この記事の内容は,Laurent Demonet氏のサーベイ論文[Dem11]の第1節を参考に構成しています.
4次の複素数成分特殊線形群
この行列のいくつかの行と列を抜き出した部分行列の行列式(小行列式という)を考えます.
例えば,
さて,
ここで,「小行列式が定数である」というのはどんな
ここで,重複しているものや上記にある行列式の積の形でかけるものは取り除いてあることに注意してください.例えば,
さて,ここで一つちょっとした疑問がよぎります.
「全正値性を調べるためには上の12個の小行列式の値を調べればいいとはいうけれど,12個の小行列式は別に互いに独立して値が定まっているわけではないし,ひょっとしたらこの中のいくつかの値だけ調べれば残りは全部正実数に勝手になってくれたりするんじゃない?」
つまり,全部調べるのは面倒くさいので「これだけ調べればOK」ってのをとって来れないかな?という話です.これを「全正値性の判定問題」あるいは単に「全正値性問題」と呼びます.実は,このケースでは12個のうち特定の6個をとってきて正実数かどうかを調べれば良いことが知られています.次の命題を証明していきましょう.
ちなみに,
ここでは,命題1を常人ではとても思い付かないような天才的な発想で証明していくことにしましょう.
まず,次のような有向グラフ
有向グラフQ
これは天才的な発想の証明なので,「この有向グラフ一体何を根拠に出てきたんだ?」ということはあまり考えないようにしましょう.次に,
ここで,上の式において例えば
ここで,サイクルとは2つの頂点に互いに出入りしている矢の組のことです.ここで注意として,頂点
箙変異の例
箙変異は
シード
ただし,
式の形が若干複雑なので説明しておくと,
例えば,
となります.クラスター変異もやはり3つのバリエーションを持っています.
これを用いて,シード変異を定めます.
で定める.
つまり,
シード変異後のシード
で与えられることになります.さて,いきなり訳のわからない変換が出てきて困惑していると思いますが,ここで新しく出てきた変数
だったので,これらを代入して計算すれば良いだけです.ここで,仮定からこれら全ての変数は正実数であることに注意します.
なんと約分できてしまいました.しかもそれだけではありません.最初に挙げた12個の小行列式をもう一度見てみましょう.
シード変異後のシード2
で与えられることになります.ただし
となってまた小行列式が出てきました!つまり,シード変異の操作によって
変数組の遷移
この図をどうみるかを説明しておきます.この図の3頂点に囲まれる三角形が,6つの変数組に対応しています(一番外側の
以上のことを踏まえると,最初の6つの変数
から芋づる式に出てきてしまうのです!これで命題1は示されました.
ちなみに,これらの考察から,最初に正値性が仮定される6つの小行列は
はい,ということで示せました.
…いいたいことはわかります,こんな無茶苦茶な証明があってたまるかと思われたと思います.いうまでもなく,この証明は私が天才だから思いついたものではありません.私は小行列式の間にこのようなシードとシード変異による組み合わせ構造があることを勉強して知っていたので,天下り的に証明したに過ぎません.ここで出てきたシードとそのシード変異によって生み出される組み合わせ構造をクラスター構造と呼びます(あるいはクラスター構造から定まる代数であるクラスター代数の構造とも呼ばれます).2000年代初頭,FominとZelevinskyの2人の数学者がこの全正値性の研究をしているなかでクラスター構造の存在に辿り着きました[FZ02].ちなみにほぼ同時期に,彼らとは独立してFockとGoncharovも幾何学的な観点から同じ概念に到達しています[FG06].この構造は発見されてからこの20年の間に研究が進み,実は様々な数学の背景に普遍的に存在する組み合わせ構造であることがわかってきています.一例を挙げると,多元環の表現論,Lie理論,双曲幾何,結び目理論,整数論,微分方程式論,ゲージ理論など.意味のわからないレベルの応用の広さですね.このクラスター構造はまさに現代数学の最前線とも呼ぶべき研究対象であり,現在も様々な研究者によっていろんな角度から研究されています.この記事を通して,クラスター構造に興味を持っていただけたのであれば幸いです.おしまい.
[Dem11] L. Demonet, Example of categorification of a cluster algebra, Proceedings of the 44th Symposium on Ring and Representation Theory (2011), 30--42.
[FG06] V. Fock and A. Goncharov, Moduli spaces of local systems and higher Teichmüller theory, Publ. Math. IHÉS, 103 (2006), 1--211.
[FZ02] S. Fomin and A. Zelevinsky, Cluster algebras I. Foundations, J. Amer. Math. Soc. 15 (2002), 497--529