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大学数学基礎解説
文献あり

行列指数関数:exp(A)exp(B) = exp(A+B) → [A,B]=0は成立しない

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$$\newcommand{all}[1]{\left\langle#1\right\rangle} \newcommand{blr}[1]{\left[#1\right]} \newcommand{car}[1]{\left\{#1\right\}} \newcommand{di}[0]{\displaystyle} \newcommand{fr}[2]{\frac{#1}{#2}} \newcommand{lr}[1]{\left(#1\right)} \newcommand{ma}[1]{\(\di{#1}\)} $$

$[A,B]={\bf 0}\rightarrow e^Ae^B=e^{A+B}$は成立する

以下$M_n({\mathbb C})$を、複素数を要素にもつ$n\times n$の正方行列の集合とします。

行列の指数関数はTaylor展開で定義されます。$A\in M_n({\mathbb C})$とすると、以下のようになります:

行列の指数関数

\begin{align} e^A:=\sum_{n=0}^\infty \frac{1}{n!}A^n \end{align}

行列の指数関数では、$A,B\in M_n({\mathbb C})$としたとき、
\begin{align} e^Ae^B=e^{A+B} \tag{1} \end{align}
は一般には成立しません。$e^Ae^B$は一般にはBaker-Campbell-Hausdorffの公式

Baker-Campbell-Hausdorffの公式

\begin{align} e^Ae^B=\exp\left(A+B+\frac{1}{2}[A,B]+\frac{1}{12}[A,[A,B]]+\frac{1}{12}[B,[B,A]]\cdots\right) \end{align}

のようになります。
ここで、上記公式の右辺$\frac{1}{2}[A,B]$以降の項にはすべて$[A,B]$が積として含まれることから、$[A,B]={\bf 0}$であれば$e^Ae^B=e^{A+B}$であることがわかります:

\begin{align} [A,B]={\bf 0} \rightarrow e^Ae^B=e^{A+B} \end{align}

$A,B$が数のとき、$e^Ae^B=e^{A+B}$を、両辺を展開することにより証明できますが、この証明は$A,B$が可換行列でも成り立つことからも公式2の成立がわかります)

$e^Ae^B=e^{A+B} \rightarrow [A,B]={\bf 0}$は成立しない

逆はどうでしょう。すなわち

\begin{align} e^Ae^B=e^{A+B}\rightarrow [A,B]={\bf 0} \end{align}

は成立するでしょうか。

実はこれは成立しません

反例を挙げます。例えば$A,B\in M_2({\mathbb C})$なら

2$\times$2行列におけるcounter example

$$ A= \begin{pmatrix} i\pi & 0 \\ 0 & -i\pi \end{pmatrix} , B= \begin{pmatrix} i\pi & 1 \\ 0 & -i\pi \end{pmatrix} $$

という例があります(Ref.[1]より引用)。

$e^Ae^B=e^{A+B}$だが$[A,B]\neq{\bf 0}$

この例の場合、$e^Ae^B=e^{A+B}$を示すには、$A,B,A+B$の固有値さえ求めればよく、固有ベクトルは必要ありません。

  • $e^A$の計算: $A$はすでに対角化されており、$e^A=-{\bf 1}$である。
    ($\exp(\text{diag}(a_1,a_2,\cdots,a_n))=\text{diag}(\exp(a_1),\exp(a_2),\cdots,\exp(a_n))$に注意)

  • $e^B$の計算: $B$の固有値は$\pm i\pi$で対角化可能であり、対角化された行列を$D_B$とすると$D_B=\text{diag}(i\pi,-i\pi)$なので、$e^{D_B}=-{\bf 1}$。よって対角化するための正則行列を$P$とすると$$e^{B}=e^{PD_BP^{-1}}=P(-{\bf 1})P^{-1}=-{\bf 1}$$

  • $e^{A+B}$の計算: $A+B$の固有値は$\pm 2i\pi$であるため、対角化された行列を$D_{A+B}$とすると、$e^{D_{A+B}}={\bf 1}$。よって$e^B$の計算と同様の議論から$e^{A+B}={\bf 1}$

よって$e^Ae^B=e^{A+B}={\bf 1}$
$[A,B]\neq{\bf 0}$は直接計算で簡単に確かめられます。${}_\Box$


$A,B\in M_3({\mathbb C})$なら

$3\times 3$行列におけるcounter example

$$A= \begin{pmatrix} 0 & 6\pi & 0\\ -6\pi & 0 & 0\\ 0 & 0 & 0 \end{pmatrix} , B= \begin{pmatrix} 0 & 0 & 0\\ 0 & 0 & 8\pi\\ 0 & -8\pi & 0 \end{pmatrix} $$

という例があります(Ref.[2]より引用)。

$e^Ae^B=e^{A+B}$だが$[A,B]\neq{\bf 0}$

これも上の例と同様、固有値を計算すれば示せます。この場合$A,B,A+B$の固有値は全て$2ni\pi,n\in{\mathbb Z}$の形をしており、固有値の縮退もないので対角化可能です。よって$M_2({\mathbb C})$の例での計算を踏まえれば、
$$ e^A=e^B=e^{A+B}={\bf 1}\\ \therefore e^Ae^B=e^{A+B} \ \ (={\bf 1}) $$
がすぐにわかります。
$[A,B]\neq {\bf 0}$は簡単に確かめられます。${}_\Box$

以上より
$$ e^A e^B=e^{A+B}\rightarrow [A,B]={\bf 0} $$
は成立しません。

参考文献

投稿日:2021112
OptHub AI Competition

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bisaitama
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