前提知識: 学部1-2回生程度の位相空間の基礎には触り慣れていることを前提とします.
一般に,商写像 $f: X \to Y$ があるとき,その部分集合 $A\subset X $ への制限 $f|_A : A \to f(A)$ は商写像とは限りません.(残念ながら)
しかし,$f$ や $A$ にいくつか簡単な条件を加えれば,制限 $f|_A$ もまた商写像となることが言えます.
この記事では,商写像の制限がいつ商写像になるかについて,なる十分条件とならないギリギリの反例をいくつか紹介していきます.
(結果だけ知りたい人は,下の定義と定理2, 命題5だけ見てください)
$X, Y$を位相空間とする.
以降で開や閉にまつわる条件がたくさん出てきますが,そのときに全てを日本語で記述すると「開」と「閉」の文字が似ていて非常に紛らわしかったので,いくつかの用語には見やすさを重視して英語の表記を採用しました.
まず,一般に商写像の十分条件を与える,便利な補題を用意します.この補題は(この記事ではただの補題ですが)それ自体便利だと思います.
$X, Y$ を位相空間とし,$f: X→Y$ は連続全射で open map とする.
$f$ が商写像であることを示すには,$B \subset Y$ に対して $B: \text{open} \Leftrightarrow f^{-1}(B): \text{open}$ を示せばよい.
$\Rightarrow$ は $f$ の連続性から従う.
$\Leftarrow$ は $f^{-1}(B)$ が open なら $B=f(f^{-1}(B))$ も ($f$ が open map だから) open となり従う.
後半の主張は,今の証明中の open を全て closed に変えると得られる.
では,問題の十分条件を与えていきます.
$X, Y$ は位相空間とする.
$f: X \to Y$ を商写像,$A \subset X$ を部分集合とする.$f$ の制限を $g := f|_A : A \to f(A)$ をおく.
$f, A$ が以下の条件のいずれかを満たすとき,$g$ は商写像となる.
上から1番目を証明する.
$g: A \to f(A)$ は連続全射なので,$B\subset f(A)$ に対し $g^{-1}(B)$ が $A$ の開集合とするとき,$B$ が $f(A)$ の開集合となることを示せば十分 (逆は連続性より明らか).
$g^{-1}(B)$ は $A$ の開集合で $A$ は $X$ の開集合だから,$g^{-1}(B)$ は $X$ の開集合でもある.
ここで $g^{-1}(B) = \{a \in A: f(a)\in B\} =f^{-1}(B) \cap A$ だが,$A$ が saturated なので $B \subset f(A)$ から $f^{-1}(B) \subset f^{-1}(f(A))=A$ が得られ,結局 $g^{-1}(B) = f^{-1}(B)$ となる.
この $g^{-1}(B) = f^{-1}(B)$ は $X$ の開集合だったから,$f$ が商写像なので $B$ は $Y$ の開集合となり,$B \subset f(A) $ より $B$ は $f(A)$ の開集合でもある.よって示された.
上から2番目を証明する.
$g: A \to f(A)$ は連続全射なので,直前の補題から $g$ が open map であることを示せばよい.$A$ の開集合 $C$ をとると,ある $X$ の開集合 $U$ により $C=A\cap U$ とかける.$A$ は saturated なので $f(C)=f(A\cap U) = f(A) \cap f(U)$ となる ($\subset$ は明らか, $\supset$ は $f(u) \in f(A), u \in U$ のとき $u\in f^{-1}(f(A))=A$ より $f(u)\in f(A \cap U)$ となって示される) .
$f$ は open map なので $f(U)$ は $Y$ の開集合だから,$f(C)= f(A) \cap f(U)$ により $f(C)$ は $f(A)$ の開集合となる.よって示された.
上から3番目を証明する.
$g: A \to f(A)$ は連続全射なので,直前の補題から $g$ が open map であることを示せばよい.$A$ の開集合 $U$ をとると,$A$ が $X$ の開集合だから $U$ は $X$ の開集合でもある.$f$ は open map なので $f(U)=g(U) $ は $Y$ の開集合.$g(U) \subset f(A) $ より $g(U)$ は $f(A)$ の開集合でもある.よって示された.
上から4, 5, 6番目の主張は,今の証明中の open (開) を全て closed (閉) に変えると得られる.
(出典: 定理2の1, 2, 4, 5番目の主張は Munkres, Topology, Thm 22.1 より)
この定理の覚え方として,$f, A$ に関する3つの条件「$A$ が saturated」「$A$ が open 」「$f$ が open map 」のうちどれか2つが満たされれば,制限 $g: A \to f(A)$ は商写像になる,と考えるとよいと思います.
次に,今の定理から少しでも条件を外すと,制限 $g$ が商写像とならない反例が現れることを見ていきましょう.
次の補題は,商写像でない写像を作るのに便利な補題です.
位相空間の間の全単射 $f: X \to Y$ は同相でなければ商写像でない.
対偶命題「全単射な商写像は同相」を示せばよいが,これは商写像の定義を見れば明らか.
次の補題は「直積空間の射影は open map」「コンパクトを潰す直積空間の射影は closed map」と言っています.
$X, Y$ を任意の位相空間,$K$ をコンパクト空間とする.
前半を示す.像を取る操作は和集合を取る操作と可換なので,$X\times Y$ の開基の元 $U \times V$ について $p(U\times V)$ が開であることを示せばよいが,$p(U\times V)=U \text{ または } \emptyset$ なので明らか.
後半を示す.$F \subset X \times K$ を閉集合とする.$p(F)^c$ が開集合であることを示せばよい (補集合を$^c$で表す).$x \in p(F)^c$ をとる.任意の $k \in K$ に対して $(x, k) \notin F$ なので,ある開集合 $U_k, V_k$ により $(x, k) \subset U_k \times V_k \subset (X \times K) \subset F^c$ とできる.
$K=\bigcup_{k\in K} V_k$ より,$K$ のコンパクト性からある $k_1, ..k_n$ があって $K=\bigcup_{i} V_{k_i}$ とできる.$U=\bigcap_{i} U_{k_i}$ とおくとこれは開集合で,$U \times K \subset F^c$ が成り立つ.ゆえに $x \in U \subset p(F)^c $ となり,$x$ は $p(F)^c$ の内点.よって $p(F)^c$ は開集合.
では,反例を見ていきましょう.
$X, Y$ は位相空間とする.
$f: X \to Y$ を商写像,$A \subset X$ を部分集合とします.$f$ の制限を $g := f|_A : A \to f(A)$ をおく.
以下の条件1-5の各々について,$f, A$ はその条件を満たすが $g$ は商写像とならないような $f, A$ の例が存在する.
各々の反例を構成する.なお,特に断らなければ $\mathbb{R}$ や $[0, 1]$ などには通常の位相を入れるものとする.
(参考:
1の出典
https://math.stackexchange.com/a/4424336/1328720
2の出典
https://math.stackexchange.com/a/415666/1328720
3の出典
https://math.stackexchange.com/a/3659774/1328720
)
この命題からすぐ分かることとして,5つの条件「$A$ が saturated」「$A$ が open 」「$f$ が open map 」「$A$ が closed 」「$f$ が closed map 」のいずれかが満たされたとしても,$g$ は商写像になるとは限らないことがわかります.