少々過激なタイトルですが、半分はネタです。
今回紹介するのは 一般化された要素 (generalized element)という概念です。Awodeyの教科書にも載っているので、ひょっとしたらご存知の方も多いと思います。しかし圏論を理解する上で極めて有効な考え方にも関わらず、その扱いが十分であるとは思えません。他のどの教科書についても恐らくそうです。というのも私自身が、今の今までその重要性に気付いていませんでした。いやもしかしたら自分が知らなかっただけで、多くの圏論話者にとっては周知の事実だったのかもしれません。であるなら「どうしてもっと早く教えてくれなかったんだ」シリーズ第一弾の記事ということになります。(続編は未定)
なお今回の記事は、Tom LeinsterによるDoing without diagramsという文章の内容を受けてのものです。Leinsterは圏におけるinternalな構造について図式を使わずに証明する方法について述べていますが、より入門的な内容についても有効だと考え筆を執った次第です。
今思い返せば、事の発端は「圏が射の言葉のみを用いて定義できる」という事実と出会ったことです。
参考は
single-sorted definition of a category
(nLab)です。射
このとき次の命題が成り立ちます。
射
大事なのは、対象とは射であるということ、そしてその対象を特徴付けるのは他の射との合成である、という視点です。
いつだって集合の圏
似たような状況は他の圏にもあります。例えば群の圏
どうやら考えている圏に応じて
圏
この
という書き方が鍵です。実際はただの射 のことですが、こう書くことで集合論的なイメージが強烈に印象付きます。
「要素」
(証明)
とても簡単な主張ですが意図は明確です。射の等価性を、各「要素」による「評価」で測れるのです。実に集合論的ではありませんか。
「任意の形
及び 」という条件が大変ですが、圏によってはこの範囲を狭めることができると思います。あるいは、この範囲を制限することで弱い意味での を定義できるかもしれません。
上で定義した「要素」を用いて、圏論における様々な概念を捉え直してみます。図式が無くて恐縮ですが、適宜調べてください。むしろ図式が必要ないことが重要だったりします。
まず対象
上記は
well-definedではありませんが、このように圏論的な概念が集合論における対応物を持つとき、その概念は集合論的であると言いましょう。従って直積は集合論的であり「直積集合」と解釈できます。
一方で余直積はどうでしょうか? 文字通り解釈すれば、任意の対象
いくつかの圏を念頭におくと、余直積の方が難しい概念であるように感じます。その背景にはこういった集合論的な解釈が無いことが影響しているのではないでしょうか。
一方でモノ射の余概念であるエピ射は、やはり集合論的ではありません。しかし次で示すように、エピ射を集合論的に解釈できる場合があります。
対象
これすごくないですか? 各々の圏、例えば加群の圏などで射影加群を考える理由はいくつか考えられますが、それが圏論的に明確な動機付けを持って与えられていたことは、おそらく無いと思います。エピ射は非集合論的ですが、しかし射影的な形の範囲に限定すれば、それを全射と解釈でき、集合論的であるということは簡単になる、という発想が生まれます。
詳しくないので分かりませんが、おそらく射影的の余概念である入射的にも、それを集合論的に解釈できるような「何か」がきっと存在すると思います。
詳細は省きますが
要するに
またゼロ射を持つ圏は次の二条件で解釈できます。
「要素」は「写像」であり、「写像」は「要素」であることが肝です。
この他にも「要素」を使うと多くの例が簡単に解釈できます。
ここまできて勘の良い人は気付いているかと思いますが、一般化された要素という考え方は、実は米田の補題の考え方と全く同じです。というのも、いわゆる米田函手は、対象
米田の補題は
どうでしたか? 私は結構衝撃を受けて夜しか眠れませんでした。「要素」は圏論の理解に役立つだけでなく、教育的にも優れています。なんといっても一番の収穫は 矢印の向きに迷うことは絶対にない と言えることです。これは初学者が一番混乱する部分だと思うので。
圏論の一般論に限らず、具体的な圏における様々な定理を「要素」により解釈し直すと、新たな視点が得られる可能性はあると思います。ここからは個人的な見解ですが、非集合論的な圏論的概念を集合論的に解釈可能な形として書ける例、は結構あるような気がします。
もしこれを読んだ皆さんが「この定理は集合論的にこう解釈できる」とか「この性質は集合論的に解釈可能にするための条件だ」とか考えたり気付いたりした場合は、是非コメントに残して欲しいです。それ以外にも感想とか待ってます。