非常に久しぶりです.今回は函数の正則性(複素微分可能性)と微分可能性についてお話ししようと思います.
たまに見かける説明だと,「実函数なら左右から近づくけど複素函数だと上下左右どこから近づいてもいいから!」的なものがありますが,これは案外的を得てません.そのあたりを説明できればと思います.
一つだけ明確にしておきたいことがあります.複素函数と実函数を比べようとするとき,“一”変数というところに注目して$\mathbb{C} \to \mathbb{C}$と$\mathbb{R}\to \mathbb{R}$を比べるひとがありますが,それではうまく違いが見えてきません(後で話します).でも一複素変数複素数値函数と二実変数二次元ベクトル値函数を比較すれば上手く見えてきます.なのでそうします.
開集合$U\subset \mathbb{R}^2$上の(二次元ベクトル値)函数$f:U\to \mathbb{R}^2$が点$a\in U$で微分可能であるとは,ある$2\times 2$行列$A$があって
$$f(a+h) - f(a) = Ah + o(|h|), \hspace{5pt} h\to 0$$
が成り立つ時である.
上の定義で$Ah$というのは,
$$A :=
\begin{eqnarray}
\left(
\begin{array}{cc}
a & b \\
c & d
\end{array}
\right),
\end{eqnarray}
\hspace{8pt}
h:=\begin{pmatrix}
h_1 \\
h_2
\end{pmatrix}
$$
とでも置いたとき,
$$Ah = \begin{pmatrix}
ah_1+bh_2 \\
ch_1+dh_2
\end{pmatrix}
$$
ということですね.
敢て次のような書き方をしましょう.
開集合$U\subset \mathbb{C}$上の函数$f:U \to \mathbb{C}$が点$a\in U$で複素微分可能であるとは,ある複素数$c$があって
$$f(a+h) - f(a) = ch + o(|h|) , \hspace{5pt} h\to 0$$
が成り立つ時である.
なぜこう定義したかというと,これで実函数と比較がしやすくなるからです.因みにこの定義は多複素変数正則函数の定義としても拡張しやすい形になってます.ほんでこれを計算すればいつも通りの定義
$$\lim_{h\to 0} \frac{f(a+h) - f(a)}{h} =c$$
が出てきます(親近感).
さて,二つの式を並べてみましょう(実函数の方はわかりやすく$R$という記号を書きました).
$$f_R(a+h) - f_R(a) = Ah + o(|h|), \hspace{5pt} h\to 0,$$
$$f(a+h) - f(a) = ch + o(|h|) , \hspace{5pt} h\to 0.$$
左辺にも右辺にも違いはありますが,左辺は実は本質的に違いません.何故なら$f_R$の方はベクトル値ですから適当な列ベクトル
$$f_R(x) = \begin{pmatrix}
f^1_R(x) \\
f^2_R(x)
\end{pmatrix}
$$
で表せて,それらの引き算だから
$$f_R(a+h) - f(a) = \begin{pmatrix}
f^1_R(a+h)-f^1_R(a) \\
f^2_R(a+h)-f^2_R(a)
\end{pmatrix}
$$
という風になるし,複素の方は複素数値だから実部と虚部に分けて$f=u+iv$とすれば
$$f(a+h) - f(a) = u(a+h)-u(a) - i (v(a+h) - v(a))$$
となる.結局$f_R$や$f$にとってのそれぞれの意味での各成分を微分することになっているわけですね.そして
$$\varphi : \mathbb{R}^2 \ni (x,y) \mapsto x+iy\in \mathbb{C}$$
なる写像を用意してやってこれで移せば双方移り変わります.だから本質的には差異はありません.
しかし!!!!
右辺が 本 質 的 に 異なります.
$h$は$\varphi$で写して$h=h_1 + ih_2$とするのはいいでしょう.他方具体的に$c = c_1 + ic_2$とでもおけば,実函数の微分の時は右辺は
$$ \begin{pmatrix}
a &b \\
c &d
\end{pmatrix}
\begin{pmatrix}
h_1 \\
h_2
\end{pmatrix}
=
\begin{pmatrix}
ah_1+bh_2 \\
ch_1+dh_2
\end{pmatrix}
$$
ですけど複素の方が
$$ch = c_1h_1 - c_2h_2 + i(c_1h_2 + c_2 h_1)$$
となって,残念ながらもう$\varphi$では移り変われない.ではその原因はなんでしょうか...と思うと,それは明らかに複素数の集合の代数的構造であるわけですね.つまり,$\mathbb{R}^2$はベクトル空間で,$\mathbb{C}$は無論($\mathbb{R}$上の二次元)ベクトル空間ですがさらに体であります.これが原因ですね.つまり,$\varphi$は$\mathbb{R}^2$と$\mathbb{C}$の間の線型同型写像になってるだけで,別に$\mathbb{R}^2$と$\mathbb{C}$が体として同型であるわけではないんですね.そもそも$\mathbb{R}^2$は(そのままでは)体にはなりませんし.
このフレーズがなぜ的を得てないのかをお話しします.二実変数二次元ベクトル値函数$f_R$と一複素変数複素数値函数$f$を考えたとき,それらの微分係数が存在する条件は,例の二つの式
$$f_R(a+h) - f_R(a) = Ah + o(|h|), \hspace{5pt} h\to 0,$$
$$f(a+h) - f(a) = ch + o(|h|) , \hspace{5pt} h\to 0.$$
でしたが,その時別に$h$というのはどちらにおいても,どう近づいてもいいですね.詳しく言うと,$f_R$の方では$h$がどう近づいてもその微分係数(Jacobi行列)$A$は一意に定まるというのが微分可能の条件であり,$f$の方では$h$がどう近づいても$c$が一意に定まるというのが微分可能の条件でした.だから我々の見地($\mathbb{R}^2 \to \mathbb{R}^2$と$\mathbb{C} \to \mathbb{C}$を比較対象に選んだ立場)からすれば,「$h$がどこから近づいてもいい」というのでは実微分と複素微分は区別できないのです.
あえてそのフレーズを用いたいならば,一実変数と一複素変数を比較するほかなくて,比較対象となる式は
$$\lim_{h\to 0} \frac{f_R(a+h) - f_R(a)}{h},$$
と
$$\lim_{k\to 0} \frac{f(a+k) - f(a)}{k} , \hspace{5pt} k=k_1 + ik_2,$$
になりますが,確かにこうすると$f_R$のほうは左右から近づくのに対して$f$は左右上下から近づくということになりますが,そもそも両者の定義域が全く異なっている,つまり$f_R$は実数であるのに対し$f$は複素数で,その間には幾何構造としていい感じの同型が生えないので,よい比較とは(なんとなく)思えません.ただ埋め込み的な感じに捉えることは可能でしょう.$\mathbb{R} \subset \mathbb{C}$ということですね.然しそうすると,じゃあ$\mathbb{R}$上の函数の微分可能性と$\mathbb{R}^2$上の函数の微分可能性も,$\mathbb{R}$上の函数の微分可能性と$\mathbb{C}$上の函数の微分可能性みたいになるんんだな!!とか思ってしまうわけですね.でもそれは既に見たように違いますよね.
そういう理由で一実変数と一複素変数を比較するのは余り事が如実に表れてこないと思う訳です.
最後に,ここまでご覧くださりありがとうございました!
もし何か質問等あればお気軽にどうぞ!