導入
多項式の既約性判定法として有名なものにEisensteinの既約判定法がありますが,どうも文献によって「既約」という用語の定義にブレがあって混乱のもとになっているようです.整理してしまえば簡単なことなので,Mathlogの練習がてらまとめてみようと思います.
前提知識
UFDについてある程度知っている(既約元,素元の定義,PIDがUFDであることの証明を呼んだことがある程度)ことを仮定します.UFD上の多項式環がUFDであることの証明を知っていれば,この記事で証明しなかった事実はすべて知っているはずです.また環の素イデアル全体の集合をで表します.
クラシカルなEisensteinの既約判定法
「Eisensteinの既約判定法(Eisenstein's criterion)」と呼ばれる主張で,最も有名なものは次の形であると思います;
を整数係数の多項式とする.ある素数が存在して,以下の条件を満たすとき,はで既約である.
- はで割り切れない.
- はで割り切れる.
- はで割り切れない.
非常に有名な注意ですが,これは十分条件でしかないので「完全な」判定法ではありません.例えばはでは既約ですが,定理の仮定を満たすはありません.
もっと大切な注意として,はの商体を係数とする多項式環で既約であるということしか主張していないことに注意してください.このときはで既約であるとは限りません.
とします.とすれば定理1の仮定を満たしますが,はで既約ではありません.
念の為,環上の元が既約であることの定義を書いておきます;
既約元
を環とする.が既約(irreducible)であるとは,任意のについて,であるならばの少なくとも一方は単元(可逆)であることをいう.
余談ですが,これはイデアルの拡大と縮小でもとのイデアルが保存されないという現象の1つの側面と見ることもできます.というのイデアルを自然な単射で拡大するとになりますが,これをに引き戻すとです.
にもかかわらず,Eisensteinの既約判定法の主張に「は上既約である」と述べる文献が存在していたりします.このとき「上既約」の定義を「は2つの非定数(整数係数)多項式の積で書けない」としてあるのであれば論理的に問題はありません(個人的には,誤解を生みかねない定義なので使用することは推奨しません).本記事では「既約」といったら必ず既約元のことを指すと約束します.
Eisensteinの既約判定法の一般化
上の注意で非定数多項式の積で書けない,ならば成り立つと主張しましたが,実はその事実は一般の整域でも成り立ちます.本記事では一般化したEisensteinの定理を証明しましょう.
一般化されたEisensteinの既約判定法
を整域とする.多項式;
に対して,あるが存在して,次の条件を満たすならば,は2つの非定数多項式の積で書けない.
(1)
(2)
(3)
背理法
とかけていると仮定する.が整域なのでである.さてかつよりかのどちらか一方のみがの元である.ここではであると仮定しよう.するとよりで,なのでである.続けることでであることがわかる.しかしであるので,これは矛盾である.としても同様.
ここで「は2つの非定数多項式の積で書けない」という結論は,が体ならば「は既約」と同値です.これにより,体でない整域上でも「既約」という言葉を「2つの非定数多項式の積で書けない」という意味で用いる文献があるのですが,これは誤解の元なのでそれに倣うのはやめましょう.
にもう少し条件を課せば,が既約であることまで証明できます.
を整域とする.はEisensteinの既約判定法(定理2)の仮定を満たすとする.さらにの係数すべての共通約元はすべて単元であるならばはで既約である.
と書けているとすると,Eisensteinからとしてよいことがわかります.するとはの係数すべての約元だから単元です.
余談(多変数多項式の既約性判定)
多変数多項式環について,であるので多変数についてもEisensteinの既約判定法が使えるのですが,注意が必要です.例えばを体としてを考えましょう.とすればEisensteinの既約性判定法が使えますが,それは「とかけるならばとしてよい」ということしか導かず,即座に既約であるかどうかはわからないことに注意が必要です.もっともこの場合はがUFDで,の最大公約元はだから既約であることがわかります.