はじめに
本記事では,Alexander多項式の計算問題としてRolfsen[1]に記載されている次の演習問題をホモロジー群によって計算します.
ツイスト結び目のAlexander多項式
ツイスト結び目のAlexander多項式を実際に計算して次であることを確かめよ.
ツイスト結び目とは下の図式から定まる内の結び目です.また箱に書いてある数字は符号を込めた捻り(half-twist)の個数を表しています.
ツイスト結び目
のときは三葉結び目となる.また,のときはの字結び目である.よってそれぞれのAlexander多項式は
となる.
多項式をたくさん計算したい方へ
本末転倒ではありますが,この計算方法は「Alexander多項式を実際に計算する」点においてはあまり効率的でありません.実際,次回紹介する予定の「基本群と行列」を用いた計算方法の方が効率的であると(筆者は)考えています.
ただし,ホモロジー群の具体的な計算練習,結び目の図式を用いたホモロジー代数的計算に触れることができるという点ではとても有意義です.
参考文献について
本記事は全体を通してRolfsen[1]と北野-合田-森藤[2]をベースにまとめています.特に計算パートや二重化結び目については[1]を参照しているので,詳細を確認したい方はそちらを見ていただければと思います.ツイスト結び目をと書いていますが,これは筆者がツイスト結び目と初めて出会った際の記法に準拠しています(Percell[4]-Chpater 7).
また今月発売された村上[3]にも,今回の内容である無限巡回被覆を用いたAlexander多項式の定義が紹介されています.とても美しいイラストによる解説が載っていますので,必要に応じて参照してもらえればと思います.
結び目補空間からAlexander不変量の構成
今回は無限巡回被覆空間と呼ばれる被覆空間が主な計算対象となります.
位相空間の連続写像が無限巡回被覆写像であるとは,次を満たすことをいう.
- は被覆写像である.
- 被覆変換群はと同型である.
またこのとき,をの無限巡回被覆空間という.
被覆写像の被覆変換群と基本群については,次の短完全列が成り立つことが知られています.
結び目のAlexander加群
結び目の補空間をとします.
Alexanderの双対定理
結び目補空間の(係数)ホモロジー群は円周のホモロジー群と同型である.
基本群のアーベル化写像(Hurewicz準同型) の核を考えます.するとは全射であるため短完全列
を得ます.群と被覆空間のガロア対応により,群準同型に対応する被覆空間 が得られます.ここで被覆変換群がであるためは無限巡回被覆空間となります (後半でを具体的に構成するので,難しく考えずに読み飛ばしても大丈夫です).
次にのホモロジー群ついて考えます.係数Laurent多項式環をと書くことにします.また被覆変換群の生成元をつ取り固定します.
Laurent多項式 と に対して積を定めよう.は次のような係数を持つとする.
このとき積を
によって与えると,は加群の構造を持つことが分かる.ここで は上で固定した被覆変換群の生成元であり, はから誘導される群同型写像,そしてはの回の合成である.
結び目から得られる加群を,結び目のAlexander加群という.は結び目の不変量である.
諸々の性質とAlexander多項式
先ほど定義したAlexander加群の性質について見ていきましょう.Laurent多項式で生成されるイデアルをと記すことにします.
は弧状連結であるので,群としてであることに注意する.生成元と任意のに対してであるから,による積はの係数の和となる.よってとなり主張を得る.
また2次以上のAlexander加群についても次が成り立ちます(証明は割愛します).
よってAlexander加群は1次ホモロジー群以外には情報がないことが分かります.
結び目との連結和をとする.このときのAlexander加群はとのAlexander加群の直和と同型である.
結び目の連結和は,つの結び目を隔てる球面を用いて定義されていた.この分離球面によってはつの次元球体に分離されるが,この分離した球体に関するMayer-Vietoris完全系列を計算することで主張を得る(詳細は[1]の7E-1を参照されたい).
を用いることにより,次の場合には直ちにAlexander多項式が定義できます.
()となるとき,Laurent多項式の積をのAlexander多項式と呼ぶ.Alexander多項式は倍の差を除いて結び目不変量である.
現在勉強中につき不明確な箇所
- は単項イデアル整域ではないため,が上記の形に書けるとは限らない?
- 上の定義では全ての結び目に対してAlexander多項式が定義ができない?しかし次回に紹介する予定のAlexander行列を用いると,全ての結び目に対してAlexander多項式が定義できる.
- ホモロジー群によるAlexander多項式の解釈は,Reidemeisterトーションと呼ばれる概念を用いることで可能らしい?
(詳しい方がいましたら,コメントしていただけると助かります.)
追記:下部のコメント欄にて,ルシアンさんより解説コメントをいただきました.感謝いたします!
本記事で計算したいツイスト結び目のAlexander加群は,幸運なことに単項イデアルによる剰余加群と同型になることが(結果的に)分かります.そこで,次章ではホモロジー群を用いてAlexander多項式の計算を行います.
補足: Alexanderの双対定理
最初に登場した「Alexanderの双対定理」は結び目の補空間を調べる上でとても有用な定理です.
Alexanderの双対定理
をコンパクトかつ局所可縮な部分空間とする.また,を簡約ホモロジー群とする.
このとき次が成り立つ.
計算パート
無限巡回被覆空間のホモロジー群を計算していきたいと思います.ホモロジー群の計算方法としては最も一般的であるMayer-Vietoris完全系列を用います.そのためには,まずをつのパーツに分解しましょう.
無限巡回被覆空間の具体的な構成
次に定めるとによってを分解し,そしてを構成します.ここでの内部をで表します.
- は内の結び目.
- は結び目の補空間.
- はのSeifert曲面(を境界に持つ内の向き付けられたコンパクト曲面).
- はにおけるの正則開近傍.
- .
構成からとなることに注意します.
いま,各整数について, のコピーを, , とおき,次のペア と とを次のようにして貼り合わせます.
- とは,それぞれのを自然に同一視することで貼り合わせる.
- とは,それぞれの と を自然に同一視することで貼り合わせる.
すると,全ての で貼り合わせて得られる空間をとします.
の貼り合わせのスキーム図
とする.被覆写像は各をへ自然に射影することで与えられる.またをに平行移動させる写像は被覆変換群の元となり,さらにを生成する位数の元であることが分かる.
以上により,結び目のSeifert曲面を指定することでの分解を与えることができます.
Seifert曲面と各種ホモロジー群の生成元
のホモロジー群をMayer-Vietoris完全系列を用いて計算するために,必要な各種のホモロジー群の表示を与えます.手順としては次のステップです.
- 内のつの図形について,ホモロジー群を表示する.
- での議論をへ拡張する.
ループとホモロジー群の元
簡単のために,ホモロジー群の元をループ(閉曲線)によって表すことにします.例えば,ループが属するホモロジー群の元を単にと記します.
これ以降はツイスト結び目に対する準備を進めていきますが,同様の方法によってその他の結び目についても計算が可能となります.
まず結び目のSeifert曲面を以下で定めます.
のSeifert曲面
つまり,のSeifert曲面(左)は回捻りを行ったアニュラス(中央)と回捻りのバンド(右)をアニュラスの上部に張り合わせることによって得られます.はトーラスから(開)円板を枚くり貫いてできる曲面と同相です.またホモロジー群は次で表されるループとによって生成されます.そこで加群としての表示を固定します.
の生成元
のホモロジー群を考えましょう.ホモロジー群は次のループとから生成させることが分かります.(生成元がつであることは,Alexanderの双対定理によって分かります.)
のホモロジー群の生成元
次にのホモロジー群を考えましょう.と(さらにと)はホモトピー同値なので,それぞれのホモロジー群はとから誘導されるループによって生成されます.特にとへ誘導される生成元を,と,によって記します.
最後に,との共通部分が連結となるようにひと手間を加えましょう.次のような内のループを考えます.はの正則近傍だったので,となります(は結び目のメリディアンとも呼ばれます).
結び目のメリディアン
すると は連結な位相空間(CW複体)となり, を満たします.そこで,とを改めてと書くことにします.
またとの1次ホモロジー群にはそれぞれが生成元に加わります.との生成元を区別するために,の生成元は,の生成元はと書くことにしましょう.
以上をまとめて次の補題となります.
ツイスト結び目の補空間内の図形について,次のような加群としての表示を持つ.
本題へ取り組む前の練習問題 :
本題へ取り組む前の練習問題として,結び目補空間のホモロジー群を計算してみましょう.
だったので,次のMayer-Vietoris完全系列を得ます.
ここで は連結なので,準同型は単射となります.よって同型
が得られます.また上の構成からは によって生成される加群となります.
それではを求めましょう.でしたので,はによって生成される 加群です.よって各生成元のの像を計算すればよいことになります.
の生成元
ツイスト結び目の補空間について,部分加群 は次の元たちによって生成される.
この命題の証明が本記事における最重要ポイントです.なぜならツイスト結び目の絡まりの複雑さがに現れており,この複雑度を多項式によって表したものがAlexander多項式となるからです.
を計算するために,とへの像を別々に確かめよう.ここでは自然な埋め込みから誘導される群準同型であった.
まず最初ににおける像を考える.そのためには内のループを生成元によって表せばよい.
図式にループを描くことを考えよう.このとき次のようにループを「ずらす」ことで得られていた.ここでは紙面の表側に,は紙面の裏側にずらすことで得られるとし,とは灰色の面で同様にずらすことを赤い面に拡張することで記述する(Seifert曲面は向き付け可能であったため,この操作はwell-efinedである)
ループの平行移動
次のイラストはにおけるである.
のイラスト
イソトピー変形をすることで,はホモロジー群内ではつのとつのによって生成されることが分かる.
ループのイソトピー変形
他のループについても同様に変形することによって,によるへの像は次のようになる.
が一般の整数の場合においても同様の計算が可能であり,次のようになる.
一方で,によるへの像はとてもシンプルなものになっている.
そこで直和を単に足し算の記号で書くことにすれば,は次で生成されるの部分加群となり証明が完了する.
剰余加群について考えると,
というつの関係式となる.よってはによって生成される無限巡回群()と同型である.
ツイスト結び目のAlexander不変量
それではいよいよのALexander加群の計算を行いましょう.つまりの1次ホモロジー群を計算しましょう.とを,無限巡回被覆によるとの逆像として定めます.
持ち上げた空間の取り扱いについて
について少し煩雑な記号の扱いをします.の定義はやがを含んでいない場合に定義しましたが,この後に再登場する彼らも同様にを含まない場合の定義を採用します.
ループ のによる逆像を考える.すると章で与えたの構成から,はを縦断する一本の曲線となる(下図のオレンジ色の横線).つまり被覆写像によってへ持ち上がるの逆像は,への持ち上げと繋がっている.
たちは繋がっている.
よっては,各を縦断する曲線によって串刺しにした空間となり連結となる.同様にして
となるので連結性が分かる.
証明から分かるように,はやにおいてホモロジー群の生成元ではありません.また上の注意よりとは元生成の自由加群でした.
よって次の補題を得ます.
消えた生成元
の証明で見たように,はの生成元となっていました.そのため,はの被覆変換群の生成元として立ち振る舞っています.
章で行った議論を思い出すと,被覆変換群の作用によっては加群の構造を持つのでした.同様に被覆変換群はとにも作用し加群の構造を与えます.
またとの生成元に対しては添え字をへ移す作用となります.そこでを単にと記し,各をと書くことにすれば(についても同様),とは加群としてとで生成されていることになります.
以上の準備をもとに,いよいよ計算を行っていきましょう.
ツイスト結び目のAlexander加群
ツイスト結び目 () に対して,は加群として次と同型である.
のときと同様に,次のMayer-Vietoris完全系列を用いてホモロジー群の計算を行う.
は連結であったのでは単射である.よってを計算することによってが求まる.
そこでの生成元の行き先を議論しよう.
の構成を思い出すと,貼り合わせは以下のように行っていた.
次のペア と とを以下のようにして貼り合わせます.
- とは共通部分を自然に同一視することで貼り合わせる.
- とは,それぞれの部分集合である と を自然に同一視することで貼り合わせる.
すると,全ての で貼り合わせて得られる空間はとなります.
そこで次のような自然な埋め込みによっての像を指定する(添え字の行き先を指定している).
また,命題7の証明で登場した群準同型の像は以下の通りだった.
よってつの議論を併せることにより,の像は以下のようになる.
(貼り合わせによる添え字の変化に注意)
次に剰余加群の加群としての表示を考える.とよりはと表される.よってとに代入することで次を得る.
前者の式を変形してとし,後者の式へ代入することで次を得る.
よってのAlexander加群は
となり計算が完了した.
ツイスト結び目のAlexander多項式はとなる.
応用:Alexander多項式が自明となる結び目たち
今回の計算結果は,「より一般のツイスト結び目」である二重化結び目へ拡張することが可能です.簡単ではありますがdoubled knotについて紹介します.
サテライト結び目
を内の結び目,をソリッドトーラス内の結び目とする.
の正則近傍はソリッドトーラスであるので,同相写像をとる.
このとき,内の結び目ををコンパニオン,をパターンとしたサテライト結び目という.
上のサテライト結び目の定義は同相写像に依っています.そこでに関する整数値を定めます.
をの異なる点とし,をそれぞれ内の結び目とします.このときとの絡まり数をの捻じれ数(twisting number)と呼ぶことにしましょう.すると次のことが知られています.
サテライト結び目はの捻じれ数によって一意的に定まる.
二重化結び目
それでは二重化結び目を定義しましょう.ソリッドトーラスに埋め込まれた次のような結び目を考えます.
ソリッドトーラスに埋め込まれた結び目
上の結び目をパターンとしたサテライト結び目を二重化結び目(doubled knot)という.
次の結び目(の図式)は,三葉結び目をコンパニオンとした捻じれ数の二重化結び目です.捻じれ数は見た目のイメージと一致しないことが多いため注意が必要です.
二重化結び目
捻じれ数の二重化結び目について,Alexander多項式はツイスト結び目と一致する.
概略
コンパニオンの結び目に依らないことを確かめるには,ソリッドトーラスのロンジチュードの像であるが結び目補空間においてヌルホモロガスであればよい.
のときとの絡まり数はである.よっては内においてSeifert曲面を張る.即ちホモロジー群のバウンダリーとなっているためはヌルホモロガスである.
のときについても,パターンをツイスト結び目に対応するものと交換することで,はサテライト結び目として捻じれ数であるとして議論が可能である.よって同様にしてコンパニオンの結び目に依らないことが分かる.
特にAlexander多項式は倍 ()の差を除いて結び目の不変量であったので,次を得ます.
捻じれ数の二重化結び目について,Alexander多項式は自明である.
あとがき
最後まで読んでいただきありがとうございました.hyqutです.
今回のテーマである「Alexander多項式」は,今年(2021年)の8月からRolfsen[1]を読んで勉強を開始しました.本来のモチベーションは,夏休みの読書感想文としてRolfsenを読み終えたいと考えており,特に「次元多様体の手術」を勉強する予定でした.が,その章の手前にあるAlexander多項式の解説で足踏みを続け,その過程でいろいろな計算方法と出会うことができ,そして今回の記事作成と相成りました.
私の専門は「曲面結び目」という分野なのですが,今回のAlexander多項式の定義は(向き付け可能な)曲面結び目に対して同様の定義が可能となっています.さらに高次の結び目についても拡張ができるらしいです.すごいです.曲面結び目の不変量というのは知られているものがまだ少なく,またJones多項式のように計算が可能なものというのは知っているものでも数えられる程度しかありません.そのため,このAlexander多項式の勉強が結果として新たな曲面結び目の不変量の勉強につながったのは,ラッキーでした.
このあとがきを書いている最中に,定理14の一般論は知られていないのか気になり,調べてみると次の定理が成り立つそうです([5]-命題8.23).
をパターン,をコンパニオンとする捻じれ数のサテライト結び目について,Alexander多項式は
となる.ここで,は自明な結び目をコンパニオンとする捻じれ数のサテライト結び目のAlexander多項式である.
この定理の主張を眺める限りでは,捻じれ数に帰着させる議論を行うことでトレス条件からとなり確かに証明の方針が正しいことが分かります.やった~.
次回の記事作成については,いつごろから再開するか未定です.気長にお待ちいただければと思います.
最後の最後まで読んでいただきありがとうございました!