はじめに
こんにちは,ロダンです.
タイトルを見て,中学まで真面目に数学を勉強してきた人であれば「おいおい」と突っ込みたくなったと思います.タイトルは目を引くもの,というのが記事の鉄則ですから,あえてこういうタイトルをつけました.しかし,このタイトルは間違ったことを主張しているものではありません.早急に「それはおかしい」と結論を出す前に,少しこの記事を読んでいってください.
さて,数学において言葉の定義というのはとても大事です.数学の議論を始める前には,必ず議論の中心にある言葉の定義を確認しておかなければなりません(これは数学に限らない議論においてもとても大切なことでもあります).ということで,まずはタイトルにある命題をじっくりを眺めるところから始めたいと思います.
「2つの三角形の3つの内角が等しいならば,その2つの三角形は合同である」
はい,にわかには真であるとは信じがたい命題ですね.だって,もしこれが正しいとしたら,3つの角度が決まるだけで,三角形の形だけでなく,大きさも完全に決まってしまうってことになります.これは普通に考えれば不自然ですね.なぜなら我々が普段考えている世界では,角度が同じでも大きさの違う三角形が存在しますから.いわゆる「相似な三角形」というやつです.
ということは,もしこれが真であるならば,ここに出ている何かしらの単語の定義が我々が想像しているものとは異なっているはずですね.結論から言うと,ここでいう「三角形」は我々が普段指すものとは異なるものです.ここでの「三角形」は普段我々が慣れ親しんでいる平面において定義される三角形ではなく,双曲面と呼ばれる曲面上に定義される三角形(双曲三角形)のことを指します.(その道の専門家以外の)我々は普段平面上で三角形を考えますが,実は平面ではなく曲面においても三角形を考えることができます.ただし,平面上における三角形の定義をそのまま使うことはできないので,改めて三角形を定義し直す必要があります.
本稿は,平面で定義される三角形に似た定義を使って曲面に三角形を定めてみたら,「3つの内角の角度で三角形全体の大きさが決まる」という我々の感覚とはかけ離れた事態が起こってしまうというお話がメインテーマになります.前半で三角形を双曲面と呼ばれる曲面に定義し,後半でこのあり得ない事態が起きていることを数学的に証明していきます.
内容の難易度について,最も重い補題4の証明には大学の学部レベルの数学を多少使いますが,それ以外の部分は高校生でもある程度読めると思います.補題4の証明を飛ばしても記事の全体像は見えるようにできているので,是非読んでみてください.
この記事ではスペースの都合上,の元をのような横ベクトル表示で使うことがほとんどですが,内積の中に含まれているものや,行列と計算を行う場合などは全て縦ベクトルとして解釈しています.
この記事の内容は[1]の内容に基づいています.線形代数の基本知識以外の,証明を省略している命題は,ほとんどこの本で補完できます.ただし,最も重要な補題である補題4は[1]では言及が避けられている「曲線の向き」の概念を用いて厳密に示しています.
それでは,しばしお付き合いくださればと思います.
双曲面とは
まず今回三角形が定義される土台である「双曲面」と呼ばれる曲面について説明しておく必要があります.双曲面は,実3次空間における次の部分集合です.
これはちょうど次の図のような曲面になっています.2次元実平面の代わりに,この面の上に三角形を描いていくことを考えていきます.
双曲面
三角形の定義
さて,三角形を描いていくことを考えますとは言ったものの,まず何を三角形と呼ぶべきなのかが問題になってきます.三角形と呼ぶからには,平面で定義される三角形に似たようなものであって欲しいですね.そこで,双曲面の話に入る前に,まず平面上で定義される三角形について考えてみましょう.
平面上の三角形とは,一点で交わらない3直線が囲む領域のことでした.あるいは直線のうち囲むのに必要のない部分をカットした,3つの線分で囲まれている領域という言い方もできます.この定義を,できるだけそのままの形で双曲面の世界に持っていきたいわけです.そこでまず,我々は双曲面上において「線分」に対応するものを定義しなければいけないことに気がつきます.これもできれば平面における線分に似た形で定義したいわけですが,さて,ではまず平面において2点を結ぶ線分とはいったいどういうものだったでしょうか?「真っ直ぐな線」では応用が利きづらいので,なんらかの量を用いて定めたいですね.そこで「長さ」という量を持ち出します.平面上で2点とを結ぶ線分とは,その2点を結ぶ曲線の中で長さが最も短いものという風にいうことができたのでした.これをまず数学的にきちんと定義します.平面上の曲線の長さについては高校数学の範囲でしたので,曲線の定義とともにいまここで復習しておきましょう.の標準内積をで表すことにして(ただし),のノルムをで表すこととします.
曲線とその長さ
- とする.次のようなの部分集合のことをとを結ぶ曲線という:無限回微分可能な連続関数でであるようなものを用いて,
と表すことができる(ただし,はを満たす実数). - 関数で与えられる曲線の長さを
で定義する.ただし,はそれぞれの第1成分,第2成分の値とする.
上の定義では関数に微分可能でない点が存在する,いわゆる「折れ線」を曲線とは認めていませんが,曲線の定義を「有限個の点を除き無限回微分可能」という条件に緩めることで曲線に含めることができます.またその場合,長さは微分可能でない点ごとに区切った積分の値の和として定めることができます.ただこれらのことはあまり本質的ではないので,最初から取り除いて考えることにします.さて,これで「とを結ぶ線分」を定義することができます.
線分
とする.とを結ぶ曲線のうち,長さが最小であるようなものをとを結ぶ線分という.
これで平面における線分を定義することができました.さて,今度はこれと同じことを平面ではなく双曲面でやりましょう.双曲面を含む実3次元空間にはミンコフスキー内積と呼ばれる標準内積とは異なる内積
が入っており,これを使って曲線の長さを定めます.ミンコフスキー内積に関するノルムをと書くことにします.
曲線とその長さ(双曲面バージョン)
- とする.次のようなの部分集合のことをとを結ぶ曲線という:無限回微分可能な連続関数でであるようなものを用いて,
と表すことができる(ただしは実数). - 関数で与えられる曲線の長さを
で定義する.ただし,はそれぞれの第1成分,第2成分,第3成分の値とする.
定義では混乱を避けるために曲線とそれを与える関数を別の文字にしていましたが,以降はこれらをどちらも同じ文字を使って表記することにします.
さて,上記の長さの定義を見たときに一瞬長さが複素数にならないか心配になりますが,実は大丈夫です.証明は省略しますが,きちんと長さが正実数になることが保証されています.
これで「曲線」「長さ」に対応するものが定められたので,双曲面上の「線分」に当たるものが定義できます.双曲面においてはこれを「測地線」と呼びます.
測地線
とする.とを結ぶ曲線のうち,長さが最小であるようなものをとを結ぶ測地線という.
この記事においては,「とを結ぶ測地線」といった場合,それは長さが有限であるものを指すことにします(平面幾何における「線分」に対応する語).一方,端点を指定せず単に「測地線」といったり,「とを通る測地線」といったりする場合,長さが無限のものを指すことにします(平面幾何における「直線」に対応する語).
ところでこのとを結ぶ測地線,そもそも存在するのか?とか2本あったりしないか?ということはチェックしなければいけません.証明をしようとすると話が脱線してしまうので省略しますが,これもちゃんと保証されています(しかも具体的にどういう線かもわかってます).
任意の2点,を結ぶ測地線は一意的に存在し,これは原点ととの3点を通る平面との共通部分の一部として記述される.
これで,双曲面における三角形を定義することができます!
三角形(双曲面バージョン)
を異なる3点とする.各2点を結ぶ測地線で囲まれた領域を,三角形とよぶ.
双曲面上の三角形
後のために,曲線に向きを定め,固定しておきます.これは,後で出てくる2つの測地線のなす角を一意的に定めるために必要です.三角形には各々の頂点が,繋がっている1辺の始点かつもう1辺の終点となるような向きを入れます(図2の三角形を参照してください).このような向きの入れ方は2通りありますが,どちらかに固定しておきます.
2つの測地線の角度と三角形の合同の定義
さて,これで双曲面上にも三角形が定義できたわけですが,
「2つの三角形の3つの内角が等しいならば,その2つの三角形は合同である」
の文章の意味するところを完全に理解するには,まだ足りていないものがあります.「内角」と「合同」の定義です.この2つも双曲面上で使えるように定義してあげないといけません.
まずは2つの測地線のなす角度から定義します.まず,以降の議論のために測地線をもう少し都合の良い表記で表すことにします.まず,以下の事実を認めます.
との共通部分が空でないような原点を通る平面のミンコフスキー内積における法線ベクトルをとすると,である.
測地線は原点を通る平面との共通部分で記述できたので,これ以降,測地線はそれに対応する原点を通る平面の単位法線ベクトルを用いてのように書くことにします.ただし,平面の単位法線ベクトルといったとき,そのベクトルは一意的には定まりません(との2つがあります).そこで,ここでは法線ベクトルを,原点において立った時に測地線の向きが右から左に流れていく方のベクトルであるとします.たとえば,次の図は原点を通りと交わる平面を表しており,曲線は測地線を示しています.
例
この場合,法線ベクトルは奥から手前に伸びている側と定義します.
2つの測地線のなす角度
測地線とが交点を持つとする.その交点におけるとの接ベクトルをとしたとき,とのなす角度を
で定義する.
ただし,のにおける接ベクトルとは,のにおける微分係数を指します.この角度の定義は,2次元平面上の2直線のなす角度が標準内積を使って
で定まることの,ミンコフスキー内積における類似であるといえます.
この定義にはいくつかチェックしておくことがあります.まず,であることを確かめておく必要があります.これが成り立たないと,の定義域からはみ出してしまい定義の右辺が意味をなしません.これはミンコフスキー内積がの接平面上で正定値あることからシュワルツの不等式により従います(正定値の定義は後ほど出てきます).詳細は演習問題とします(という証明がめんどくさいときの定番のフレーズ).
また些細な問題ではありますが,2つの測地線があってこれらが交わるときに2点以上で交わったりしてしまうと,「2つの測地線のなす角度」の意味が一通りに定まらない恐れがあります.しかし交点は常に1つしかできないのでこれは問題ありません.実際,とを通る測地線は原点,を通る平面との共通部分だったわけですが,2つの測地線が交わる場合,測地線に対応する2つの平面の交線が上で交わっていることになります.したがって,2つの測地線が2回以上交わるようなケースがある場合.原点を通る直線で上の2回以上交わるようなものがあることになりますが,実際は原点を通る直線とは多くとも1回しか交わらないのでそのようなケースはありません(実際に方程式を立てて確かめてみましょう).
以上から,三角形の内角(の角度)を次で定義します.
三角形の内角
三角形を構成する3つの測地線のうちの2つをとする.のうちのどちらかの向きを反転させたものを考える(ここではの向きを反転させたを考える).このとき,とのなす角度を三角形の内角(の角度)という.
次に,三角形の合同について定義します.
三角形の合同
上の2つの三角形の3辺(頂点を結ぶ3つの測地線)の長さがそれぞれ等しいとき,2つの三角形は合同であるという.
本来三角形の合同は後に出てくる等長変換を使って定義し,3辺相等は同値な条件であることを証明するのが自然な流れだと思いますが,今回は直感的に受け入れやすいこちらを定義として採用しています.
さて,これで「2つの三角形の3つの内角が等しいならば,その2つの三角形は合同である」の意味を完全に定義することができましたので,証明に入っていきましょう.
3つの内角が等しいならば三角形が合同であることの証明
まず最初にこの定理の鍵となる補題を紹介し,そこから定理が導かれることを示します.あとで,その鍵となる補題を示していきます.
三角形
三角形
に対して,
が成り立つ.
ここで,は実数から正実数への関数で,で定義されるものです.ハイパボリックコサインと呼びます.以下でハイパボリックサインも出てくるのでここで紹介しておきます.が成立することはこれから断り無しで使っていきます.
補題ではの場合のみを扱っていますが,の場合についてもを入れ替えた形での等式が成り立ちます.さて,補題4を踏まえて主定理「2つの三角形の3つの内角が等しいならば,その2つの三角形は合同である」を証明しましょう.補題が強力であるため,証明自体は一瞬で終わります.
主定理の証明
三角形と三角形の3つの角をそれぞれととして,とする.このとき,補題4よりが成立する.はにおいて連続で狭義単調増加(特に単射)であるから,上の等式からとなり,三角形と三角形は合同である.
さて,では補題4の証明に入りましょう…の前に,補題4の等式の意味についてもう少し考察してみることにしましょう.当然,この等式は通常の平面における三角形では成り立たない等式です(成り立ってしまったら平面上の三角形でも三角相等が合同条件になってしまうので,大変なことになります).しかし,双曲面上の三角形を3辺の長さが0に限りなく近づくようにとって平面の三角形に近い状態だとみなしたときに,補題4の等式がどういう形に変化するかをみることで,平面における三角形のどういう性質の相当する等式なのかを考えることはできます.のマクローリン展開
を踏まえると,より下の項を切り捨てることで補題4の等式を
と近似することができます.これとおなじような平面上の三角形で成り立つ関係式はないのかといいますと,実はあります.まず,の加法定理
を変形した形
を考えます.ここで,平面における三角形の内角の和がであることを踏まえると,,つまり,です.よって,すぐ上の等式から
が成り立ちます.以上のことから,補題4の等式はの加法定理から導かれる平面三角形が満たす上の等式の,双曲三角形バージョンと呼べる式といえます.注目すべきは,平面三角形においては定数だった左辺が,双曲三角形では辺の長さに依存する値であるという点です.この性質があるおかげで,「3つの角が等しいだけで辺の長さまで全部等しくなる」という,平面三角形ではあり得ない事実が導かれるのです.ちなみに上の考察から双曲三角形の内角の和はではないということがわかります.
さて,ではあらためて補題4の証明に入ることにしましょう.この補題は線形代数と双曲幾何の基礎知識をたくさん使うので,まずはそれらを準備していきます.
最初に,内積の一般論について少し復習しておきましょう.ここでいう「内積」は,実対称2次形式のことを指します.すなわち,の内積とは,次の3条件を満たす写像です:任意のに対して,
実ベクトル空間の内積が任意のでないに対してを満たすとき,これを正定値と呼びます.また逆に,常にを満たすとき,これを負定値と呼びます.内積が,「任意のに対してならば」を満たすとき,非退化であるといいます.また部分空間の直交補空間は次のように定義されます.
次の命題は,線形代数学において非常に基本的な定理です.証明は省略します.
をの非退化な内積とする.
1.この内積に関する直交基底,すなわちの基底であって
であるようなものがとれる.
2.の部分空間をとると,が成立する.
他にも2つほど,後で使う命題を与えておきます.
について,任意のに対してであると仮定する.このとき特に.正定値性(または負定値性)の仮定から.
の内積を部分空間へ制限したときに非退化ならばである.さらに,内積がにおいても非退化であれば,である.
とする.このとき,任意のに対してとなる.非退化性の仮定からとなる.よって前半が示された.後半は前半の事実と命題5の2.から従う.
さて,話をミンコフスキー内積に戻します.まず,この内積はで非退化です.実際,でないの元をとってくると,3つの実数成分のうちでない成分がかならずありますが,その成分が番目にある時はとの内積をとればその値はではありません(0でない成分が2番目,3番目の時も同様です).ただし,この内積はたとえばで張られる1次元空間に制限すると非退化ではなくなります.
また,の直交基底として,標準基底が挙げられます.各々自分自身との内積を考えると,,,となっており,負である基底の元が1個,正である元が2個となっています.よって,この内積は正定値でも負定値でもありません.ここで,(証明は省略しますが)この自身との内積の値が正である元の個数2と負である元の個数1は,直交基底の取り方に依存せずに決定されます(シルベスターの慣性法則).上で見たように,ミンコフスキー内積はにおいては正定値ではありませんが,の部分空間においてこの内積を考えると正定値になるようなことはありえます.
次に,等長変換を定義します.この変換は,後で与える命題を証明するときに,一般の状況を特定の場合に帰着させるためのツールとして非常に強力です.
連続写像は,の任意の測地線に対して次の等式を満たすとき等長変換であるという:
実は等長変換は具体的な形を記述できることが知られています.まず,実数行列を
で定義します.この行列はミンコフスキー内積を与える対称行列です.すなわち,
を満たすことに注意してください.そして,次のような群を考えます.
ただし,は実数行列全体の集合をさします.という等式は,内積の値がの作用について不変であることを意味します.実際,
となります.さて,この群の中で,において閉じている元全体からなる部分群を考えましょう.すなわち,次の群を考えます.
このとき,次の命題が成立します.
連続性はを関数として見たときに多項式関数であることから明らか.また,任意の曲線が関数で与えられているとすると,の線形性から
となる.よって,
特にが測地線であるときもであるから,示された.
の凄いところは,逆も成り立つことです.ただこちらは今回は使用しませんし,証明が長くなるので省略します.
をにおける等長変換であるとすると,あるが存在してとなる.
さて,次に等長変換の推移性について証明することにします.推移性とは,ある任意の2点が与えられたとき,適当な等長変換を選ぶことによって片方の点をもう片方の点に移せることを意味します.すなわち,次の定理が成り立ちます.
まずの場合を示す.とする.このとき,よりであることからで張られる空間はミンコフスキー内積について負定値であり,よって命題6と命題7からとなる.は非退化だから,に関して直交基底がとれる.これをとすると,はの直交基底となる.よって,シルベスターの慣性法則を用いてがミンコフスキー内積について正定値であることがわかる.そこで,とおくと,はの直交基底かつを満たす.よって,この基底を用いてミンコフスキー内積を表すと,
ここで,をで定義すると,となり,である.さらに,を満たすので,連続性からである.よって,であり,これは等長変換である.が一般の場合は,となるように選べばとなる.
「連続性からである」の部分をもう少し詳しく説明しておきます.今,の定義域をに制限すると,その値域は
を使ってと表されます.ただし,とは互いに異なる連結成分であるため,の連続性によりその像がとにまたがることはありません.したがって,の像は必ずかのどちらかに含まれます.どちらに含まれるかをみるには,1つ具体的な値を取ってきてどちらに含まれているかを見れば良いです.したがってとなります.であることは,同様の理由で逆行列が定義できることから従います.
さらに,等長変換全体のなす群であるの元は2つの測地線のなす角度を保つ共形写像であることを確認しておきましょう.まず,次の事実を示します.
- とを結ぶ測地線をで移した曲線は測地線である.
- 1.のを含む測地線をとすると,はに含まれる.
1.を示す.が測地線でないと仮定する.このとき,より短い長さを持つとを結ぶ測地線が存在する.ここで,も等長変換であるから,はと同じ長さを持つとを結ぶ曲線である.ここで,であるが,これはが測地線であることに矛盾する.
次に2.を示す.そのためにはが,原点,を通る平面の法線ベクトルであることを確かめれば十分.今,の条件とのミンコフスキー内積における不変性から,である.よって示された.
これを踏まえて,共形性の証明に入ります.
とする.このとき,測地線のなす角度と各々をで移したときの測地線のなす角度は等しい.
はミンコフスキー内積の値を保つので,とのなす角度を, とのなす角度をとすると,
よって示された.
ここから,三角関数,双曲関数に関する諸々の等式を示していきます.
とし,とを結ぶ測地線の長さをとおく.このとき,
測地線とのなす角をとする.このとき,
1.を示す.命題11の1.から,任意のに対してであり,またであるから最初からと仮定して良い(そうじゃない場合はをに移すようなを作用させて,そこで考えれば良い).さらに,軸の周りの回転行列を考えると,転置行列が逆回転であるからとなり,また第1成分は変換前後で不変だからである.したがって,であり,必要ならばこれを用いてとして良い.この場合,測地線はと平面の共通部分である.したがって,の長さは方程式で与えられる曲線のからまでの区間の(ミンコフスキー内積による)長さである.この曲線上の点がでかけることを踏まえると,としたときを与える関数はとなる.この曲線の長さは
よって,となる.一方,である.よって等式が成り立つ.
次に2.を示す.命題12とのミンコフスキー内積に関する不変性から,との交点を最初からとしてよい.このとき,法線ベクトルはと直交するので,とかける.さらに,必要ならば軸回転をすることでとしてよい.このときであるとする.まずが満たす方程式はとなるので,この測地線の点はとかける.のときなので,におけるの接ベクトルは
一方,はを中心に回転したものなので,であり命題11の2.からこの測地線の点は
と記述される.したがって,における接ベクトルは
以上から,
となり証明される.
この命題の系として,次の主張を得ます.
とが交わるならば,とで張られる2次元部分空間はミンコフスキー内積について正定値である.
定理13の2.の証明中でとしてよいことが示されている.ただし,である.このとき,である.よって,またはを満たす.以上から,のときは常にであり,のときもだからの場合を除いてとなる.よって正定値である.
実は上の命題は逆も成り立ちますが,今回は使わないので省略します.
次に,の基底に対して,ミンコフスキー内積に関する双対基底をであると定めます.つまり,
を満たすようにを定めます.これについて,まず次の事実を確認しておきましょう.
を成分とする行列を,を成分とする行列をとする.このとき,この2つの行列は互いに逆行列である.
線型写像を
で定義する.このとき,
よって,となり,は恒等写像である.ここで,は有限次元線型空間の線型写像であるから,互いに逆写像となる.あとは,のに関する表現行列が,の表現行列がであることを示せば十分である.前者は明らかである.後者を示す.であるから,
よって示された.
さて,やっと準備が終わりました.ここから補題4の証明に入ります.ここまで長かったのでもう一回補題を見ておきましょう.
再掲
三角形
三角形
に対して,
が成り立つ.
いくつか細々した補題を用意しておきます.
であって,なるものが存在すると仮定する.このとき,である.測地線は交わるときは1点でのみ交わるので,との交点をとおく.このとき,より,である.これは,3つの測地線が1点で交わることを意味しており,3つの測地線が三角形をなしていることに矛盾している.よって,である.も同様に示される.
はの点かつの点であるから(は実数)として記述することができます.このをさらに具体的に与えるため,次の補題を示します.
のみ示す.他は同様.をで張る2次元部分空間であるとする.このとき,とが交わることから定理13の系よりミンコフスキー内積のへの制限は正定値である.よって,命題6からこれは非退化であり,従って命題5からである.であるから,である.よって,が張る1次元部分空間をとすると,となる.の直交基底をとる(命題5の1.からとれることが保証されている)と,はの直交基底であり,であるから,シルベスターの慣性法則よりとなる.
いよいよ補題4を倒します.
補題4の証明
補題17と,つまりに対してであることから
と表すことができる.も同様に.
と定まる.さて,定理13の1.より
が成立する.
ここで,とのなす角は, とのなす角は,とはである.したがって,定理13の2.から,
が成立.この行列の逆行列がであった(命題14)から,逆行列の行列式と余因子行列の行列式による表示を用いてを計算すると
となる(の行列式が負なので,分子の符号が打ち消されていることに注意).以上から導出された.
ここまでお疲れ様でした.
おわりに
この記事では平面の三角形ではあり得ないことが双曲三角形では起こりうるよということを知ってもらうために「3角相等が合同条件である」という事実を紹介しましたが,他にも色々な差があります.一例として,双曲面においては
- 2つの測地線が交わらない場合でも,平行とは限らない(平行の他に超平行という概念がある)
- 三角形の内角の和はより小さく,しかも一定ではない
- 足してより小さい値になる任意の3つの正実数を取ると,これを内角とするような三角形が存在する
- 三角形の面積はから3つの内角の和を引いた値となる
- 4つの角が全て直角であるような4角形は存在しない
- 全ての角が直角である角形は存在する
他にも面白い性質が色々あります.是非一度勉強してみてはいかがでしょうか.
謝辞
この記事を書くにあたり,同期であるM氏と議論し,様々な助言をいただきました.感謝申し上げます.