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大学数学基礎解説
文献あり

結び目のAlexander多項式を計算したい① 結び目補空間のホモロジー群による計算

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はじめに

本記事では,Alexander多項式の計算問題としてRolfsen[1]に記載されている次の演習問題をホモロジー群によって計算します.

ツイスト結び目のAlexander多項式

ツイスト結び目K=J(2,2m)のAlexander多項式ΔK(t)を実際に計算して次であることを確かめよ.
ΔJ(2,2m)(t) = mt2+(12m)t+m

ツイスト結び目J(2,2m)とは下の図式から定まるS3内の結び目です.また箱に書いてある数字は符号を込めた捻り(half-twist)の個数を表しています.

ツイスト結び目!FORMULA[5][2089191634][0] ツイスト結び目J(2,2m)

m=1のときJ(2,2)は三葉結び目となる.また,m=1のときJ(2,2)8の字結び目である.よってそれぞれのAlexander多項式は
ΔJ(2,2)(t) = t2+t1,ΔJ(2,2)(t) = t23t+1
となる.

多項式をたくさん計算したい方へ

本末転倒ではありますが,この計算方法は「Alexander多項式を実際に計算する」点においてはあまり効率的でありません.実際,次回紹介する予定の「基本群と行列」を用いた計算方法の方が効率的であると(筆者は)考えています.
ただし,ホモロジー群の具体的な計算練習,結び目の図式を用いたホモロジー代数的計算に触れることができるという点ではとても有意義です.


参考文献について

本記事は全体を通してRolfsen[1]と北野-合田-森藤[2]をベースにまとめています.特に計算パートや二重化結び目については[1]を参照しているので,詳細を確認したい方はそちらを見ていただければと思います.ツイスト結び目をJ(2,2m)と書いていますが,これは筆者がツイスト結び目と初めて出会った際の記法に準拠しています(Percell[4]-Chpater 7).

また今月発売された村上[3]にも,今回の内容である無限巡回被覆を用いたAlexander多項式の定義が紹介されています.とても美しいイラストによる解説が載っていますので,必要に応じて参照してもらえればと思います.

結び目補空間からAlexander不変量の構成

今回は無限巡回被覆空間と呼ばれる被覆空間が主な計算対象となります.

位相空間の連続写像p:X~X無限巡回被覆写像であるとは,次を満たすことをいう.

  1. pは被覆写像である.
  2. 被覆変換群はZと同型である.

またこのとき,X~X無限巡回被覆空間という.

被覆写像pの被覆変換群Aut(p)と基本群については,次の短完全列が成り立つことが知られています.
0π1(X~)pπ1(X)cokpAut(p)0


結び目のAlexander加群

結び目KS3の補空間をXK=S3Kとします.

Alexanderの双対定理

結び目補空間XKの(Z係数)ホモロジー群は円周S1のホモロジー群と同型である.

基本群π1(XK)のアーベル化写像(Hurewicz準同型) α:π1(X)H1(X)の核Kerαを考えます.するとαは全射であるため短完全列
0Kerαkerαπ1(X)αH1(X)0
を得ます.群と被覆空間のガロア対応により,群準同型kerαに対応する被覆空間 p:XK~Xが得られます.ここで被覆変換群がH1(X)ZであるためXK~は無限巡回被覆空間となります (後半でXK~を具体的に構成するので,難しく考えずに読み飛ばしても大丈夫です).

次にXK~のホモロジー群ついて考えます.Z係数Laurent多項式環をΛ=Z[t,t1]と書くことにします.また被覆変換群Aut(p)の生成元τ1つ取り固定します.

H(XK~)Λ加群の構造を持つ.

Laurent多項式 fΛαHk(XK~)に対して積を定めよう.f(t)は次のような係数を持つとする.
f(t) = crtr++c0+c1t1++csts(ciZ).
このとき積fαHk(XK~)
fα = crτrα++c0+c1τ1α++csτsα    Hk(XK~)
によって与えると,Hk(XK~)Λ加群の構造を持つことが分かる.ここで τ:XK~XK~は上で固定した被覆変換群の生成元であり,τ:Hk(XK~)Hk(XK~)τから誘導される群同型写像,そしてτiτi回の合成である.

結び目Kから得られるΛ加群H(XK~)を,結び目KAlexander加群という.H(XK~)は結び目の不変量である.


諸々の性質とAlexander多項式

先ほど定義したAlexander加群の性質について見ていきましょう.Laurent多項式fΛで生成されるイデアルを(f)と記すことにします.

Λ加群としてH0(XK~)Λ/(t1)である.

XK~は弧状連結であるので,群としてH0(XK~)Zであることに注意する.生成元αH0(XK~)と任意のrZに対してτkα=αであるから,fによる積はfの係数の和となる.よってfα=f(1)αとなり主張を得る.

また2次以上のAlexander加群についても次が成り立ちます(証明は割愛します).

整数k2に対してHk(XK~)=0である.

よってAlexander加群H(XK~)は1次ホモロジー群以外には情報がないことが分かります.

結び目K1K2の連結和をK=K1#K2とする.このときKのAlexander加群はK1K2のAlexander加群の直和と同型である.
H1(XK~)  H1(XK1~)H1(XK2~)

結び目の連結和は,2つの結び目を隔てる球面S2S3を用いて定義されていた.この分離球面によってS32つの3次元球体に分離されるが,この分離した球体に関するMayer-Vietoris完全系列を計算することで主張を得る(詳細は[1]の7E-1を参照されたい).

H1(XK~)を用いることにより,次の場合には直ちにAlexander多項式が定義できます.

H1(XK~)Λ/(f1)Λ/(fm) (fiΛ=Z[t±1],i=1,2,,m)となるとき,Laurent多項式の積ΔK(t)=f1 f2fmKAlexander多項式と呼ぶ.Alexander多項式は±ti倍の差を除いて結び目不変量である.

現在勉強中につき不明確な箇所
  1. Λ=Z[t±1]は単項イデアル整域ではないため,H1(XK~)が上記の形に書けるとは限らない?
  2. 上の定義では全ての結び目に対してAlexander多項式が定義ができない?しかし次回に紹介する予定のAlexander行列を用いると,全ての結び目に対してAlexander多項式ΔK(t)が定義できる.
  3. ホモロジー群によるAlexander多項式の解釈は,Reidemeisterトーションと呼ばれる概念を用いることで可能らしい?

(詳しい方がいましたら,コメントしていただけると助かります.)
追記:下部のコメント欄にて,ルシアンさんより解説コメントをいただきました.感謝いたします!

本記事で計算したいツイスト結び目のAlexander加群は,幸運なことに単項イデアルによる剰余加群と同型になることが(結果的に)分かります.そこで,次章ではホモロジー群を用いてAlexander多項式の計算を行います.

補足: Alexanderの双対定理

最初に登場した「Alexanderの双対定理」は結び目の補空間を調べる上でとても有用な定理です.

Alexanderの双対定理

XSnをコンパクトかつ局所可縮な部分空間とする.また,H~を簡約ホモロジー群とする.
このとき次が成り立つ.
H~k(SnX)  H~nk1(X),  (kZ).

計算パート

無限巡回被覆空間XK~のホモロジー群を計算していきたいと思います.ホモロジー群の計算方法としては最も一般的であるMayer-Vietoris完全系列を用います.そのためには,まずXK~2つのパーツに分解しましょう.

無限巡回被覆空間XK~の具体的な構成

次に定めるYNによってXKを分解し,そしてXK~を構成します.ここでMの内部をM˚で表します.

  • KS3内の結び目.
  • XK:=S3Kは結び目Kの補空間.
  • FKのSeifert曲面(Kを境界に持つS3内の向き付けられたコンパクト曲面).
  • NF˚×(1,1)XKにおけるFの正則開近傍.
  • Y:=S3F,YN=:NN+F˚×(1,0)F˚×(0,1)

構成からYN=Xとなることに注意します.
いま,各整数iについてY, NのコピーをYi, NiYiNi=:NiNi+ とおき,次のペア (1) YiNi (2) Yi+1Niを次のようにして貼り合わせます.

  1. YiNiは,それぞれのNi+を自然に同一視することで貼り合わせる.
  2. Yi+1Niは,それぞれのNi+1Niを自然に同一視することで貼り合わせる.

すると,全ての iZ で貼り合わせて得られる空間をX~とします.

!FORMULA[146][730828657][0]の貼り合わせのスキーム図 X~の貼り合わせのスキーム図

空間X~は結び目補空間XKの無限巡回被覆空間XK~と一致する.

Xi:=YiNiとする.被覆写像p:X~XKは各XiXへ自然に射影することで与えられる.またXiXi+1に平行移動させる写像τ:XK~XK~は被覆変換群Aut(p)の元となり,さらにAut(p)を生成する位数0の元であることが分かる.

以上により,結び目KのSeifert曲面Fを指定することでXK~の分解を与えることができます.

Seifert曲面と各種ホモロジー群の生成元

XK~のホモロジー群をMayer-Vietoris完全系列を用いて計算するために,必要な各種のホモロジー群の表示を与えます.手順としては次の2ステップです.

  1. XK内の4つの図形について,ホモロジー群を表示する.
  2. XKでの議論をXK~へ拡張する.
ループとホモロジー群の元

簡単のために,ホモロジー群の元をループ(閉曲線)によって表すことにします.例えば,ループαXが属するホモロジー群の元[α]H1(X)を単にαと記します.

これ以降はツイスト結び目に対する準備を進めていきますが,同様の方法によってその他の結び目についても計算が可能となります.
まず結び目K=J(2,2m)のSeifert曲面Fを以下で定めます.

!FORMULA[174][2089191634][0]のSeifert曲面 J(2,2m)のSeifert曲面

つまり,KのSeifert曲面F(左)は2m回捻りを行ったアニュラス(中央)と2回捻りのバンド(右)をアニュラスの上部に張り合わせることによって得られます.Fはトーラスから(開)円板を1枚くり貫いてできる曲面と同相です.またホモロジー群H1(F)は次で表されるループabによって生成されます.そこでZ加群としての表示H1(F)=a,bを固定します.

!FORMULA[186][558700303][0]の生成元 H1(F)の生成元

Yのホモロジー群を考えましょう.ホモロジー群H1(Y)は次のループαβから生成させることが分かります.(生成元が2つであることは,Alexanderの双対定理によって分かります.)

!FORMULA[192][558718562][0]のホモロジー群の生成元 H1(Y)のホモロジー群の生成元

次にNのホモロジー群を考えましょう.NF(さらにN+N)はホモトピー同値なので,それぞれのホモロジー群はabから誘導されるループによって生成されます.特にH1(N+)H1(N)へ誘導される生成元をa+,b+a,bによって記します.

最後に,YNの共通部分が連結となるようにひと手間を加えましょう.次のようなXK内のループγを考えます.NFの正則近傍だったので,γNとなります(γは結び目のメリディアンとも呼ばれます).

結び目のメリディアン 結び目のメリディアン

すると(Yγ)(Nγ)=N+Nγ は連結な位相空間(CW複体)となり,(Yγ)(Nγ)=XK を満たします.そこで,YγNγを改めてY, Nと書くことにします.

またYNの1次ホモロジー群にはそれぞれγが生成元に加わります.H1(Y)H1(N)の生成元γを区別するために,H1(Y)の生成元はγYH1(N)の生成元はγNと書くことにしましょう.

以上をまとめて次の補題となります.

ツイスト結び目の補空間XK内の図形について,次のようなZ加群としての表示を持つ.
H1(Y) = α,β, γY,H1(N) = a,b, γN,H1(N+) = a+,b+,H1(N) = a,b.


本題へ取り組む前の練習問題 : H1(XK)Z

本題へ取り組む前の練習問題として,結び目補空間のホモロジー群H1(XK)を計算してみましょう.
XK=YNだったので,次のMayer-Vietoris完全系列を得ます.
δk+1Hk(YN)jkHk(Y)Hk(N)qkHk(XK)δk(kZ).

ここで YN は連結なので,準同型j0は単射となります.よって同型
H1(XK)  H1(Y)H1(N) / Imj1
が得られます.また上の構成からH1(Y)H1(N)α,β,γY,a,b,γNによって生成されるZ加群となります.

それではImj1を求めましょう.YN=N+Nγでしたので,H1(YN)a+,b+,a,b,γによって生成される Z加群です.よって各生成元のj1の像を計算すればよいことになります.

Imj1の生成元

ツイスト結び目K=J(2,2m)の補空間XKについて,部分加群 Imj1は次の元たちによって生成される.
Imj1 = mα+β+a, mα+a, β+b, α+β+b, γY+γN.

この命題の証明が本記事における最重要ポイントです.なぜならツイスト結び目の絡まりの複雑さがImj1に現れており,この複雑度を多項式によって表したものがAlexander多項式となるからです.

Imj1を計算するために,H1(Y)H1(N)への像を別々に確かめよう.ここでj1は自然な埋め込みから誘導される群準同型であった.

まず最初にH1(Y)における像を考える.そのためにはY内のループa+,b+,a,bを生成元α,β,γYによって表せばよい.
図式にループa+,b+,a,bを描くことを考えよう.このとき次のようにループa,bを「ずらす」ことで得られていた.ここでa+は紙面の表側に,aは紙面の裏側にずらすことで得られるとし,b+bは灰色の面で同様にずらすことを赤い面に拡張することで記述する(Seifert曲面Fは向き付け可能であったため,この操作はwell-efinedである)

ループの平行移動 ループの平行移動

次のイラストはm=2におけるa+,b+,a,bである.

!FORMULA[271][-1654901838][0]のイラスト a+,b+,a,bのイラスト

イソトピー変形をすることで,a+はホモロジー群H1(Y)内では2つのα1つのβによって生成されることが分かる.

ループ!FORMULA[278][36228186][0]のイソトピー変形 ループa+のイソトピー変形

他のループについても同様に変形することによって,j1によるH1(Y)への像は次のようになる.

{j1(a+)=2α+β,j1(b+)=β,{j1(a)=2α,j1(b)=α+β,j1(γ)=γY.

mが一般の整数の場合においても同様の計算が可能であり,次のようになる.

{j1(a+)=mα+β,j1(b+)=β,{j1(a)=mα,j1(b)=α+β,j1(γ)=γY.

一方で,j1によるH1(N)への像はとてもシンプルなものになっている.
j1(a±) = a,j1(b±) = b,j1(γ) = γN.
そこで直和を単に足し算の記号で書くことにすれば,Imj1は次で生成されるH1(Y)H1(N)の部分加群となり証明が完了する.
Imj1 = mα+β+a, mα+a, β+b, α+β+b, γY+γN.

ツイスト結び目K=J(2,2m)の補空間XKについて,H1(XK)Zである.

剰余加群H1(Y)H1(N)/Imj1について考えると,
a=mα,b=β,γY=γN,a=0,b=0
という5つの関係式となる.よってH1(XK)γYによって生成される無限巡回群(Z)と同型である.


ツイスト結び目のAlexander不変量

それではいよいよK=J(2,2m)のALexander加群の計算を行いましょう.つまりXK~の1次ホモロジー群を計算しましょう.Y~N~を,無限巡回被覆p:XK~XKによるYNの逆像として定めます.

持ち上げた空間の取り扱いについて

Yi,Ni,Xiについて少し煩雑な記号の扱いをします.Yi,Ni,Xiの定義はYNγを含んでいない場合に定義しましたが,この後に再登場する彼らも同様にγを含まない場合の定義を採用します.

  • Ynew=Yoldγ,  Nnew=Noldγ
  • YiYoldのコピー,NiNoldのコピー.
  • Xi=YiNi

各位相空間(CW複体) Y~,N~,Y~N~は連結である.

ループ γXKpによる逆像γ~=p1(γ)を考える.すると3章で与えたXK~の構成から,γ~XK~を縦断する一本の曲線となる(下図のオレンジ色の横線).つまり被覆写像pによってXiへ持ち上がるγの逆像γiは,Xi+1への持ち上げγi+1と繋がっている.

!FORMULA[332][971969835][0]たちは繋がっている. γiたちは繋がっている.

よってY~,N~は,各Yi,Niを縦断する曲線γ~によって串刺しにした空間となり連結となる.同様にして
Y~N~=iZ(Ni+Niγi) = iZ(Ni+Ni)γ~
となるので連結性が分かる.

証明から分かるように,γ~Y~N~においてホモロジー群の生成元ではありません.また上の注意よりH1(Yi)H1(Ni)2元生成のZ自由加群でした.

よって次の補題を得ます.

H1(Yi)=αi,βi, H1(Ni)=ai,bi (iZ)とするとき,H1(Y~)H1(N~)は次のようなZ加群である.
H1(Y~)=αi,βi|iZ,H1(N~)=ai,bi|iZ.

消えた生成元 γ

H1(XK)Zの証明で見たように,γH1(XK)の生成元となっていました.そのため,γXK~の被覆変換群Aut(p)の生成元として立ち振る舞っています.

2章で行った議論を思い出すと,被覆変換群Aut(p)τの作用によってH1(XK~)Λ加群の構造を持つのでした.同様に被覆変換群はH1(Y~)H1(N~)にも作用しΛ加群の構造を与えます.

またH1(Y~)H1(N~)の生成元αi,βi,ai,biに対してτは添え字をkk+1へ移す作用となります.そこでα0を単にαと記し,各αiαtiと書くことにすれば(βi,ai,biについても同様),H1(Y~)H1(N~)Λ加群としてα,βa,bで生成されていることになります.

Y~N~1次ホモロジー群はΛ加群として次の表示を持つ.
H1(Y~)  α,βΛ,H1(N~)  a,bΛ.

以上の準備をもとに,いよいよ計算を行っていきましょう.

ツイスト結び目のAlexander加群

ツイスト結び目K=J(2,2m) (mZ) に対して,H1(XK~)Λ加群として次と同型である.
H1(XK~)  Λ/(mt2+(12m)t+m).

H1(XK)のときと同様に,次のMayer-Vietoris完全系列を用いてホモロジー群の計算を行う.
δi+1~Hk(Y~N~)jk~Hk(Y~)Hk(N~)pk~Hk(XK~)δk~(kZ)
Y~N~は連結であったのでj0~は単射である.よってImj1~を計算することによってH1(XK~)が求まる.

そこでH1(Y~N~)=ai+,bi|iZの生成元の行き先を議論しよう.

XK~の構成を思い出すと,貼り合わせは以下のように行っていた.

次のペア (1) YiNi (2) Yi+1Niを以下のようにして貼り合わせます.

  1. YiNiは共通部分Ni+を自然に同一視することで貼り合わせる.
  2. Yi+1Niは,それぞれの部分集合であるNi+1Niを自然に同一視することで貼り合わせる.

すると,全ての iZ で貼り合わせて得られる空間はXK~となります.

そこで次のような自然な埋め込みによってj1~の像を指定する(添え字の行き先を指定している).
Ni+Yi or Ni,NiYk+1 or Ni
また,命題7の証明で登場した群準同型j1:H1(YN)H1(Y)H1(N)の像は以下の通りだった.

{j1(a+)=mα+β+a,j1(b+)=β+b,{j1(a)=mα+a,j1(b)=α+β+b,j1(γ)=γY+γN.

よって2つの議論を併せることにより,j1~:H1(Y~N~)H1(Y~)H1(N~)の像は以下のようになる.

{j1~(ai+)=mαti+βti+ati,j1~(bi+)=βti+bti,{j1~(ai)=mαti+1+ati,j1~(bi)=αti+1+βti+1+bti,(iZ).
(貼り合わせによる添え字の変化に注意)

次に剰余加群H1(Y~)H1(N~)/Imj1~Λ加群としての表示を考える.j1~(bi+)=0j1~(ai)=0よりa,ba=mαt,b=βと表される.よってj1~(ai+)=0j1~(bi)=0に代入することで次を得る.
mα+βmαt = 0,(α+β)tβ = 0.
前者の式を変形してβ=(t1)mαとし,後者の式へ代入することで次を得る.
(α+(t1)mα)t(t1)mα = 0(mt2+(12m)t+m)α = 0.

よってK=J(2,2m)のAlexander加群H1(XK~)
H1(XK~)H1(Y~)H1(N~)/Imj1~αΛ/((mt2+(12m)t+m)α)Λ/(mt2+(12m)t+m).
となり計算が完了した.

ツイスト結び目J(2,2m)のAlexander多項式はΔJ(2,2m)(t) = mt2+(12m)t+mとなる.

応用:Alexander多項式が自明となる結び目たち

今回の計算結果は,「より一般のツイスト結び目」である二重化結び目へ拡張することが可能です.簡単ではありますがdoubled knotについて紹介します.

サテライト結び目

CS3内の結び目,PをソリッドトーラスS1×D2内の結び目とする.
Cの正則近傍N=N(C)はソリッドトーラスであるので,同相写像ϕ:S1×D2Nをとる.
このとき,S3内の結び目K=ϕ(P)CコンパニオンPパターンとしたサテライト結び目という.

上のサテライト結び目の定義は同相写像ϕに依っています.そこでϕに関する整数値を定めます.

p,qD2の異なる2点とし,P:=S1×{p}, Q:=S1×{q}をそれぞれS1×D2内の結び目とします.このときϕ(P)ϕ(Q)の絡まり数をϕ捻じれ数(twisting number)と呼ぶことにしましょう.すると次のことが知られています.

サテライト結び目はϕの捻じれ数によって一意的に定まる.

二重化結び目

それでは二重化結び目を定義しましょう.ソリッドトーラスに埋め込まれた次のような結び目K0を考えます.

ソリッドトーラスに埋め込まれた結び目 ソリッドトーラスに埋め込まれた結び目

上の結び目K0をパターンとしたサテライト結び目を二重化結び目(doubled knot)という.

次の結び目(の図式)は,三葉結び目をコンパニオンとした捻じれ数m=0の二重化結び目です.捻じれ数は見た目のイメージと一致しないことが多いため注意が必要です.

二重化結び目 二重化結び目

捻じれ数mの二重化結び目Kについて,Alexander多項式はツイスト結び目J(2,2m)と一致する.
ΔK(t) = mt2+(12m)t+m.

概略

コンパニオンの結び目に依らないことを確かめるには,ソリッドトーラスS1×D2のロンジチュードの像であるK:=ϕ(P)が結び目補空間XKにおいてヌルホモロガスであればよい.

m=0のときKKの絡まり数は0である.よってKXK内においてSeifert曲面を張る.即ちホモロジー群のバウンダリーとなっているためKはヌルホモロガスである.

m0のときについても,パターンをツイスト結び目J(2,2m)に対応するものと交換することで,Kはサテライト結び目として捻じれ数0であるとして議論が可能である.よって同様にしてコンパニオンの結び目に依らないことが分かる.

特にAlexander多項式はti倍 (iZ)の差を除いて結び目の不変量であったので,次を得ます.

捻じれ数m=0の二重化結び目Kについて,Alexander多項式は自明である.
ΔK(t) = 1.


あとがき

最後まで読んでいただきありがとうございました.hyqutです.

今回のテーマである「Alexander多項式」は,今年(2021年)の8月からRolfsen[1]を読んで勉強を開始しました.本来のモチベーションは,夏休みの読書感想文としてRolfsenを読み終えたいと考えており,特に「3次元多様体の手術」を勉強する予定でした.が,その章の手前にあるAlexander多項式の解説で足踏みを続け,その過程でいろいろな計算方法と出会うことができ,そして今回の記事作成と相成りました.

私の専門は「曲面結び目」という分野なのですが,今回のAlexander多項式の定義は(向き付け可能な)曲面結び目に対して同様の定義が可能となっています.さらに高次の結び目についても拡張ができるらしいです.すごいです.曲面結び目の不変量というのは知られているものがまだ少なく,またJones多項式のように計算が可能なものというのは知っているものでも数えられる程度しかありません.そのため,このAlexander多項式の勉強が結果として新たな曲面結び目の不変量の勉強につながったのは,ラッキーでした.

このあとがきを書いている最中に,定理14の一般論は知られていないのか気になり,調べてみると次の定理が成り立つそうです([5]-命題8.23).

Pをパターン,Cをコンパニオンとする捻じれ数mのサテライト結び目Kについて,Alexander多項式は
ΔK(t) = ΔP(t)ΔC(tm)
となる.ここで,ΔP(t)は自明な結び目をコンパニオンとする捻じれ数0のサテライト結び目のAlexander多項式である.

この定理の主張を眺める限りでは,捻じれ数m=0に帰着させる議論を行うことでトレス条件からΔC(1)=1となり確かに証明の方針が正しいことが分かります.やった~.

次回の記事作成については,いつごろから再開するか未定です.気長にお待ちいただければと思います.
最後の最後まで読んでいただきありがとうございました!

参考文献

[1]
Dale. Rolfsen, Knots and links, Mathematics Lecture Series, Publishor Perish, Inc., Houston, TX, 1976
[2]
北野晃朗, 合田洋, 森藤孝之, ねじれアレキサンダー不変量, 数学メモアール第5巻, 日本数学会, 2006
[3]
村上順, 結び目理論:分解定理・不変量・体積予想, 森北出版, 2021
[4]
Jessica Purcell, Hyperbolic Knot Theory, Graduate Studies in Mathematics, Amer Mathematical Society, 2020
[5]
Gerhard Burde, Heiner Zieschang, Knots, de Gruyter Studies in Mathematics 5, De Gruyter, 2013
投稿日:2021930
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  1. はじめに
  2. 参考文献について
  3. 結び目補空間からAlexander不変量の構成
  4. 結び目のAlexander加群
  5. 諸々の性質とAlexander多項式
  6. 本記事で計算したいツイスト結び目のAlexander加群は,幸運なことに単項イデアルによる剰余加群と同型になることが(結果的に)分かります.そこで,次章ではホモロジー群を用いてAlexander多項式の計算を行います.
  7. 計算パート
  8. 無限巡回被覆空間$\widetilde{X_K}$の具体的な構成
  9. 以上により,結び目$K$のSeifert曲面$F$を指定することで$\widetilde{X_K}$の分解を与えることができます.
  10. Seifert曲面と各種ホモロジー群の生成元
  11. 本題へ取り組む前の練習問題 : $H_1(X_K) \simeq \Z$
  12. ツイスト結び目のAlexander不変量
  13. 応用:Alexander多項式が自明となる結び目たち
  14. サテライト結び目
  15. 二重化結び目
  16. あとがき
  17. 参考文献