測度論(ルベーグ積分)を勉強していると, 必ず出てくる完備測度空間. しかし, なぜ「完備」なのだろう? そう疑問に思ったことがある人は少なくないのではないでしょうか. この記事では, 完備測度空間の「完備」と位相的な意味の完備性には関係があることを説明します.
測度論のごく基本的な事柄が分かっていれば十分です. 関数解析の知識があると, よりモチベーションを理解しやすいかもしれません.
この記事を通して, $(X, \mathcal{A}, \mu)$は測度空間とします.
まず, 完備測度空間の定義を思い出しましょう.
$(X, \mathcal{A}, \mu)$が完備測度空間である.
$:\Leftrightarrow N \in \mathcal{A}$が$\mu(N) = 0$を満たすならば, 任意の$N' \subset N$に対して, $N' \in \mathcal{A}$となる.
さて, $\mathcal{A}$-可測関数$f : X \to \mathbb{R}$の全体を, $M(X)$と書くことにします.
通常, $M(X)$に位相的な概念は定義されませんが, ここではあえて, 次のように$M(X)$の完備性を定義してみましょう.
$M(X)$が完備であるとは, 次が成立することである:
$(f_n)_{n=1}^\infty \subset M(X),\; f : X \to \mathbb{R}$とする.($f \in M(X)$は仮定していないことに注意.) さらに$f_n(x) \to f(x)$ a.e.$x \in X$であるとする. このとき, $f \in M(X)$となる.
この定義は, 直感的には, “$X$から$\mathbb{R}$への写像全体”という非常に大きな集合に, a.e.の収束によって「位相」を定義すれば, $M(X)$は閉集合であることを意味します.
さて, 次の定理が成立します.
$(X, \mathcal{A}, \mu)$は完備測度空間である.
$\Leftrightarrow$ $M(X)$は完備である.
つまり, 測度空間の完備性は, その空間上の可測関数全体がa.e.の収束について閉じている(=「完備」である)ための必要十分条件だったのですね. この定理を証明して, この記事を終えることにします.
まず, $(\Leftarrow)$を示す.
対偶を示す. $(X, \mathcal{A}, \mu)$が完備測度空間でないと仮定する. このとき, 仮定から, $N \in \mathcal{A}$と$A \subset N$が存在して, $\mu(N)=0$かつ$A \notin \mathcal{A}$となる.
$f_n := 0, \; f:= \chi_A$と定義する. ただし, $\chi_A$は$A$の定義関数である. このとき, 任意の$x \in X \setminus N$に対して$f_n(x) \to f(x)$なので, $f_n \to f$ a.e.が成立している. 一方, $A \notin \mathcal{A}$なので$f = \chi_A$は$\mathcal{A}$-可測ではない. つまり$f \notin M(X)$. これで$M(X)$は完備ではないことが示された.
次に, ($\Rightarrow$)を示す.
$f_n \to f$ a.e.を仮定する. つまり, ある零集合$N \in \mathcal{A}$が存在して, 任意の$x \in X \setminus N$に対して$f_n(x) \to f(x)$となる. $g:X \to \mathbb{R}$を次のように定めよう.
\begin{equation}
g(x) := \begin{cases}
f(x) & \mbox{if} \;\; x \in X \setminus N \\
0 & \mbox{if} \;\; x \in N
\end{cases}
\end{equation}
$f_n(x) \chi_{X \setminus N}(x) \to g(x), \; (\forall x \in X)$なので, $g \in M(X)$. これに注意すれば, 任意のボレル可測集合$I \subset \mathbb{R}$に対して,
\begin{align}
f^{-1}(I) &= \{x \in X \mid f(x) \in I\} \\
&= \{ x \in X \setminus N \mid f(x) \in I\} \cup \{ x \in N \mid f(x) \in I\} \\
&= \{ x \in X \setminus N \mid g(x) \in I \}
\cup \{x \in N \mid f(x) \in I\}.
\end{align}
$g$の可測性より$\{ x \in X \setminus N \mid g(x) \in I \} \in \mathcal{A}$. $\{x \in N \mid f(x) \in I\} \subset N$と$(X, \mathcal{A}, \mu)$が完備測度空間であることより$\{x \in N \mid f(x) \in I\} \in \mathcal{A}$. これで, $f^{-1} (I) \in \mathcal{A}$が分かった. つまり$f$は$\mathcal{A}$-可測である.