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プチ小技集:Eisensteinの判定法の限界

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Eisenteinの既約性判定法とは

Eisensteinの既約性判定法は,有理数体 Q 上の1変数多項式の既約性判定には大変便利なものです.

Eisensteinの既約性判定法

整数係数多項式F(T):=a0Tn+a1Tn1++anZ[T]を考える.以下を充たす素数pが存在するとき,F(T)Q[T]において既約である:

  • a0pの倍数ではない.
  • t1に対し,atpの倍数である.
  • anp2の倍数ではない.

次数の制約もなく,ある素数と係数との関係のみから形式的に既約性が導かれる判定法は大変ありがたいものです.Eisensteinの判定法に頼るために多項式を少しずらすこともしばしばです.

整数係数多項式F(T):=a0Tn+a1Tn1++anZ[T]および整数cに対し,F(T)Q[T]内で既約F(T+c)Q[T]内で既約である.

何を当たり前なことを,と思われるかもしれません.実際その通りで,対偶を考えれば証明はあっという間です.F(T)=G(T)H(T)と分解できればF(T+c)=G(T+c)H(T+c)と分解できますし,F(T+c)=G(T)H(T)となるならばF(T)=G(Tc)H(Tc)とできます.記号の操作で左のものを右にずらしただけに見えるのですが,見た目の変化は侮れません.例を2つばかりご覧いただきましょう.

F(T)=T2+3T+1とおく.F(T)にはEisensteinの判定法の条件を充たす素数pは存在しない.一方
F(T+1)=(T+1)2+3(T+1)+1=T2+5T+5
p=5が判定法の条件を充たすのでQ[T]内で既約,特にF(T)Q[T]内で既約である.

円分多項式

pを素数とし,F(T)=Tp1+Tp2++1を考える.等比数列の和と同様に計算すれば有理式としてF(T)=Tp1T1と整理でき,ここから
F(T+1)=(T+1)p1(T+1)1=Tp1+(p1)Tp2++(pp1)
を得る.素数pが判定法の条件を充たすのでF(T+1)Q[T]内で既約,特にF(T)Q[T]内で既約である.

かようにうまくいく例ばかり見ていると,ついEisensteinの判定法が一点の曇りもない,つまり,次が成り立つような気がしてしまいます.

この記事の主課題

整数係数多項式F(T)Q[T]内で既約ならば,適切な整数cおよび素数pをとれば,F(T+c)が素数pに関してEisensteinの判定法の条件を充たすようにできるか?

反例の構成

今回はこの問題に対する反例を紹介します.

主課題に対する反例

F(T)=T2+4 とする.F(T)Q[T]内で既約であるが,いかなる整数cおよび素数pに対しても,F(T+c)は素数pに対してEisensteinの判定法の条件を充たさない.

証明に進みます.2つの主張を順番に示しましょう.

既約性

背理法によります.F(T)Q[T]で既約でない,すなわち定数でない多項式2本の積に分解できたとします.F(T)は2次式なので,その分解は1次式2本の積しかありえず,F(T)Qに根を持つはずです.

ところで,F(T)の根をCにおいて探すと±21の2個で,Qには根をもちません.これは矛盾であり,F(T)Q[T]で既約です.

判定法の条件を充たさないこと

こちらも背理法によります.cを整数とし,F(T+c)=T2+2cT+(c2+4)が素数pに対して判定法の条件を充たすとします.条件を書き下すと

  1. 2cpで割り切れる;
  2. c2+4pで割り切れる;
  3. c2+4p2で割り切れない;

です.順番に吟味しますが,途中で用いる素数の性質を先に紹介しておきます.

pを素数,a,bを整数とする.abpの倍数ならば,a,bのいずれかはpの倍数である.特に平方a2pの倍数ならばc自身pの倍数である.

2cpで割り切れますから,2cのいずれかがpで割り切れます.

2pで割り切れるのはp=2しかなく,さらにc2+4p=2で割り切れるのでcは偶数です.するとc2+44=p2の倍数にならざるを得ませんが,これは(3)に反します.

cpで割り切れるとします.さらにc2+4pで割り切れるので,4pの倍数でなければなりませんが,pは素数なのでp=2しかありえません.このときcは偶数なのでc2+44=p2で割り切れ,やはり(3)に反します.

件の多項式をどうずらそうとも,議論はあれよあれよと素数p=2に絡め取られ,判定法の条件は同時に成り立てない立場に追い込まれてしまいました.

より高次数の例のために

より次数の高い例にはどんなものがあるでしょうか?

安易に考え始めましたが,個人的にはなかなか難しいところです.変数が増える一方で条件も増えるので,判定法の条件を充たさない多項式の構成はさほど難しくないように思います.

一方で,この証明は低次数ゆえの既約判定が容易さに頼っている部分が大きく,より高次数の例を与えたいと思った場合,多項式の既約性を(_Eisensteinの判定法以外の方法で!_)示さねばならない課題に直面します.

限界に関する記事を書いてみて,改めてその偉大さに気づかされますね.

投稿日:202162
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投稿者

龍孫江
龍孫江
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代数学(群論・環論・体論)の問題を解説するYouTubeチャンネル「龍孫江の数学日誌」を運営しております(リンクからどうぞ).YouTubeでは扱いきれないまとまった記事を書いていきたいと思います.どうぞご贔屓に.

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