
また記事の後半では,【Szpiro予想】を用いてフェルマーの最終定理を眺めてみます。
既に色々な媒体で様々な方が紹介しているABC予想ですので,主張だけおさらいしておきます。
各正の実数$\varepsilon$に対してある$\kappa_{\varepsilon}$が存在して,$$
A+B=C\quad \style{font-family:inherit}{\text{かつ}}\quad \gcd(A,\,B,\,C)=1
$$
を満たす$0$でない任意の整数の組$(A,\,B,\,C)$について$$
\max\suuretu{|A|,\,|B|,\,|C|}\leq \kappa_{\varepsilon}\left(\textstyle\prod\limits_{p|ABC}p\right)^{1+\varepsilon}
$$
を満たすように$\kappa_{\varepsilon}$を取ることが出来る。ここで$\prod\limits_{p|ABC}p$の意味は,積$ABC$を割り切る素数全体の積のことである。
多くの記事では煩雑を避けるために$A,\,B,\,C$を正の整数に限定して話を進めていますが,負の整数を考慮した場合は上記のような形になります。
また,$\prod\limits_{p|ABC}p=\mathop{\rm rad}(ABC)$と,根基$\bm{\mathop{\rm rad}}$を定義して説明をしている記事も多いです。
「強いABC予想」がフェルマーの最終定理の部分的な系になっていることは有名で,例えばMathlogには ABC予想IIを用いたフェルマー予想の証明(n≧6) にて簡潔な紹介がなされています。
しかしこの記事では,いわゆる「弱いABC予想」のみを扱っており,望月先生が証明したのは「弱いABC予想」の方です。
以下,有理数体$\mathbb Q$上における楕円曲線の基本的な知識と,導手,極小な楕円曲線についての知識を仮定します。(もしかしたら楕円曲線のまとめみたいなのを記事にするかもしれませんが,その可能性は限りなく低いです。)
各正の実数$\varepsilon$に対してある$\kappa_{\varepsilon}$が存在して,任意の楕円曲線$E/\mathbb Q$に対して$$
|\Delta_E|\leq \kappa_{\varepsilon}{N_{E}}^{6+\varepsilon}
$$
が成り立つ。ここで$N_E$とは$E$の“導手”であり,$\Delta_E$とは$E$の“極小判別式”のことである。
ABC予想を用いてSzpiro予想を証明してみます。
$E/\mathbb Q$を,極小Wierstrass方程式によって与えられる楕円曲線とする。このとき$E$の判別式$\Delta(=\Delta_E)$とそれに関連付けられる量$c_4,\,c_6$が定義され,それについては$$
1728\Delta={c_4}^3-{c_6}^2
$$
なる関係式があった。$E$が極小Wierstrass方程式であるという仮定から,$c_4,\,c_6$は$0$でない整数である。
◉まずは$\gcd(c_4,\,c_6)=1$と仮定して示す。$$
A={c_4}^3,\,\quad B=-{c_6}^2,\,\quad C=1728\Delta
$$
とする。このとき$A+B=C$かつ$\gcd(A,\,B,\,C)=1$であることは簡単に分かるから,「ABC予想」より任意の$\varepsilon>0$に対してある$\kappa_{\varepsilon}$が存在して$$
\max\suuretu{|A|,\,|B|,\,|C|}\leq \kappa_{\varepsilon}\left(\textstyle\prod\limits_{p|ABC}p\right)^{1+\varepsilon}
$$
を満たす。$1728=2^6\cdot3^3$なので,この不等式は$$
\max\suuretu{|{c_4}^3|,\,|{c_6}^2|,\,|1728\Delta|}\leq \kappa_{\varepsilon}\textstyle\prod\limits_{p|6c_4c_6\Delta}p^{1+\varepsilon}
$$
と書き表せる。ここで$N_E$の定義から$$
\textstyle \prod\limits_{p|6c_4c_6\Delta}p^{1+\varepsilon}\leq |6c_4c_6N_E|^{1+\varepsilon}
$$
であることが明らかに分かる。すなわち以下の3つの不等式が立つ。$$
\left\{\begin{align}
|{c_4}^3|&\leq \kappa_{\varepsilon}|6c_4c_6N_E|^{1+\varepsilon}\\
|{c_6}^2|&\leq \kappa_{\varepsilon}|6c_4c_6N_E|^{1+\varepsilon}\\
|1728\Delta|&\leq \kappa_{\varepsilon}|6c_4c_6N_E|^{1+\varepsilon}
\end{align}\right.
$$
少し変形して,$$
\left\{\begin{align}
|{c_4}|^{2-\varepsilon}&\leq \kappa_{\varepsilon}|6c_6N_E|^{1+\varepsilon}& \cdots\cdots\style{font-family:inherit}{\text{①}}\\
|{c_6}|^{1-\varepsilon}&\leq \kappa_{\varepsilon}|6c_4N_E|^{1+\varepsilon} &\cdots\cdots\style{font-family:inherit}{\text{②}}\\
|1728\Delta|&\leq \kappa_{\varepsilon}|6c_4c_6N_E|^{1+\varepsilon}&\cdots\cdots\style{font-family:inherit}{\text{③}}
\end{align}\right.$$
と書き表せる。①の両辺を$2+2\varepsilon$乗,②の両辺を$3+3\varepsilon$乗,③の両辺を$1-5\varepsilon$乗して,それらを掛けることで,$$
|c_4|^{4+2\varepsilon-2\varepsilon^2}|c_6|^{3-3\varepsilon^2}|1728\Delta|^{1-5\varepsilon}\leq {\kappa_{\varepsilon}}^{6}|c_4|^{4+2\varepsilon-2\varepsilon^2}|c_6|^{3-3\varepsilon^2}|6N_E|^{6+6\varepsilon}
$$
となる。$|c_4|^{4+2\varepsilon-2\varepsilon^2}|c_6|^{3-3\varepsilon^2}$を消去すれば,$$
|1728\Delta|^{1-5\varepsilon}\leq {\kappa_{\varepsilon}}^{6}(6N_E)^{6+6\varepsilon}
$$
を得るから,Szpiro予想が正しいことが分かった。
◉$\gcd(c_4,\,c_6)=g$であるときは,$A=c_4^3/g,\,B=-c_6^2/g,\,C=1728\Delta/g$として同様の考察をすると示される。(この記事では詳細は立ち入らない。)
【Szpiro予想】からフェルマーの最終定理を眺めることが出来ます。
正の整数$n$が十分大きいとき,$a^n+b^n=c^n$を満たす非自明な正整数解$(a,\,b,\,c)$は存在しない。
「十分大きい」ってなんだよ!どのくらいだよ!と突っ込まれるかもしれませんが,それは$\kappa$の値に依存してしまうので何とも言えません。ですが,無限の可能性を有限の可能性にした意味は大きいです。
正の整数$n$に対して,$a^n+b^n=c^n$,$abc\neq0$を満たす$a,\,b,\,c\in\mathbb Z$が存在すると仮定して矛盾を導こう。
楕円曲線$E/\mathbb Q$を,$$
E:y^2=x(x+a^n)(x-b^n)
$$
とおく。この$E$についての判別式は,頑張って計算すれば$\Delta=16(abc)^{2n}$と分かる。またこの$E$について判別式と極小判別式の間には,$$
|\Delta_E|\geq 2^{-12}|\Delta|
$$
なる不等式がある。今回の場合を考えると,$$
|\Delta_E|\geq \bunsuu{|abc|^{2n}}{2^8}
$$
である。
一方,導手$N_E$については$$
N_E\leq \prod\limits_{p|2abc}p^2\leq |2abc|^{2}
$$なる不等式が成り立つ。ここまでの結果と【Szpiro予想】($\varepsilon=1$)から,$$
\bunsuu{|abc|^{2n}}{2^8}\leq |\Delta_E|\bm{\leq}\kappa_1 N_E^{6+1}\leq \kappa_1 |2abc|^{14}
$$
が言え,$|abc|^{2n-14}\leq 2^{22}\kappa_1$である。しかし$n$が十分大きいときは,この等式を満たす$a,\,b,\,c$は存在しない。($|abc|\geq2$だから。)
楕円曲線論における【Szpiro予想】が,ABC予想の系として成り立つことが分かりました。ちなみに【Szpiro予想】が真である場合,ABC予想において$\varepsilon=1/2$の場合を証明することが出来ます。ABC予想が非常に強い問題であることが実感できますね。
[1]はABC予想を証明するために用いた「IUT理論」の概略を一般向けに解説したもので,直観的な説明が多く読みやすい物と思います。タイトルだけ見ると少しアレな本に思われるかもしれませんが 非常に良書です。高校1年生レベルの数学を知っていれば読み切ることが可能な本で,手に取る価値は大いにあります。
[2],[3]はSzpiro予想の証明を参考にしたものです。[2]は楕円曲線の教科書,[3]は望月先生の,「宇宙際Teichmuller理論」の6番の論文です。