はじめに
特殊相対論において重要なLorentz変換を導きます。はじめに「導出ダイジェスト版」を、次に「詳しい導出」を示します。今後相対論に関する記事をいくつか書く(と思う)ので、そのための基礎づくりです。
Lorentz変換の導出は巷に溢れてますが、Mathlog内でこのような基礎的な話題がself-containedになっているのは意味があると思います。また、多少ではありますが独自色を出すようにしてみました。
すでにMathlogでは、wasasekiさんやsubmersionさんなどが相対論に関して書かれています。これらの記事に比べ、本記事は特殊相対論であり、かつかなりやさしいので、一応内容は直交しているかなぁと思います。今後内容が多少なりともかぶるものがあるかもしれませんが、なるべく独自色を出すようにするのでご容赦ください。
Lorentz変換の導出ダイジェスト版
- 導出の指導原理は「光速度不変の原理」&「相対性原理」
- S系とS'系があり、S'はSに対して速度での正の方向に等速直線運動をしているとする。よって、は時刻において、S系の座標での位置にある。逆には時刻において、S'系の座標での位置にある(図1参照)。
- Lorentz変換は
と表せる(はに依存するパラメータ)。以下を決定する。 - 2.よりが導ける
- 光速度不変の原理により、から放たれた光の波面はS系では (は光の速度)、S'系ではと表せる。これにより、が導ける。
...ここまでの議論から、Lorentz変換の4パラメータがのみで表せる。
(※光速度不変の原理として、不変距離が系に依らない条件を用いてもよい。このとき6.を経ずにが導ける。詳しくは"8.Remarks「不変距離を用いた計算」"参照のこと) - 相対性原理より、をで表した式は、をで表した式においてとすればよい。これにより逆Lorentz変換をで表す。Lorentz変換と逆Lorentz変換を連続して施したとき、これが恒等変換になる条件から、が得られる
- 以上からLorentz変換は
となる。
詳しい導出
1. 導出の指導原理
以下Wikipedia "特殊相対性理論"の項目より:
[原理1] 光速度不変の原理:真空における光の速度はどの慣性座標系でも同一である
[原理2] 相対性原理:全ての慣性座標系は等価である
(慣性座標系(慣性系)とは、慣性の法則が成立する座標系のこと。粗っぽく言えば"静止または等速直線運動する座標系"、"加速度運動していない座標系")
2. 系の設定
空間1次元で考えます。S系(時間座標,空間座標)とS'系(時間座標,空間座標)があり、S'系はS系に対して等速直線運動をしています(速度はとします)。また、S'系の空間座標の原点はでS系の原点と一致しているとします。時刻において、は、S系の座標でにあります(図1参照)。この状況で、S系の座標とS'系の座標との関係を導きます。以下光速をで表します。
S系とS’系の関係
3. Lorentz変換は線形変換
まず最初に、光速度不変という一見不可能にみえる原理を満たすためには、両系の時間がのように等しくては実現できません。そこで、両系の時間と空間が混ざるような変換を考える必要があります。
次に、どんな系から見ても慣性系は慣性系なので、S'系で等速直線運動をしている(とは線形)ものは、S系でも等速直線運動をしています(とは線形)。このような対等な関係になるには、両系の時空を結びつける座標変換は、時間と空間の1次式であるべきです。すなわちLorentz変換は
のように表せます。は(と光速)に依存したパラメータです。
Lorentz変換は時間と空間の1次式であることのおおざっぱな証明
上の式に、(いまですが、一般的な状況を考えます)を代入します。すると
となり、とは確かに線形の関係になります。
一方
のような非線形な関係にしてしまうと、これにを代入して
となり、これはたとえでも、一般にはとは線形な関係にはなりません
4. S'系の原点をS系から見たときの条件、およびその逆
S'系の原点はSの原点と一致し、その後速度で動いているから、はS系から見るとと一致しています。これらを上の式に代入すれば
となります。よって、
となります。
逆にS'系からS系を見ると、その空間座標の原点はと一致しています。逆行列を計算することで、をで表すと
となります。これにを入れると
が成立します。よって
となります。
5. 光速度不変の原理を課す
次に、「光速度不変性」を課します。今、S系でから光が放たれたとします。時刻における光の波面の位置はです。任意の慣性系から見て光の速度がというのが光速度不変性です。よって、同じ光の波面が、S'系から見るとの位置に存在します。よって
となります。一方
なので、
が成立します。なので、これを代入し
となります。まとめると
これらを用いると
となります。
6. の決定
最後に残ったパラメータを決定しましょう。
ここで、相対性原理をもちいて、をで表しましょう。S'からS系を見ると速度で移動しています。よって上式でとを入れ替え、かつとした式が成立するはずです。ただし気をつけなければならないことがあります。それはがに依存していることです。よって上式を
のようにの依存性を陽に書くと(物理では"explicit"のことを陽(あらわ)と表現します)、
が成立します。
さて、との関係を考えます。
で、の符号を反転するとですが、速度を反転することは、時間反転してを正のままにしたものと等しいはずです。よって
これが任意ので成立するので、
となります。
ちなみに、このことからとするとよりとなります。これはでとなるべしという条件、すなわち
とconsistentです。
Eq.(1)(2)(3)から
より(以下をと書く)
となります。符号はがでになることからマイナスを取ります。
なので
です。
7. Lorentz変換の最終形
まとめると、Lorentz変換のパラメータは
と決定されました。最終的に
となります。
導出のまとめ
どのようにLorentz変換を導出したかをまとめておきます
- 時間1次元、空間1次元のLorentz変換は、との間の線形変換である
...4 parameters - S'系のはS系の座標ではという条件、およびその逆(S系のをS'系の座標で表すと)の条件を課す
...2 constraints - 光速度不変の原理を課す
...1 constraint。2.のconstraintsと合わせて変数を減らすことにより、未知定数が1つになる。 - 相対性原理より、をで書いた表式(Lorentz変換)とその逆の表式(逆Lorentz変換)は、速度をにすることで結びつく。こうして得られたLorentz変換と逆Lorentz変換を連続して施したとき恒等変換になる条件を課す
... 1 constraint。これですべてのパラメータが決定された
Lorentz変換は単なる座標変換ではない!
Lorentz変換は、単なる座標変換の式ではありません。
を考えます。例えば、S系にいる人がある駅におり、S'の人は電車に乗っていて、電車の中の人と駅の人がすれ違う瞬間を考えます。さて、電車の中の軸(空間軸)、軸(時間軸)はそれぞれの線で表されます。これらの軸をS系の座標で表すとそれぞれ
の直線になります(図2参照)。これが単なる変数変換なら、「Sから見て斜行したS'という座標のの線をで表した」という以上のものではないです。このような見方、言い換えれば相対論以前のニュートン的絶対時間では、時間座標こそが本当の時間座標で、はあくまでそれを変数変換したものにすぎないということになります。例えるなら、極座標で何かを表したからといって、それで表現されたものが曲がるわけではないように、も単なる変数変換により作られた変数という捉え方を、あなたはするかもしれません。しかしLorentz変換はそのような単なる座標変換ではありません。ここで相対性原理が重要になります。相対性原理とは、全ての慣性系が同等だという原理であり、よってS系とS'系は対等です。S'にいる人はあくまでの座標で生きており、それはS系に生きる人と完全に対等です。よって、例えば、S'の空間軸、すなわちS'にいるものにとっての同時の線というのは、本当にに、つまりは上にあるのです。
言い換えれば、Lorentz変換に上記のような物理的意味をもたせるのが相対性原理です。
S系とS'系の時間・空間軸。時間軸をにすることで、次元を空間軸と一致させています。
光速度不変性および相対性原理のチェック
そうなるように作ったのだから当然ではありますが、一応、Lorentz変換における光速度不変性および相対性原理を確かめておきましょう。
(1) 光速度不変性のチェック
これはLorentz変換の式にを入れ、の連立方程式にして、を消去すれば良いです。Lorentz変換の式にを入れると
ですから、となることが確かめられます。
(2) 相対性原理のチェック
これはLorentz変換の逆行列
と(言うなればtrivialな逆変換)、Lorentz変換をとして得られた逆Lorentz変換(相対性原理を用いて導いた逆変換)が一致することを確かめればよいです。
簡単な計算から
が確かめられるので、Lorentz変換の逆行列は
となります。
一方、
より、に対して
なので、Lorentz変換はに対し
となります。これはEq.(4)と等しいので、題意は示されました。
遠いところほど時間がずれる
上の方で、両系の原点が一致する時空点において、S'系の同時刻()はS系の座標で
上にあることに言及しました。この式からわかることは、が大きい程=が大きい程、また、遠くであればあるほど、両系の同時のズレが大きくなるということです。例えばなら両系の時間軸はともにで表されて同じです。また、でもが小さければ、時間のズレは小さいです。逆に、たとえ両系の相対速度が小さくても、が十分大きいと、時間のズレは非常に大きくなります。
この"同時刻の相対性"が、特殊相対性理論において我々の直感が通用しなくなる大きな原因です。
不変距離を用いた計算
今回、4.において、かつが成立することを光速度不変の原理として採用しましたが、これに代わって、(3次元+時間の時空における)不変距離
が慣性系に依存しないという条件、すなわち
を用いても良いです。空間1次元にするには、とするか、または方向にのみ速度をもつとして、としても良いです(厳密には方向にのみ速度をもつ時となることは証明すべきことですが)。
Eq.(5)に、4.で導いた
を代入すると
がなりたち、これが任意ので成立することから
が導けます。この方法だと、6.で行ったに関する変換性等の考察がいらないので、そういう意味ではちょっと楽です。