本記事では、離散付値が入った体に距離位相を入れてこれを完備化し、付値環のイデアルによる完備化との関係を解説します。イデアルによる完備化は抽象的で難しいですが(私はアティマク10章で大変苦労しました)距離空間の完備化はイメージが付きやすいと思うので、この対応をつけておくとイデアルによる完備化への理解も深まると思います。
基本事項をまとめます。(証明はつけません)
$K$ を体とする。$K-\{0\}$ からアーベル群 $G$ への写像 $v$ が次の条件を満たすとする:
このとき $v$ を付値といい、$K$ を付値体という。$G={\mathbb Z}$ で $v$ が全射のとき $v$ を離散付値という。
$K$ を $v$ を付値としてもつ付値体とする。このとき
$$A=\{x\in K\mid v(x)\geq0\}$$
は $K$ の部分環をなす。この $A$ を $K$ の付値環という。特に $v$ が離散付値である場合は $A$ を離散付値環という。
$A$ を離散付値体 $K$ の付値環、$v$ をその離散付値とする。このとき $A$ の商体は $K$ である。また、$A$ は次元が$1$の局所環かつ単項イデアル整域となる。
離散付値環 $A$ の唯一の極大イデアルは $v(\pi)=1$ を満たす $\pi$ によって生成され、したがって $A$ の任意の元は単元 $u$ と整数 $n\geq 0$ によって$u\pi^n$と表される。
以下、離散付値のみを扱うこととし、断りがなければ $K$ を離散付値体、$A$ をその離散付値環、$v$ をその離散付値とします。
ここからが本題です。まずは離散付値体に距離を定めましょう。
$a\in(0,1)$ を固定する。$\|-\|:K\rightarrow{\mathbb R}$ を次のように定める:
$$\|x\|=\begin{cases}
a^{v(x)}& (x\neq 0)\\
0 & (x=0)
\end{cases}$$
このとき $x,y\in K$ に対して $d(x,y)=\|x-y\|$ と定めると $d$ は $K$ における距離関数となり、したがって $K$ は距離空間となる。
定義より $d(x,y)=0$ と $x=y$ は同値である。また、$d(x,y)=d(y,x)$ も明らか。よって三角不等式を示せばよい。$x,y,z\in K$ を互いに異なる元とする。このとき
\begin{align*}
d(x,z)&=a^{v(x-z)}\\
&=a^{v(x-y+y-z)}\\
&\leq a^{\min(v(x-y),v(y-z))}\\
&\leq a^{v(x-y)}+a^{v(y-z)}\\
&=d(x,y)+d(y,z)
\end{align*}
となるので示された。($0< a<1$ に注意しよう) $\Box$
式だけ見てもイメージが湧かないかもしれないので少し補足します。$x\in K$ と $0$ の間の距離について考えてみると、 $0< a<1$ より $v(x)$ が大きければ大きいほど $d(x,0)$ は小さくなりますよね。つまり付値が大きい元ほど$0$に近い訳です。
したがって、$v(0)=\infty$ と $v$ を拡張しておくとわかりやすいでしょう。この拡張は、本来の付値の意味を考えても自然なものとなることを解説しておきます。
$\pi A$ を $A$ の唯一の極大イデアルとすると、$v(\pi)=1$ であるから
$$x\in\pi^nA\backslash\pi^{n+1}A\Rightarrow v(x)=n$$
が成り立ちます。$0\in\bigcap_{n\geq 0}\pi^nA$ なので、$v(0)$ を敢えて定義するならどんな自然数よりも大きくなるようなものとして定義するのが自然です。
それでは、上で定めた距離で $K$ を完備化したものの性質を調べていきましょう。
$K$ の距離関数 $d$ による完備化を $\widehat{K}$ とおく。このとき $\widehat{K}$ は離散付値体であり、その付値 $\widehat{v}$ は $K$ の付値 $v$ の拡張になっている。
$x\in\widehat{K}$ に対して $d(x,0)=\|x\|$ とおく。$\widehat{v}:\widehat{K}\backslash\{0\}\rightarrow {\mathbb Z}$ を
$$\widehat{v}(x)=\log_a\|x\|$$
と定める。定義より明らかに $\widehat{v}$ は $v$ の拡張となっている。$K$ の元のコーシー列 $(z_n)$ が $z\in\widehat{K}$ に収束するとき任意の $\varepsilon>0$ に対して十分大きな $n$ を取れば $\|z_n-z\|<\varepsilon$ となるから
$$\left|\left\|\frac{z_n}{z}\right\|-1\right|=\left|\frac{\|z_n\|-\|z\|}{\|z\|}\right|\leq \frac{\|z_n-z\|}{\|z\|}<\frac{\varepsilon}{\|z\|}$$
より $\left\|\frac{z_n}{z}\right\|$ は $1$ に収束する。よって
$$\widehat{v}(z_n)-\widehat{v}(z)=\log_a\left\|\frac{z_n}{z}\right\|$$
は $0$ に収束するから $\widehat{v}(z_n)$ が整数であることにより $\widehat{v}(z)$ も整数となる。すなわち $\widehat{v}$ は well-defined である。全射性は明らか。
$(x_n),(y_n)$ を $K$ の距離 $d$ に関するコーシー列でそれぞれ $x,y\in\widehat{K}$ に収束するとする。$v$ は付値であるから各$n$に対して
\begin{align*}
\widehat{v}(x_n\cdot y_n)&=\widehat{v}(x_n)+\widehat{v}(y_n),\\
\widehat{v}(x_n+y_n)&\geq\min(\widehat{v}(x_n),\widehat{v}(y_n))
\end{align*}
が成り立っている。したがって $\widehat{v}$ の well-defined 性を示したときと同様にして
\begin{align*}
\widehat{v}(x\cdot y)&=\widehat{v}(x)+\widehat{v}(y),\\
\widehat{v}(x+y)&\geq\min(\widehat{v}(x),\widehat{v}(y))
\end{align*}
が示される。$\Box$
$\widehat{A}$ を $\widehat{K}$ の付値環とすると $\widehat{A}$ は $A$ の $\widehat{K}$ における閉包 $\overline{A}$ に等しい。
まず $x\in\widehat{A}$ とする。このとき付値環の定義より $\widehat{v}(x)\geq 0$ である。$x\notin \overline{A}$ と仮定すると $x$ の収束する $K$ のコーシー列 $(x_n)$ が存在して十分大きな$n$に対して $\widehat{v}(x_n)<0$ が成り立つ。このとき
$$\widehat{v}(x)-\widehat{v}(x_n)>1$$
となるが、これは矛盾であるから $x\in\overline{A}$ が得られる。
次に $x\in \overline{A}$ とする。このとき $x$ に収束するコーシー列 $(x_n)$ で任意の$n$に対して $x_n\in A$ となるようなものが存在する。このとき任意の$n$に対して $\widehat{v}(x_n)\geq 0$ であるから $ \widehat{v}(x)\geq 0$ が示され、 $x\in\widehat{A}$ が得られる。 $\Box$
これで、付値体の完備化がどのようなものなのかがわかってきたと思います。$K$の部分集合 $A$ も $K$ と同様に距離空間になりますが、定理5は $A$ の完備化が付値環 $\widehat{A}$ に等しいということを言っています。つまり、「付値環である」という性質は距離空間の完備化によって保たれるということなんですね。
それでは最後に $A$ の極大イデアルによる完備化が距離空間により完備化 $\widehat{A}$ と同一視できることを見て締め括りとしましょう。
$\pi A$ を $A$ の唯一の極大イデアルとする。このとき
$$\lim_{\leftarrow }A/\pi^nA\cong\widehat{A}$$
が成り立つ。
$x=(x_1,x_2,\cdots)\in \lim_{\leftarrow }A/\pi^nA$ に対して $y_n-x_n\in \pi^nA$ となるように $y_n\in A$ を選ぶと、$(y_n)$ は $A$ におけるコーシー列となるからその収束先を $\widehat{x}$ とおけば
$$f:\lim_{\leftarrow }A/\pi^nA\ni x\mapsto \widehat{x}\in\widehat{A}$$
が定まる。$y_n\equiv y^{\prime}_n\equiv x_n\mod \pi^n A$ で $(y_n)$ が $\widehat{x}$ に、$(y^{\prime}_n)$ が $\widehat{x}^{\prime}$ に収束するとすると、任意の $\varepsilon>0$ に対して十分大きな $n$ を取れば
$$\|\widehat{x}-\widehat{x}^{\prime}\|\leq \|\widehat{x}-x_n\|+\|x_n-x_n^{\prime}\|+\|x_n^{\prime}-\widehat{x}\|<\varepsilon$$
となるので $f$ は well-defined である。
$f$ が環準同型であることは簡単にわかるので連続性を示す。そのためには $f$ が $0$ で連続であることを示せば十分である。
$$V=\{x\in \widehat{A}\mid \|x\|<\varepsilon\}$$
とおく。$a^{n+1}<\varepsilon\leq a^n$ とする。このとき、$x\in V$ に収束する $A$ のコーシー列 $(y_n)$ に対して十分大きな $m$ を取ると
$$a^{n+1}\leq\|y_m\|< a^{n}$$
となる。このとき $\|y_m\|=a^{n+1}$ となり $v(y_m)=n+1$ となるから $y_m\in \pi^{n+1}A$ となる。つまり
$$f^{-1}(V)=\{(x_1,x_2,\cdots)\in \lim_{\leftarrow }A/\pi^nA\mid m\leq n+1\Rightarrow x_m=0\}$$
となるが、これは $\lim_{\leftarrow }A/\pi^nA$ の $0$ における開近傍となっている。よって $f$ は $0$ で連続である。
$x\in\widehat{A}$ に収束する $A$ のコーシー列 $(x_n)$ を取る。コーシー列の定義より任意の $n$ に対して
$$l,m\geq N_n\Rightarrow x_m-x_l\in \pi^nA$$
となるような整数 $N_n$ が存在する。そこで、$N_n$ 以上の整数 $m$ を一つ選んで $y_n=x_m$ とおけば
$$g:\widehat{A}\ni x\mapsto (y_1,y_2,\cdots)\in\lim_{\leftarrow }A/\pi^nA$$
が定まる。$g$ は $y_n$ の取り方に依らず well-defined である。$g$ が環準同型であることは簡単なので連続性を示す。$0$ において連続であることを示せば十分である。
$$U_m=\{(x_1,x_2,\cdots)\in \lim_{\leftarrow }A/\pi^nA\mid n\leq m\Rightarrow x_n=0\}$$
は $0$ の近傍である。$g(x)\in U_m$ ならば $x$ のコーシー列 $(x_n)$ と整数列 $N_1\leq N_2\leq\cdots\leq N_m$ が存在して、各 $1\leq k\leq m$ に対して
$$n\geq k\Rightarrow x_n\in\pi^kA$$
が成り立つ。このとき十分大きな $n$ に対して $x_n\in \pi^mA$ となるから $\|x\|< a^m+\varepsilon< a^{m-1}$となるように $\varepsilon>0$ が取れる。逆に $\|x\|< a^{m-1}$ なら十分大きな $n$ に対して $x_n\in\pi^{m-1} A$ となるので
$$g^{-1}(U_m)=\{x\in\widehat{A}\mid \|x\|< a^{m}+\varepsilon\}$$
となり、$g$ の連続性が得られる。
$f\circ g$ と $g\circ f$ は簡単な計算で恒等写像になることがわかる。以上で同型
$$\lim_{\leftarrow }A/\pi^nA\cong\widehat{A}$$
が得られた。$\Box$
記事が長くなってしまうので、特に最後の定理の証明はかなり省略してしまいましたが、気になる方は自分で埋めてみてください。最後まで読んでいただきありがとうございました!!