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大学数学基礎解説
文献あり

2つの三角形の3つの内角が等しいならば,その2つの三角形は合同である

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はじめに

こんにちは,ロダンです.
タイトルを見て,中学まで真面目に数学を勉強してきた人であれば「おいおい」と突っ込みたくなったと思います.タイトルは目を引くもの,というのが記事の鉄則ですから,あえてこういうタイトルをつけました.しかし,このタイトルは間違ったことを主張しているものではありません.早急に「それはおかしい」と結論を出す前に,少しこの記事を読んでいってください.

さて,数学において言葉の定義というのはとても大事です.数学の議論を始める前には,必ず議論の中心にある言葉の定義を確認しておかなければなりません(これは数学に限らない議論においてもとても大切なことでもあります).ということで,まずはタイトルにある命題をじっくりを眺めるところから始めたいと思います.

「2つの三角形の3つの内角が等しいならば,その2つの三角形は合同である」

はい,にわかには真であるとは信じがたい命題ですね.だって,もしこれが正しいとしたら,3つの角度が決まるだけで,三角形の形だけでなく,大きさも完全に決まってしまうってことになります.これは普通に考えれば不自然ですね.なぜなら我々が普段考えている世界では,角度が同じでも大きさの違う三角形が存在しますから.いわゆる「相似な三角形」というやつです.

ということは,もしこれが真であるならば,ここに出ている何かしらの単語の定義が我々が想像しているものとは異なっているはずですね.結論から言うと,ここでいう「三角形」は我々が普段指すものとは異なるものです.ここでの「三角形」は普段我々が慣れ親しんでいる平面において定義される三角形ではなく,双曲面と呼ばれる曲面上に定義される三角形(双曲三角形)のことを指します.(その道の専門家以外の)我々は普段平面上で三角形を考えますが,実は平面ではなく曲面においても三角形を考えることができます.ただし,平面上における三角形の定義をそのまま使うことはできないので,改めて三角形を定義し直す必要があります.

本稿は,平面で定義される三角形に似た定義を使って曲面に三角形を定めてみたら,「3つの内角の角度で三角形全体の大きさが決まる」という我々の感覚とはかけ離れた事態が起こってしまうというお話がメインテーマになります.前半で三角形を双曲面と呼ばれる曲面に定義し,後半でこのあり得ない事態が起きていることを数学的に証明していきます.

内容の難易度について,最も重い補題4の証明には大学の学部レベルの数学を多少使いますが,それ以外の部分は高校生でもある程度読めると思います.補題4の証明を飛ばしても記事の全体像は見えるようにできているので,是非読んでみてください.

この記事ではスペースの都合上,$\mathbb R^3$の元を$(a,b,c)$のような横ベクトル表示で使うことがほとんどですが,内積の中に含まれているものや,行列と計算を行う場合などは全て縦ベクトルとして解釈しています.

この記事の内容は[1]の内容に基づいています.線形代数の基本知識以外の,証明を省略している命題は,ほとんどこの本で補完できます.ただし,最も重要な補題である補題4は[1]では言及が避けられている「曲線の向き」の概念を用いて厳密に示しています.

それでは,しばしお付き合いくださればと思います.

双曲面とは

まず今回三角形が定義される土台である「双曲面」と呼ばれる曲面について説明しておく必要があります.双曲面$\mathbb H^2$は,実3次空間における次の部分集合です.

\begin{align*} \mathbb H^2:=\{ (x_1,x_2,x_3)\in\mathbb R^3 \mid -x_1^2+x_2^2+x_3^2=-1,\ x>0\} \end{align*}

これはちょうど次の図のような曲面になっています.2次元実平面の代わりに,この面の上に三角形を描いていくことを考えていきます.

双曲面 双曲面

三角形の定義

さて,三角形を描いていくことを考えますとは言ったものの,まず何を三角形と呼ぶべきなのかが問題になってきます.三角形と呼ぶからには,平面で定義される三角形に似たようなものであって欲しいですね.そこで,双曲面の話に入る前に,まず平面上で定義される三角形について考えてみましょう.

平面上の三角形とは,一点で交わらない3直線が囲む領域のことでした.あるいは直線のうち囲むのに必要のない部分をカットした,3つの線分で囲まれている領域という言い方もできます.この定義を,できるだけそのままの形で双曲面の世界に持っていきたいわけです.そこでまず,我々は双曲面上において「線分」に対応するものを定義しなければいけないことに気がつきます.これもできれば平面における線分に似た形で定義したいわけですが,さて,ではまず平面において2点を結ぶ線分とはいったいどういうものだったでしょうか?「真っ直ぐな線」では応用が利きづらいので,なんらかの量を用いて定めたいですね.そこで「長さ」という量を持ち出します.平面上で2点$P$$Q$を結ぶ線分とは,その2点を結ぶ曲線の中で長さが最も短いものという風にいうことができたのでした.これをまず数学的にきちんと定義します.平面上の曲線の長さについては高校数学の範囲でしたので,曲線の定義とともにいまここで復習しておきましょう.$\mathbb R^2$の標準内積を$\{ \mathbf x,\mathbf y\}=x_1y_1+x_2y_2$で表すことにして(ただし$\mathbf x=(x_1,x_2), \mathbf y=(y_1,y_2)$),$\mathbf x$のノルムを$|\mathbf x|=\sqrt{\{ \mathbf x,\mathbf x\}}$で表すこととします.

曲線とその長さ
  1. $P=(p_1,p_2),Q=(q_1,q_2)\in\mathbb R^2$とする.次のような$\mathbb R^2$の部分集合$\gamma$のことを$P$$Q$を結ぶ曲線という:無限回微分可能な連続関数$\ell\colon [a,b]\to \mathbb R^2$$\ell(a)=(p_1,p_2),\ell(b)=(q_1,q_2)$であるようなものを用いて,
    \begin{align*} \gamma=\{(\ell(t)\mid a\leq t\leq b\}\subset \mathbb R^2 \end{align*}
    と表すことができる(ただし,$a,b$$a< b$を満たす実数).
  2. 関数$\ell\colon[a,b]\to \mathbb R^2$で与えられる曲線$\gamma$長さ$\textrm{length}(\gamma)$
    \begin{align*} \textrm{length}(\gamma)=\int^b_a\left|\dfrac{d\ell(t)}{dt}\right| dt=\int^b_a\sqrt{\left(\dfrac{d\ell_1(t)}{dt}\right)^2+\left(\dfrac{d\ell_2(t)}{dt}\right)^2} dt \end{align*}
    で定義する.ただし,$\ell_1(t),\ell_2(t)$はそれぞれ$\ell(t)$の第1成分,第2成分の値とする.

上の定義では関数$\ell$に微分可能でない点が存在する,いわゆる「折れ線」を曲線とは認めていませんが,曲線の定義を「有限個の点を除き無限回微分可能」という条件に緩めることで曲線に含めることができます.またその場合,長さは微分可能でない点ごとに区切った積分の値の和として定めることができます.ただこれらのことはあまり本質的ではないので,最初から取り除いて考えることにします.さて,これで「$P$$Q$を結ぶ線分」を定義することができます.

線分

$P,Q\in\mathbb R^2$とする.$P$$Q$を結ぶ曲線のうち,長さが最小であるようなものを$P$$Q$を結ぶ線分という.

これで平面における線分を定義することができました.さて,今度はこれと同じことを平面ではなく双曲面でやりましょう.双曲面を含む実3次元空間にはミンコフスキー内積と呼ばれる標準内積とは異なる内積

\begin{align*} \langle \mathbf x,\mathbf y\rangle=-x_1y_1+x_2y_2+x_3y_3 \end{align*}
が入っており,これを使って曲線の長さを定めます.ミンコフスキー内積に関するノルムを$||\mathbf x||=\sqrt{\langle \mathbf x,\mathbf x \rangle}$と書くことにします.

曲線とその長さ(双曲面バージョン)
  1. $P=(p_1,p_2,p_3),Q=(q_1,q_2,q_3)\in\mathbb H^2$とする.次のような$\mathbb H^2$の部分集合$\gamma$のことを$P$$Q$を結ぶ曲線という:無限回微分可能な連続関数$\ell\colon [a,b]\to \mathbb H^2$$\ell(a)=(p_1,p_2,p_3),\ell(b)=(q_1,q_2,q_3)$であるようなものを用いて,
    \begin{align*} \gamma=\{(\ell(t)\mid a\leq t\leq b\}\subset \mathbb H^2 \end{align*}
    と表すことができる(ただし$a,b$は実数).
  2. 関数$\ell\colon[a,b]\to \mathbb H^2$で与えられる曲線$\gamma$長さ$\textrm{length}(\gamma)$
    \begin{align*} \textrm{length}(\gamma)=\int^b_a\left|\left|\dfrac{d\ell(t)}{dt}\right|\right|dt =\int^b_a\sqrt{-\left(\dfrac{d\ell_1(t)}{dt}\right)^2+\left(\dfrac{d\ell_2(t)}{dt}\right)^2+\left(\dfrac{d\ell_3(t)}{dt}\right)^2} dt \end{align*}
    で定義する.ただし,$\ell_1(t),\ell_2(t),\ell_3(t)$はそれぞれ$\ell(t)$の第1成分,第2成分,第3成分の値とする.

定義では混乱を避けるために曲線$\gamma$とそれを与える関数$\ell$を別の文字にしていましたが,以降はこれらをどちらも同じ文字$\ell$を使って表記することにします.

さて,上記の長さの定義を見たときに一瞬長さが複素数にならないか心配になりますが,実は大丈夫です.証明は省略しますが,きちんと長さが正実数になることが保証されています.

双曲面上の1点でない曲線$\ell$に対して,$\textrm{length}(\ell)>0$が成り立つ.

これで「曲線」「長さ」に対応するものが定められたので,双曲面上の「線分」に当たるものが定義できます.双曲面においてはこれを「測地線」と呼びます.

測地線

$P,Q\in\mathbb H^2$とする.$P$$Q$を結ぶ曲線のうち,長さが最小であるようなものを$P$$Q$を結ぶ測地線という.

この記事においては,「$P$$Q$を結ぶ測地線」といった場合,それは長さが有限であるものを指すことにします(平面幾何における「線分」に対応する語).一方,端点を指定せず単に「測地線」といったり,「$P$$Q$を通る測地線」といったりする場合,長さが無限のものを指すことにします(平面幾何における「直線」に対応する語).

ところでこの$P$$Q$を結ぶ測地線,そもそも存在するのか?とか2本あったりしないか?ということはチェックしなければいけません.証明をしようとすると話が脱線してしまうので省略しますが,これもちゃんと保証されています(しかも具体的にどういう線かもわかってます).

任意の2点$P$,$Q$を結ぶ測地線は一意的に存在し,これは原点と$P$$Q$の3点を通る平面と$\mathbb H^2$の共通部分の一部として記述される.

これで,双曲面における三角形を定義することができます!

三角形(双曲面バージョン)

$P,Q,R\in\mathbb H^2$を異なる3点とする.各2点を結ぶ測地線で囲まれた領域を,三角形とよぶ.

双曲面上の三角形 双曲面上の三角形

後のために,曲線に向きを定め,固定しておきます.これは,後で出てくる2つの測地線のなす角を一意的に定めるために必要です.三角形には各々の頂点が,繋がっている1辺の始点かつもう1辺の終点となるような向きを入れます(図2の三角形を参照してください).このような向きの入れ方は2通りありますが,どちらかに固定しておきます.

2つの測地線の角度と三角形の合同の定義

さて,これで双曲面上にも三角形が定義できたわけですが,

「2つの三角形の3つの内角が等しいならば,その2つの三角形は合同である」

の文章の意味するところを完全に理解するには,まだ足りていないものがあります.「内角」と「合同」の定義です.この2つも双曲面上で使えるように定義してあげないといけません.

まずは2つの測地線のなす角度から定義します.まず,以降の議論のために測地線をもう少し都合の良い表記で表すことにします.まず,以下の事実を認めます.

$\mathbb H^2$との共通部分が空でないような原点を通る平面$H$のミンコフスキー内積における法線ベクトルを$\mathbf e$とすると,$\langle \mathbf e,\mathbf e\rangle>0$である.

測地線は原点を通る平面と$\mathbb H^2$の共通部分で記述できたので,これ以降,測地線はそれに対応する原点を通る平面の単位法線ベクトル$\mathbf e$を用いて$\mathbf e^{\perp}$のように書くことにします.ただし,平面の単位法線ベクトルといったとき,そのベクトルは一意的には定まりません($\mathbf e$$-\mathbf e$の2つがあります).そこで,ここでは法線ベクトルを,原点において立った時に測地線の向きが右から左に流れていく方のベクトルであるとします.たとえば,次の図は原点を通り$\mathbb H^2$と交わる平面を表しており,曲線は測地線を示しています.

例

この場合,法線ベクトルは奥から手前に伸びている側と定義します.

2つの測地線のなす角度

測地線$\mathbf e^{\perp}$$\mathbf f^{\perp}$が交点を持つとする.その交点における$\mathbf e^{\perp}$$\mathbf f^{\perp}$の接ベクトルを$\mathbf v,\mathbf u$としたとき,$\mathbf e^{\perp}$$\mathbf f^{\perp}$のなす角度$\theta$
\begin{align*} \theta=\arccos \left(\dfrac{\langle \mathbf v,\mathbf u \rangle}{||\mathbf v|| ||\mathbf u||}\right) \end{align*}
で定義する.

 ただし,$\ell$$t_0$における接ベクトルとは,$\ell$$t_0$における微分係数$\left(\dfrac{d\ell_1}{dt}(t_0),\dfrac{d\ell_2}{dt}(t_0),\dfrac{d\ell_3}{dt}(t_0)\right)$を指します.この角度の定義は,2次元平面上の2直線のなす角度$\theta$が標準内積を使って
\begin{align*} \theta=\arccos \left(\dfrac{\{ \mathbf v,\mathbf u\}}{|\mathbf v||\mathbf u|}\right) \end{align*}
で定まることの,ミンコフスキー内積における類似であるといえます.
この定義にはいくつかチェックしておくことがあります.まず,$|\langle \mathbf v,\mathbf u \rangle|\leq ||\mathbf v|| ||\mathbf u||$であることを確かめておく必要があります.これが成り立たないと,$\arccos$の定義域$-1\leq x \leq 1$からはみ出してしまい定義の右辺が意味をなしません.これはミンコフスキー内積が$\mathbb H^2$の接平面上で正定値あることからシュワルツの不等式により従います(正定値の定義は後ほど出てきます).詳細は演習問題とします(という証明がめんどくさいときの定番のフレーズ).

 また些細な問題ではありますが,2つの測地線があってこれらが交わるときに2点以上で交わったりしてしまうと,「2つの測地線のなす角度」の意味が一通りに定まらない恐れがあります.しかし交点は常に1つしかできないのでこれは問題ありません.実際,$P$$Q$を通る測地線は原点,$P,Q$を通る平面と$\mathbb H^2$の共通部分だったわけですが,2つの測地線が交わる場合,測地線に対応する2つの平面の交線が$\mathbb H^2$上で交わっていることになります.したがって,2つの測地線が2回以上交わるようなケースがある場合.原点を通る直線で$\mathbb H^2$上の2回以上交わるようなものがあることになりますが,実際は原点を通る直線と$\mathbb H^2$は多くとも1回しか交わらないのでそのようなケースはありません(実際に方程式を立てて確かめてみましょう).

以上から,三角形の内角(の角度)を次で定義します.

三角形の内角

三角形を構成する3つの測地線のうちの2つを$\ell,m$とする.$\ell,m$のうちのどちらかの向きを反転させたものを考える(ここでは$\ell$の向きを反転させた$\ell'$を考える).このとき,$\ell'$$m$のなす角度を三角形の内角(の角度)という.

次に,三角形の合同について定義します.

三角形の合同

$\mathbb H^2$上の2つの三角形の3辺(頂点を結ぶ3つの測地線)の長さがそれぞれ等しいとき,2つの三角形は合同であるという.

本来三角形の合同は後に出てくる等長変換を使って定義し,3辺相等は同値な条件であることを証明するのが自然な流れだと思いますが,今回は直感的に受け入れやすいこちらを定義として採用しています.

さて,これで「2つの三角形の3つの内角が等しいならば,その2つの三角形は合同である」の意味を完全に定義することができましたので,証明に入っていきましょう.

3つの内角が等しいならば三角形が合同であることの証明

まず最初にこの定理の鍵となる補題を紹介し,そこから定理が導かれることを示します.あとで,その鍵となる補題を示していきます.

三角形
三角形 三角形
に対して,
\begin{align*} \cosh C=\dfrac{\cos\alpha\cos\beta+\cos\gamma}{\sin\alpha\sin\beta} \end{align*}
が成り立つ.

ここで,$\cosh$は実数から正実数への関数で,$\cosh t=\dfrac{e^t+e^{-t}}{2}$で定義されるものです.ハイパボリックコサインと呼びます.以下でハイパボリックサイン$\sinh(t)=\dfrac{e^t-e^{-t}}{2}$も出てくるのでここで紹介しておきます.$\cosh^2t-\sinh^2t=1$が成立することはこれから断り無しで使っていきます.

補題では$C$の場合のみを扱っていますが,$A,B$の場合についても$\alpha,\beta,\gamma$を入れ替えた形での等式が成り立ちます.さて,補題4を踏まえて主定理「2つの三角形の3つの内角が等しいならば,その2つの三角形は合同である」を証明しましょう.補題が強力であるため,証明自体は一瞬で終わります.

主定理の証明

三角形$PQR$と三角形$STU$の3つの角をそれぞれ$\alpha,\beta,\gamma$$\alpha',\beta',\gamma'$として,$\alpha=\alpha',\beta=\beta',\gamma=\gamma'$とする.このとき,補題4より$\cosh(PQ)=\cosh(ST),\cosh(QR)=\cosh(TU),\cosh(RP)=\cosh(US)$が成立する.$\cosh(t)$$t\geq 0$において連続で狭義単調増加(特に単射)であるから,上の等式から$PQ=ST,QR=TU,RP=US$となり,三角形$PQR$と三角形$STU$は合同である.

さて,では補題4の証明に入りましょう…の前に,補題4の等式の意味についてもう少し考察してみることにしましょう.当然,この等式は通常の平面における三角形では成り立たない等式です(成り立ってしまったら平面上の三角形でも三角相等が合同条件になってしまうので,大変なことになります).しかし,双曲面上の三角形を3辺の長さが0に限りなく近づくようにとって平面の三角形に近い状態だとみなしたときに,補題4の等式がどういう形に変化するかをみることで,平面における三角形のどういう性質の相当する等式なのかを考えることはできます.$\cosh C$のマクローリン展開
\begin{align*} \cosh C=1+\dfrac{x^2}{2!}+\dfrac{x^4}{4!}+\cdots \end{align*}
を踏まえると,$x^2$より下の項を切り捨てることで補題4の等式を
\begin{align*} 1\approx \dfrac{\cos\alpha\cos\beta+\cos\gamma}{\sin\alpha\sin\beta} \end{align*}
と近似することができます.これとおなじような平面上の三角形で成り立つ関係式はないのかといいますと,実はあります.まず,$\cos$の加法定理
\begin{align} \cos(\alpha+\beta)=\cos\alpha\cos\beta-\sin\alpha\sin\beta \end{align}
を変形した形
\begin{align} 1=\dfrac{\cos\alpha\cos\beta-\cos(\alpha+\beta)}{\sin\alpha\sin\beta} \end{align}
を考えます.ここで,平面における三角形の内角の和が$\pi$であることを踏まえると,$\alpha+\beta=\pi-\gamma$,つまり,$\cos(\alpha+\beta)=-\cos\gamma$です.よって,すぐ上の等式から
\begin{align} 1=\dfrac{\cos\alpha\cos\beta+\cos\gamma}{\sin\alpha\sin\beta} \end{align}
が成り立ちます.以上のことから,補題4の等式は$\cos$の加法定理から導かれる平面三角形が満たす上の等式の,双曲三角形バージョンと呼べる式といえます.注目すべきは,平面三角形においては定数だった左辺が,双曲三角形では辺の長さに依存する値であるという点です.この性質があるおかげで,「3つの角が等しいだけで辺の長さまで全部等しくなる」という,平面三角形ではあり得ない事実が導かれるのです.ちなみに上の考察から双曲三角形の内角の和は$\pi$ではないということがわかります.

さて,ではあらためて補題4の証明に入ることにしましょう.この補題は線形代数と双曲幾何の基礎知識をたくさん使うので,まずはそれらを準備していきます.

最初に,内積の一般論について少し復習しておきましょう.ここでいう「内積」は,実対称2次形式のことを指します.すなわち,$\mathbb R^n$の内積$\langle\ ,\ \rangle$とは,次の3条件を満たす写像$\mathbb R^n\times\mathbb R^n\to \mathbb R$です:任意の$\mathbf x,\mathbf x',\mathbf y,\mathbf y'\in\mathbb R^3$に対して,
\begin{align*} \langle \mathbf x ,\mathbf y\rangle&=\langle \mathbf y ,\mathbf x\rangle\\ \langle \mathbf x ,\mathbf y+\mathbf y'\rangle&=\langle \mathbf x ,\mathbf y\rangle+\langle \mathbf x ,\mathbf y'\rangle,\\ \langle \mathbf x+\mathbf x' ,\mathbf y\rangle&=\langle \mathbf x ,\mathbf y\rangle+\langle \mathbf x' ,\mathbf y\rangle.\\ \end{align*}
実ベクトル空間$\mathbb R^n$の内積$\langle\ ,\ \rangle$が任意の$0$でない$\mathbf x$に対して$\langle\mathbf x ,\mathbf x \rangle>0$を満たすとき,これを正定値と呼びます.また逆に,常に$\langle\mathbf x ,\mathbf x \rangle<0$を満たすとき,これを負定値と呼びます.内積が,「任意の$\mathbf y\in\mathbb R^n$に対して$\langle\mathbf x,\mathbf y\rangle=0$ならば$\mathbf x=0$」を満たすとき,非退化であるといいます.また部分空間$W$直交補空間は次のように定義されます.
\begin{align*} W^{\perp}=\{\mathbf y\in\mathbb R^n\mid\langle \mathbf x, \mathbf y\rangle=0, \forall \mathbf x\in\mathbb R^n \} \end{align*}
次の命題は,線形代数学において非常に基本的な定理です.証明は省略します.

$\langle\ ,\ \rangle$$\mathbb R^n$の非退化な内積とする.

1.この内積に関する直交基底,すなわち$\mathbb R^n$の基底$\mathbf v_1,\dots,\mathbf v_n$であって
\begin{align*} \langle \mathbf v_i,\mathbf v_j\rangle= 0 \quad (i\neq j) \end{align*}
であるようなものがとれる.
2.$\mathbb R^n$の部分空間$W$をとると,$\dim W+\dim W^{\perp}=n$が成立する.

他にも2つほど,後で使う命題を与えておきます.

内積が正定値または負定値であれば,非退化である.

$\mathbf x\in \mathbb R^n$について,任意の$\mathbf y\in \mathbb R^n$に対して$\langle\mathbf x,\mathbf y\rangle=0$であると仮定する.このとき特に$\langle\mathbf x,\mathbf x\rangle=0$.正定値性(または負定値性)の仮定から$\mathbf x=0$

$\mathbb R^n$の内積$\langle\ ,\ \rangle$を部分空間$W$へ制限したときに非退化ならば$W\cap W^{\perp}=0$である.さらに,内積が$\mathbb R^n$においても非退化であれば,$\mathbb R^n=W\oplus W^{\perp}$である.

$\mathbf x \in W\cap W^\perp$とする.このとき,任意の$\mathbf{y}\in W$に対して$\langle \mathbf x,\mathbf y\rangle=0$となる.非退化性の仮定から$\mathbf x=0$となる.よって前半が示された.後半は前半の事実と命題5の2.から従う.

 さて,話をミンコフスキー内積に戻します.まず,この内積は$\mathbb R^3$で非退化です.実際,$0$でない$\mathbb R^3$の元をとってくると,3つの実数成分のうち$0$でない成分がかならずありますが,その成分が$1$番目にある時は$(1,0,0)$との内積をとればその値は$0$ではありません(0でない成分が2番目,3番目の時も同様です).ただし,この内積はたとえば$(1,1,0)$で張られる1次元空間に制限すると非退化ではなくなります.
 また,$\mathbb R^3$の直交基底として,標準基底$\mathbf e_1=(1,0,0),\mathbf e_2=(0,1,0),\mathbf e_3=(0,0,1)$が挙げられます.各々自分自身との内積を考えると,$\langle \mathbf e_1,\mathbf e_1\rangle=-1$,$\langle \mathbf e_2,\mathbf e_2\rangle=1$,$\langle \mathbf e_3,\mathbf e_3\rangle=1$となっており,負である基底の元が1個,正である元が2個となっています.よって,この内積は正定値でも負定値でもありません.ここで,(証明は省略しますが)この自身との内積の値が正である元の個数2と負である元の個数1は,直交基底の取り方に依存せずに決定されます(シルベスターの慣性法則).上で見たように,ミンコフスキー内積は$\mathbb R^3$においては正定値ではありませんが,$\mathbb R^3$の部分空間においてこの内積を考えると正定値になるようなことはありえます.

次に,等長変換を定義します.この変換は,後で与える命題を証明するときに,一般の状況を特定の場合に帰着させるためのツールとして非常に強力です.

連続写像$g\colon \mathbb H^2\to \mathbb H^2$は,$\mathbb H^2$の任意の測地線$\ell$に対して次の等式を満たすとき等長変換であるという:
\begin{align*} \text{length}(\ell)=\text{length}(g(\ell)). \end{align*}

実は等長変換は具体的な形を記述できることが知られています.まず,$3\times 3$実数行列$J$
\begin{align*} J=\begin{bmatrix} -1&0&0\\0&1&0\\0&0&1 \end{bmatrix} \end{align*}
で定義します.この行列はミンコフスキー内積を与える対称行列です.すなわち,
\begin{align*} \langle \mathbf x,\mathbf y\rangle= {^t}\mathbf x J\mathbf y \end{align*}
を満たすことに注意してください.そして,次のような群を考えます.

\begin{align*} O(2,1)=\{G\in M_3(\mathbb R)\mid {^t}GJG=J\}. \end{align*}

ただし,$M_3(\mathbb R)$$3\times 3$実数行列全体の集合をさします.${^t}GJG=J$という等式は,内積の値が$G$の作用について不変であることを意味します.実際,
\begin{align*} \langle G\mathbf x,G\mathbf y\rangle={^t}(G\mathbf x) JG\mathbf y={^t}\mathbf x({^t}(G JG)\mathbf y={^t}\mathbf x J\mathbf y=\langle \mathbf x,\mathbf y\rangle \end{align*}
となります.さて,この群$O(2,1)$の中で,$\mathbb H^2$において閉じている元全体からなる部分群を考えましょう.すなわち,次の群を考えます.

\begin{align*} O^+(2,1)=\{G\in O(2,1)(\mathbb R)\mid G(\mathbb H^2)=\mathbb H^2\}. \end{align*}
このとき,次の命題が成立します.

$G\in O^+(2,1)$とすると,$G$$\mathbb H^2$上の等長変換である.

連続性は$G$を関数として見たときに多項式関数であることから明らか.また,任意の曲線$\ell$が関数$\ell\colon[a,b]\to \mathbb H^2$で与えられているとすると,$G$の線形性から
\begin{align*} \dfrac{dG\ell}{dt}(t)=G\dfrac{d\ell}{dt}(t) \end{align*}
となる.よって,
\begin{align*} \text{length}(G\ell)&=\int^b_a\sqrt{\left\langle\dfrac{dG\ell}{dt}(t),\dfrac{dG\ell}{dt}(t)\right\rangle} dt=\int^b_a\sqrt{\left\langle G\dfrac{d\ell}{dt}(t),G\dfrac{d\ell}{dt}(t)\right\rangle} dt\\ &=\int^b_a\sqrt{\left\langle G\dfrac{d\ell}{dt}(t),G\dfrac{d\ell}{dt}(t)\right\rangle} dt=\int^b_a\sqrt{\left\langle \dfrac{d\ell}{dt}(t),\dfrac{d\ell}{dt}(t)\right\rangle} dt=\text{length}(\ell). \end{align*}
特に$\ell$が測地線であるときも$\text{length}(G\ell)=\text{length}(\ell)$であるから,示された.

$O^+(2,1)$の凄いところは,逆も成り立つことです.ただこちらは今回は使用しませんし,証明が長くなるので省略します.

$g$$\mathbb H^2$における等長変換であるとすると,ある$G\in O^+(2,1)$が存在して$g=G$となる.

さて,次に等長変換の推移性について証明することにします.推移性とは,ある任意の2点が与えられたとき,適当な等長変換を選ぶことによって片方の点をもう片方の点に移せることを意味します.すなわち,次の定理が成り立ちます.

$\mathbb H^2$上の2点$\mathbf x,\mathbf y$に対し,ある等長変換$g$が存在して$g(\mathbf x)=\mathbf y$となる.

まず$\mathbf x=(1,0,0)$の場合を示す.$V=\{\mathbf v\in\mathbb R^3\mid \langle\mathbf v, \mathbf y\rangle=0\}$とする.このとき,$\mathbf y\in\mathbb H^2$より$\langle \mathbf y,\mathbf y\rangle=-1$であることから$\mathbf y$で張られる空間$W$はミンコフスキー内積について負定値であり,よって命題6と命題7から$\mathbb R^3=V\oplus W$となる.$V$は非退化だから,$V$に関して直交基底がとれる.これを$\mathbf v_1,\mathbf v_2$とすると,$\mathbf y,\mathbf v_1,\mathbf v_2$$\mathbb R^3$の直交基底となる.よって,シルベスターの慣性法則を用いて$V$がミンコフスキー内積について正定値であることがわかる.そこで,$\mathbf v'_i=\dfrac{\mathbf v_i}{||\mathbf v_i||}\ (i=1,2)$とおくと,$\mathbf y,\mathbf v'_1,\mathbf v'_2$$\mathbb R^3$の直交基底かつ$\langle \mathbf v_1',\mathbf v_1'\rangle=1,\langle \mathbf v_2',\mathbf v_2'\rangle=1,\langle \mathbf y,\mathbf y\rangle=-1$を満たす.よって,この基底を用いてミンコフスキー内積を表すと,
\begin{align*} \langle a\mathbf y+b\mathbf v'_1+c\mathbf v_2',d\mathbf y+e\mathbf v'_1+f\mathbf v_2'\rangle=-ad+be+cf. \end{align*}
ここで,$G$$G(x_1,x_2,x_3)=x_1\mathbf y+x_2\mathbf v_1+x_3\mathbf v_2$で定義すると,$\langle G\mathbf x,G\mathbf y\rangle=\langle \mathbf x,\mathbf y\rangle$となり,$G\in O(2,1)$である.さらに,$G(1,0,0)=\mathbf y$を満たすので,連続性から$G(\mathbb H^2)=\mathbb H^2$である.よって,$G\in O^+(2,1)$であり,これは等長変換である.$\mathbf x$が一般の場合は,$G_1(1,0,0)=\mathbf x, G_2(1,0,0)=\mathbf y$となるように選べば$G_2G_1^{-1}\mathbf x=\mathbf y, G_2G_1^{-1}\in O^+(2,1)$となる.

「連続性から$G(\mathbb H^2)=\mathbb H^2$である」の部分をもう少し詳しく説明しておきます.今,$G$の定義域を$\mathbb H^2$に制限すると,その値域は
\begin{align*} -\mathbb H^2:=\{ (x,y,z)\in\mathbb R^3 \mid -x^2+y^2+z^2=-1,\ x<0\} \end{align*}
を使って$\mathbb H^2\cup(-\mathbb H^2)$と表されます.ただし,$\mathbb H^2$$(-\mathbb H^2)$は互いに異なる連結成分であるため,$G$の連続性によりその像が$\mathbb H^2$$(-\mathbb H^2)$にまたがることはありません.したがって,$G$の像は必ず$\mathbb H^2$$-\mathbb H^2$のどちらかに含まれます.どちらに含まれるかをみるには,1つ具体的な値を取ってきてどちらに含まれているかを見れば良いです.したがって$G(\mathbb H^2)\subset\mathbb H^2$となります.$G(\mathbb H^2)=\mathbb H^2$であることは,同様の理由で逆行列$G^{-1}\colon\mathbb H^2\to \mathbb H^2$が定義できることから従います.

さらに,等長変換全体のなす群である$O^+(2,1)$の元は2つの測地線のなす角度を保つ共形写像であることを確認しておきましょう.まず,次の事実を示します.

  1. $\mathbf x$$\mathbf y$を結ぶ測地線$\ell$$G\in O^+(2,1)$で移した曲線$G(\ell)$は測地線である.
  2. 1.の$\ell$を含む測地線を$\mathbf e^{\perp}$とすると,$G(\ell)$$(G\mathbf e)^{\perp}$に含まれる.

1.を示す.$G(\ell)$が測地線でないと仮定する.このとき,より短い長さを持つ$G\mathbf x$$G\mathbf y$を結ぶ測地線$\ell'$が存在する.ここで,$G^{-1}$も等長変換であるから,$G^{-1}(\ell')$$\ell'$と同じ長さを持つ$\mathbf x$$\mathbf y$を結ぶ曲線である.ここで,$\text{length}(\ell)=\text{length}(G(\ell))>\text{length}(\ell')=\text{length}(G^{-1}(\ell'))$であるが,これは$\ell$が測地線であることに矛盾する.
次に2.を示す.そのためには$G\mathbf e$が,原点,$G\mathbf x,G\mathbf y$を通る平面の法線ベクトルであることを確かめれば十分.今,$\langle \mathbf e, \mathbf x\rangle =\langle \mathbf e, \mathbf y\rangle=0$の条件と$G$のミンコフスキー内積における不変性から,$\langle G\mathbf e, G\mathbf x\rangle =\langle G\mathbf e, G\mathbf y\rangle=0$である.よって示された.

これを踏まえて,共形性の証明に入ります.

$G\in O^+(2,1)$とする.このとき,測地線$\mathbf e^{\perp},\mathbf f^{\perp}$のなす角度と各々を$G$で移したときの測地線$(G\mathbf e)^{\perp},(G\mathbf f)^{\perp}$のなす角度は等しい.

$G$はミンコフスキー内積の値を保つので,$\mathbf e^{\perp}$$\mathbf f^{\perp}$のなす角度を$\theta$, $\mathbf e^{\perp}$$\mathbf f^{\perp}$のなす角度を$\varphi$とすると,
\begin{align*} \varphi=\arccos \dfrac{\langle G\mathbf e,G\mathbf f\rangle}{||G\mathbf e||||G\mathbf f||}=\dfrac{\langle \mathbf e,\mathbf f\rangle}{||\mathbf e||||\mathbf f||}=\theta. \end{align*}
よって示された.

ここから,三角関数,双曲関数に関する諸々の等式を示していきます.

  1. $\mathbf x,\mathbf y\in\mathbb H^2$とし,$\mathbf x$$\mathbf y$を結ぶ測地線$\ell$の長さを$d(\mathbf x,\mathbf y)$とおく.このとき,
    \begin{align*} \cosh d(\mathbf x,\mathbf y)=-\langle \mathbf x,\mathbf y\rangle. \end{align*}

  2. 測地線$\mathbf e^{\perp}$$\mathbf f^{\perp}$のなす角を$\theta$とする.このとき,
    \begin{align*} \cos \theta=\langle \mathbf e,\mathbf f\rangle. \end{align*}

1.を示す.命題11の1.から,任意の$G\in O^+(2,1)$に対して$d(\mathbf x,\mathbf y)=d(G\mathbf x,G\mathbf y)$であり,また$\langle \mathbf x,\mathbf y\rangle=\langle G\mathbf x,G\mathbf y\rangle$であるから最初から$\mathbf x=(1,0,0)$と仮定して良い(そうじゃない場合は$\mathbf x$$(1,0,0)$に移すような$G\in O^+(2,1)$を作用させて,そこで考えれば良い).さらに,$x_1$軸の周りの回転行列$R_\varphi=\begin{bmatrix}1&0&0\\0&\cos\varphi&-\sin\varphi\\0&\sin\varphi&\cos\varphi\end{bmatrix}$を考えると,転置行列が逆回転であるから${^t}R_{\varphi} JR_{\varphi}=J$となり,また第1成分は変換前後で不変だから$R_{\varphi}(\mathbb H^2)=\mathbb H^2$である.したがって,$R_{\varphi}\in O^+(2,1)$であり,必要ならばこれを用いて$\mathbf y=(y_1,y_2,0)$として良い.この場合,測地線$\ell$$\mathbb H^2$$x_1,x_2$平面の共通部分である.したがって,$\ell$の長さは方程式$-x_1^2+x_2^2=-1$で与えられる曲線の$(1,0,0)$から$(y_0,y_1,0)$までの区間の(ミンコフスキー内積による)長さである.この曲線上の点が$(\cosh t,\sinh t,0)$でかけることを踏まえると,$y_1=\cosh \theta$としたとき$\ell$を与える関数は$\ell\colon [0,\theta]\to \mathbb R^3, \ell(t)=(\cosh t,\sinh t,0)$となる.この曲線の長さは
\begin{align*} \int_0^\theta -\sinh^2t+\cosh^2tdt=\int_0^\theta dt=\theta. \end{align*}
よって,$d(\mathbf x,\mathbf y)=\theta$となる.一方,$-\langle \mathbf x,\mathbf y\rangle=y_0=\cosh\theta$である.よって等式が成り立つ.
次に2.を示す.命題12と$G$のミンコフスキー内積に関する不変性から,$\mathbf e^{\perp}$$\mathbf f^{\perp}$の交点を最初から$(1,0,0)$としてよい.このとき,法線ベクトル$\mathbf e$$(1,0,0)$と直交するので,$\mathbf e=(0,x_2,x_3)$とかける.さらに,必要ならば$x_1$軸回転をすることで$\mathbf e=(0,1,0)$としてよい.このとき$\mathbf f=(0,\cos\varphi,\sin\varphi)$であるとする.まず$\mathbf e^{\perp}$が満たす方程式は$-x_1^2+x_3^2=-1$となるので,この測地線の点は$(\cosh t,0,\sinh t)$とかける.$(\cosh t,0,\sinh t)=(1,0,0)$のとき$t=0$なので,$(1,0,0)$における$\mathbf e^{\perp}$の接ベクトルは
\begin{align*} \left(\dfrac{d\cosh}{dt}(0),0,\dfrac{d\sinh}{dt}(0)\right)=\left(\sinh(0),0,\cosh(0)\right)=(0,0,1). \end{align*}
一方,$\mathbf f$$\mathbf e$$x_1$中心に$\varphi$回転したものなので,$\mathbf f^{\perp}=(R_\varphi\mathbf e)^\perp$であり命題11の2.からこの測地線の点は
$R_\varphi(\cosh t,0,\sinh t)=(\cosh t,-\sin\varphi\sinh t,\cos\varphi\sinh t)$と記述される.したがって,$(0,0,1)$における接ベクトルは
\begin{align*} \left(\dfrac{d\cosh}{dt}(0),-\sin\varphi\dfrac{d\sinh}{dt}(0),\cos\varphi\dfrac{d\sinh}{dt}(0)\right)=\left(\sinh(0),-\sin\varphi\cosh(0),\cos\varphi\cosh(0)\right)=(0,-\sin\varphi,\cos\varphi) \end{align*}
以上から,
\begin{align*} \cos\theta=\cos\varphi=\langle \mathbf e,\mathbf f\rangle \end{align*}
となり証明される.

この命題の系として,次の主張を得ます.

$\mathbf e^{\perp}$$\mathbf f^{\perp}$が交わるならば,$\mathbf e$$\mathbf f$で張られる2次元部分空間はミンコフスキー内積について正定値である.

定理13の2.の証明中で$\mathbf e=(0,1,0),\mathbf f=(0,\cos\varphi,\sin\varphi)$としてよいことが示されている.ただし,$\cos\varphi\neq \pm1$である.このとき,$\langle a_1\mathbf e+ a_2\mathbf f,a_1\mathbf e+ a_2\mathbf f\rangle=a_1^2+a_2^2+2a_1a_2\cos\varphi$である.よって,$(a_1-a_2)^2\leq \langle a_1\mathbf e+ a_2\mathbf f,a_1\mathbf e+ a_2\mathbf f\rangle\leq (a_1+a_2)^2$または$(a_1-a_2)^2\leq \langle a_1\mathbf e+ a_2\mathbf f,a_1\mathbf e+ a_2\mathbf f\rangle\leq (a_1+a_2)^2$を満たす.以上から,$a_1\neq a_2$のときは常に$\langle a_1\mathbf e+ a_2\mathbf f,a_1\mathbf e+ a_2\mathbf f\rangle>0$であり,$a_1=a_2$のときも$\cos\varphi\neq \pm1$だから$a_1=a_2=0$の場合を除いて$\langle a_1\mathbf e+ a_2\mathbf f,a_1\mathbf e+ a_2\mathbf f\rangle>0$となる.よって正定値である.

実は上の命題は逆も成り立ちますが,今回は使わないので省略します.

次に,$\mathbb R^3$の基底$\mathbf v_1,\mathbf v_2, \mathbf v_3$に対して,ミンコフスキー内積に関する双対基底を$\mathbf v^1,\mathbf v^2, \mathbf v^3$であると定めます.つまり,
\begin{align*} \langle \mathbf v_i,\mathbf v^j\rangle=\begin{cases}1 \quad (i=j)\\0 \quad (i\neq j)\end{cases} \end{align*}
を満たすように$\mathbf v^j$を定めます.これについて,まず次の事実を確認しておきましょう.

$\langle \mathbf v^i,\mathbf v^j\rangle$$(i,j)$成分とする$3\times 3$行列を$(\langle \mathbf v^i,\mathbf v^j\rangle)_{ij}$$\langle \mathbf v_i,\mathbf v_j\rangle$$(i,j)$成分とする$3\times 3$行列を$(\langle \mathbf v_i,\mathbf v_j\rangle)_{ij}$とする.このとき,この2つの行列は互いに逆行列である.

線型写像$\Phi,\Psi\colon\mathbb R^3\to\mathbb R^3$
\begin{align*} \Phi(\mathbf w)=\sum_{i=1}^3\langle \mathbf v_i,\mathbf w\rangle\mathbf v_i, \quad,\Psi(\mathbf w)=\sum_{i=1}^3\langle \mathbf v^i,\mathbf w\rangle\mathbf v^i, \end{align*}
で定義する.このとき,
\begin{align*} \Phi\circ\Psi(\mathbf w)=\sum_{j=1}^3\left\langle \mathbf v_j,\sum_{i=1}^3\langle \mathbf v^i,\mathbf w\rangle\mathbf v^i\right\rangle\mathbf v_j=\sum_{j=1}^3\sum_{i=1}^3\langle \mathbf v^i,\mathbf w\rangle\left\langle \mathbf v_j,\mathbf v^i\right\rangle\mathbf v_j=\sum_{i=1}^3\langle \mathbf v^i,\mathbf w\rangle\mathbf v_i. \end{align*}
よって,$\Phi\circ\Psi(\mathbf v_k)=\mathbf v_k\ (k=1,2,3)$となり,$\Phi\circ\Psi$は恒等写像である.ここで,$\Phi,\Psi$は有限次元線型空間の線型写像であるから,互いに逆写像となる.あとは,$\Phi$$\mathbf v_1,\mathbf v_2,\mathbf v_3$に関する表現行列が$(\langle \mathbf v_i,\mathbf v_j\rangle)_{ij}$,$\Psi$の表現行列が$(\langle \mathbf v^i,\mathbf v^j\rangle)_{ij}$であることを示せば十分である.前者は明らかである.後者を示す.$\mathbf v^k=\Phi\circ\Psi(\mathbf v^k)=\sum_{i=1}^3\langle \mathbf v^i,\mathbf v^k\rangle\mathbf v_i$であるから,
\begin{align*} \Psi(\mathbf v_k)=\sum_{i=1}^3\langle \mathbf v^i,\mathbf v_k,\rangle\mathbf v^i=\mathbf v^k=\sum_{i=1}^3\langle \mathbf v^i,\mathbf v^k\rangle\mathbf v_i \end{align*}
よって示された.

さて,やっと準備が終わりました.ここから補題4の証明に入ります.ここまで長かったのでもう一回補題を見ておきましょう.

再掲

三角形
三角形 三角形
に対して,
\begin{align*} \cosh C=\dfrac{\cos\alpha\cos\beta+\cos\gamma}{\sin\alpha\sin\beta} \end{align*}
が成り立つ.

いくつか細々した補題を用意しておきます.

$PQ,QR,RS$を結ぶ測地線が$\mathbf v_1^{\perp},\mathbf v_2^{\perp},\mathbf v_3^{\perp}$であるとき,$\mathbf v_1,\mathbf v_2,\mathbf v_3$$\mathbb R^3$の基底をなす.

$a_1\mathbf v_1+a_2\mathbf v_2+a_3\mathbf v_3=0$であって,$a_1\neq 0$なるものが存在すると仮定する.このとき,$\mathbf v_1=-\dfrac{a_2\mathbf v_2+a_3\mathbf v_3}{a_1}$である.測地線は交わるときは1点でのみ交わるので,$\mathbf v_2^{\perp}$$\mathbf v_3^{\perp}$の交点を$\mathbf x=\mathbf v_2^{\perp}\cap\mathbf v_3^{\perp}$とおく.このとき,$\langle \mathbf x,\mathbf v_1\rangle=-\dfrac{a_2\langle \mathbf x,\mathbf v_2\rangle+a_3\langle \mathbf x,\mathbf v_3\rangle}{a_1}=0$より,$\mathbf x\in \mathbf v_1^{\perp}\cap\mathbf v_2^{\perp}\cap\mathbf v_3^{\perp}$である.これは,3つの測地線が1点で交わることを意味しており,3つの測地線が三角形をなしていることに矛盾している.よって,$a_1=0$である.$a_2=0,a_3=0$も同様に示される.

$P$$\mathbf v_2^\perp$の点かつ$\mathbf v_3^\perp$の点であるから$P=k\mathbf v^1$$k$は実数)として記述することができます.この$k$をさらに具体的に与えるため,次の補題を示します.

任意の$i\in\{1,2,3\}$に対して,$\langle \mathbf v^i,\mathbf v^i\rangle<0$が成立する.

$i=1$のみ示す.他は同様.$W$$\mathbf v_2,\mathbf v_3$で張る2次元部分空間であるとする.このとき,$\mathbf v_2$$\mathbf v_3$が交わることから定理13の系よりミンコフスキー内積の$W$への制限は正定値である.よって,命題6からこれは非退化であり,従って命題5から$W\cap W^{\perp}=0$である.$\mathbf v^1\in W^{\perp}$であるから,$\mathbf v^1\notin W$である.よって,$\mathbf v^1$が張る1次元部分空間を$V$とすると,$\mathbb R^3=W\oplus V$となる.$W$の直交基底$\mathbf w_1,\mathbf w_2$をとる(命題5の1.からとれることが保証されている)と,$\mathbf w_1,\mathbf w_2,\mathbf v^1$$\mathbb R^3$の直交基底であり,$\langle \mathbf w_j,\mathbf w_j\rangle>0\ (j=1,2)$であるから,シルベスターの慣性法則より$\langle \mathbf v^1,\mathbf v^1\rangle<0$となる.

いよいよ補題4を倒します.

補題4の証明

補題17と$P\in \mathbb H^2$,つまり$P=(p_1,p_2,p_3)$に対して$-p_1^2+p_2^2+p_3^2=-1$であることから

\begin{align*} P=\dfrac{\mathbf v^1}{\sqrt{-\langle \mathbf v^1,\mathbf v^1\rangle}} \end{align*}
と表すことができる.$Q,R$も同様に.\begin{align*} Q=\dfrac{\mathbf v^2}{\sqrt{-\langle \mathbf v^2,\mathbf v^2\rangle}},\quad R=\dfrac{\mathbf v^3}{\sqrt{-\langle \mathbf v^3,\mathbf v^3\rangle}} \end{align*}
と定まる.さて,定理13の1.より
\begin{align*} \cosh C=\dfrac{-\langle \mathbf v^1,\mathbf v^2\rangle}{\sqrt{-\langle \mathbf v^1,\mathbf v^1\rangle}\sqrt{-\langle \mathbf v^2,\mathbf v^2\rangle}} \end{align*}
が成立する.
ここで,$PQ$$QR$のなす角は$\pi-\beta$, $QR$$RP$のなす角は$\pi-\gamma$,$RP$$PQ$$\pi-\alpha$である.したがって,定理13の2.から,

\begin{align*} (\langle \mathbf v_i,\mathbf v_j\rangle)_{ij}=\begin{bmatrix}1&-\cos\gamma&-\cos\beta\\-\cos\gamma&1&-\cos\alpha\\-\cos\beta&-\cos\alpha&1\end{bmatrix} \end{align*}
が成立.この行列の逆行列が$(\langle \mathbf v^i,\mathbf v^j\rangle)_{ij}$であった(命題14)から,逆行列の行列式と余因子行列の行列式による表示を用いて$\cosh C$を計算すると
\begin{align*} \cosh C=\dfrac{\cos\alpha\cos\beta+\cos\gamma}{\sqrt{1-\cos^2\alpha}\sqrt{1-\cos^2\beta}}=\dfrac{\cos\alpha\cos\beta+\cos\gamma}{\sin\alpha\sin\beta} \end{align*}
となる($(\langle \mathbf v_i,\mathbf v_j\rangle)_{ij}$の行列式が負なので,分子の符号が打ち消されていることに注意).以上から導出された.

ここまでお疲れ様でした.

おわりに

この記事では平面の三角形ではあり得ないことが双曲三角形では起こりうるよということを知ってもらうために「3角相等が合同条件である」という事実を紹介しましたが,他にも色々な差があります.一例として,双曲面においては

  • 2つの測地線が交わらない場合でも,平行とは限らない(平行の他に超平行という概念がある)
  • 三角形の内角の和は$\pi$より小さく,しかも一定ではない
  • 足して$\pi$より小さい値になる任意の3つの正実数を取ると,これを内角とするような三角形が存在する
  • 三角形の面積は$\pi$から3つの内角の和を引いた値となる
  • 4つの角が全て直角であるような4角形は存在しない
  • 全ての角が直角である$n(\geq 5)$角形は存在する

他にも面白い性質が色々あります.是非一度勉強してみてはいかがでしょうか.

謝辞

この記事を書くにあたり,同期であるM氏と議論し,様々な助言をいただきました.感謝申し上げます.

参考文献

[1]
深谷賢治, 双曲幾何, 現代数学への入門, 岩波書店, 2004
投稿日:2021910

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