本稿では、群の定義の条件を弱めると共に、そこから生じる右群といわれる半群の構造を紹介する。
群の定義は以下が採用されることが多い。
$G$と$G$-二項演算$\times$が(1),(2)を満たすとき、$(G,\times)$は群であるという。
(1)任意の$a,b,c\in G$に対して$(a\times b)\times c=a\times (b\times c)$が成立する。
(2)ある元$e\in G$が存在して次の2条件を満たす。
①任意の$a\in G$に対して$ae=ea=a$が成立する。
②任意の$a\in G$に対してある$b\in G$が存在して$ab=ba=e$が成立する。
①を満たす$e$は単位元(両側単位元)と呼ばれ、唯一つであることが簡単に示される。また、②の$b$は$a$の逆元(両側逆元)と呼ばれ、これも$a$に対して一意的に存在することが容易に示される。
実は、この定義はもっと弱めることができる。具体的には次のようになる。
$G$と$G$-二項演算$\times$が次の2条件を満たすとき、$(G,\times)$は群になる。
⑴任意の$a,b,c\in G$に対して$(a\times b)\times c=a\times (b\times c)$が成立する。
⑵ある元$e_r\in G$が存在して次の2条件を満たす。
①任意の$a\in G$に対して$ae_r=a$が成立する。
②任意の$a\in G$に対してある$b\in G$が存在して$ab=e_r$が成立する。
①を満たす$e_r$は右単位元と呼ばれ、②を満たす$b$は$a$の右逆元と呼ばれる。
上の主張は結合律さえ満たせば、「任意の元に対して“両側”逆元を持たせる“両側”単位元の存在」ではなく、「任意の元に対して“右”逆元を持たせる“右”単位元の存在」を保証しても群になるというものである。
命題1の証明は下の記事をご覧いただきたい。
https://ameblo.jp/metazatunen/entry-12042179065.html
ここで次のような疑問が生じる
「任意の元に対して“右”逆元を持たせる“左”単位元の存在」を仮定するとどのような代数的構造が得られるか?
先程は右逆元,右単位元のセットだったが、右逆元,左単位元のセットで考えてみたのである。この問に答えるための用語をいくつか定義する。
⑴$G\neq\emptyset$と$G$-二項演算$\times$が次の条件を満たすとき、$(G,\times)$は半群であるという。
条件)任意の元$a,b,c\in G$に対して$(a\times b)\times c=a\times(b\times c)$が成立する。
以下、$S,T$を半群とし、$e\in S,\emptyset\neq I\subseteq S$とする。
⑵任意の元$a\in S$に対して$ea=a$が成立するとき、$e$は左単位元であるという。
⑶$S$が次の条件を満たすとき、$S$は右群であるという。
条件)次の①,②を満たす$e_l\in S$が存在する。
①$e_l$はSの左単位元である。
②任意の元$a$に対してある元$b\in S$が存在して、$ab=e_l$となる。
⑷$S$において、$ab=ac\Rightarrow b=c$が成立するとき$S$は左消約的であるという。
⑸任意の$a\in I,b\in S$に対して$ab\in I$が成立するとき、$I$は$S$の右イデアルであるという。
⑹$S$の右イデアルが$S$しか存在しないとき、$S$は右単純であるという。
⑺$ee=e$が成立するとき、$e$は冪等元であるという。
⑻任意の$a,b\in S$に対して$ab=b$が成立するとき、$S$は右零半群であるという。
⑼集合$S\times T$に演算を$(s_1,t_1)\cdot(s_2,t_2)=(s_1\cdot s_2,t_1\cdot t_2)$で入れて生じる半群を$S$と$T$の直積といい、$S\times T$で表す。
⑽写像$f:S\rightarrow T$で、任意の$x,y\in S$に対して$f(xy)=f(x)f(y)$が成立するようなものを準同型という。準同型$S\rightarrow T$で、全単射なものを同型という。同型$S\rightarrow T$が存在するとき、$S$と$T$は同型であるという。
上の疑問を解消するために、右群の構造を調べる。
半群$S$に対して次の8条件は同値である。
⑴$S$は右群である。
⑵任意の元$a\in S$に対してある元$c\in S$が存在して$ac$は左単位元となる。
⑶任意の元$a\in S$に対してある元$c\in S$が存在して$ca$は左単位元となる。
⑷任意の$a,b\in S$に対して$ac=b$となる$c\in S$が唯一つ存在する。
⑸$S$は群と右零半群の直積と同型である。
⑹$S$は左消約的な右単純化群である。
⑺$S$は左単位元を持つ右単純半群である。
⑻$S$は冪等元を持つ右単純半群である。
⑴⇒⑵⇔⑶⇒⑷⇒⑸⇒⑹⇒⑺⇔⑻⇒⑴の順で行う。$x\in S$に対して$\{xy|y\in S\}$を$xS$と書く。これは$S$の右イデアルである。$Sx$も同様に定める。
⑴⇒⑵ 明らか。
⑵⇒⑶ 任意に$a\in S$をとる。仮定からある$c\in S$が存在して$ac$は左単位元となる。$d=ca$が左単位元であることを示せば十分である。任意に$z\in S$をとる。仮定からある$x\in S$が存在して$f=dx$は左単位元となるので$dz=d(fz)=d^2xz=c(ac)axz=caxz=dxz=fz=z$となるので、$d$は左単位元である。
⑶⇒⑵ 任意に$a\in S$をとる。仮定からある$c\in S$が存在して$e=ca$は左単位元となる。$S=eS=caS\subseteq cS\subseteq S$より$caS=cS$が成立する。よって、ある$x\in S$が存在して$cax=ce$となる。仮定からある$d\in S$が存在して$dc$は左単位元となるから、左から$d$を掛けて$ax=e$となる。
⑶⇒⑷ 存在性は次のように示される。任意に$a,b\in S$をとる。仮定⑵から、ある$d\in S$が存在して$ad$は左単位元となる。よって、$c=db$とすると、$ac=a(db)=(ad)b=b$とはる。
一意性は次のように示される。$c,c'\in S$が$ac=b=ac'$を満たしたとする。仮定⑶から、ある$d\in S$が存在して$da$は左単位元となる。よって、左から$d$を掛けて$c=c'$となる。
⑷⇒⑸ $a,b$に対する$c$の一意性から$S$は左消約的であることに注意する。$a\in S$をとる。仮定から、ある$e\in S$が存在して$ae=a$となる。$S$の左単位元全体の集合を$R$と書くことにする。以下のステップで示す。
①$Se$は群である。
証明)閉じることと、結合率を満たすことは明らかである。右単位元と右逆元の存在を示す。
(右単位元)$e=ee\in Se$は右単位元である。実際、任意の元$xe\in Se(x\in S)$に対して、$(xe)e=x(ee)=xe$が成立する。
(右逆元)$aw\in Se(a\in S)$を任意にとる。仮定からある元$x\in a$が存在して$xa=e$となる。$(xe)(ae)=x(ea)e=(xa)e=ee=e$となる。
よって、命題1より$Se$は群である。
②$R$はもとの演算について右零半群である。
$R\neq\emptyset$であることを示す。$e\in R$を示せば十分である。任意に$x\in S$をとる。$a(ex)=(ae)x=ax$であるから左消約性より$ex=x$を得る。よって、$e$は左単位元である。結合律を満たすことと右零半群であることは容易に示される。
③$S$と$Se\times R$は同型である。
$a,b$に対する$c$の一意性から$S$は左消約性を持つことがわかる。仮定から任意の$x\in S$に対して$xy=x$を満たす$y$がただ一つ存在するからそのような$y$を$e_x$と書くことにする。任意の$x\in S$に対して$e_x$が左単位元であることを示す。任意に$y\in S$をとる。$x(e_xy)=(xe_x)y=xy$であるから左消約性から$e_xy=y$を得るので$e_x$は$S$の左単位元である。写像$f:S\rightarrow Se\times R$を$f(x)=(xe,e_x)$で定める。これが同型であることを示す。
(準同型)
任意に$x,y\in S$をとる。$(xy)e_y=x(ye_y)=xy$より$e_y=e_{xy}$が成立する。よって、$f(xy)=((xy)e,e_{xy})=(x(ey)e,e_y)=((xe)(ye),e_xe_y)=(xe,e_x)(ye,e_y)=f(x)f(y)$となり準同型性が示される。
(単射)
$f(x)=f(y)$だとする。$xe=ye,x_e=y_e$である。仮定からある$e'\in S$が存在して$ee'=e_x$となる。すると、$x=xe_x=x(ee')=(xe)e'=(ye)e'=y$となり単射性が示される。
(全射)$(xe,e')\in Se\times R$を任意にとる。このとき$f(xe')=(xe,e')$である。実際、$(xe')e=x(e'e)=xe$であり$(xe')e'=x(e')^2=xe'$より$e'=e_{xe'}$である。
⑸⇒⑹ $G$を群として$R$を右零半群とする。$S=G\times R$としても一般性は失われない。
(左消約)
$(g_1,r_1),(g_2,r_2),(g_3,r_3)\in G\times R$が$(g_1,,r_1)\cdot(g_2,r_2)=(g_1,r_1)\cdot(g_3,r_3)$を満たしとする。
第一成分をとって、$g_1g_2=g_1g_3$を得る。いま、群$G$上で考えているから左から$g_1^{-1}$を掛けて$g_2=g_3$を得る。第二成分をとって$r_1r_2=r_1r_3$を得るがいま、右零半群上で考えているからそのまま計算して$r_2=r_3$を得る。よって、$(g_2,r_2)=(g_3,r_3)$を得るので$S$の左消約性が示された。
(右単純)
$I$を$S$の右イデアルとする。$I=S$を示す。任意の元$(g,r)\in S$をとる。元$(h,r')\in I$をとる。$(g,r)=(h,r')(h^{-1},r')(g,r)$で$I$は$S$の右イデアルなので$(g,r)\in I$となる。よって$I=S$であるから$S$の右単純性が示された。
⑹⇒⑺ 元$a\in S$をとる。右単純性から$aS=S$となるのである$e\in S$が存在して$ae=a$となる。この$e$が$S$の左単位元であることを示す。任意に$x\in S$をとる。$a(ex)=(ae)x=ax$となるから左消約性より$ex=x$を得る。よって、$e$は$S$の左単位元である。
⑺⇒⑻ 明らか。
⑻⇒⑺ $e$を冪等元とする。この$e$が左単位元でもあることを示す。任意に$x\in S$をとる。$eS$は$S$の右イデアルなので$eS=S$となる。よって、ある$y\in S$が存在して$ey=x$となる。$ex=e^2y=ey=x$より$e$が左単位元であることが示された。
⑻⇒⑴左単位元を持つことは⑺から従い、後半の主張は$aS=S$から従う。
これで、右群の構造が決定できた。すなわち、群と右零半群との直積で書ける半群であり、もしくは冪等元を持つ右単純半群であることが分かった。後者は実践的で、乗積表を少し見ただけで右群かどうか判定できる。