こんにちは,みるか( @mirucaaura )です.
本記事では,選択公理の主張を確認し,選択公理が証明の中でどのように使われているのかについて具体的な例を通して見ていきたいと思います.選択公理と聞くと何だか仰々しいものを想像してしまって尻込みするかもしれませんが,学んでみると主張自体は決して難しいことは言っていないので,この機会に雰囲気をお伝えすることができれば幸いです.なお,本記事において敬体と常体が混合していますがご容赦ください.
選択公理について述べる前に,任意個の集合に対する直積を定義しておく.なお,以下では$\Lambda$を添字集合とする.すなわち,各$\lambda\in\Lambda$に対してある集合系$X_\lambda$が対応している.例えば,$\Lambda=\{1,2,\dots,n\}$であれば,$1\in\Lambda$に対して集合$X_1$が,$2\in\Lambda$に対して集合$X_2$が...というように各$k\in\Lambda$に対して集合$X_k$が対応しているということを表す.
ここでは集合系を「集合の集まりからなる集合」という意味で用いていますが,書籍によっては集合族という用語を用いている場合もあります.この辺は厳密に区別しないようです.この記事では参考文献[1]に即した用語の使い方をしています.上記の説明で添字に対応するのは「集合系」ではなく「集合」なのでは,ということに疑問を持たれる方がいらっしゃるかもしれませんが,ここでも参考文献[1]での定義(定義6.2)に即した書き方をしています.
$(X_\lambda)_{\lambda \in \Lambda}$を集合族とする.このとき,次のように定義される集合
$$
\prod_{\lambda\in\Lambda} X_\lambda := \left\{ f\colon \Lambda \to \bigcup_{\lambda\in\Lambda} X_\lambda \; ;\; f(\lambda) \in X_\lambda\quad (\forall \lambda\in\Lambda) \right\}\tag{1}\label{1}
$$
を$(X_\lambda)_{\lambda \in \Lambda}$の直積という.
少し補足しておくと,添字集合$\Lambda$が有限集合,例えば$\Lambda=\{1,2\}$であれば,その直積$\prod_{\lambda\in\Lambda} X_\lambda$は$X_1$と$X_2$の直積$X_1\times X_2$と同一視できる.有限個の集合に対する直積は,$X_1\times X_2 = \{(x_1,x_2)\;;\;x_1\in X_1, x_2\in X_2\}$のように定義されるのであった.同一視できるというのは,「$X_1\times X_2$の元を一つ選ぶ」ということが,「$1\in\Lambda$に対して$x_1\in X_1$を,$2\in\Lambda$に対して$x_2\in X_2$を対応させる」と見なせるという意味である.式(\ref{1})を確認してみると,直積$\prod_{\lambda\in\Lambda}$の元は,添字集合から$X_\lambda$の和集合への写像であることが分かる.「$1\in\Lambda$に対して$x_1\in X_1$を対応させる」というのは「$1\in\Lambda$に対して$f(1)=x_1\in X_1$を対応させる」ということである.
さて,選択公理は以下のように記述される.
集合族$(X_\lambda)_{\lambda \in \Lambda}$において,どの$X_\lambda$も空でないならば,その直積$\prod_{\lambda\in\Lambda} X_\lambda$も空でない.すなわち,
$$
X_\lambda \neq \emptyset \quad (\forall \lambda \in \Lambda) \Rightarrow \prod_{\lambda\in\Lambda} X_\lambda \neq \emptyset \tag{2} \label{2}
$$
が成り立つ.
選択公理はその名の通り公理です.Mathlogに公理の囲みボックスが実装されていなかったの定義用囲みボックスを使用しました.ご注意ください.
それでは,式(\ref{2})を解釈していきましょう.もし,添字集合$\Lambda$が有限集合であれば,$\Lambda$の元は有限個であるので,それらの集合からそれぞれの元を一斉に選ぶことができるということを言っています.これは直感的にも納得できると思います.このことを任意個の集合に対しても成り立つと主張しているのが選択公理です.つまり,添字集合$\Lambda$が無限集合である場合にも,すべての集合からそれぞれの元を一斉に選ぶことが可能であることを主張しています.理解しにくい点があるとすれば,式(\ref{2})における直積が空でないという点であると思います.直積の定義(\ref{1})から分かるように,直積の元は写像です.すなわち,$\prod_{\lambda\in\Lambda} X_\lambda \neq \emptyset$であるということは,ある写像$f$が存在して,どの$\lambda\in\Lambda$に対しても$f(\lambda) \in X_\lambda$を満たす,ということです.もっと言うと,添字集合$\Lambda$のどの元$\lambda$に対しても,$\lambda$に対応する集合$X_\lambda$から元$f(\lambda)$を選ぶことができるということです.
選択公理,いかがでしょうか.何となく主張は伝わりましたでしょうか.直積の定義に馴染みがない方にとっては少し理解するのが難しいかもしれませんが,添字集合が有限集合の場合を考えて,その拡張と理解してもらって差し支えないと思います.とにかく,集合族$(X_\lambda)_{\lambda \in \Lambda}$において,添字集合が有限集合でも無限集合であっても,すべての$\lambda\in\Lambda$に対して$X_\lambda$が空でなければ,それらの集合からそれぞれの元を一斉に選ぶことができるという主張が選択公理です.
次に,この選択公理が実際にどのような場面で使われているのかについて見ていきたいと思います.
$(X,d_X),(Y,d_Y)$を距離空間,$f\colon X\to Y$を写像,$a\in X$とすると,次の(1),(2)は同値である.
(1)$f$は$a$で連続である.
(2)$a$に収束する$X$の任意の点列$\{a_{n}\}_{n=1}^{\infty}$に対して,$Y$の点列$\{f(a_{n})\}_{n=1}^{\infty}$は$f(a)$に収束する.
この定理は微積の講義などで習う基本的な定理であると思います.この定理において,(2)から(1)を示す際に選択公理が使われているので,見ていきましょう.
対偶を示す.すなわち,$f$が$X$の点$a$において連続でないとき,$a$に収束する$X$の点列$\{a_{n}\}_{n=1}^{\infty}$で,$Y$の点列$\{f(a_{n})\}_{n=1}^{\infty}$が$f(a)$に収束しないような点列の存在を示す.いま,$f$が点$a\in X$で連続でないことより,ある$\varepsilon>0$が存在し,任意の$\delta>0$に対して,$d_X(x,a)<\delta$なる$x\in X$で,$d_Y(f(x),f(a))>\varepsilon$なる点が存在する.したがって,選択公理より,各$n\in\mathbb{N}$に対して,$d_X(a_n,a)<\frac{1}{n}$なる$a_n\in X$で,$d_Y(f(a_n)),f(a))>\varepsilon$となるような$a_n\in X$を選ぶことができる.このとき,$X$の点列$\{a_{n}\}_{n=1}^{\infty}$は$n\to\infty$の極限で$a$に収束するが,$Y$の点列$\{f(a_{n})\}_{n=1}^{\infty}$は$f(a)$に収束しない.したがって,対偶が示された.
上記の証明において,「任意の$\delta>0$に対して,$d_X(x,a)<\delta$なる$x\in X$で,$d_Y(f(x),f(a))>\varepsilon$なる点が存在する」という部分に着目し,集合$A_n$を次のように定める:
$$
A_n \colon= \left\{x\in X \;;\; d_X(x,a)<\frac{1}{n} \; \land \; d_Y(f(x),f(a))>\varepsilon \right\}.
$$
ここで,$\delta>0$は任意にとれるため,$\delta=\frac{1}{n}$としている.いま,$f$が点$a$において連続でないという仮定より,任意の$\delta=\frac{1}{n}>0$に対して,集合$A_n$の元$a_n\in X$を選ぶことができる.ここで選択公理が使われている.すなわち,どんな$n\in\mathbb{N}$に対しても$A_n\neq\emptyset$であるから,選択公理の条件を満たし,それらの直積も空でない($\prod_{n\in\mathbb{N}} A_n \neq \emptyset$)ことが言える.