概説
この記事では, タイトルの通り
SGL
のExerciseⅣ15(e)に対する反例を与えます.
前提とする知識は,
- 学部レベルの位相空間論.
- 初歩的な圏論(極限, 余極限など).
- 位相空間上の, 集合に値をとる層に関する基本事項(層化,stalk,層のエピ射モノ射など).
くらいです.
SGL
自体はトポス理論の入門書ですが, 本記事では特にトポスに関する知識は仮定しません. しかしそれに伴い, 汚い証明になってしまった部分もいくらかあります(特に層の極限や余極限についての主張). その点はご容赦ください.
準備
- 位相空間に対して, 上の集合の層全体の成す圏をと書く.
- の各開集合に対し1点集合を割り当てる層を, と書く.
を位相空間とする.
- が-空間
任意のに対し, X. - が0-次元
がの開基を成す.
を位相空間とする.
(1) 層が射影的
任意のエピ射と任意の射に対して, 次を可換にする射が存在する.
- が充分射影的対象をもつ
任意の層に対して, エピ射であってが射影的であるものが存在する.
上の定義において, 射[resp.エピ射]とは圏における射[resp.エピ射]のことである. の射に対して, 次は同値である.
(R1) がにおけるエピ射.
(R2) 任意のに対し, stalkに誘導される写像が全射.
(R3) 任意の開集合と任意のに対して, 開被覆とであってを満たすものが存在する.
特に, エピ射に対してその-成分は全射とは限らない.
問題文
まず, 原文は次の通りです.
Let X be a -space (points are closed). Show that if the terminal object 1 is projective in the topos Sh(X) of sheaves on X, then X has a basis consisting of clopen sets (here clopen means closed and open). Conclude that if Sh(X) has enough projectives, then X has a basis of clopen sets. (What about the converse?)
(SGL, p.216, Exercise15(e)から全文を引用)
これは次のように解釈できると思います. 原文の最後"What about the converse?"については, 本記事の主題から外れますので省略します.
を-空間とする. 次を示せ.
(1) が射影的ならば, は0-次元.
(2) が充分射影的対象をもつならば, は0-次元.
さて, 結論からいうと, (1)は正しいですが, (2)には反例があります.
以下でそのことを示していきましょう.
射影的層
この節では, 射影的という概念を位相空間の言葉へ帰着させます. この記事で最も難解な部分だと思いますし, 層になじみのない人にとっては厳しいかもしれません. 次節以降は純粋に位相空間の議論となるので, この節の証明を読み飛ばすのも1つの手かと思います.
:位相空間, に対し, 次は同値.
- が射影的.
- 任意のエピ射に対し, ある射が存在して.
恒等射に対して, が射影的であることの定義から題意のを取ることができる.
エピ射と射を任意にとる. pullback
をとる. 各についてのstalkをとる.
stalkを取る操作は有限極限を保つので, これは集合の圏におけるpullback図式となり, が全射であることからは全射である. ゆえにはエピ射である. よって仮定よりを満たす射がとれるが, 可換図式
によりが射影的であることが示された.
を位相空間とし, 層の族を考える. このとき次は同値.
- 任意のに対し, が射影的.
- が射影的.
(は圏における余積.)
から定まる射と, エピ射を任意にとる. 各に対して, が射影的であることからなる射がとれる. すると, が定める射はを満たす.
とエピ射を任意にとる. 射を考え, 可換図式
を考える. ただし, 縦方向の射は余積への入射である. stalkをとる操作は余極限を保つので, 各についてのstalkをとると,
となる. これは集合の圏におけるpullback図式となっているので, 可換図式(1)は圏におけるpullback図式である. また, は全射なのではエピ射である.
が射影的という仮定から, となる射がとれる.
は可換なので, pullback図式(1)の普遍性により射がとれる. なので, 補題1よりは射影的である.
を位相空間とする. 開集合に対して,
とすることで, 層を定義できる. である.
米田の補題
- 集合の圏と, 開集合を対象とし包含写像を射とする圏を考える. 上の前層は反変関手である. このときは表現可能関手であり, は米田埋め込みとなる.
- なら射があり, 逆も成り立つ. さらに, 射は存在すれば一意的である. これらは米田埋め込みが忠実充満であることからの帰結である. 特に, 開集合に対して, 射が存在することとは同値である.
- を位相空間とし, :開集合, とする. このとき,
射との元は1対1に対応する. これは米田の補題からの帰結である. 以下では, 射のことを元によってのように表す.
を位相空間とし, 開集合,を考える. このとき, 次は同値.
- .
- エピ射が存在する.
上の注意(2)から, の場合だけを考えれば良いことが分かる.
一般に, のについてのstalkは
である. さらに, 一般にstalkをとる操作は余極限を保つ. したがってのについてのstalkは, なら空射像(特に全射)であり, なら
したがって, (2)任意のに対しが全射(1).
を位相空間とし, を開集合とする. 任意の部分層に対し, ある開集合が存在してとなる.
とおく. stalkの定義から, 各に対し, 開近傍とをとれる. すると,より. 特には開集合である. また, ゆえ切断は1点集合か空集合かのどちらかなので, 任意のに対し. は層なのでの貼り合わせが存在し, 特に. よって
位相空間に対し, 次は同値.
- が充分射影的対象をもつ.
- がの開基を成す.
を任意にとる. とおく. 族が定める射を考える. 補題2よりは射影的. のについてのstalkは, stalkをとる操作が余極限を保つことから次の自然な写像となる.
仮定よりこれは全射であるから, pはエピ射である.
開集合を任意にとる. 仮定より, 射影的層からのエピ射がある. とおく. 族が定める射を考える. の証明と同様の議論から, はエピ射である. が射影的より, となる射がとれる. 各入射ごとにpullback
をとる. がモノ射よりはモノ射なので, 補題4から開集合によりとなる. また, 一般に圏におけるbase changeは余極限を保つので, は余積図式となる. このことはstalkをとることで直接示すこともできる.
今, となっているので, 補題3からであり, しかも補題2より各は射影的である.
を位相空間とし, 開集合を考える. このとき,
ただし, には離散位相が入っているものとする.
における余積は, 前層としての(各点的な)余積に層化を施したものによって与えられる. また, 一般に前層の層化は次で与えられるのであった.
このことから, 主張を示すことができる.
を位相空間とする.
(1) の開被覆の細分とは, の開被覆であって任意のに対しあるが存在しを満たすもの.
(2) がdisjointly refinable (D.R.)
の任意の開被覆に対し, その細分であってを満たすものが存在する.
(3) がlocally disjointly refinable (L.D.R.)
がの開基を成す.
disjointly refinable, locally disjointly refinable はここだけの造語である. パラコンパクトの定義における"有限個"を"1個"に強めた概念とも考えられるので, パラコンパクトに準ずる名称にしても良いかもしれない.
位相空間, 開集合に対し, 次は同値.
- が射影的.
- がD.R.
の開被覆を任意にとる. 補題3よりエピ射があるので, が射影的であることから射がとれる. 特にである. すなわち, 補題6から, 連続関数であってを満たすものが存在する. とおけばはの細分であり, を満たす.
エピ射を任意にとる. とおく. 族が定める射を考える. 定理5の証明と同様の議論から, はエピ射である. よってエピ射を得たので, 補題3より. がD.R.より, の細分であってを満たすものがとれる.
補題3よりエピ射があるが, この射の各点のstalkに誘導する写像は, であることから単射でもあり, すなわち全単射となる.
したがって, を得た.
さて, がの細分であることから, 余積の普遍性によって射がある. 次の図式は, からへの射が一意的であることから可換である.
したがって, 補題1よりは射影的である.
定理5&定理7
位相空間に対し, 次は同値.
- が充分射影的対象をもつ.
- がL.D.R.
これで, が充分射影的対象をもつという条件は, 完全にの位相的性質へと帰着されました.
L.D.R.空間
この節では, 純粋に位相空間の議論によってL.D.R.位相空間のことを調べます.
をかつD.R.な位相空間とする. 開集合とを任意にとる. がよりは開集合であり, .
がD.R.より, の細分であってを満たすものがとれる. あるが存在してとなるが, 細分であることからとなるしかない. さらにより, はの開かつ閉集合である.
ここまでの話から, 次の結果を得ます.
問題1(1)は正しい. すなわち, -空間に対して, が射影的ならばは0-次元.
であることに注意すると, 定理7から,
が射影的がD.R.
よって, 補題8より主張が従う.
問題1(2)の反例をつくるために, さらにいくつかの補題を示しておきます.
を位相空間とする.
- が第2可算
が可算個の開集合からなる開基をもつ. - がLindelöf
の任意の開被覆に対し, 可算部分集合が存在してとなる.
を第2可算空間とし, の開被覆を任意にとる. が可算集合であるような開基がとれる. 開基の定義から, 部分集合であって, がの細分となるものが存在する. すなわち, 写像であってを満たすものがとれる. とおけば, はの可算部分集合であり, を満たす.
位相空間に対し,
Lindelöfかつ0-次元D.R.
をLindelöfかつ0-次元な位相空間とする. の開被覆を任意にとる. が0-次元より, 開かつ閉集合からなる族であって, の細分であるものが存在する. がLindelöfであることから, としてしまって良い. とおくと, はの細分であり, を満たしている.
D.R.空間の開かつ閉集合に対し, がD.R.となることが定義から分かる. そして, 0-次元であることの定義から, このようなはの開基を成す.
補題9&補題10&補題11
位相空間に対し,
第2可算かつ0-次元D.R.かつL.D.R.
特に, 通常の位相の入ったの部分空間は, D.R.かつL.D.R.な空間である.
反例の構成
2つのをで貼り合わせることによって得られる位相空間をとする. すなわち,
2点からなる離散空間との直積空間を考える. 上の同値関係を,
によって定義する.
に商位相を入れた空間をと定義する.
連続写像をとおいておく. ここでは商射である. はの開集合であり, しかもと同相であることを注意しておく.
かつL.D.R.であること
は開被覆であり, はかつL.D.R.である. このことから主張が従う.
0-次元でないこと
が0-次元であると仮定する. となるの開かつ閉集合がとれる. ある正の実数が存在してとなる. 一方なので, ある正の実数が存在してとなる. 特にとなっているが, なる有理数をとるとなので, これは矛盾である.
以上の長い準備によって, 次の結果を得ました.
は問題1(2)に対する反例である. すなわち, は-空間でありは充分射影的対象をもつが, 0-次元ではない.
位相空間に対して, が充分射影的対象をもつこととL.D.R.であることは同値であったので, 主張が従う.
謝辞
反例となるの構成は,
@uts1_19_math氏によるツイート
が元となっています. 同氏の多大な助力に感謝!